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●  GAME(2013.2)  ●

 久しぶりに家族五人が揃った休日の午後。
 待ってましたとばかりに、一颯が平べったい箱を抱えてリビングに入ってきた。
 年季が入り、そろそろ角が擦り切れてきたモノポリー。
 小さかった頃は、ギイと遊ぶとなると、それこそペントハウス内を走り回っていた子供達だが、学校に行きだした頃から、このようなボードゲームやカードゲームをするようになった。
 しかし、モノポリーは奥が深い。しかも、ゴールがないものだから、ゲーム終了までとにかく長い。
 ぼくはゲームに参加せず、男三人が膝を突き合わせてサイコロを振ってはマスを進め、銀行係の咲未がおもちゃの紙幣の受け渡しをしているのを、ボーっと見ているのが常だった。
「お、モノポリーか。久しぶりだな」
「だろ?今回こそ、父さんに勝つからね」
「いや、勝つのは俺だ。一颯は、ビリ脱却だろ?」
「お前ら、現役ビジネスマンに勝てると思うなよ」
 そう言いながら箱を開け、テーブルの上にパーツを取り出していく。
「そう言えば、人気投票でアイロンが消えるんだったな」
「え、そうなの?」
 ギイが小さなアイロンを手に取り、
「そうなんです」
 と笑う。
 なぜこの形に決まったんだろうと不思議に思うモノポリーの駒は、ギイは帽子、大樹は犬、一颯は車。これは昔からなぜか決まっていた。
「アイロンに代わって、猫になるんだってさ」
「最下位争いは靴と手押し車だったらしいですよ」
 一颯がカードを切りながら説明を補足し、大樹も話に乗っかる。
 みんなが知っているほど、駒の変更は大ニュースなのだろうか。それとも、ぼくが鈍いだけ?
 密かに首をひねっている側から、
「私もやりたい!」
 珍しく咲未が手を上げた。
「おぉ、いいぞ。今回から咲未も参戦な」
「ルールはわかるか?」
「うん、いつも見てたから大丈夫」
「咲未、駒はなににする?」
「んーとね、指ぬき」
「これだな。咲未だったら、猫が似合いそうなのに」
「じゃ、託生、銀行係やってくれ」
「うん、いいよ」
 みんなの側で、さくさくと進む会話を聞いていたら、ギイがポンとゴムで束ねた札束をぼくの前に放った。
 参加するのは遠慮するけど、銀行係なら、ぼくでもできる。
 ぼくが、このゲームに入らないのは、絶対勝てない自信があるから。数周回った段階で、確実に破産するのが目に見えている。
 初めから負けがわかっているゲームほど、面白くないものはないもんね。
 人生ゲームくらいなら、やってもいいけど。あれって交渉がないし、ぼくでも勝てるかもしれないから。
 ゲームの中の話ではあるけれど、我が子ながら駆け引きをしている様子を見ると、ギイの子供だよなぁと毎回しみじみ思うのだ。
 お互い負けず嫌いなものだから、歳なんて関係なく容赦がない。まぁ、ギイが手加減なんてしたら、それはそれで大樹も一颯もヘソを曲げそうだけど。
 ただ、今回は咲未も入るから、それなりに手は抜くのだろう。激甘な三人が、咲未を泣かせるようなことはしないだろうし。
「よし、順番を決めよう」
 ギイが、サイコロ二つを盤の上に置きゲームが始まった。


 和やかに。そして、賑やかに。
 わいわい言いながらゲームが進んでいく中、まずギイの雲行きが怪しくなった。
 眉間の皺が深くなり、米神に手を当てる仕草が多くなる。
 そして。
「破産だ………」
「「よっしゃ、初勝利!」」
 がっくり肩を落としたギイに、歓声を上げる大樹と一颯。そして嬉しそうに笑う咲未。
 こんなゲームで、ギイが負けたことなんてなかったのに。
 積年の恨みを晴らしたぞとばかりに喜ぶ子供達を置いて、ギイはぼくの隣にどさりと身を投げた。
「ショックだ………」
「まぁまぁ。ゲームなんだから」
 あまりの落ち込みぶりに苦笑いし、たまにはこういうこともあるよねとゲームの続きを見ていたら、続いて一颯が破産し、大樹と咲未の一騎打ちと思いきや、あっという間に大樹が負けた。
「あらら」
 灰になったかのように呆然とする大樹と、キャッキャッと喜んでいる咲未。ことの成り行きを見守っていた一颯に至っては、ポカンと口を開けたままだ。
 まさか、咲未が勝つとは思いもしなかった。
「ねぇ、手加減しすぎたの?」
 こっそりギイに耳打ちすると、
「いや、全然、手加減なんてしてない」
 ショックを引きずったまま、同じく小声でボソリと言った。
「マジ?」
「しようと思ったんだけど、咲未のカードの引きがよかったんで、最初は様子を見てたんだ。それが、いつの間にか追い込まれて……」
「あの二人も?」
「だな」
 毎回見ていたとは言え、ゲームに参加したのは初めての咲未が、この三人を相手に勝つなんて。
 でも、ビギナーズラックという言葉もあるのだから、こういうことがあったって不思議じゃない。
「もう一回しよ。もう一回」
「……よし、雪辱戦だ!」
 所詮、みんな負けず嫌い。
 咲未の誘いに、三人揃って聞きしに勝る気迫で再度テーブルを取り囲んだのだった。


