● ● Winner!(2011.10) ● ●
「あのね、ギイ。秋の新作バッグが出たのよ」
楽しげな絵利子の声が、携帯から届いた。 そんな下らないことで仕事中に電話してくるなよ。託生でさえ、遠慮して専ら連絡はメールなのに。まぁ、今は移動の最中だからいいけどな。 「へぇ。それで?」 「優しい優しい、お・に・い・さ・ま。可愛い妹にバッグ買って」 投げやりに答えたオレに、甘えた声で絵利子が強請る。 「………あのなぁ。なんでオレが絵利子のバッグを買わなきゃいけないんだ?誕生日でもなんでもないのに。だいいち、お前、そのくらい買えるだろ?」 曲がりなりにも崎家のご令嬢。それこそジェット機くらい簡単に買えるくらいの金はある。 「うん、もちろん買えるわよ」 あっさりと頷く絵利子に、溜息が零れた。 「だったら………」 「ギイに買ってもらうって決めたの」 「なんだよ、それ?オレは買わないぞ」 勝手に決めるな、そんなこと。 そりゃ、買うくらい簡単だし買ってやってもいいけれど、オレが一番プレゼントを渡したい託生が「無駄遣いするな」と貰ってくれないのに、託生を差し置いて絵利子に買うのも順番が違うと言うか……。 「じゃあ、絵利子に買ってやりたいなと思ったら、買って」 「はぁ?」 なんだ、そりゃ。まぁ、そういう気分になったら買ってやってもいいが。 「あ、そうそう。土曜日、そっちに遊びに行くから」 「ペントハウスにか?」 バッグの話は終わりとばかりに話題転換してきた絵利子の言葉に、つい先日も来たばかりだろと咎めようとして、 「お父様とお母様も一緒にね」 と続けられ口を噤んだ。 お袋と絵利子はともかく、親父がペントハウスに来るのは滅多にないからな。それに、機嫌を損ねて、また大量の仕事を回されたら困る。 しかし。 「オレ、仕事で帰宅時間わからないぞ?」 ただでさえ毎晩遅いんだ。託生と会話できるのは、それこそ朝食のときだけなのに。 「ギイはいいのよ。託生さんに会いたいだけだし」 はいはい。そうでした。元から、オレはおまけでした。 いいかげん慣れたけどな、お前、そんなバッサリ言ってくれるなよ。それなりにヘコむんだぞ? 「お父様とお母様は夕方になるらしいけど」 「あぁ、わかった。託生に言っておくよ」 託生を囲んでディナーを…というところか。 「あぁ、もう着くから切るぞ」 「うん。じゃ、お仕事がんばってね」 結婚と同時に無理矢理本宅を出てきた。寂しい思いをさせるつもりは毛頭ないが、結果的に託生に一人きりの食事を強制させているようなものだ。少しでも託生が楽しんでくれるのなら、このくらい目を瞑らないとな。 託生にメールを打とうとして、止めた。ほんの少しでもいいから託生の声が聞きたい。 次の移動時間は託生との時間にしようと決め、携帯を内ポケットに入れた。 ペントハウスに帰り着いたのは、もう十二時を回ろうとした頃。 真っ暗な寝室を横切って、託生を起こさないようにシャワーを浴び、静かに託生の隣に体を滑り込ませた。 「ん……ぎい………?」 「うん。ただいま、託生」 振動に気付いたのか、託生が寝ぼけ眼でオレの名を呼ぶ。 擦り寄ってきた体に腕を回し抱きしめると安心したように目を閉じ、規則正しい寝息が聞こえてきた。 腕の中の温もりに、幸せだなと心から思う。こんな幸せな人生を送れるなんて、数年前までは考えられなかったことだ。 甘い匂いに包まれ眠るこのひと時が、今のオレにとってささやかな安らぎの時間。 だが、託生はどうなのだろう。 いつも遅いオレに文句ひとつ言わず、会話するにもそれこそお互いの業務連絡で終わってしまうようなわずかな朝食の時間しか取れない状態に、寂しさを感じていないだろうか。 「ごめんな。託生との時間が取れるようにがんばるから」 託生の小さな口唇に軽くキスをして目を閉じた。 