● ● Love & Peace-2- ● ●
今まで見たことがない顔だ。
親父についているSP集団のチーフでもなく、オレ達一人一人についているSPでもない。 そのSP達が「上司だ」と言っていたから、たぶん崎家をガードしているSPの総責任者ってやつなんだろう。 オレ達四人がペントハウスに帰ってくるまで外で待たされたことに憤慨していたようだが、こいつ馬鹿じゃないのか? 住人の誰も許可していないのに、マンション内に入れるわけないだろうが。 常時マンションの周りをガードしているSPが宥めすかしていたらしいが、顔も見たことがない人間を、SPだからと言って頭から信用できるか? それを、蔑ろにされたと思うのは勝手だが、オレ達四人を居間に集め、威圧的に見下ろされる筋合いはないはずだ。 咲未を守るように抱き締めているお袋の横に兄貴。その反対側にオレ。 ソファに座ることもなく……まぁ、招かれざる客だと思っているから、勝手に座られても頭に来るだろうし、とにかくこの男は、顔を見た瞬間から、本能的に気に食わない種類の人間だと、オレの中で分別された。 「ギ………主人は大丈夫なんですか?容態はどうなんですか?」 「………容態は不明です」 「どこを撃たれたかぐらい、わからないんですか?」 親父が何者かに銃撃されたらしい………。 その場で無傷かどうかは知らないが犯人を確保し、しかし、もし複数犯だった場合、今度はオレ達が狙われる危険性があるからと、全員ペントハウスに帰らされた。 トップに立つものは恨みを買うことも多い。こういうことは想定内だ。だからこそ、SPがついているのだ。 ただし、SPがついているからと、百パーセントの命の保証はできない。これだけはどうしようもないこと。 しかし「総帥が銃撃されました」の台詞だけで納得できるか! オレ達は家族だぞ?親父が今どのような状態なのか、知る権利があるだろうが! 血の気をなくしながらも、震える咲未を腕に抱き、口唇を噛み締めているお袋を一瞥し、 「申し訳ありませんが、犯人が単独犯である確証が出るまで、外出は控えていただきます」 有無を言わせないような口調で告げる男に反吐が出る。 なぁにが、申し訳ありません、だ?悪いなんて欠片も思ってないだろ、こいつ? 仕事云々よりも、この場を仕切る優越感のようなものを感じる。 総責任者なんて、普段現場に出ることなどほとんどないだろう。しかし、トップが銃撃されたことにより、全てのSPを動員する事態になれば、名ばかりの総責任者も借り出される。 「誰か一人でも、主人の側に行けませんか?」 こんなやつに許可なんて貰わずとも、今すぐにでも親父の側に飛んでいきたいだろうに、お袋が土下座する勢いで懇願する。 銃で撃たれたのは事実なんだ。生きているのか、死んでいるのか。それさえもわからないなんてあり得ないだろうが! 「奥様、今は緊急事態です。勝手な行動は謹んでいただきたい」 「………勝手な行動だと?」 一瞬にしてオレと兄貴の目が鈍く光る。 「家族の心配をするのが勝手なことなのか?それなら、今すぐ父の容態を確認しろよ」 「そ………それは、個人情報に当たりますので、我々に詳しいことはわかりません」 「家族でないと容態を教えてくれないのなら、誰か一人でも病院に行くのが筋道だろうが」 「ですから、貴方方を危険に晒すわけには、こちらとしてはできないのです」 雇い主とSPの間は、ギブ&テイク。金を払う代わりに、命を守ってもらう。 そんなSPの仕事は、もちろん自分の命を危険に晒すわけだから、お互いリスクを減らす努力は必要だ。人の命は一つなのだから。 しかし、たった一人の人間を移動させるくらい、いくらでも方法はある。 どこから狙われているのかわからないのなら、ダミーの車を何台も走らせてターゲットを拡散させるとか、もしものときのために、裏口から隣のマンションに抜けることができるようになっているのだから、そこから抜け出して病院に行くなり、全員は無理でも可能なはずだ。 「それは、誰の指示なんだ?」 「………ご家族の安全と連絡については、島岡氏から任せられてますので」 「答えになってないぞ!」 