≪Life(未来編)≫TOP | TOP(履歴順) | NOVEL_TOP | HOME

●  Baby talk(2013.2)  ●

 日曜日の早朝から仕事を入れられたものの仕事は午前中で終了し、午後は家族で遊ぶぞとばかりに勢いよく玄関のドアを開けたら、一颯が匍匐前進していた。
 こいつのこういう姿は、だいぶ前に見納めしていたはずなのだが、またなにか子供達の間でブームなのか?
「ダディ、お帰んなしゃい」
「ただいま、一颯」
 オレに気付いて振り向いて。そのままいつものように飛んでくると思ったのに、一颯は玄関ホールの隅に置いているソファセットの下を覗き込んだ。
 うん?なにか落としたのか?
 気になって一颯の横に膝をついたとき、
「向こう、ないよーっ!」
 バタバタと大樹が慌しく駆け込んできたと思ったら、
「あ、父さん、お帰りなさい。やっぱり、ここかなぁ」
 と、一颯同様ソファの下を覗き込む。
 周りをよく見れば、この二人だけじゃなく、隣のリビングではテーブルとソファが端に避けられ、奥の方でメイドが数人、同じようにテレビの下を覗き込んだり、キャビネットの中身を取り出していたり、引き出しをひっくり返していたり。
 その見覚えのある光景に、懐かしさと同時に、あぁまたかと溜息が零れ出る。世の中の子持ちの人間には、この言いようのない疲労感を理解してもらえるだろう。
「お前ら、いったい、なにを探してるんだ?」
「母さんの携帯が行方不明なんだ」
「咲未が、どっかに持ってっちゃったの」
 やはりな。
 訴えるように説明する二人の頭を「お疲れ」と撫でたあと、ソファを持ち上げて横にずらし、
「でも、ここにはなさそうだぞ」
 なにもないことを確認すると、埃一つ落ちていない大理石の床に、二人の大きな落胆の溜息が落ちた。
「もう、探すところないよ」
 疲れたように大樹がペタリとその場に腰を下ろし、同じように一颯も大樹の真似をして座り込む。
 でもな、大樹、一颯。
 文句言ってるけど、お前らだって同じことやってるんだぞ。携帯じゃなくリモコンだったけど。
 確か、大樹はグランドピアノの裏に挟み込み、一颯なんて何を考えたのか花瓶の中で洗ってた過去があるからな。
 どうして赤ん坊ってのは、こう機械物が好きなんだ。大人が触ってほしくないものばかり執着する。
 三人も子供がいれば、託生も咲未一人を見ていられるわけじゃないから、同じ部屋にいても、どうしても目が離れることがある。特に今日は大樹も休みだ。その隙に行方不明になってしまったんだな。
 しかし、赤ん坊である咲未の行動範囲は、それほど広くはない。この玄関ホールを挟んで、右手キッズルーム、そして反対側のリビングルーム、その隣のダイニングルーム。せいぜい、それくらいだ。
 託生が抱っこして移動したとしても、大樹、一颯の私室とオレ達のリビングルームだけ。全ての部屋が広すぎるのが問題だが、子供達の安全のため、ごちゃごちゃと物を置いているわけでもないので、携帯などすぐに見つかりそうなものを。
「あ、ギイ、お帰り」
「ただいま。見つかったか?」
「ううん」
 寝室を探していたのか片手に咲未を抱っこしたまま、階下から走ってきた託生が、苦笑いして首を振る。
 大騒ぎを起こしている元凶の咲未は、満面の笑顔でオレに向かって手を伸ばし、その可愛らしいお強請りに破顔して託生から咲未を受け取った。とたん、小さな手でネクタイを引っ張りだして口に入れる。
 オレに抱っこしてもらいたかったのか、ネクタイを狙っていたのか判断しかねるが、お前、結構、力が強いのな。首が絞まるぞ。
「やっぱり、なかった?」
「うん」
「咲未、どこ持ってったの?」
「あー、ぶぶぶぶぶー」
「なに言ってんのか、わかんないよ、咲未………」
 こいつに聞いたって無駄だぞ。ネクタイを食べるのに夢中だし、まだ、しゃべれないんだから。
「鳴らしてみたか?」
「うん。でも、どこからも音がしないんだ」
 なにかの拍子に電源が切れているのか。GPSで探すことも可能だろうが、さすがに部屋の中のような、細かい距離までは測定できない。