「では、明後日の九時にお迎えにあがります」 「あぁ、島岡もお疲れさん。よい休暇を」 珍しく早く帰れると思ったら、明日も休みとはありがたい。 今日は託生とゆっくり……あ、本宅から来るんだったか。泊まりはしないだろうから、明日の朝ゆっくり起きて、託生とデートでもしようか。 プランを練りながらドアを開けると、執事が頭を下げた。 「義一様、お帰りなさいませ」 「託生は?」 「絵利子様とあちらの居間にいらっしゃいます。旦那様と奥様も、もうすぐお着きなると」 「あぁ、わかった」 プライベート用の居間の前に立ち、普段ならノックなしで開けるところを、絵利子がいるからと一応形ばかりノックをして、 「託生、オレだ。帰ったぞ」 声をかけると、 「ギイ、おかえ………」 「え、嘘?!」 絵利子の声を遮るような情けない託生の声が聞こえ、続いて「どうしよう?!」とドタバタ走り回るような音が響き、 「絵利子ちゃん、開けないで!」 次いで悲鳴のような託生の声が聞こえた直後、絵利子がドアが開けた。その背後にピャッとリスのような物が横切ったのは気のせいか? 「ギイ、お帰り。お邪魔してます」 「久しぶり、絵利子。託生は?」 「んー、あそこ」 振り返ってぐるりと部屋の中を見渡した絵利子が指差した場所には、不自然に盛り上がっているカーテンがあった。眉間にしわが寄る。オレから隠れるなんて、なに考えてんだ。 「託生、なにしてんだよ?」 「ギイ、来ないで!」 「なんだよ。せっかく早く帰ってこれたのに」 「じゃ……じゃあ、五分だけ部屋を出ていって」 「なんでだよ?」 ここは、オレと託生の居間だぞ?なんでオレが出て行かなきゃいけないんだ? 「たーくーみー」 「来ないでってば!!」 「いいかげん、出て来いって」 片手でカーテンを捲って………元に戻した。 なんだ、今のは。 このカーテンの裏に、すごく可愛い生き物がいたような気がする……。 ギギギギと振り返り絵利子を見ると、腕を組み満足そうに数度頷いてブイッと右手を上げた。応えて力を込めグイッと親指を立てる。 グッジョブ、絵利子。お前、兄貴の趣味理解しすぎ。 邪魔をしないようにか、絵利子が静かに部屋を出ていったのを横目に、改めてカーテンをそろりと開けて覗き込むと、涙目になって見上げている託生の瞳とぶつかった。 「ギ……ギイ………」 小動物のように小さくなっている託生の腕を取り、カーテンの影から引き出す。 うわ、鼻血出そう。すっげ、可愛い。 もしも祠堂が男女共学であるならば、女子学生の制服はこうなるだろう、の見本のような制服もどき。 祠堂の制服と違うのは、ジャケットがもう少し体にフィットするようにスリムに作られ、ネクタイは同系色のリボンに。もちろんパンツもミニスカートに。仕上げは紺のニーハイソックスにローファー。 託生の魅力を存分に引き出した、生唾物の逸品にゴクリと喉が鳴る。 似合いすぎだろ、お前?このまま現役女子高生と言っても、絶対通るぞ? 「どうしたんだ、これ?」 「絵利子ちゃんと遊んでて、ぼくが負けたらこれを着て欲しいって言われて……でもそのとき上着しか見えなかったから、まさかこんなのだとは思わなくて……」 ………絵利子のヤツ、わざとこの特徴的なジャケットしか見せなかったな。 「むちゃくちゃ可愛い」 上から下まで視線を何往復もさせて、桃色に染まった頬にキスをした。 そのとき、ココンとノックが鳴り、 「お父様とお母様が着いたって」 「えぇぇぇぇぇ?!着替えなきゃ!ギイ、離して!」 腕をオレに取られて、咄嗟に蹴りの体勢に入った託生に、 「下着見えるぞ」 ボソッと一言言うと、託生は上げた足を戻し「うーっ」と唸って上半身で暴れだした。 「ギイ、離してってば!」 一度この服を脱ぐと、次に着てくれる保障ははどこにもない。このまま託生にこの制服もどきを着せておくには………。 