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●  君が帰ってくる場所-2-  ●

 久しぶりに戻ったマンションのエレベーターホールで兄貴を見つけ、オレに気付いた兄貴が振り返り片手をあげた。
「よ。今、帰りか?」
「まぁ……」
 朝帰りどころか昼帰り。いや、時間なんて関係なく、帰ってきたこと自体数日振り。
 後ろめたくないわけでもないが、今週はお袋が仕事で国外に行っていると聞き、帰ってみてもいいかなとふと思ったのだ。
 直通で最上階まで行ったエレベーターを降りると、玄関ロビーの前にSPが数人並んで待っていた。
 仰々しい雰囲気に、親父が帰ってるんだなと推測する。
 案の定、玄関ロビーには、携帯で指示を出している親父と、慌しく使用人が動き回っている姿が目に入ってきた。
 去年、爺さんが一線を退き親父が総帥となった。と同時に、それまで以上に忙しくなり、こうやって親父の顔を見るのも久しぶりだ。
 オレ達に気付いた親父が、くいっと指で呼ぶ。
 兄貴が、自分を指差し、次にオレを指差した。兄貴かオレかどっちだ?ってところか。
 しかし親父は、両方を指差して再度呼んだ。
 いったいオレ達に、なんの用があるんだ?
 疑問を浮かべながら親父の電話が終わるのを待っていると、
「お前ら、今週なにか予定が入ってるか?」
 携帯を切りながら問いかけてきた。
「いえ、なにも……」
「いや、全然」
 サマーキャンプに行くのもかったるいし、どうせ他のヤツらと話が合うわけでもないし、それ以前に、現在そんな健康的な生活を送っているわけでもない。
 自暴自棄になにごとも投げやりになっているオレを、気付いてるのかどうかわからないが、
「じゃ、二人で墓参りに行ってきてくれ」
 親父がお使いを言いつけた。
 しかし墓参りなどと、予想もしなかった突拍子もない指示に面食らう。
「調整してたんだが、この状態じゃ今年は無理だ。代理で頼む」
 今年はってことは、毎年行っていたのか?多忙の親父が?墓参りに?
「それはかまいませんが、場所を教えていただかないと……」
「あぁ、ちょっと待ってろ」
 了承しつつ尤もな質問をした兄貴に頷き、執事が差し出したペンとメモ用紙を手に、さらさらとなにかを書いてオレ達に手渡した。兄貴と二人で覗き込んで……ん、漢字?
「日本?!」
 毎年わざわざ日本まで墓参りしていたのか?
「あぁ、そうだ。それから、墓の場所がわかりにくくてな」
 と、新しいメモ用紙に建物がここにあって、小道がここにあって、ここを右に曲がって……と、略した地図を描き、
「明日にでも日本に飛んで……その日はたぶん時間的に無理だから、その翌日にでも行ってくれ」
「はぁ。そのお墓の人の名前………」
「総帥、急いでください!」
「すぐ行く!それからな、伝言。『今年は行けなくてすみません。託生は元気です』と伝えてくれ」
 親父を呼ぶ声に振り返りながら伝言を言いつけ、親父が慌しくドアの向こうに消えた。
 託生って……お袋の関係者?
