● ● 天使の矢 中編(2007.9) ● ●
図書室から極寒のグラウンドを横切って(ギイが人間カイロをしてくれたけど)、寮の玄関に入ったとき、
「先に部屋に戻っておいてくれ」 と言われ、さっさと305号室の電気ストーブを独り占めしていると、小脇に何かを抱えギイが帰ってきた。 「ギイ、それ何?」 「天使がいそうな場所を探そうと思って、業務員室から借りてきた」 誰もが一度はお世話になる『校内見取り図』。 改めて見ると、あまりの広さにくらくらしてくる。この中を探すのか………。 気乗りしていないぼくを知ってか知らずか、ギイはぼくを椅子に座らせ、温めるように背中から抱きしめた。 「天使と言えば相場は教会だが、十数年前に取り壊されているしな」 「そうなんだ」 「他にあったか?」 「もしかしたらレリーフかもしれないよ?あの窓枠のように」 「窓枠に何かあるのか?」 「え、角に祠堂の『S』の文字が彫られてるじゃないか」 ぼくの言葉に、ギイは窓枠をじっと凝視して 「知らなかった」 と呟いた。 「すごいぞ、託生」 ギイに褒められて満更でもない、ぼく。 「しかし『天使の歌声が地上に鳴り響く』んだろ?もう少し大きいと思うぞ」 そりゃ、こんな小さくはないだろうけど。 「『歌声』なら、音楽室か………音楽堂かな?」 「音楽堂か。ゆっくり見たこともなかったな。明日の放課後にでも行ってみるか」 う………あの雪の中を歩くのか。 尻込みしそうになったぼくに気付いたギイは、「一緒に行こうな、託生」とニヤリと笑って先手を打った。 「大丈夫か、託生?」 言いながら、ギイはぼくを自分のコートでくるむように、肩に腕を回した。 ホワホワのセーターが暖かい。 「うん、大丈夫。雪が止んでよかったね」 「あぁ、滑りやすくなっているから、気をつけろよ」 翌日の放課後、寮の部屋に荷物を置き、ぼくとギイは雪だらけの道を音楽堂に向かって歩いていた。 「ねぇ、結局、天使って、校舎内にはなかったの?」 「あぁ、一応島田御大にも聞いてみたんだが、それらしきものはないとおっしゃっていた」 「そうなんだ」 学園長よりも、誰よりもこの学院のことに詳しい島田先生がそう言うなら、間違いはないだろう。 しばらく歩くと白くキラキラした風景が開き、古びた音楽堂の影が見えてきた。 閉じ込められたこともあり、黒くて怖い印象の音楽堂であったが、ここから始まったんだと思うと、今は愛おしささえ感じる。 ぼくが感慨に浸っていると、 「託生、あれ!」 ギイが、指を差して叫んだ。 なんと音楽堂の屋根の中央部、塔の上に天使の像が一つ立っていたのだ。太陽に反射して黒く見えるけど、間違いなく天使の像だ。 でも。 「『天使の歌声が地上に鳴り響き朝の光差す所』だろ?あの天使像が歌うわけがないよね」 「んー、じゃなくて、あの天使像そのものが、針の役目をしているんじゃないか?」 「どういうこと?」 「だから、見たところ、あの天使像に光を通す穴はないし、第一に朝日があの天使像に当たったとき、角度的に光は斜め上になるだろ?だが天使像に反射した光は、もしかしたら地上を差すかもしれないじゃんか」 なるほど。 「でも、そんなに上手く反射するかな?」 「それはわからないが、反射はすると思うぞ。あの矢の部分、少し光ってるし」 「そう?」 「あぁ」 目をこらして見るのだが、ぼくには矢しか見えない。 でも、視力のいいギイが言うのなら、そうなのだろう。 「ということで、天使の確認もできたし、寮に戻って前半の謎解きをするか」 託生が凍っちゃう前に。 からかうギイに、 「ぼく、ギイのコーヒーが飲みたいな」 ちょっと我侭を言ってみると、嬉しそうに「了解」と髪にキスを落とした。 