● ● 永遠という名の恋 -1- ● ●
人間誰しも、人生において数度の転機が訪れる。
ぼくの場合、まず人間接触嫌悪症の完治。あれが治っていなかったら、たぶん今のぼくはここにはいなかっただろう。どうなっているのかも想像できない。それだけ、あの病気がもたらす影響力は大きかったという事だ。 二度目の転機は二年前、自分の本来の性が女性だとわかった時。これこそ最大の転機かもしれない。 それまで生きてきた十八年間の自分を見失いそうになるくらい、驚愕した事実だった。 これからどうしたらいいのか、どう生きていけばいいのか。悩みに悩んで出した結論は、本来の性に戻る事。 十八年間のぼくをなかった事にできるわけではないし、今のぼくを形作った変える事ができない事実だ。それでも過去は過去。 ぼくは過去より未来を取る事を選択した。 なので数ヶ月前、分籍して戸籍上親と別れ、性別を男性から女性に変更し、心身ともに……とはまだまだ言えないけれど、体に合わせて法的に自分の立場を確立した。 ただ、ぼく一人だったら、何も決められなかったと思う。あのまま立ち止まって、身動き一つできなかっただろう。 でも、ぼくの側にはギイがいた。 どんなぼくでも「愛してる」とギイが言ってくれたから。男でも女でも関係ない。ぼくがぼくだからと。 ギイが側にいてぼくを肯定してくれたから、前を向いて生きてこれたんだ。 だから、あの時の選択をぼくは後悔していない。 そして、今日、もう一つの転機が訪れる。 葉山託生から崎託生へ。 恋人から配偶者へ。 ギイの人生のパートナーとして、ぼくは新たな一歩を踏みだす。 「託生さん、祠堂のお友達が来られたわよ」 絵利子ちゃんの声に振り返ると、 「利久!」 利久を初め祠堂の友人達が控え室に入ってきた。卒業式以来の再会。 なのに、みんなポカンと口を開けたままドアの前から動かない。なんなんだ? 「託生……」 ちょ……利久、なんで泣きそうになってるんだよ?! 「すごく綺麗だ……!」 言うなり利久はボロボロと泣き出し、 「もう、利久、泣かないでよ!」 ぼくは慌てふためいた。 再会直後に泣かれるなんて、予想外だ! しかし、他の友人達は仕方がないなぁというような顔をして、 「片倉、ずっと我慢してたんだよな」 「そうそう」 「飛行機の中でも、うるうるしてたよね」 「式の真っ最中じゃなくて、よかったじゃん」 ひょろりとした長身で大泣きする利久に、祠堂の面々は代わる代わる肩を叩き慰める。 「だってさぁ、託生、すごく綺麗で、ギイと本当に結婚するんだと思ったら、俺……」 渡されたハンカチで涙を拭きながら「綺麗だ、綺麗だ」と連発する利久に、耳まで真っ赤に染まった。 ドレスは嫌だって言ったのに「身内と友人だけだから!」土下座する勢いでみんなに説得され、あっという間に作られたウェディングドレス。 聞けば、デザインも布もレースも、ぼくがNYに来て直ぐに用意されていたそうだ。 「託生さんが着てくれなきゃ、無駄になっちゃう」 絵利子ちゃんの言葉に、庶民のぼくは思わず「もったいない」と反射的に考えてしまい、それならと了承したのだが、実際にドレスや小物を目にした時、そのあまりにゴージャスな代物に眩暈がした。値段なんかわからないけれど、この布が総シルクなのはわかる。たぶんレースも名のある物だろう。宝石を総動員したようなティアラを断って多少は安心していたのに、用意された数多くのアクセサリーがなんとキラキラして眩しい事。 「私達からの結婚祝いだよ」 にこにこと満足げに笑うお義父さんとお義母さんの言葉に、ぼくは引きつり笑いを浮かべつつ「ありがとうございます」とお礼を言うしかなかったのだ。 このキラキラは、たぶん今後箱に仕舞い込まれたままになるだろう。今でさえ、自分が一体どれだけの金銀財宝を身につけているのか、考えるのが恐ろしいのに。絶対家がいくつか買える。 そんなこんなのウェディングドレス。 まるで仮装しているような居たたまれない気分でいたのだが、友人達に囲まれその思いは最高潮に達していた。 「う……仮装だろ?」 「なにを言う。よく似合ってるぞ」 「うん、葉山、すごく似合ってる」 「最高の花嫁だな」 口々に励まされて、ほんの少し力が抜けた。これからあのギイの横に並ぶんだ。お世辞でも心が軽くなり緊張が解れていく。 「おめでとう、葉山」 「ありがとう」 「幸せになれよ」 「うん」 ぼくが女性だとわかってからも変わらないみんなの態度に、どれだけ救われた事だろう。男でも女でも、ぼくはぼくなんだと認めてくれたみたいで、祠堂での残り少ない生活をのびのびとぼくは過ごせたのだ。 今回だって大学の前期試験で疲れているだろうに、この暑い中、みんな二つ返事で来てくれていた。 利久も落ち着き、和やかな空気が流れていた中、 「これじゃ、ギイ、惚れ直したろ?」 ふと漏らした矢倉の言葉に、ギイの苦虫を噛み潰したような不機嫌な表情を思い出して、 「あー、それが………」 言葉を濁らせた。 背後でお義母さんと絵利子ちゃんが吹き出したような気がする。 ぼくは、どっちでもよかったんだけどな。 |