● ● 粉雪が舞い散る夜に-4- ● ●
少しだけでも休んでくれと島岡に懇願され、仮眠室のベッドに横になった。いつ起きていつ寝ているのかさえ、自分で把握できていない。ただ、ひたすら降りかかる火の粉を消し、今の状況を打破するべく動いているだけだ。
携帯の着信音が響きベッドサイドから手探りで取り上げたオレは、ディスプレイに珍しい名前を確認し慌てて起き上がった。 「章三?」 『よう。大変なことになっているようだな』 「まあな。そっちはどうなってる?」 タイミングのいい電話に苦笑して、日本の様子を聞いてみる。アメリカ国内だけで身動きができず、肝心の日本の方は親父に任せっぱなしになっていたからな。 『マスコミは動いていないようだな。止めたか?』 「あぁ、こっちで流れた直後に親父がな」 もしも託生のことを調べるのであれば、今後Fグループは一切スポンサーから外れるとの総帥直々の宣告に、日本のマスコミは震え上がっただろう。とにかく日本では、これ以上騒ぎが大きくなることはないのだと安堵した。 『祠堂には?』 「全て、ノーコメントを通してくれと学園長には伝えてある」 祠堂を卒業した直後、島田御大の元を訪れ託生のことを伝えていた。お互いの利害関係より、託生の心配のみをしていた御大に感謝をしつつ、もしものときのことを話してあったのだ。 あのような思慮深い優しい人間もいるのに……。 『で、言いたいことはないのか?』 ふいに、真剣な章三の声が聞こえ、ぼんやりとしてしまった思考を戻した。 「章三?」 『お前、またなにか考え込んでるだろ?』 確信的な問いに苦笑する。 相変わらず鋭いのな、お前。と言うか、これのためにかけてきてくれたのか?周りが敵ばかりの状態で、その言葉は優しすぎるぞ。だから、つい甘えてしまうんじゃないか。 「相手がオレじゃなかったら、ここまで託生を傷つけることはなかっただろうなってな」 弱音を吐いたオレに、ラインの向こうが一瞬静まったと思ったら、 『バーカ』 呆れ返った章三の声が聞こえムッとした。 「章三!」 『葉山はそんなこと、とっくの昔に承知している』 「でもな……!」 不特定多数の他人の目だ。今や全米のみならず、世界中から注目されている。これがオレではなくて普通の一般人ならば、話題にさえ上らないはずなんだ。託生がインターセックスでも、静かに暮らせていたはず。こんな思いをさせずに済んだだろうに……。 『今までも乗り越えてきたんだろうが、二人で。お前は葉山を過小評価しすぎなんだよ。あいつは強いぞ。バネのようだと僕はつくづく思っている』 「は?」 バネ?バネってあれか?プッシュ式のボールペンやシャーペンに入っているコンプレッションスプリング。あれのどこが託生なんだ。 『どこ吹く風のマイペースで自分の形を変えない。それどころか潰されたあとの反発力の強さは見かけ以上。どこからどう見てもバネだろうが』 「言われてみれば……」 言いえて妙だ。 しかし、バネはひどくないか?どうせなら、もっと可愛いものに例えてくれ。オレの愛妻だぞ? と、オレの心境なんぞ深く理解している相棒は、 『そう怒るな。大丈夫だって。お前と葉山がタッグを組めば敵なんていないさ』 カラリと笑った。 そうだな。ここで立ち止まるわけにはいかない。まだまだオレ達の人生は長いのだから。 「オレと託生に敵なしってか?そりゃ、そうだ。世界最強のカップルだもんな」 『そうそう。って、ここぞとばかりにノロけるな!』 章三の軽口に浮上していく。 相変わらず思い込みの激しい人間で悪いな。託生のことになると、周りが見れなくなる。それを引き戻してくれるのは、いつも章三だった。 「悪かったな」 『いや。また遊びに来いよ。鍋でも用意しといてやる』 そうして切れたライン。 年に数回も会うことがないのに、なにかがあれば必ず手を差し伸べてくれる相棒に感謝しつつ、左手に持ったままの携帯で託生の様子を聞こうと執事に電話をしたオレは、一分後部屋を飛び出した。 「ぼくはぼくだよ。大丈夫」 そう言っていた託生だったが、あの雑誌が発売された翌日、大学へ行こうとマンションを出たとたん、マスコミに取り囲まれそうになり慌ててSPがドアの中に押し戻した。とても外出できるような状態ではない。 そして、漏れた託生の携帯番号。どこから……いや、たぶん音大関係だろう。鳴り止まぬ着信音に執事が「少々お預かりを」と託生から取り上げ、その日のうちにアドレス帳を移し新しい携帯を渡した。 しかし漏らした人間がわからない状態では使うことができず、専らオレ専用のホットラインになっている。 大学に行けなくなった託生は、クリスマスコンサートの出演をキャンセルせざるを得なくなり、ペントハウスに軟禁状態だ。 「ギイ……?」 「大丈夫か?」 薄暗い寝室。ベッドに腰掛け額にかかっていた黒髪を指で梳いた。日に日に心労が重なり食欲が落ち、とうとう託生が倒れた。 「うん。ごめんね、お仕事忙しいのに迷惑かけて」 「迷惑なんて言うな。それより、明日病院に行ってくれるな?」 「うん。ギイがそれで安心してくれるなら」 顔色の悪い託生の頬にそっとキスをする。 まだサンダースはDNA検査を受けていないらしい。 子供のことだけでもはっきりすれば、少しは託生の心も軽くなるだろうに。 「章三から電話があった」 「赤池君から?」 「落ち着いたら遊びに来いとさ。鍋でも作ってやるって」 「赤池君のお鍋か。この季節はコタツでお鍋だよね」 「どうせならミカンもつけてもらおう」 「我侭すぎるって怒られるよ」 「コタツにはミカンだろうが」 クスクスと忍び笑い、 「また日本に行こうか」 「うん」 微笑んでこっくりと頷いた託生の頭を撫で眠りを促す。 しばらくして目を閉じた託生の穏やかな顔に、ほんの一時の安らぎを感じ目を細めた。 |