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●  Love & Peace-4-  ●

 Rrrrrrr。Rrrrrrrr…………。
 呼び出し音が続いている。繋がる気配のないラインに苛立ちデスクを指で叩きつつも、切るつもりは全くない。
 早く取ってくれ。充電が切れちまうだろうが。
 プチッ。
「グッモーニン!」
『……………』
「おい、こら、起きろ!寝るな!ハーリーーーッ!」
『…………大声出すなよ。聞こえ……て……る………』
「ハリー、とにかく、起きてくれって!ガラスを爪で引っかくぞ!モスキート音流してやる!」
 ギャーギャー騒ぐオレに根負けしたのか、大きな溜息が聞こえゴソゴソと布地のすれた音がした。やっと起きたな。
『イブキぃ?確認の電話くれなくても、きちんと代弁はしておいたから』
「あ、代弁、忘れてた」
『忘れてたぁ?おい、ランチ………』
「そんなことより、今すぐオレん家に来てほしいんだ。お前、今日は、バイトがないって言ってたよな?」
『ないけどさぁ、朝っぱらからなんなんだよ?お前、テンション高すぎぃ』
「ごめん。本当にすまない。でも、急いでるんだ。非常事態なんだ。頼む!」
 叩き起こした上に「今すぐ来い」なんて、本当に悪いとは思うけど、今はどうしてもハリーの力が必要なんだ。
『………別に今日は暇だからいいけど。お前ん家ってどこだ?』
 再度大きな溜息が聞こえ、諦めたような声でハリーがOKを出した。
 よしっ。
「サンキュ、ハリー!場所は、ウエスト・エンド・アベニューと八十六ストリートの交差点南西の角のマンションだ。オレ、下に下りて待ってるから!」
『………お前、すごいところに住んでたんだな』
 高級住宅街じゃないか。
 息を飲んだようにボソリと言われた台詞はスルーして、
「そんなことより、絶対だぞ?必ず来てくれよ?今すぐだぞ?あぁ、朝食用意しておく。ランチも奢るから。絶対来てくれよな?な?」
 今一度、ハリーに釘を刺す。
「わかったわかった。……なんか、イブキが素直に奢るって言うと不気味なんだよなぁ」
 失礼なことが耳に届いたような気もするが、今は聞かなかったことにする。
 とにかくハリーに来てもらわないと、なにも始まらない。
「兄さん、ハリーはOKだ!」
 携帯を切り隣の部屋に飛び込んで、ノートPCに向かっていた兄貴に声をかけると、
「よし。みんなに集まってもらうか」
 ニヤリと笑って、使用人達がいるパブリックスペースに二人で向かった。


 オレが昨日思いついた案を兄貴が説明すると、みんなの顔が輝き目を見合わせ頷きあい、
「承知いたしました。全力でご協力させていただきます」
 全員一致で賛同し、それぞれの持ち場に散っていった。もちろんシェフには、腕によりをかけた朝食を頼んである。
「そろそろ着くだろうから。一階に行ってくるよ」
 腕時計を覗きエレベーターで一階に下りロビーに足を踏み入れると、オレに気付いたドアマンがにこやかにマンションのドアを開けた。と同時に、SPが駆け寄りオレをロビーに押し返す。
「お部屋にお戻りください!」
「友人が一人来るんだよ。昨日途中で帰らされたから、資料預かっててくれてるんだ」
「それなら、お部屋でお待ちください。お声をかけさせていただきますから」
「あのなぁ。初めてここに来る人間なんだから、オレがいないとマンションがわからないんだよ!絶対に必要な資料なんだ!単位落としたら、どうしてくれるんだよ!責任取ってくれんのか!」
「………でしたら、ガラス扉に姿が見えない位置までお下がりください」
 不貞腐れた子供っぽい訴えに、SPは渋々という感じで頭を下げた。
 その向こうに、昨日の男が見える。
 不機嫌そうな顔をして突っ立っているその姿に、マンションのガードに当たっているSP達もやりにくそうだ。
「格好付けなら、事務所に篭ってろってんだ」
 まぁ、雇い主の親父が撃たれるという失態を晒したわけだから、総動員しないといけないのはわかるけど。
 数分後、ガラス扉の向こうで、あんぐりと口を開けたハリーの姿が目に入り、慌ててドアに駆け寄った。
「ハリー!」
「イブキっ?」
 手招きして、ハリーを一階ロビーに引っ張り込む。
 右向いて左向いて上向いてオレに視線を移し、
「おまおまおま………」
「あー、言いたいことはあとで聞くから、とにかく早く」
 キョロキョロと見回しながら、金魚のように口をパクつかせて忙しいハリーを、ずるずるとエレベータホールに引きずっていく。その横からコンシェルジュが優雅に一礼をし、ビクリと息を飲んでロボットのようにぎこちなく会釈したと思ったら、なぜかそのままハリーはロボットになった。右手と右足が一緒に出てる。
 エレベーターに乗ったとたん、大きな息を吐きながらへなへなとハリーが脱力した。
「なんだよ?」
「イブキって、もしかして、お坊ちゃま?」
 一般的にはお坊ちゃまに分類されるのだろうけど、そう言われるのがオレは一番嫌いなんだ。
「………親が金を持っているだけだ。オレ自身は、なにも持ってないぞ」
 本当のことだし。
 腕を組んでふんぞり返ると、
「だよなぁ。ランチ奢るのに散々文句言うもんな、お前」
 なぜかハリーはあっさりと納得した。
 む。それはそれで、なんとなく釈然としないものを感じる。
 いや、今は、そんな状況じゃない。ここまで来てもらえたのだから、なにがなんでも説得しなければ。
 しかし、最上階のペントハウスだということにビビり、ドアを開けたら穏やかそうに見せつつどう猛な笑みを浮かべた執事と三人のメイドが待ち構えていたことにこれまたビビり、こいつこのままぶっ倒れるんじゃないか?というくらい青ざめた顔色に、人事ながら心配になる。
「いらっしゃいませ、ブルックス様」
「ようこそお越しくださいました、ブルックス様」
「お待ちしておりました、ブルックス様」
「おいでやす、ブルックス様」
「どどどどどうも………」
 まるで罠にかかった獲物を絶対に逃がしてなるものかというような肉食獣の気配に、ハリーの腰がどんどん引けていく。
 こらこらこら、お前ら反対に逃げられるぞ。
 その横から、にこやかに兄貴が姿を現した。
「やぁ、ハリー、久しぶり」
「あ、ダイキ」
 兄貴とは大学で数度顔を合わせている。知っている顔を見てハリーがホッと緊張を解いた。
 その間にも、メイドの視線はハリーの頭の天辺から足の先までを遠慮なく往復し、バシバシシャッター音が鳴り響く。
「ああああの、いったい………」
「ちょっと失礼」
 と言いながら、兄貴がハリーをくるりと裏向けて、またくるりと元に戻した。
「このリュックとサングラスなら、よく似た物を持ってるから用意するよ」
「は?」
「ジーンズと黒のスニーカーと茶色の手袋はご用意できます」
「へ?」
「横跳ねの髪は、ヘアアイロンで再現できます」
「ほ?」
「少し濃い目のファンデーションで、お肌の色を作れば完璧です」
「なにが?」
 どういうことだ?と疑問符を頭に飛ばしまくったハリーに、両手をパンと合わせて勢いよく頭を下げた。
「お前の服一式、貸してくれ!」
「…………はぁ?」
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