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●  粉雪が舞い散る夜に-5-  ●

 SPがマスコミを抑え、車までの数メートルの距離をメイドに付き添われ歩いている託生が、テレビ画面に映った。
 見るからに顔色が悪いのはわかるはずなのに、こんな状態の人間に対してもマスコミはインタビューをしようと躍起になっている。引っ切り無しにかけられる言葉は、オレの怒りを増長させるには十分なものだった。
 運転手がドアを開け、託生が乗り込もうとしたそのとき。
『セレブの人間は、側に置くために整形までさせるんですね。金はいくらでもあるし簡単でしょうね』
 嘲笑うように投げかけられた言葉に託生が立ち止まった。そして、くるりと声のしたらしき方向を見据えつかつかと歩き出す。
『今、言ったのはどなたですか?』
『託生様!』
 自分からマスコミに近寄った託生の行動にSPがギョッとして振り向いた瞬間、一気にマスコミが託生を取り囲み背筋が凍った。
 託生の質問にキョドりつつも、すぐにヘラヘラと笑い一人の男が手を上げる。
『私ですよ。だって貴方シーメールでしょ?男子校に通っていた証拠もある。それが、今女性らしい体になっていたら、整形したと思うのが普通でしょ?』
 その言葉に託生の顔色が変わる。
「託生、止めろ!島岡、SPに連絡して早く車に乗り込ませろ!!」
 マイクを何本も突きつけられ、逃げ場を失った託生はキッと顔を上げ男を睨みつけた。そして、
『ぼくは、シーメールじゃありません。インターセックスです』
 ざわめきの中、託生の凛とした声が響き渡った。
 ニヤニヤと揶揄していた男が、託生の言葉にポカンとなる。何人ものインタビュアーも、時が止まったかのように静止し、かろうじて復活したカメラのシャッター音だけが、続けざまに鳴り響いた。
「託生、お前……」
『男として十八年間生き、四年前に染色体がXXだと判明しました。心も体も中途半端なぼくを親でさえ捨てたのに、ギイはずっと側にいて支え続けてくれました。自分を受け入れられないぼくに、そのままでいいのだと言ってくれました。形成手術でさえ、体にメスを入れるからと嫌がったギイが、人を整形させる?ギイはそんな人間じゃない!』
 堰を切ったかのように言い募り、流れる涙を拭うこともせず男を睨みつける強い光に、ぞくりと身震いがした。
『ギイがいてくれたから、ぼくはここにいるんだ。ギイが愛してくれたから、生きてこれたんだ。ギイを侮辱することは、ぼくが許さない!』
 託生の迫力に誰もが言葉を失っていた。マスコミはもちろん、付き添っていたメイドもSPもその場から動けないでいる。
 くるりと託生が車の方向を向き、我に返ったSP達がマスコミとの間に割り込んで託生を取り囲む。その背後から、
『子供のことは、どう思ってますか?!』
 慌てたように声がかかった。
『……ありえません。ぼくは彼を信じています』
 ゆっくりと振り返った託生は静かに答え、車に乗り込んだ。
「託生……」
 椅子にドサリと体を投げ出し、詰めていた息を吐き出すかのように溜息を吐いた。
 言いたくなんてなかっただろうに、オレのために自分の体の秘密をあっさり曝け出した。
「すごい人ですね、託生さんは」
 島岡の呆然と呟く声が耳に届く。
 あぁ、オレが圧倒される強さを託生は秘めているんだ。その強さにオレはいつも守られている。
 Liveのまま呆然と車を見送る映像が流れていた画面がスタジオに移ったものの、言葉を失ったかのように静まり返っている。シーメールだと頭から決め付け、内面嘲笑っていていた相手が、実はインターセックスで正真正銘の女性だったのだと判明すれば、自分達マスコミが託生を追い詰めたがための発言であることは明白だ。
「クリスティーナ嬢の子供は、崎氏の子供じゃないと思いますよ」
 そんな中、ゲストに呼ばれていたらしい一人の批評家が声を上げた。
「これを公表したら、肖像権の侵害だと言われるのでしょうが……」
 そう言いながら携帯の画面をカメラに向けズームアップされたのは、オレと託生が手を繋いで微笑みあっている写真……あぁ、オフに自然史博物館に行ったときのだな。ゆっくり街中を歩いて鯨を見て、冷たくなった頬を暖めようとカフェに立ち寄り、久しぶりのデートを楽しんだんだ。
「つい先日、偶然お二人を見かけてあまりにも微笑ましくて撮ってしまったんですよ。仲むつまじいご夫婦でしょ?」
