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●  Life -10-(2010.11)  ●

   《 約束 》


 金曜日の夕食時。
 世間から隔離された祠堂の中では、ほんの些細な出来事でもすぐに噂が駆け巡るのが常だが、託生が入院している事はもう既に過去の出来事と化し、いつもどおりの食事風景が広がっている。
「ギイ、明日、病院に行くのか?」
「そのつもりだが」
 約束どおり、託生からは毎日他愛もないその日の出来事を書いたメールが入り、時折携帯をかけてきて、声を聞くこともできた。
 しかし、託生の選択を待つと決めたものの、託生に触れられないジレンマで限界に来ていたオレは、『退院が近いから』という理由で病院に行くことを決めていた。
 託生の邪魔をするつもりはない。気になるようならキス一つで帰ろうとすでに外出許可書を出し、明日の用事を繰り上げて片付け、朝から上京する予定だった。どうせ、授業なんてないことだしな。
 そう思いつつ、ふと食堂のドアに視線をずらした目に飛び込んできたのは、ここにいるはずがない愛しい恋人の姿だった。
「託生!?」
「え、葉山!?」
 キョロキョロと視線を彷徨わせていた託生がオレを見つけて、嬉しそうにふわりと笑い軽く手を振った。
 とたん、さざ波のように驚きの声に包まれた食堂の気配に、ビクリと託生が固まるのを見て、慌てて駆け寄り不穏なヤツらから託生を隠すように立つ。遠慮なく寄越された視線が背中にビシバシと当たるのを感じた。
「お前、何でここにいるんだよ!?」
「何でって、退院したんだよ?」
「そういうことじゃなくて」
「じゃ、どういうこと?」
 確かにそろそろ退院なのは知っていたし、明日退院日を聞くつもりだったんだ。そして、東京の本宅で療養させる予定だった。一応、託生にもそう伝えていたのに、なぜ祠堂になんて戻ってくるんだ。
「本宅に行くって言っていただろ?」
 小声で責めるように噛みつくと、
「うん、でも、ギイに会いたかったんだ」
 小首を傾げて当たり前のように言われて絶句する。
 お前、それ反則だぞ?
 惚れた欲目ではなく、入院前より格段に艶っぽくなった表情にクラリと眩暈を感じながら、溜息を一つ吐いて託生の細い腕を取り、ゆっくりとテーブルに戻ってオレの隣に座らせた。
「お帰り、葉山」
「赤池君、ただいま。あ、ありがとう」
 託生の分の夕食を置き、章三が向かいに腰掛ける。
「いつ、退院したんだよ?」
「今日の午後。島岡さんが、ここまで送ってくれたんだ」
 島岡のヤツ、オレに黙っていやがったな。
「でもな、託生」
「お。葉山じゃないか。退院したのか?」
 頭上から遠慮なく割り込んできたお調子者の声に、がっくりと項垂れる。
「矢倉君、八津君、久しぶり」
「もう、体は大丈夫なのかい?」
「うん。無理はできないけど、もう授業もないし」
「そうか、気をつけろよ。退院、おめでとう」
「ありがとう」
 当然のように、そのまま矢倉と八津が同じテーブルに着き、そして、託生が帰ってきているのを聞いた奴らが、まるで蛆虫のようにあちらこちらから湧き出て託生を取り囲む。
 うんざりとしているオレの横で、託生は嬉しそうににこにこと笑いながら律儀に挨拶を返し、まだ病み上がりだからと話を切り上げさせるまで、それは続いた。
 食後、寮の一階で章三と別れ、人気が無いのをいい事に託生の手を握り、無言のまま文句も言わずにゼロ番まで付いて来た託生を部屋の中に押し込み、ドアを閉めると同時に抱き寄せた。
 ふわりと託生の甘い匂いがオレを包み込む。
「託生、会いたかった」
「うん、ぼくも……」
 ホッと溜息を吐いた託生の頬に手をやり、親指で頬の柔らかさを確かめるように撫で、うっとりと目を閉じた託生に、引き寄せられるがまま口唇を重ねた。
 何度もキスを落として、戻ってきた温もりを確認する。
「ギイ、話を……」
 キスに応えつつ訴えた託生の要望に、名残惜しくもあったが託生を離しソファに誘った。
「あれから、たくさんたくさん考えて、それで一番にギイに聞いてもらいたくて、祠堂に戻ってきたんだ。ギイ、聞いてくれる?」
「あぁ」
「アメリカに行って、きちんとホルモン治療を受けるよ。それから、もう今年は無理だから、治療を受けながら語学学校に通う。そして、来年、ジュリアードかマンハッタン音大に入る」
「託生………」
 きっぱりと『応え』を告げた託生に、息を飲んだ。
 託生が男に戻りたいと言うのなら、それでいいと思っていた。この話は夢だったのだと思う事で、諦める覚悟は既にできていた。
 それなのに、託生……。
「それと、戸籍の事だけど」
「あぁ」
「二十歳になったら、まずは分籍する。親の戸籍から出たいんだ。それから、性別の変更手続きを取りたい……手続きの方法とか、あまり知らないけど……」
「それは、こちらから弁護士を入れるから心配ないよ」
「ぼく、色々とよくわからないんだけど……。ギイ、協力してくれる?」
「もちろん。ありがとう……ありがとう、託生……」
 涙を堪えて綺麗に笑う託生があまりに愛おしくて堪らなくなり、無我夢中で抱き寄せた。背中に回った腕の温もりが、泣きたくなるくらいの安堵をもたらせ、夢ではないのだと、これが現実なのだと訴えかける。
 きっと辛い決断だったに違いない。
 一度決めた進路を諦めアメリカに来てくれるだけではなく、きちんと治療を受けると言ってくれた託生に、目の奥が熱くなる。
 託生の頬を両手で包み、目と目を合わせた。
 一生かけても返しきれないくらいの幸せを貰い、これ以上望むことなど身の程知らずな事かもしれない。それでも、これだけは言っておきたい。
「オレからもいいか?」
「なに?」
「全てが終わったら、オレと結婚してほしい」
 オレは託生の左手を取り、薬指に口付けた。
「ギイ………」
「託生を愛してる。必ず幸せにする。だから、オレと一緒に、これからの人生を歩いてほしい」
「……うん」
 頷いた託生に、ゆっくりと口唇を寄せる。
 初めてキスをした時のような重ねあうだけの誓いのキスは、涙の味がした。
 オレは、この日のことを決して忘れない。





初の女性化でした。
管理人は、それほど違和感なく書いていたのですが(昔書いたタクギイの方が違和感ありありでしたので・爆)、いかがでしたでしょうか?
発端は3年ほど前に遡り、「こういう感じで、こういうのを書いてみたい」とある方に話していたものの具体的なイメージが湧かなくて、ずっと熟成させていたものです(熟成させすぎて腐ったかも;)
スイッチが入った今が書き頃だろうなと。
まぁ、単純に、障害なく結婚させてあげたかっただけなんですが。
いえ、結婚式まで書いてませんけどね(汗)
「あのね、ウェディングドレスは勘弁して」
「託生に似合いそうなんだけどなぁ」
「絶対、着ないからね」
という会話とかも入れたかったのだけど、2年後までは流石に長すぎました;
そんでもって、男の子が産まれ、数年後に産まれた章三×奈美子夫婦の愛娘に一目惚れし・・・・・。
どこまでも、妄想は続きます。
(2010.11.14)

加筆修正しました。
(2014.9.15)
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