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●  沈丁花の香りが包み込む時 -6-  ●

 目が覚めたとき、まず「ここはどこなんだ?」と思った。近くにいた看護師の姿を見て、あぁ、事故にあったんだと思い出した。もちろん、オレが……崎義一が死んだらしい方の事故だ。
 しかし、入ってきた三洲の顔を見て驚いた。
 三洲は、まだ医学生のはず。それなのに、なぜ白衣を着て診察をしているのか。しかも、三洲本人ではあるけれど歳が違う。
 まるで自分が浦島太郎になったような気分を味わっていると、
「長野君、気分はどうかな?」
 三洲らしくない口調で、しかも長野と呼びかけた。
 長野………?
 混乱しているのに気付かず声が出ないだけだと判断した三洲は、オレに口早に説明し看護師に指示を出し始めた。
 どういうことなんだ?オレは、いったい誰なんだ………?
 考えたくとも、まだ薬が効いているのか朦朧と思考力が低下し、オレはそのまま眠りに落ちた。
 次に目覚めたときは、同じく計器に囲まれてはいたが、意識はすっきりしていた。そして、潔く気付く。「オレ」は一度死んでいるのだと。今まで長野一也として生まれ育ち、事故がきっかけなのかはわからないが前世の記憶がよみがえった。
 最初に思ったのは、託生のことだった。
 今では世界的なバイオリニストとして活躍しているのを知っていたが、オレが死んだとき泣かせてしまったのだろうなと。
 何度も三洲に話をしようと思った。しかし、こんな不可思議な話を信用してもらえるのか定かではないし、精神的に問題ありと思われるのも心外だ。
 とりあえずは体を治し自分の生活を確立して、それから託生に会いにいこうと思っていた矢先、音楽番組で託生の左薬指に指輪を見つけた。
 オレが死んでから16年も経っている。新しい恋を育み結婚していたとしても、仕方のないことだ。
 しかし、託生の幸せな姿を見るために、前世の記憶を思いだしたのかと愕然となり、全てが投げやりになった。
 これが、託生を残して逝った罰なのかと。
 章三にバレ、全て杞憂であったのだと知らされたオレは、投げやりになっていたリハビリを懸命に受け、普通に歩けるまでに回復した。
 余談だが、数日後、見舞いに来た章三がオレのすっかり良くなった姿を見て、
「さすが、最強のビタミン剤」
 と、大爆笑していたことを付け足しておく。


「殴られるだろうな」
「ツラの皮厚くして、覚悟しておくんだな」
 章三の軽口に笑いつつ、オレは緊張していた。
 ヨーロッパツアーから帰国する託生を迎えに、成田に向かっている車中。
 三洲と章三は、オレに気付いてくれた。しかし、託生はわかってくれるだろうかと。今でも、オレを愛してくれていると聞いたが、それを疑ってはいないけれど、やはり不安だった。
 人並みに押されるように、託生がマネージャーらしき人物と共に到着ロビーに姿を現した。
「葉山、お帰り。ツアー、お疲れさん」
「赤池君?三洲君?」
 懐かしい託生の声。とたん、オレの体が熱くなり鼓動が早くなる。託生の息遣いさえこぼさぬように、耳を澄ませた。
「わざわざ来てくれたの?」
「まあな」
「それじゃ、託生さん。私はここで……」
「はい。お疲れ様でした」
 マネージャーが消えるのを待って、章三が託生に向き直る。
「……葉山に会ってもらいたい人がいるんだ」
「ぼくに?」
「おい、出てこいよ」
 三洲の声に、オレは隠れていた柱の陰から一歩前に出た。
 託生の顔が驚きの表情に変わり、右手からバイオリンケースが滑り落ちる。予想していたのか、咄嗟にケースを三洲が受け止めた。
 自分が大切なバイオリンケースを落としたことにも気付かず、オレを凝視したまま「ギイ……」と託生の口が形作る。
 あぁ………。
 あの頃と変わっているはずなのに、それでも一目でわかってくれる。オレは、このために前世の記憶がよみがえったのだと、今はっきり思い知った。
「ギ……イ………?そんな……どうして………」
「戻ってきた」
 託生に会うために。
 口元を手で覆い、理解できない出来事に頭を振りながらぽろぽろと涙を零す。
「託生?」
「ギイ…!」
 両手を広げて促し、胸に飛び込んできた託生を受け止め、強く抱きしめる。あの頃と変わらない甘い匂い、華奢な体。背中に回った託生の腕の力に、やっと緊張がとけた。
「ギイ……ギイ………」
「一人にしてごめんな。………愛してるよ」
 託生の肩越しに、章三と三洲の半分呆れたような、しかしオレ達を見守るような暖かい眼差しが見えた。
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