 今までの経験上、調べられるところは調べているだろう。それなのに、これだけの人数で探して見つからないってのは………。
 リビングを探していたメイド達も、ソファとテーブルを元に戻し、首を振りながら玄関ホールに集まってきた。
 家の中にあるのは間違いがないのなら………。
「なぁ、咲未に同じものを渡したら、どうだ?」
「え?」
「もしかしたら、同じところに隠すかもしれないじゃん」
 オレの提案に、みんなの表情が明るくなり、いっせいにコクコクと頷いた。もう、これ以上探すところはなく、八方塞だったと見える。
 咲未からネクタイを返してもらい、その場に座らせ内ポケットから携帯を取り出すと、目ざとく見つけて両手を上げ催促する。
「あっ、あっ」
「ギイ、ちょっと待って」
 慌てて託生がポケットから除菌シートを取り出し、綺麗に携帯を拭いて、
「ダディの電話だよ」
 と渡すと、満面の笑顔で両手で持ったとたん、おもむろに口に入れた。
 別によだれでベトベトになってもかまわないけど。完璧な防水だし、ちょっとやそっとじゃ潰れない特殊な軽金属でできたオリジナルだし。
 もちろん託生の携帯も同じだから、安心して咲未に持たせていたのだろう。
「あー」
 いつ隠し場所に持っていくのかと待ち構えているオレ達を他所に、咲未は咥えては舐めて振り回し、キャッキャとテンションが上がってきたと思っていたら、
「げっ」
「おっと」
 ぽいっと上に放り投げ、慌てて携帯をキャッチした。
 しかし、咲未自身、放り投げたつもりはなかったのだろう。突如、自分の手の中から消えた携帯を探すように自分の手を何度も眺めて、周囲もキョロキョロと確認し、いきなり火がついたように泣き出す。
「もう、自分で投げたくせに。泣かないの」
 慌てて託生が抱っこするも、自分のおもちゃを取り上げられたと思っているらしく、泣き止む気配がない。
「咲未、はい」
 それを見ていた一颯が、咲未の手にベビー用ウエハースを押し付け、条件反射で口に持っていった咲未が食べ物と認識したらしくピタリと泣き止み、自分の手ごと食べだした。
 うーん、咲未も食い物には目がないな。
 しかし、あれだけ高く放り投げた……ということは。
「託生、もしかして………」
「下じゃなくて、上?」
 託生の言葉に、その場に集まっていた人間が、蜘蛛の子を散らすように各部屋に散らばり天井付近を捜索する。
 そんな偶然があるとは思えないが、これだけ探してないのなら。
「あった!」
 しばらくするとキッズルームに駆け込んだ大樹と一颯が、大声で叫びながらみんなを呼んだ。
 ピョンピョン飛びながら指差す先には、咲未には絶対手が届かないカーテンレールの上から、飛び出したように顔を出している託生の携帯が………。
 よく、こんなところにすっぽり嵌ったな。当たり前のように咲未の目線で探していたから、まさかこんな天井付近にあるなんて、誰も思わなかっただろう。
「ほら」
「ありがとう」
 カーテンのひだの間に挟まれて、ひょっこり見えている携帯を取り出し、託生の手の上に乗せた。
 使用人達の間からも、安心したような溜息と、咲未の突拍子もない特技への苦笑と共に、拍手が上がっている。
 毎回のことながら、世話をかけるな。
「携帯は咲未に渡さないようにしなくちゃね」
「だな。怪我したら大変だもんな」
 託生は、メイド達に礼を言って仕事に戻ってもらい、携帯を胸元のポケットに滑り込ませた。
 ペントハウス内、全て防弾ガラスだから割れることはないだろうけど、万が一ということもあるし、照明やガラス製品にあたる可能性もある。
 けれども、それは携帯以外でもありえることで。
「咲未。物は投げちゃ、めっ」
「んー?」
 怖い顔をして言い聞かす託生を、ぽやんとして見返している咲未は、まだ理解できないだろう。今だけだと思うけど、予想外のことをしでかすのは、赤ん坊の特権だ。
 これも、また懐かしく感じるときが来るのだろうか。
 しかし。
 まだハイハイレベルの赤ん坊が、こんなに高く物を投げられるものなのか?