貧乏臭いギイが、文句も言わずにコーヒーを入れてくれるなんて、何か裏がありそうで、少し怖い。 「おい、葉山」 夕食後、ギイが評議委員に呼び出され、305号室で一人宿題と格闘していると、軽やかなノックの音と共に、章三部屋に入ってきた。 「赤池君?」 「ギイ、どうしたんだ?」 「ギイなら、評議委員に呼ばれて………」 「それは知っている。じゃなくて、あの浮かれようは何だ?見ているほうが恥ずかしい」 「ギイ、浮かれてる?」 「あぁ、あれは4月以来の浮かれようだぞ。葉山以外に原因は考えられん」 「人聞き悪いこと言わないでよ。何もしてな………あ」 「やっぱりか」 「や、でも、………っていうか、ギイ話してない?」 「何を」 宝探しなんて面白いことを、ギイが相棒の章三に言わないわけがない。なので、問われるがまま、ぼくは宝探しの件を話したのだった。 「なるほど。それなら奴が浮かれるのは当たり前だ。だが僕は不参加だな」 「あれ、赤池君、興味ない?」 「そうじゃなく、僕はギイに恨まれたくないってことだ」 「どうして?あ、そうだ!去年、この時期に宝探しの話あった?」 とたん、章三は冷たい眼差しで、 「………葉山、記憶障害か?」 と、支局極まりないことをのたまった。 「もう、失礼しちゃうな。自分で宝探ししていたら1年前のことくらい覚えてるよ」 「『祠を一緒に探す約束をした』と、麻生先輩から聞いたがな」 「麻生先輩って………卒業した?………うーん」 そういえば、人間接触嫌悪症のぼくに、適度に距離を置いて話しかけていた麻生先輩が、言っていたような気がする。 『俺と一緒に祠を探そう。きみの接触嫌悪症、なおしてくださいって』 「………言われたような気がする」 「ほら、記憶障害じゃないか」 「でも!約束してないし、祠探しもしてない!」 「………と誘えたことが、あいつには羨ましかったんだろうさ」 「はい?」 「そういうことだから、興味深いが宝探しは二人でしてくれ。じゃ」 あっさりと納得して、章三はさっさと部屋を出ていった。 事件があれば、どこにでも参上!な章三にしては、らしくない。なので、ぼくは章三の言葉を反復してみた。 誘えたことが羨ましい? もしかして、去年ギイは祠探しにぼくを誘いたかった? でも、あの頃のぼくは、ギイが話しかける素振りをすると、近づく前に逃げていたのだ。 「ただいま!」 「あ、お帰り、ギイ」 そんなぼくでも、誘いたかった。 「ん、どうした?」 「なんでもない。ね、ギイ、宝が見つかるといいね」 「そうだな。どんなお宝が眠っているか楽しみだな」 「お宝って………そんなにすごいものだとは限らないし、もう誰かが見つけているかもしれないよ」 「だとしても、その探す過程が面白いんじゃないか」 鬱陶しがられても、ぼくをずっと想っていてくれたギイ。 ぼくは、ギイの首に抱きついて、左肩に頬を寄せた。 「ギイ、好きだよ」 「おいおい、今日はやけに積極的だな、託生くん」 からかい混じりの声なのに、ギイの鼓動が一気に速くなったのが聞こえる。 「うん、昨日よりも、好きになった」 「なんだ、そりゃ」 ぼくの髪を梳く優しい指が、明確な意図を持って頬に移動する。 「愛しているよ、託生」 「うん、ぼくも」 近づくギイに目を閉じ、熱い吐息を口唇に感じた。 モデム内臓アクセスポイントがぶっ壊れて、当たり前だけどネットで遊ぶことができなくて、拗ねておりました。 ということで、PCを出してもやることがなかったんで、お話を少し前進させたのだけど、最後まで集中できるかどうかが今の課題です。 (2007.9.8) |