逃れようと大暴れする託生を片手で抱きしめながら、一気に頭を超高速回転させ、 「絵利子」 協力者であろう我が妹呼んだ。 「なぁに?」 「このまま託生を確保!」 「はぁい」 「なんで?!」 オレの言葉に素直に頷き、絵利子が託生の手を握ったのを見届け手を離す。元々、男として生きてきた託生が、絵利子の手を乱暴に振り払うようなことは絶対しないのを承知であとを任せ、隣の寝室に駆け込み勢いのままクローゼットを開けた。 確か、この辺りに……。 目当ての物を見つけ素早く着替えて居間に戻り、 「託生、お待たせ」 絵利子に手を握られたまま涙目で困っていた託生が顔を上げ、ポカンと口を開けた。 残しておくものだな、制服は。 「え、え?」 「一人で制服ってのは託生も恥ずかしいだろうから、オレも仲間入りした」 というのは、口実だけどな。 このままだと、絶対託生は着替える。どんなときでも布石を打つのは、ビジネスマンとして鉄則だ。 確実にこのままベッドまで持ち込まなくては!絵利子の努力を無駄になんてするものか! 暴れることも忘れ、見とれているらしい託生に近づき、 「眼鏡かけた方がいいか?」 にっこり笑って覗き込むと、託生の顔が耳まで赤く染まった。こういうところは変わってないな。 「で……でもね……」 「高校生カップルみたいだね」 「託生さん、よく似合ってるわ」 「ギイが老けてるけどね」 抗議しようと声を上げた託生の背後から両親が顔を覗かせ、 「お義父さん!お義母さん!」 託生が慌ててオレの後ろに回り込んで隠れた。が、託生、無駄だぞ。その可愛い姿は、向こうの鏡に写っている。 あの絶対領域が堪らん!もう、今すぐ食べちまいたい! そんな邪な思いを抱いているとは露知らず、 「あのあの、着替えてきます!」 と、オレごと動こうと託生が背中を引っ張った。 「えー?せっかく着替えたのに。オレ一人でコスプレしろってか?」 「コスプレって、なに言って……ギイも着替えたらいいじゃないか。勝手に着てきたくせに。ぼく、着替えるから」 と言いつつ、一人で歩こうとしないのは何故だ。オレを盾にしているな、こいつ? 「あ、託生さん、ちょっと待って」 「はい?」 そんなオレ達を見ていたお袋が、少し焦ったような声で託生を引き止めた。 「実は、義一の制服姿を見たの、数えるほどなのよ。あ!貴方は、初めてじゃありませんこと。義一の制服姿?」 「そうなんだよ。祠堂ってこういう制服だったんだな」 ふむふむと顎に手をやり頷く親父と、感慨深げに頬に手をやるお袋。 ………嘘つけ。確かにオレが祠堂から帰国したときに不在のことも多かったが、何度か見ているはず。第一に全寮制の生徒の親が、制服姿を見る機会なんて年に数度もないぞ。 これは絶対、託生の制服姿を存分に拝みたいだけだ。 あー、もしかしたら今日オレの仕事が早く終わったのは、これのためだったのか?親父が動けばそれもありえる。こんな可愛い託生を見れるのであれば、利用されるのもいいけどな。 「あ、そうなんですか………」 世界中を飛び回る親父の多忙な状況を知っている託生は、素直にその言葉を受け少し顔を曇らせた。 こんな顔をさせたくはないが、たぶんそれは家族総意だろうが、この託生の可愛さを堪能できるのならば、どんな手段を用いようが許されるだろう。 「ね、もう少しだけ、着ていてもらえないかしら?託生さんが着替えちゃうと、義一も着替えそうだし。あの頃、あまり見れなかったから……」 そうお袋に懇願され「どうしたらいい?」という風にオレを見上げた託生に、 「そういうことだから、託生、付き合ってくれないか?」 「………うん」 申し訳ない雰囲気を出して頼むと、こっくり頷き託生は恥ずかしそうにオレの背後から一歩足を踏み出した。とたん「ほぉ」と溜息が部屋の中を包んだ。