● ● 石に花咲く(2014.6) ● ●
咲未の質問に、鳩が豆鉄砲を食らったようにポカンと口を開け顔を見合わせた両親を見て、やっぱりこのバカップルには間抜けな質問だなとか、聞くだけ無駄だろうなとか思ったけれど、これで咲未が安心できるのならば仕方ない。
「離婚を考えたことある?」 「さ、咲未?」 「急に、なんだ?」 友達の両親が離婚したと咲未が自分のことのように落ち込んでいたのを心配したオレと兄貴は、とにかく当人に聞いてみようと、お袋の私室を訪ねたのだ。ただいま、療養休暇中により家庭内ストーカーと化している親父がそこにいることも把握済みである。 「教えてほしいの」 咲未の真剣な表情に、やれやれと溜息を吐いて、 「どうして、そんなに知りたいの?」 お袋がバイオリンをピアノの上に置き、咲未の頭を撫でた。 「マリーの両親が離婚したんだって。離婚の話が出たと思ったら、すぐに手続きを始めて、あっという間に引っ越しになっちゃったって」 「そっか」 「仲のいい夫婦でも何度かは考えることがあるってテレビで言ってたけど、みんながみんな、すぐに離婚するわけじゃないよね?」 アメリカの離婚率の高さは世界四位。だから、両親が離婚している子供が珍しいわけではないが、週末ごとに母親の家と父親の家を行き来するような状態を、子供の立場から複雑な思いで見ていた。 いつもいちゃついている親父とお袋を見ていると、オレ達には別世界の話のようであるが、絶対にないとは言い切れない。 咲未もそういう世間を知っているけれど、親しい友人の両親の離婚話は別なのだろう。考えたことはない、もしくは過去に離婚を考えたことはあるけど、それを乗り越えて夫婦でいるという安心感が欲しいのだと思う。 これに乗じて、オレも聞いてみたい本音もあるが。 「ある?ない?本当のことを教えて」 再度の質問に、オレ達だけじゃなく、食い入るように答えを待っている親父に苦笑し、 「………一度だけあるよ」 ないと予想していたオレ達を裏切り、お袋は爆弾発言を口にした。 とたん、親父が慌てふためいてソファから立ち上がり、揺さぶるような勢いでお袋の右肩を掴む。 「たたたた託生?なにか、許されないようなことしたか?鬱陶しかったとか?もしかして、夜の誘いが多……ぶっ!」 慌てすぎて、余計なことまで言いかけた親父の口を乱暴に手で塞ぎ、 「ギイも知ってるじゃないか」 呆れたようにお袋が睨む。 「オレも?」 「うん、結婚して一年後の夏」 「………あー、あれか」 なにかを思い出したのか、親父はがっくりと脱力し、お袋の肩に頭を乗せた。 「ギイ、重いって」 「オレを驚かせた罰」 二人の間では通じているようだが、オレ達にはチンプンカンプンだ。なにより、一度でも考えたらしい離婚理由に興味がある。 「なにか、あったの?」 「託生がオレを思って、身を引こうとしたんだよ」 肩口から顔を上げ苦く笑った親父を見て、居間に置いてある写真を思い出した。 毎年結婚記念日に撮っている家族写真は、兄貴が生まれるまではもちろん親父とお袋の二人だけだ。結婚式から一年後の写真。 お袋が痩せているなと思っていたけれど、もしかしたら、それが関係していたのかもしれない。 「お母様がお父様を嫌いになったわけじゃないのね?」 「うん、そうだよ」 「よかった………」 なにかしらの亀裂が入ったわけでもなく、理由はわからないが親父の為を思って離婚を考えたのなら、世間一般の理由とは異なる。 咲未だけじゃなく、オレも兄貴もホッとして息を吐いた。 やっぱり、両親には仲良くいてほしいもんな。 「じゃあ、お父様は?」 順番と言わんばかりに、親父にターゲットを移したのだが、咲未。さすがに親父はありえないだろう。オレ達が呆れるくらい、独占欲の強い親父だぞ?例え子供であっても、対象外にはならないんだからな。聞くだけ野暮……。 「………一度だけ、あるぞ」 ……って、えぇぇぇぇぇぇ?! お袋以上の爆弾発言に、兄貴まで目を剥いている。当のお袋は呆然と親父を見詰め、じわりと涙を浮かべた。 「た、託生、誤解するなよ。