 オレはお袋側の親戚を知らない。たぶん、兄貴も咲未も知らないだろう。
 今まで全くと言っていいほど、お袋からも親父からも話が出たことがなかった。
 日本のどこの出身だとか、家族は何人だったとか、どういう子供だったとか。
 知っているのは、旧姓が『葉山』だったらしいことだけだ。
 それも、親父とお袋の友達が、お袋のことを『葉山』と呼ぶから、そうだろうなと思っただけで、実際にお袋から聞いたわけじゃない。
 思い返すと、お袋の過去は謎に包まれている。
 兄貴と二人呆然と親父を見送って、顔を見合わせた。


 日本についた翌日、列車に揺られながら車窓を眺めていた。
「ローカルな風景だなぁ」
 アメリカの田舎とは違い、狭い土地を最大限に生かすように作られた田畑が広がっている。
 何度か日本に来たことはあるけど、こんな田舎に来たのは初めてだ。
 日本なんだから別にSPはいらんだろと、兄貴がケネディ国際空港で追い払ったので二人きりではあるが、この車両に乗っている人間もオレ達二人きりというのは、どれだけの山奥に行き着くのだろうか。
 駅につき、兄貴があらかじめ調べていた地図を頼りに歩き始めた。
 タクシーを頼みたくてもタクシー乗り場なんてものはなく、駅前に寂れた喫茶店が一つあるのみだ。
「計算上三十分程度歩く」
「げぇ」
 なんで、またこんな辺鄙なところに……。
 村から外れ坂道を登っていくと、丘の中腹辺りに白い建物が見えた。
 立川精神病院。
 メモに書いてあった名前。
 ここに墓があるってことは、ここに入院していた誰かなんだよな。その誰かが、お袋の知り合い。あの多忙な親父が毎年墓参りに訪れるほどの、お袋と親しい間柄。
「あの墓だな」
 建物の裏手に回り小道を行くと、林のすぐ手前にポツンと一つ、墓が立っていた。
 近づいて墓石に刻み込まれた名前を読んだ。
『NAOTO HAYAMA』
 ナオト・ハヤマ。
 葉山……お袋の旧姓。初めて触れたお袋の身内。亡くなったのは、二十年以上前なのか。
 いつも笑顔を絶やさないお袋は、幸せな家庭で育った苦労知らずだと思っていた。だから、身内がこのような病院で亡くなっていた事実と今のお袋がどうしても繋がらない。
 それに、親父も身内の義理で墓参りをしているような雰囲気でもなかった。
 この人は、何者なんだろう。
 持ってきた花を石筒に供えて手を合わせ、
「父からの伝言です。『今年は行けなくてすみません。託生は元気です』だそうです」
 兄貴が墓石に向かって、親父からの伝言を言葉にする。
 しかし、それ以上話すことなどなく、オレ達は早々にその場をあとにした。
 お袋の身内だろうと思うけれど、続柄も知らない人に、あれやこれや話があるはずがない。
「兄さん、今の人知ってる?」
「いや。母さんの身内かなとは思うけど知らないな」
 やはり、兄貴も知らなかったか。
 言葉もなく元来た小道を戻っていると、前方に人影が見えた。
「あ……」
「大樹?一颯?」
「母さん……」
「二人ともどうしてここに?」
「父さんに頼まれたんです。急に仕事が入ったからって」
「あぁ、そうか。今年は無理だったんだね」
 『今年は』とお袋も言ったところを見ると、やはり両親は毎年墓参りに来ていたということか。
 今までお袋を避けていたせいで、なんとなく気まずさを覚えたオレは、兄貴の影に隠れ顔を合わせないように俯いた。
 しかし、
「せっかくだから、申し訳ないけど、もう一度お墓の方に行ってもらえないかな?」
 お袋はそう言ってオレ達を促し、小道の奥に足を向けた。
 その背中がなぜか小さく見える。
 あぁ、お袋が小さくなったんじゃなくて、オレが大きくなったんだ。
「お花、ありがとね」
 墓の前に供えた花を見てニコリとオレ達を振り返り、反対側の石筒に自分が持ってきた花を供え手を合わせた。
「兄さん、久しぶり」
 兄さん?!ということは、オレ達にとって伯父に当たる人物なのか。
 隣に立っている兄貴を見ると、やはり初耳だったようで、驚きの表情に包まれている。
「あのね、こっちが長男の大樹。隣が次男の一颯。ぼくの息子なんだよ。下に咲未って女の子もいるんだけど、機会があったら連れてくるね。ぼくもギイも元気だから心配しないで」
 お袋は親しげに語りかけ、もう一度手を合わせて立ち上がった。
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