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●  Life -4-  ●

 中山先生に都内のホテルを紹介し、オレはそのまま病室に向かい託生の側で麻酔が切れるのを待っていた。
 本来なら完全看護の病院ではあるが、目を離すことは危険だと、可能ならば付き添いをしてくれと担当医に言われたからだ。言われなくとも、託生から離れることはありえなかったが。
 幾分、頬に赤みが差した託生の顔を見ながら、一昨日、ゼロ番のベッドの上で同じように寝顔を見ていた事を思い出した。あの時には、既に、託生の中で変化が起こっていたのだろうか。
 託生の瞼が微かに震え、うっすらと目が開いた。
「託生、気がついたか?腹は痛むか?」
「ギイ……ぼく………?」
「ここは病院だよ」
「病院……あ、ギイ、来てくれたんだね。ありがとう」
 オレを呼び出したのを思い出したのか、儚げな表情で礼を言う託生に、そっとキスをする。託生がここにいることを確かめるように。
 二七〇号室のベッドで意識を失ったとき、もしかしたら、もう二度と託生の声を聞けなくなるのではと気が狂いそうになった。こうして託生の視線がオレを捉え、オレの名前を呼んでくれることに、これほど感謝したことはない。
「それで、体調はどうだ?」
「うん、少し痛いけど、もう大丈………」
 託生は、自分の腹に手をやり怪訝な顔して、言葉を切った。
「託生?」
「ギイ、あのね……」
 自分の体の中にある異物に気がついたのだろう。しかし、場所が場所だけに、口篭り視線を彷徨わせる。
 造膣した部分が癒着しないよう、プロテーゼという部品を現在入れてあると説明を受けた。これで形作らなければ、切開した部分が元通りになってしまうのだ。そうなれば、また腹痛で苦しむことになる。
 腹痛の原因を知らない託生。けれども、託生自身に起こったことなのだ。知らせないわけにはいかない。それにより、混乱を起こすだろうことは想定内だ。ただ、混乱が葉山託生という人格を崩壊してしまう可能性があった。
「託生………」
 願うように、オレは横たわった託生の背中に腕を廻し頬を摺り寄せた。
 オレがついているから。だから、どうか乗り越えてくれ。
「託生は、オレを愛してる?」
「え………うん」
「はっきりと言ってくれよ」
「………うん、愛してる」
「オレも、託生を愛してる。この事、しっかり覚えておいてくれ」
「ギイ……?」
「託生の意識が戻ったら先生を呼んでくれと言われてるんだ。腹痛の原因を説明されると思うけど、オレも一緒にいるから心配するなよ?」
 不安げな表情の託生を安心させるように微笑み、ナースコールを押した。


「初めまして、託生さん。担当医の佐藤です」
「あ、初めまして。お世話になります」
「痛みはどうですか?」
「少しキリキリしますけど……ひどい痛みではありません」
「そうですか。原因についてお話したいのですが……」
 言いつつ、担当医がオレの顔に視線を移し、オレが頷くのを確認して話を続けた。
「驚かれると思うのですが、検査の結果、託生さんの染色体がXX……つまり女性だと判明しました」
「え………」
 どういうこと?……オレを振り返る託生に、できる限り優しく微笑んで見せ、託生の左手をギュッと握った。
「託生さんのお腹の中には、子宮や卵巣などの女性の内臓があるんです」
「ぼくは、男じゃなかったんですか?」
「産まれた時、内性器と外性器のマッチングがうまく行ってなかったようです」
「ぼくが……女………」
 託生は、驚きと戸惑いを瞳に写し呆然とした表情で呟いた。
「それで、腹痛の原因なんですが――――――――」
 それから、担当医が現在の状況をわかりやすく説明した。だが、徐々に託生の顔から表情がなくなり、握っている指先からも力が抜けていく様子に、託生がどうにかなってしまうかもしれないと不安に駆られる。
「今夜は手術跡が痛むと思いますが、その時は看護師の方に言って下さい。痛み止めを増やしますので」
「はい。ありがとうございます……」
 まるで条件反射のように答えるだけの会話を交わした託生とオレを残し、担当医と看護師が部屋から出ていく。
「託生……託生?」
 微動だにせず天井を見上げたままの託生を覗き込み、凍りついた。
「託生!」
 何も写していない瞳に、このまま託生が正気を失いそうな恐怖を感じ必死に呼びかける。
 何度目かのキスでピクリと動き、ようやく焦点が戻ってきた託生が、オレを見据え、
「ギイ、今の話、本当なの?ぼく、女の子なの?」
 泣き出しそうな声で、認めたくないだろう事実を確認した。
 違うと言ってやりたい。一晩寝たら覚める夢なのだと言ってやりたい。しかし事態は動いているんだ。事実を覆い隠す事なんて、できるはずがない。
 覚悟を決め視線を逸らさずに「そうだ」と頷くと、
「だって、今まで男だって!ずっとずっと男だって!祠堂だって、男子校だし!」
「託生、落ち着いてくれ!傷に響く!」
 今度は、オレの胸を叩きながら噛み付くように暴れ回り、オレは、託生の腕ごと羽交い絞めるように抱き締めた。
 誰だって、自分のアイデンティティーが根底から覆される状態に、混乱しない人間はいない。オレが託生の立場だったら、同じようにパニックになってしまうだろう。今まで十八年間も男として生きてきたのだから。
 だけど。
「こんな、体いらない!」
「託生っ!」
「いらない!いらない!いらない!」
 託生が目覚める前に、担当医や中山先生から「自分を受け入れられない、イコール、自傷、自殺の恐れがある」と言われていた。衝動的に何をするかわからないから、目を離すなと。
 予め言われていた事ではあったが、託生が自分自身を否定し蔑む様を目の当たりにし、身を切られるような痛みを感じる。
「それでも、オレは託生を愛してるんだ。託生が託生を愛さなくても、オレが愛してる!」
 耳元で振り絞るように訴えると、オレの言葉が届いたのか、託生の体がピタリと止まった。涙を溢れさせたまま、オレに視線を移した託生を見つめ返す。
「ギ……イ………」
「そんな哀しい事を言わないでくれ」
「で…も……、変だよ……。こんな体………」
「男だから女だからと、オレは託生を愛したわけじゃない。託生が託生だから、愛してるんだ」
 オレの心からの叫び。理由なんていらない。初めて会った日から、ずっと葉山託生を愛してきたオレの本心。
「でも………」
「愛してるんだ。託生だけを、ずっと愛してるんだ」
 ポロポロと流れる涙を口唇で拭いながら「何も心配いらない」と囁き続け、泣き疲れて眠るまで、オレは託生を抱き締めていた。
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