 しかし、その後、順位が変わったのは二位から四位の間だけ。
 結局、その日のゲームは、咲未の一人勝ちで終了した。
 大樹と一颯は、咲未には負けたものの、ギイに勝ったことはそれなりに嬉しかったらしく、それほど落ち込んではいなかったのだけど、問題は………。
「負けた………」
「たまには、いいじゃないか。いつも勝ってるんだから」
 子供達の前では「ゲームを楽しんでいる父」を見せていたギイだけど、本気で悔しかったらしい。
 プライベートのリビングに戻りソファに座ったとたん、ばったりと倒れこんだギイに溜息を吐き、頭を持ち上げて自分の膝の上に乗せた。
「久しぶりにギイと遊べて、子供達も喜んでただろ?」
「それとこれとは別。親父の沽券に関わる」
「大袈裟な………」
 甘えるように腰に両腕を回すギイの髪を梳くと、気持ちよさそうに目を閉じ、ぼくのお腹に顔を埋めた。
 さっきまで、余裕たっぷりの顔をしていたくせに、このギャップはなんだろう。
 でも、こんな拗ねた表情をするのは、ぼくの前だけだと知っているから、なんとなく顔が緩んでくる。
 こういうところは、いつまでたっても変わらないよね。
「でも、不思議なんだけどさ。敗因は、いったいなんだったの?」
「………読めなかった」
「はい?」
「咲未の手が読めなかったんだ。あいつの運もあるけど」
 あぁ、カードによってはどんでん返しがあるけれど、ゲームを有利に進めていくためには、ある程度小細工して仕掛けていかないといけない。
 それが、咲未の行動では読めなかったと。
 でも、たぶんそれは………。
「なにも考えてなかったんじゃない?」
「は?」
「だって、咲未だよ?なにも考えずに成り行きでゲームを進めていっただけだと思うな」
 ギイ、大樹、一颯の三人は、相手の顔色を探り、先手を考え、交渉するにしても自分を読ませないように表情を作って、たかがゲームなのに呆れるほど真剣に駆け引きをしていた。
 そういうことを、咲未がするとは思えない。
 純粋に、みんなと混じってゲームをやりたいと思っただけだ。
 唖然としてぼくを見上げたギイの表情が、こんがらがった糸の先を見つけたように晴れやかに変わる。
「あー、託生に似てるんだ。オレとしたことが忘れてた」
「なんだよ、それ」
「託生、行き当たりばったり多いだろ?」
「それは……そうだけど」
 でも、ギイほど計画的じゃないけど、ぼくなりに考えている。一応。
「そうかぁ。託生に似てるんだったら、オレ、咲未にも勝てないよな」
 勢いをつけて飛び起き、うんうんと頷いて納得しているみたいだけど、ぼくは理解できないぞ。
 ぼくに似てるから、咲未には勝てないってどういう意味なんだ?
「オレ、一生託生には勝てると思ってないから」
「……ぼくが鬼のような人間みたいじゃないか。人聞きの悪い」
「尻に敷かれるのも悪くはないぞ」
「だから……!」
 ぼくの文句をキスで制止し、
「惚れたもんの負けって言うじゃん」
 にっこりと見惚れるような笑顔を見せ、ぼくを赤面させたのだった。
 ギイとの付き合いは、かれこれ二十年以上。しかも、三人の子供がいるのに、いまだにギイの笑顔に慣れないのは問題があるんじゃないかと思うのだけど。
 高校生時代、いつか慣れるだろうと思っていたのは間違いだった。
 そろそろ諦めた方が、心臓にいいのかもしれない。



(2013.2.19 ブログより加筆転載)
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