 大樹と一颯に遊んでもらい、機嫌を直してキャッキャと声を上げている咲未とカーテンレールの高さに首を捻っている横から、託生が「あ」と声を上げた。
「そういえば、昔、お義母さんに言われたこと忘れてたよ」
「なにを?」
「ギイが、よく物を投げて遊んでたって」
「え………?」
「だから、ギイの部屋にバスケットゴールを置いたんだって」
 どうせ投げるのなら、ゴールに入れろってか?あの親父とお袋が考えそうなことだ。
 しかし、遥か昔、本宅の部屋にあったような気もするが、さすがのオレも、赤ん坊時代の記憶はないぞ。
 てか、いつそんな話してたんだよ。子供時代の話は、あまりするなよ。恥ずかしいから。
「ギイの子だよねぇ」
 オレの気も知らず、子供達に視線を移し、ふむふむと腕を組んで頷く託生に、
「まさか、オレのせい?」
 抗議を含ませて反論すると、小さく吹き出して、
「違うよ。三人とも、ギイに似てて嬉しいなって」
 目を細めて愛しそうに笑った。
 託生と瓜二つの外見を持ち、上の二人に比べると、おっとりした咲未の意外な行動。大迷惑な癖なのに、それすらオレと同じだからと笑う託生にハッとした。
 十年以上隣にいて、その間に三人の家族が増え、二人きりの時間を取ることさえなかなかできない毎日だが、昔と変わらぬどころか日々愛しさが増すばかりだと、こういうとき実感する。
「なに?」
 肩を抱いて託生の柔らかな口唇にそっと重ねて、
「ただいま」
 携帯の大捜索で忘れていたけど、ただいまのキスがまだだった。
「お帰り」
 気付いて照れくさそうに笑い、託生は肩に頬を預けてほぉっと溜息を吐く。
 変わらぬ昔からの癖にクスリと笑い、託生の背中に腕を回したそのとき。
「らーらー」
 オレ達をじっと見ていた咲未が、意味不明な言葉を口に出した。
 とたん、夢から覚めたように、託生が状況を思い出したのか腕の中で暴れだす。
「ちょっと、ギイ。離して」
 今更だと思うけどな。託生の背中側にいたから見えていなかっただろうけど、三人とも、その前からずっと見ていたし、生まれたときからの付き合いなんだから、もう充分慣れている。
 それに、相変わらず忘れているようだけど、ここはアメリカ。挨拶にキスをつき物だろ?
 いまだに恥ずかしがる託生が不思議なのだが、咲未の言葉が気になり一先ず託生を開放して子供達に向き直った。
「今、咲未、なんて言ったんだ?」
「さぁ?」
 オレの問いに咲未の相手をしていた大樹が首を捻る。同じように大樹の真似がマイブームらしい一颯も、コトンと首を倒した。
 なにか意味のある言葉のようだったのだが、気のせいか?
「咲未、もう一回言ってみてくれ」
「ぶぶぶぶぶ」
 ………ダメだ。
 大樹と一颯の最初の言葉が聞けなかったから、今度こそと思っていたけれど、よく考えればまだ少し早かったか。
「ギイ?」
「いや……それより、みんなで遊びに行かないか?セントラルパーク動物園はどうだ?」
「「やったーっ!」」
 両手を挙げて喜ぶ二人に釣られて同じように両手を挙げた咲未に吹き出したのだが、予定も聞かず、相談もせず、勝手に決めたことに気付き、チロリと託生の顔に視線を移すと、
「着替える前に、大樹と一颯の着替え、お願いね」
「………はい」
 にっこりと役割を言いつけた。


 その数ヵ月後、一週間の出張から帰ってきたら、一気に意味のある二文字語をしゃべっている咲未を見て、最初の言葉を聞き逃したことを嘆いていたら、託生がそっと耳打ちした。
「やっぱり、あれが最初の言葉だったみたい」
「あれ?」
 って、どれだ?
「ぼくの携帯が行方不明になったときの……」
「あぁ、らーらーみたいなことを言っていたな。あれ、意味があったのか?」
「うん、さっきも言ってたじゃないか……あの………ギイがただいまのキスをしたとき………」
 そう言えば、オレがただいまのキスをしたとき、腕の中の咲未が言った。「らぅらぅ」と。
 あー、なるほど。そういうことか。
 説明しながら頬を赤く変化させ、
「なんて言葉覚えたんだよ」
 と頭を悩ませている託生には悪いが、そうか、あれが咲未の最初の言葉だったんだなと、顔がにやけてきた。
 マミィでもダディでもなかったけど、さすがオレの子供。空気が読める聡明な子だ。
 あぁ、親バカでも過大評価でも、なんとでも言え。
 しかし、咲未に「ラブラブ」なんて教えたのは、誰だ?




設定ファイルもどきを2つほど、くっつけてみました。
ファイル整理の一環なのですが;
咲未の最初の言葉は、今でも口癖になっている、あれ、です(笑)
そして、教えたのは、本宅にいる綺麗なお姉さまです。
(2013.2.23)
≪Life(未来編)≫TOP | TOP(履歴順) | NOVEL_TOP | HOME
Copyright (c) 2014 Green House All rights reserved.