オレは、誰から指示が出たのか聞いてるんだ。 「一颯、ギイは大丈夫だよ。絶対帰ってくるから、みなさんに迷惑かけないように、ここで待ってようよ」 「でも………っ!」 「ギイがぼく達を残していくはずないって。大樹も一颯も咲未も少しの間、我慢してね」 お袋が自分の気持ちを押し殺し、気丈に振舞ってオレ達を安心させようと笑顔を浮かべる。必死にオレ達を守ろうと、平常を保とうとしている。 しかし、 「ペントハウス内にも、何人か配備をしますので、そのおつもりで」 お袋が自分の言うとおりに動いたことに気が大きくなったのか、オレ達住人の許可も取らず、男が勝手なことを言い出した、 こいつ、一体なにを考えてる?そんなことをすれば、咲未が………ペントハウス内にいる人間の気が休まらないじゃないか。 親父の容態がわからない、自分自身命の危険にさらされているかもしれないこの状況の中、せめて家の中だけでも神経を張り詰めない空間にしなければならないのに。 こいつは、ペントハウス内までも自分の手中に収め動かそうとしているのか?なんのために? 「そういうことですので、私もこちらに………」 「お断りします」 ペラペラと喋る男の台詞を攫い、今までの控えめな態度を一掃したお袋の気迫に、男が言葉をなくす。 いつも穏やかで優しい笑顔を浮かべているお袋だけど、自分が納得できなければ頑として聞き入れることはない。相手が誰でも同じだ。 「これ以上、子供達の不安を煽るようなことは認めません」 真っ直ぐに男を睨みつける視線にたじろぎながら、しかし、相手が女だからと舐めているのか嫌な笑いを浮かべた。 「奥様。ガードに関しては、この私が責任者なんです。こちら側に従っていただきます」 「いいえ。ペントハウス内への立ち入りは、絶対に許可しませんし、これに関しては貴方に指図される謂れはありません」 親父がいない今、ここの主人はお袋だ。そのお袋の許可がなければ、ただの不法侵入だ。 「この………っ」 「この場所に来るのに、どれだけのセキュリティをかいくぐらないといけないと思ってるんだよ?Fグループ総帥崎義一の自宅に、早々簡単に入り込めるわけないだろ?」 こいつだって、説明をするって言うから入室の許可をしただけで、ここの住人が操作しなければ、ドアマンがいる場所より奥に一歩も進むことはできないんだ。 仮にヘリで上階のテラスに降り立ったとしても、そこから先へは進めない。普通のドアに見えるかもしれないが、あれは何枚もの鉄を重ねた防弾だ。マシンガンでも破ることはできない。もちろん建物に使われているガラスも全て防弾がはめ込まれている。 このマンションそのものが、要塞のようなもの。 そのために設計段階から親父が口を挟み、今では管理会社そのものがFグループ傘下に取り込まれ、民間のマンションでは想像できないくらいハイレベルなセキュリティが施されている。 お袋と男の無言の睨み合いが続く中、兄貴が二人の間に立ち、男の姿をオレ達から隠した。 「ご心配ありがとうございます。しかしながら、ここは崎家の自宅。当主崎義一の許可がない限り、入室はお断りいたします。今の状況は理解できましたからお引取りください」 「しかし………っ!」 「おや、耳がお悪いようですね。聞こえませんでしたか?………不法侵入でポリスに通報されたいか?」 「なっ!」 「ミスターのお帰りだ。見送りを頼む」 兄貴は部屋の側で控えていた執事に指示を出し、 「ご足労いただきまして、ありがとうございました。お出口はあちらでございます」 その言葉に、執事がにこやかに玄関ロビーに手のひらを向けた。 続いて、数人のメイドがぞろぞろと居間に入ってきて、 「お茶の用意ができましたので、どうぞこちらに」 と、オレ達と男の間に立ち、その場から連れ出した。 ちらりと横目でうかがえば、いつの間にか男の周りを使用人達が取り囲み、無言の笑顔で玄関ロビーに押し出している。 「………おわかりいただけたようですので失礼します」 背後から聞こえた声に、答えた者は誰もいなかった。 |