おそらく皆の頭の中では、喜びの鐘が鳴り響いていることだろう。 勝利の女神は、オレに微笑んだ! 和やかなディナーを終え、食後もそれなりに楽しい時間を送り、やっと気が済んだのか席を立った三人を見送ったあと、部屋に戻って託生をソファに誘った。 いきなりベッドに連れ込んでもな。何事も紳士的に…………あー、やっぱり、寝室に直行した方がよかったか?チラチラ視界に入る太ももに、気もそぞろになる。 「お元気そうで良かったね」 「まぁな。三人ともいつでも健康体の人間だし」 オレも、間違いなくそうだけど。うん、今、ものすごく血の巡りが良くなっているような気がするし。 しかし、ポテッと頭を肩に預けて「楽しかった」と噛み締めるように呟いた託生に、ふと眉を寄せた。 いつも一人で夕食を食べている託生。一人きりの食事なんて、どれだけ美味しかろうが、楽しいはずがない。二人でディナーを食べたのなんて、数週間も前のことだ。 「ごめんな。寂しい思いさせて」 「うん?」 「いつも遅くて、すまないなって思ってる」 「うーん、寂しくないって言ったら嘘になるけど、でも、ギイが必ず帰ってくるところで待てるのは嬉しいよ?」 オレの言葉に小首を傾げつつ、ごく当たり前のように託生がニコリと笑う。 あぁ、もう!どうして、こんなに可愛いかな?! 「ぼく、着替えてくるね」 一気に熱くなったオレに気付かず席を立った託生をすくうように抱き上げ、足早に寝室のドアを開けた。もう、我慢しなくていいよな。 「ちょ……ギイ!!」 「こんな美味そうな託生を前にして、今まで我慢してたんだぞ」 「美味しくない!ぼくは食べ物じゃない!」 「たまには、こういうのもいいよな。どうせなら、寮の部屋でやりたいけど」 「やややややるって………」 ベッドに下ろして、託生の靴を脱がせようと滑らせた手に、吸い付くような柔らかな感触。 うわっ、生足。 「ギイってば!」 靴を放り投げて、そのまま託生の上にのしかかり啄ばむようなキスを何度か重ねると、託生の体から力が抜け首の後ろに腕が回った。口唇を頬に滑らせ、かき上げたこめかみにキスをする。 「いや?」 「………じゃないけど」 「なに?」 「………高校生の時のギイを見ているようで、あの……ちょっと恥ずかしい」 「それが、いいんじゃないか」 「ギイ………!」 明け方まで眠らせられなかったのは、オレのせいじゃない。女子高生風味の託生を目の前にして、イケナイ親父のような気分だったのも、オレのせいじゃない。 いつもと違ったシチュエーションに、託生があまりにも初々しい反応を返すから、つい……な? 翌日、託生に文句を言われながらも、鼻歌を歌いそうなほど最高の気分のオレだった。 後日、山ほどの新作バッグを抱え、訪れた本宅のドアを開けて飛び込んできたのは………。 「………なんですか、これは」 「よく撮れてるだろう」 「ほんと、癒されますわね」 「お茶するときは、持っていけばいいし」 等身大に引き伸ばされた託生の制服もどきの写真。 眩暈がする。いつの間に写真なんて………。オレでさえ、あれ以来見てないってのに!というか、息子の愛妻の写真を玄関ロビーに飾る親がどこにいる?! 「託生さんの笑顔に見送られ、託生さんの笑顔に出迎えられるってのは最高の気分だな」 「えぇ、本当に」 そこ、頷くんじゃない!それはオレだけの特権だってんだ! ………とりあえず、データを渡してもらうか。 脱力しながら、ふと思う。 本当の勝者は、いったい誰だ? 久しぶりのLifeなのですが、えー、壊れてます(汗) いや、本編じゃなくて小話ですんで、まぁ、色んな方向にコロコロと転がっていきます。 小リスの託生くんが落ちてきて「お?」と妄想を追っかけていったら、こうなりました。 たまには、ギイにいい思いでもさせなきゃ拗ねちゃいますから(笑) (2011.10.22) |