 批評家の笑顔に、スタジオ内の張り詰めていた空気が暖かいものに変わる。
「崎氏。もしもご覧になられてデータがいるようでしたら声をかけてください。肖像権云々はご勘弁を」
 ウインクをつけて茶目っ気たっぷりに続ける言葉に、クスリと笑った。
 あぁ、データは貰うさ。肖像権云々も不問にしてやる。さっきの託生の映像と今の写真で、オレ達夫婦が噂どおりの冷えた夫婦じゃないことは一目瞭然だ。
「島岡。サンダースにDNA検査の再要求を。あと出版社とライターに抗議と謝罪文掲載の請求、名誉毀損で告訴の準備。各メディアもしかりだ。モニタールームの奴らに、問題発言した人間のピックアップを急がせろ。託生の携帯の解析も。託生が反撃のチャンスをくれたんだ。一気に追い込むぞ」
 オレの言葉に島岡が頷き即座に指示を飛ばした。
 そして、託生の発言から、世間の目はその日のうちにサンダース側に矛先を向けた。
 あれだけ大口を叩いていたサンダースの顔が焦りに歪んでいる。だから言ったろうが。真実を見ろと。
 隠しておきたい個人的事情を公表せざるを得なくなった託生に対する同情は、国際インターセックス機構を初め、人権団体やフェミニスト団体を動かし、サンダースにDNA検査を要求し始めた。
 記事が出鱈目であったと判明した今、彼女の腹の中の子供が本当にオレの子供なのか疑惑が持たれたのだ。
 そして出版社や記事を書いたライターにも抗議が殺到し、すぐに謝罪文が掲載されたものの、このまま閉刊に追い込まれることだろう。
 メディアも言い訳がましく公表したスケジュールから、事のあったらしき時期にオレが託生と日本にいたことを捲くし立てていた。ついで、この殺人的なスケジュールの中で、サンダースの娘との接点など持てるわけがないことも。
 すでに裏づけは取っていただろうに今まで言わなかったのは、その方が視聴率を取れるからだ。マスコミ根性に反吐が出る。
 しかし、託生の言葉で一瞬にして追い風に変わった。


 その後、病院に付き添ったメイドから、そのまま数日入院すると伝え聞いたオレは、託生の携帯を鳴らした。
「託生、気分はどうだ?」
『うん、点滴を受けてだいぶ楽になったよ』
「ごめんな、見舞いに行けなくて」
 昨日より声は元気そうだが、本当は直接顔を見て確認したかった。そうできる立場じゃないのが歯がゆい。
『今、大変なんだろ?ぼくは大丈夫だから心配しないで。それより、ぼくこそごめんね』
「なにを謝る?」
『だって、ギイに相談なしに言っちゃって。ギイの立場が悪くなったんじゃないかなって』
「まさか!オレこそ、こんな事に巻き込んで……」
「巻き込むって……。ギイと同じ荷物を持っているだけじゃないか」
 託生の半分呆れた声にはたと我に返る。
 オレが、オレがと、全て自分一人で解決しないと気が済まないのは、単純にオレの我侭だ。舐めているわけじゃない。見くびっているわけでもない。時にはとてつもない力を発揮する託生を知っているのに、見て見ぬ振りをするのは、いつまで経っても治らないオレの悪い癖だ。
 託生に負担をかけさせたくないのも、いいところだけを託生に見せたい本音の裏返し。そんなの託生にとっては今更だろうに。
 自分勝手に決め付けて、夏にあれだけ手痛く鼻っ柱をへし折られたくせに、また同じことをオレは繰り返していたのか。
 けれども、たぶんお前は全部わかってるんだろうな。そして、好きにさせてくれている。オレが自分で納得できるまで待っていてくれる。
 あー、完敗だ。オレは、たぶん一生お前に勝てない。
 こんなときには「ごめん」よりも……。
「ありがとう、託生」
 今必要なのは、自分の弱さを認める強さだ。
「じゃ、そろそろ切るな」
『あ………』
「うん、どうした?」
 なにかを言い忘れたかのような託生の声に、耳を澄ましたのだが、
『ううん、なんでもない。お仕事がんばってね』
 深い意味はなく、なにもなかったようだ。
「あぁ、ゆっくり寝ろよ。お休み」
『お休みなさい』
 とりあえず、病院内にまでマスコミは入れない。それにSPがフロア内を埋めているはずだ。
「義一さん、車の用意ができました」
「わかった、すぐ行く」
 体を張って守ってくれた託生が、少しでも安らかに眠れるように。
 今は、オレのできることに最善を尽くすのみ。
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