● ● かくれんぼ(2013.6) ● ●
リビングに入ってくるなり、キョロキョロと部屋の中を見回し、次々とカーテンを捲っていく親父に、オレも兄貴も咲未も首を傾げた。
昼前に出張から帰ってきて一緒に昼食を取ったあと、疲れているからだろうと気を使って三人でリビングにいたのに。 「父さん、なにしてるんですか?」 こういうとき代表を務めるのは兄貴。オレ達兄妹のまとめ役兼親との交渉係は兄貴だと、昔からオレも咲未も認識している。 「託生、知らないか?」 しかし、兄貴の質問にカーテンの裏を覗きながら、親父が反対に質問してきた。 昼食後、親父と一緒に階下に下りたはずなのに、お袋がいないとは。外出したような気配はなかったから、家の中にいるだろうけど。 「こちらには来てませんが」 「そうか………」 親父は兄貴の答えに肩を落としながら、今度はキャビネットの下を覗き込んだ。 いや、いくらなんでも、そんなところにお袋が潜り込まないだろ? 密かに突っ込みながら、首を捻っているオレにかまわず、親父と兄貴が会話を進めていく。 「下のフロアは」 「今、見てきた」 「空き部屋やストック部屋も?」 「あぁ。ベッドの下もクローゼットの中も段ボール箱の中も」 答えながらキャビネットの扉を開け………七匹の子やぎじゃねぇぞ。本当に、そんなところにお袋が隠れてると思ってるのか? なんとなく頭痛を感じる。 しかし、珍しく親父が家にいるのにお袋が雲隠れするとは。 「父さん、なにしたんだよ?」 「んー。些細な意見のすれ違い」 と何気ないように言っているけれど、たぶん、あれだ。こんな真昼間からベッドインしようとして怒らせたんだろう。掃ったみたいだけど、ズボンの裾に靴跡が残っている。 引き出しまで開けて確認し(だから、そんなところにお袋が……以下略)、今度は隣のダイニングルームに入っていく。 そのとき、ふとリビングの入り口に目をやると、お袋がこそっと覗き込んでいて、思わず叫びそうになり慌てて手で口を塞いだ。 兄貴と咲未もお袋に気付き、ダイニングルームでガタガタ音を鳴らしながら探している親父に視線を移し、そして、またお袋に戻す。 そりゃ、親父の背後についているのなら、いくら探したって見つかるわけがないだろうけど、なにやってんだ、この夫婦。 親父はダイニングルームを隅々まで探して、と言っても、ここはテーブルと椅子しか置いてないが、 「託生、来てないか?」 そのまた隣の厨房に入っていく。 その隙に、お袋が素早く廊下を横切り、反対側のリビングの壁に隠れ、オレ達に向かって「しーっ」と口の前に指を立てた。 でも、なんか、面白くなってきたぞ。 兄貴と咲未と目で頷きあって親父の後を追う素振りで、お袋を隠すように厨房の入り口に向かう。 「いらっしゃいませんよ」 「冷蔵庫の中に隠れてるとか?」 「寒がりの託生様が、そんなところにいるわけないじゃないですか」 呆れたシェフの声が聞こえ、 「そりゃ、そうだ」 納得し厨房から廊下に出てきて、使用人の休憩室へ続くドアに向かった。 その後ろをオレ達が追い、そのまた後ろをお袋が追う。 シェフがお袋に気付き、慌てて皆で「しーっ」と指を立てると、なぜかシェフが慣れた様子でウインクを一つ返し、鼻歌を歌いながらディナーの準備に取り掛かった。 「父さん、休憩室には、さすがに母さんも入らないだろ?」 ドアをノックして、一応、中にいた使用人達に声をかけて許可を取り、入室して探し出した親父に声をかける。 休憩室に入ったことがないわけではないが、ここは皆が休憩する場所でオレ達の遊び場ではないと、昔からきつく言い聞かされていたので、なんとなく居心地の悪さを感じた。 それに、お袋がこの部屋に入っているのを見たことはないし。 しかし。 「………いや。昔、メイド服を着て一緒にお茶してた」 親父の声に、中にいた使用人達がバツが悪そうに苦笑いし、視線をはぐらかせた。 ほとんどの使用人が、両親が結婚したときからペントハウスで働いてくれていると聞いていたし、雇い主と使用人としての一線はお互いに引いているが、お袋の性格が色濃く表れアットホームで仲がいい。 あー、それで、シェフが慣れてたんだな。親父とお袋のかくれんぼは、別にこれが初めてじゃないわけだ。 てことは、お袋のヤツ、マジに戸棚の中に隠れていたことがあるのか? 「お母様のメイド服姿って、可愛いでしょうね」 あ、こら、咲未。余計なことを言うんじゃない。 「あぁ、すっげぇ可愛かったぞ!」 ほら、見ろ。 親父がクルリと振り返り、当時を思い出したのか鼻の下を伸ばし目尻を下げた。 「やっぱり!」 「そりゃ、もう、食べちまいたくなるくらい、託生は可愛かったんだぞ。今も可愛いけど」 ………てか、食ったんだろ。 なぜなら、横目で背後をうかがえば、ムッとしたようなお袋の顔が覗いていて、その後、お持ち帰りされたんだなと簡単に予想できたから。 結局、休憩室でお袋は見つけられず(背後にいるのだから当たり前)、エレベーターホールを囲むように続く廊下を進みながら、各部屋を隅々まで探していく。 「いませんね」 と言いつつ、率先して親父を手伝う兄貴がわざとらしい。 「託生ーっ、出てこーい!」 叫ぶ親父は、どう見てもFグループのカリスマ総帥には見えない。そろそろ、泣きが入るんじゃなかろうか。 「些細な意見のすれ違いって、なにかしら?」 「また、無駄遣いでもしようとしたんじゃないか?」 「でも、先週ドレスを十着作って、お母様に怒られたばかりなのに」 「それに合うアクセサリーを買おうとしたんだろう」 「あぁ、そういうことね!」 納得して素直に頷く咲未に苦笑しつつ、息子にフォローなんかさせるんじゃねぇよと、心の中で毒づく。いつになったら、親父からラブラブいちゃいちゃ新婚気分が抜けるのだろうか。 とりあえずは、お袋の怒りが収まるまで、かくれんぼは終わらないだろう。 (2013.6.2 blogより加筆転載) |