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●  沈丁花の香りが包み込む時 -1-  ●

 何故?何故、こんなことに……。
 箱の中に横たわった彼の体を花が包んでいく。つい数ヶ月前、20歳になったばかりなのに。
 早すぎる彼の死に、あちらこちらからすすり泣きが聞こえる。彼の両親、妹、親しい友人。……そして、恋人。
「託生さん……」
「し…まおか…さん……」
 目を赤くした赤池さんが託生さんを横から支え、彼の棺に花を一輪添えた。
「ギイ……」
 愛しそうにそっと撫でた頬に、ポツリと滴が落ちる。
「ギイ…ギ……ィ………!」
 言葉にならない嗚咽を漏らし、託生さんの膝が崩れる。
「葉山…!」
 託生さんの肩を抱き、ゆっくりと立ち上がらせた赤池さんは、もう一方の手で義一さんの手を握り、
「この、バカヤロウ!」
 涙を零しながら、もう返事を発することのない彼にやり場のない怒りをぶつけた。
 義一さん自らがハンドルを握ることは、休暇中によくあることだ。さすがに休みの日まで、ガードに見張られたくないだろう。
 だからと言って、まさか交通事故に巻き込まれるとは考えもしなかった。
 しかも、大型トレーラーが起こした玉突き事故。多数の死傷者を出し、その中に帰宅途中の義一さんも含まれていた。
 警察からの知らせに目の前が真っ暗になり、しかし秘書という仕事柄のせいか慌しくも冷静に動けたと思う。いや、慌しかったからこそ、この悪夢のような数日を過ごせたのだ。
 色とりどりの花に囲まれた彼に最後の別れを告げ、棺の蓋が閉まった。
 鎮魂の鐘が響く。皆の涙を覆い隠すような、雨が降っていた。


 葬儀が終わり、会長を初め、奥様、絵利子さんをご自宅にお送りした私に、執事が深刻な表情で話しかけてきた。手渡されたその小さな箱を開け……。
「ギイ………」
 こんなときに……いや、こんなときだからこそ託生さんの支えになるかもと、慌ててケネディ国際空港へ車を走らせた。
「託生さん!」
 搭乗口に向かう託生さんと赤池さんの背中を見つけ呼びかける。
「島岡さん……」
「先ほど、店の者が届けにきました」
 あの日、義一さんが車を運転して注文した品。小さなビロードの箱には、銀色の指輪が二つ並んで鎮座していた。
 両手で受け取ったビロードの箱を託生さんが大切そうに開け、中から一つの指輪を指先で摘み目の前に掲げた。
「『Love Eternal』……」
 そして、目を細め指輪の刻印を呟く。
「ぼくの20歳の誕生日は、絶対に空けておけよって言ったんです。約束だぞ?って。……言った本人が約束を破るなんて……」
 そのときの事を思いだしたのかクスリと口元だけで笑い、頬を一筋の涙が伝う。そのまま指輪をそっと左手の薬指にはめ、大切そうに右手で包み込んだ。
『島岡。日本では20歳になったら、結婚に親の許しがいらないんだ』
 昔……まだ義一さんが高校生のときに聞いた言葉。なにかを決意したような、ギイの声がよみがえる。
「託生さん……」
「島岡さん、今までありがとうございました」
「いえ、なにかありましたら、いつでも言ってください。お力になります」
 私の言葉に「ありがとうございます」と頭を下げ、赤池さんと搭乗口の向こうへと消えた。
 足取り重く駐車場に戻り、ぼんやりと大きな音を立てて飛び立った飛行機を眺めていたら涙が溢れてきた。
「早すぎますよ、ギイ。最愛の恋人を置いていくなんて、貴方らしくない」
 人使いの荒い、それでいて側にいるだけでワクワクするびっくり箱のような人間だった。誰よりも輝き、一瞬の矢のように駆け抜けていった彼の短すぎる人生。あのような人間に会うことは、もう一生ないだろう。
 義一さんが想いを込めたあの指輪が、託生さんの支えになればいいと思う。
 でも、託生さん。貴方はまだ若い。いつかは、新しい幸せを見つけてください。
 呟きと飛行機が、うっそうとした雲に溶けた。
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