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●  水面に移る月-1-  ●

 三学期に入り、しかし祠堂に戻ることもなく実家から受験に行く生徒も多い中、オレは……オレと託生は、祠堂に帰ってきていた。
 日本とアメリカ。離れることは決まっているけれど一秒でも長く一緒にいたいと、お互い言葉に出さずとも考えることは同じだった。
 託生をNYに連れて行きたい。離れたくない。長年、託生を想い続け、やっと心を通わせることができたのに、たった二年で離れなければならない現実にもどかしさが募る。
 しかし、なにをするにしても保護者の許可が必要な年齢。どれだけ一緒にいたいと願っても、世間的にオレ達はまだまだ子供なのだ。
 だから、いつか誰にも文句を言わせることなく一緒にいるために、今は自分のすべきことをやろうと。物理的に離れても心が離れることはないのだと、己に無理矢理納得させた。
 卒業まで、あと二ヶ月。
 毎晩のように託生を抱き締め眠りながら、カウントダウンの始まった残り少ない楽園の日々を過ごしていた。


 開店休業中の第一校舎を抜け寮に戻ったオレは、下駄箱の横の郵便受けを覗いた。

『私立祠堂学院高等学校学生寮三〇〇号室 崎義一様』

「こんな時期に誰だ?」
 無機質に印刷された文字に首を傾げ封筒を裏返すも、差出人の名前はない。消印は麓の町か。
 部屋に入り引き出しからペーパーナイフを取り出して無造作に封筒を開けると、パラリと一枚の紙片が机に落ちた。
 書いてあったのは、たった一言。

『葉山託生と別れろ。別れなければ失うことになるぞ。』

「………どういう意味だ?」
 あと二ヶ月経てば卒業だ。別れるなんて毛頭も思っていないが、否が応にもオレと託生は離れることになる。
 にも拘らず別れろだと?失うとはどういうことだ?脅しにしても、相手になんのメリットがあるのか?それとも、ただの嫌がらせなのか?
 そもそもオレと託生が付き合っていることなど、親しい友人以外、誰にも確信が持てないものだ。そんな不確かなことを突き付け、いったいこいつはなにをしたいんだ。
 乱暴に椅子に腰かけ、紙片を睨みつけた。
 文字は封筒と同じフォントで印刷された、どこにでもある白い紙。メーカーの上質紙など特殊なものでもなく、大量生産されているだろうコピー用紙だ。
 仮に祠堂生がこっそりモバイルPCを持ち込んでいたとしても、プリンタまでは用意できない。データ処理室のプリンタを使うか、麓のネットカフェにでも……ちょっと待てよ。今日は水曜日だ。日曜日にポストに入れて今日届いたのか?
 慌てて封筒を手に取り、掠れた消印を読み取る。
「消印が昨日だと?」
 わざわざ平日に外出許可を取ったということなのか?いや、三年生ならば関係ない。出入りは自由だ。
 しかし、誰かは知らないが地雷を踏んでくれたな。託生に触れなければ、見逃してやったものを。
 アメリカに帰るだけのオレには、時間が有り余っているんだ。
 紙片を封筒に戻し、机の引き出しに放り込んだ。そして、そのままゼロ番を後にする。
「とりあえずは、現在祠堂にいない人間と、昨日今日帰ってきた人間の確認だな」
 さっき出てきたばかりの第一校舎に向かって、オレは歩き出した。
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