あの隠し子騒動の時だ!」 慌ててお袋を抱きしめる親父を横目に、今の親父の台詞を脳内で反復した。 聞き捨てならないことを聞いたような………。なんだよ、隠し子騒動って? 昔は遊んでいたらしいと聞いたけど、それはお袋と恋人になる以前の話だろうし、この親父が浮気をするなんてことも考えられない。 お袋の話と同じく、すぐに話はつくと思ったのに、 「隠し子騒動………って、いつ?」 思い当たるふしがないのか、不思議そうにお袋がコテンと首を倒し、親父が唖然と 「覚えてないのか?」 と呟いた。 お袋にとって、大したことがない事柄に分類されているのだろうが、興味津々、親父に聞いてみた。 「父さん、隠し子騒動って?」 「変な女が、オレの子供を妊娠したって妄想を募らせて、世間を騒がせたときがあったんだよ」 苦々しい口調に、当時どれだけ親父が迷惑をこうむったかが伝わってくる。 しかし、ビッグニュースの提供をありがとうと、マスコミは大喜びしただろうことが簡単に想像できる重大事件なのに、お袋は「うーん」と考え込んだままだ。 ここまで思い出せないのは、記憶力の問題か? 「クリスマスの時期、まだ大樹が託生の腹の中にいた頃にあったじゃないか。そのせいで、ロックフェラーセンターのツリーを見たのが年明けになった」 「………あー、あったね、そんなこと」 やっと思い出したのか、晴れ晴れとした表情を浮かべたお袋に乾いた笑いが漏れる。夫婦にとって重大な事件だろうに、「そんなこと」で片付けられるとは……。 お袋の性格を考えれば、その変な女に対して、遺恨を残していることはないだろうけど、懐が深いのか底が抜けているのか、それともなにも考えていないのか……考えるだけ無駄か。 「でも、ギイ。隠し子騒動と離婚と、どういう関係があるの?」 「あのとき、マスコミが押し寄せて、マンションから一歩も出れなくなっただろ?クリスマスコンサートだって辞退したじゃないか」 「そうだけど、それがどうしたの?」 さっぱり意味がわからないと顔に書いたお袋に、親父が言葉を詰まらせる。 しかし、オレ達には、親父の考えがすぐに思い当たった。崎に生まれ、これからもずっと崎だから。 「ギイ」 「……結婚相手がオレじゃなかったら、託生をこんな目に遭わせることもなかっただろうになって」 案の定、ポツリと零した親父の台詞は、予想通りのものだった。 どれだけ普通に生活したくても、周りが放っておかない。しかも、当時すでにFグループの次期総帥として動いていただろう親父のスキャンダルに、どれだけの騒ぎを湧き起こしたのか想像に難くない。 愛する人を守りたいのに守れない葛藤が、人並みならぬ独占欲をも超えたのか。 と考えている間に、目の前のバカップルを包む空気が甘ったるく変化し、 「ギイ、バカだろ?」 「あぁ、章三にも言われた」 「ほんと、バカだよ」 「バカにつける薬はないから、諦めてくれ」 顎が外れるくらいのバカップルぶりを見せつけられ、くらりと眩暈を感じた。 人の縁なんて、親子でも切れるときは切れるものだし、絶対なんて言葉は希望的観測に基づくものだと思うけれど、これだけは言える。この夫婦が離婚なんて、絶対ありえない!石に花は咲くんだ! 「お父様とお母様、ラブラブね〜」 嬉しそうに目を輝かせている咲未が、安心してくれるならいいけど、これ以上は目の毒だ。 げっそりとした兄貴とスキップしそうな咲未と共に、ピンク色の空気製造機を放り部屋を出た。 「ということで、咲未。なにも心配ないからな」 「うん!」 冷え切った仲の両親よりはいいと思う。思うけれど、もう少し、時と場所を考えてくれと言いたくなるのは、オレの過ぎた望みなのか。 あの二人は、死ぬまで新婚生活をしているような予感が頭を横切り、首を振った。 将来、孫の前でも、あぁだったらどうしよう………。 どこかの話に入れるか、台詞だけで拍手小話にしようかと思っていたエピソードなのですが、別枠で書いてもいいかなと思いまして、書いてみました。 短いですが、楽しんでもらえたら嬉しいです。 (2014.6.29) |