● ● Life -3- ● ●
二時間が経過した頃、手術中のランプが消えた。ゆっくりと腰を浮かして、ドアを凝視する。
しばらくして両開きのドアが開き、点滴を打たれベッドに横たわった託生が、看護師に囲まれて出てきた。 「託生……」 ほんの少し顔色が戻ったように見えて、ホッと安堵の息を吐く。 ついていてやりたいけど、ごめんな。話が終わったら、すぐに行くから。 託生の頭を一撫でし、看護士に入院する部屋番を教えてもらって、ベッドから一歩下がった。 エレベーターに乗り込みドアが閉まったのを見届けたとき、廊下の向こうから二人分の足音が聞こえてきた。 静かな足音は、病院内を考慮してのことなのか、それとも、慌てるほどではないと思っているのか。 廊下の向こうから現れた一組の男女に、オレと中山先生は頭を下げた。 「葉山君のご両親ですか?祠堂学院校医の中山と申します。こちらは葉山君の友人の崎です」 「初めまして、葉山です。ご迷惑おかけしました」 「先ほど手術が終了しましたので、もうすぐ担当医の話が聞けるかと思います」 取り乱すこともなく淡々と挨拶をする両親に、一瞬眉を顰めたものの、中山先生は慣れた様子で現状を報告する。 図太くないと祠堂の教師は務まらないよな。 応接室に通されたオレ達は、勧められるがままソファに座り、担当医の言葉を待った。 「結論から言いますと、託生さんは女性です」 あらかじめ聞いていたオレは動揺することはなかったが、託生の両親は案の定息を飲んだ。 「託生が、女性?」 しかし、呆然と呟く父親とは対照的に、どことなく嫌悪感を発する母親が気になる。 託生から家族の事を聞いたあと、オレは虐待する親の心理を探るべく、託生が英語嫌いなのを逆手に取り、本国から本を取り寄せ読み漁った。 複雑に細分化された数ある原因の中の一つ。自分の子供を恋人のように仕立て上げ、溺愛する母親。 もしも、母親にこのパターンが当てはまるのであれば、同じ女性として託生をライバル視することも考えられる。それが例え自分の子供であっても。 ましてや、託生と尚人の間には肉体関係があったのだ。託生に嫉妬心を抱くことも有り得るだろう。 「まれに外性器と内性器が異なるお子さんが産まれる事があります。託生さんがそうで、託生さんのお腹には、卵巣や子宮などの女性の臓器があり、反対に精巣や睾丸などの男性の臓器はありませんでした。今までわからなかったのは、なんらかの理由で、女性ホルモンの分泌がなかったのでしょうね。第二次成長が止まっていた状態です。そして、膣と子宮が繋がっていなかったので、月経が流れる部分がなかったんです。それが今回の腹痛の原因で、急遽ですが膣と子宮を繋げる手術をし、組織検査の為、子宮内の掻爬もしました。外性器に関しましては、本人の意向を聞いて形成手術をするかどうか決めることになります」 冷静に淡々と現状を話す担当医の声を背に、オレはじっと託生の両親の様子を見ていた。母親の、膝の上で握りしめている拳が震えている。 「それから、十八年間男性として育ってきた託生さんのメンタル面でも、フォローが必要となってきます。カウンセリングはもちろんですが、家族の方々の愛情が一番……」 「そんな変な子、私の子じゃない!」 重苦しい空気に満ちた応接間を引き裂いたのは、託生の母親の悲鳴だった。 「崎!」 思わず立ち上がりかけたオレを諌める声に、一瞬、口唇を噛み締めて堪えたものの、続けられた言葉に一気に逆上する。 「やっぱりあの子が尚人を誘惑したのよ!そうに違いないわ!」 普通の親なら子供のことを一番に考えるのに、この母親は……! 「虐待を受け傷ついたのは、託生だ!」 オレの言葉に、両親の表情が凍りついた。一応、自分達が託生になにをしたかの自覚はあるようだな。 家族内で隠していたタブーを他人のオレが知っている事実に驚いているようだが、託生はオレに嫌われるかもしれないと恐れながらも、真実を語ってくれたんだ。今更、否定したって、現に託生がこの歳になるまで、インターセックスだと判明しなかった事実は消えない。それだけ託生に興味がなかったという証拠だ。 「……君は、何を知っている」 「全て知っています。葉山尚人が託生に何をしたのか。貴方方家族が、どれだけ託生を傷つけたのか。それでも、託生は貴方方を許し、家族としての愛情を持っていました。でも、貴方方は親でも何でもない!これ以上託生を傷つける事は、オレが許さない。託生は、オレが責任を持ってお預かりします。もう二度と託生の前に顔を見せないでいただきたい!」 託生が「普通に両親と話ができた」と、電話で嬉しそうに言っていた。佐智の別荘で「早く家に帰りたい」と、ホームシックにかかっていた。 託生の想いが全て素通りしていた事実を目にし、怒りで頭が沸騰しそうになる。 「後日、こちらの弁護士を向かわせます。これからは全て弁護士を通してください。貴方方は尚人の面影だけで生きていけばいい」 ………すまない、託生。 「帰ってください」 「葉山さん。ご家族のサポートをお願いしたいと思っていましたが、託生さんの担当医として貴方方を患者と会わすわけにはいかないと判断しました。お帰りください」 担当医の言葉を最後に、託生の両親は軽く頭を下げ、まるで逃げるように部屋を出て行った。 「崎……お前………」 「佐藤先生。託生の今後に関しては、オレが責任を持ちます。もしも成人した後見人が必要ならば、明日にでも用意します。託生にはオレから話をしますから、今は黙っていてもらえませんか?」 頭を下げたオレに、 「私の仕事は患者の病を治すことだけです。私も患者の負担になるだろうと判断しましたので、崎さんだけの責任ではありませんよ」 そう答えてニコリと笑い、しかし、 「ただし、託生さんにお話しするのは待ってください。今は両親のこと以上に、ご自分の体を受け入れるだけで精一杯になるはずですから」 医者として、余計なことを今は言うなとオレに釘を刺した。 託生、ごめん。お前の意見を聞くことなく、オレはお前の両親に絶縁を言い渡した。もう二度とお前の前に姿を現すなと……。 お前から親を取り上げた報いはオレが受けるから、今まで以上に愛すから、託生、許してくれ。 |