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●  粉雪が舞い散る夜に-3-  ●

 鬱陶しいマスコミのカメラを振り切り本社に入った直後、
「責任を取ってもらう!今すぐ離婚して、娘と結婚しろ!」
 父親ギルバート・サンダースが乗り込んできた。
 弁護士を挟まずに直接乗り込んできたところを見ると、これは娘の狂言か。
 クリスティーナ・サンダース。何度かパーティで見かけた。派手さはないが……どちらかというと内向的なタイプで思い込みの激しそうな女だったな。
 それなりに名のある外食産業を経営しているとは言え、Fグループの崎義一に一方的に命令とは恐れ入る。こいつは、余程娘を猫かわいがりしているらしい。
「私は全くの無関係です。クリスティーナ嬢と話をしたこともない」
「シラを切る気か?!娘が数ヶ月前から付き合っていたと言ってるんだ!」
「会っていたという証拠でも?それなら、今すぐ出していただきましょうか」
「そんなもの必要ない!娘の腹に子供がいる。これが証拠だ!」
 人の話を聞けよ、このクソ親父。そんなものが証拠になるか。
「でしたら、DNA検査を要求します。それで、はっきり私ではないと証明できますから」
「DNA検査だと?!出生前の検査が母体に危険をもたらすことはわかっているだろうが!いいかげん認めろ!」
「身に覚えがないことを言われても困ります。妻以外を相手にしようとするとEDになりますので」
 しらっと揶揄すると、サンダースの顔が怒りで真っ赤になる。しかし、このまま頭の血管が切れたら面倒だなと余裕のある対応ができたのはそこまでだった。
「あんなシーメールなんかとさっさと離婚して責任を取れ!」
 サンダースの言葉に一気に殺気立つ。
 託生をシーメール呼ばわりだと?しかも、まるで人間ではない生き物のような口調に、全身の血が逆流したかのような怒りが駆け上がる。
 ゆらりと立ち上がったオレに、サンダースがたじろいだ。
「娘可愛さに言い分を鵜呑みにして調査もせず、オレ達夫婦を別れさせ、娘と結婚だなんて正気の沙汰じゃない。しかも、妻の過去まで暴き、事実無根の話まで作り、プライバシーの侵害に名誉毀損。今すぐ訴えようか?」
 低く地の底から這い出るオレのどす黒いヘドロのような物が、全身を包み込んでいく。託生を侮辱するなど、オレが許さん。
「あんたも人の上に立つ者なら真実を見分けろよ。今すぐDNA検査を要求する。検査の結果がでない限り話し合いには応じない。帰れ!」
 怯え腰になったサンダースに更に畳み掛け、部屋を追い出した。
 出生後まで待てるか。生まれるまでに何ヶ月かかると思ってるんだ?その間に託生がどれだけの傷を受けるか計り知れないのに。
 だからと言って、告訴すれば証拠のためにと託生の体を隅々まで調べられるだろう。主治医であるならば託生も診察を受けるが、これは診察ではない。託生という人間が男か女か性別を判別するものだ。そんなこと許せるわけがない。
 早期決着させなければ。


 そんなオレの焦りを他所に『Fグループ次期総帥夫婦のスキャンダル』は世界中を瞬く間に駆け巡った。
 そして、オレの今までの行動が全て裏目に現れ、まずは社交界の人間共から夫婦仲が悪いなどとデマを流された。過去遊んでいた事実も取りざたされ、いかにもオレがサンダースの娘と不倫をしていたとしても可笑しくない不誠実な人間だと噂話が飛び交う。
 オレのことはいい。託生を公の席に連れて行くこともなかったし、過去に遊んでいたのも事実だ。しかし、その理由にシーメールを紛れ込ませられたら、いつまで経っても託生の話題が消えない。
 いや、それこそに興味があるのだ。オレの不倫疑惑なんかよりも、Fグループ次期総帥の妻の座についている人間がシーメールであるということが、人々の好奇心を刺激している。
 託生は違う………。
 けれども、それは言えない。託生の体の秘密を暴露するようなことを、言えるはずもない。
 そして、根も葉もない噂話は、仕事にも差し障りが出るようになった。
 Fグループ内でも、オレを知っている本社の人間はともかく、支社や子会社から「そんな親の七光りだけのいいかげんな人間には任せられない」と声が上がり、幹部連中まで親父に進言する事態だ。内部分裂まではいかないだろうが、厄介な状況になってきている。
 社内でもこうなのだから、取引先の態度に嫌悪感が謙虚に現れた。今まではすぐに片付いた仕事が長引きだし、オフどころではなくそのまま本社に泊り込み、ペントハウスに帰れない日が続く。
 託生を守るどころか、自分の現況の対応に追われるしかない有様に、情けなさと苛立ちがオレを包んだ。


 足早に歩くオレのあとを、マスコミが雪崩れ込むように追いかけてくるのも、すでに見慣れた光景になっていた。
「何度かパーティで見かけたことはありますが、一度も話したことはありません。私の子供だなんて絶対ありえない」
「では、誰の……?!」
「そんなこと、私に聞かれても知るわけがない。なんなら、私の過去数ヶ月のスケジュールを公表しましょうか?SPの日報もつけて。裏づけなら私が会った人間全員に聞けばいい」
 あぁ、今すぐに用意してやるぞ。サンダースの娘の妊娠周期から、事のあったらしい日付くらいすぐに弾き出せるだろう。もっとも、オレは託生と日本にいたけどな。
「島岡!過去半年分のスケジュールとSPの日報を用意して公表しろ」
「承知しました」
「でも、奥様はシーメールですよね?!跡取りに困っ………ひっ!」
 そんなやりとりをしている中に、無遠慮なオレの神経を逆撫でする台詞に足を止めて振り向いた。
 どこの局の者だ。人目がなければ半殺しにしてやるのに。
「名誉毀損で告訴しましょうか?しないのは、証明のためにと妻の体を複数の医師によって調べられるからだ。女性としてそんな屈辱を味あわせたくない」
「では、奥様がシーメールであるとか、貴方が不倫をしているとかは……」
「初めから作り話だと言っている。そんな時間があるなら妻を口説きますよ」
「では、どうして奥様は男子校に?!」
「そこまで話す必要はない」
 ぶった切って車に乗り込んだ。
 胸糞の悪い。
 どさりとシートに体を投げ出した視界に、ロックフェラーのツリーがちらりと写る。
 今年は、無理そうだな……。
 脳裏に浮かんだ託生の喜ぶ顔が、物悲しそうに変わった。
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