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●  Life -5-  ●

   《 友人…章三 》


 真っ青な葉山を抱いたまま木偶の坊と化したギイを怒鳴りつけ、救急車に押し込んだのが一昨日の事。あんなに憔悴しきった相棒の姿を見たのは、ちょうど一年前のスキー合宿の時と合わせて二回目だ。
 あの時、二階にいたのは偶然だった。
 玲二を尋ねて二階の角を曲がったとき、ちょうどギイが二七〇号室に飛び込むのが視界に入ったのだ。そのらしくない慌てように嫌な予感が横切り、開けっ放しのドアから室内を一目見て状況を判断した僕は、第一校舎の医務室にいるはずの中山先生に連絡を取るべく、一階にある内線に向かって走り出した。
 しかし、その後ギイからの連絡はなく、島田御大なら何か情報は入ってるだろうと聞きに行き、葉山が都内の病院に搬送された事を知った。


「赤池!」
「中山先生、お帰りになってたんですか!?葉山の具合は……」
 夕食を食べ食堂を出た所で、帰ってきたばかりだと思われる中山先生に声をかけられ、ここぞとばかりに状態を聞く。
「あぁ、大丈夫だ。虫垂炎が悪化した状態だった」
「盲腸ですか……」
 なんと、まぁ、人騒がせな男だ。
 ギイからは連絡が入らないし、都内の病院まで搬送されたものだから、なにか厄介な事になっているのかと思っていたら盲腸だったのか。虫垂が破裂でもすれば、もちろん命にかかわる病気ではあるが、こうして中山先生が戻ってこれる状態であるならば、そこまでひどくはなかったのだろう。
「ギイは、葉山の所に?」
 一人で祠堂に戻ってきた様子の中山先生に聞いても無駄なことだと思うが、確認はしておかなければいけないので聞いてみる。ギイがいない状態に、早急な用事は残っている階段長が手分けし片付けているのだから。
「葉山の容態が落ち着くまでは、側にいると言っていたな」
「そうですか」
 案の定、付き添いをしているギイに納得して頷いた僕に、
「それと、赤池。これを崎から預かっている」
 少し声を落として、中山先生は小さく折りたたんだ紙を隠すようにそっと差し出した。
 ここは食堂の真ん前で、しかも夕食時だ。生徒の出入りが激しく、葉山に同伴しているはずの中山先生が戻ってきたことに気付いた幾人かの人間が、興味津々に聞き耳を立てていることに気付いていた。よって、これは内密にと渡されたメモなのだと判断する。
 そのまま何気ない振りをしてポケットに入れ、中山先生に礼を言って別れた後、人気がない場所まで移動して渡された紙を広げた。
 生徒手帳を引きちぎったと思われる紙には『託生の枕の下』とだけ書かれている。
 あの後、三〇〇号室と二七〇号室の鍵は、僕が預かっていた。三洲が帰ってきたら葉山の鍵は三洲に渡そうと思っていたのだが、生憎三洲も今週末にしか祠堂に戻ってこない。
 住人がいない部屋に勝手に入るのは気が引けるが、葉山の枕なんてものは二七〇号室にしかないのだから仕方がないと、一度自分の部屋に寄って鍵を手に取り二七〇号室に向かう。
 部屋に入り葉山の枕の下を探ると、白い携帯が見つかった。ギイの色違いと見える携帯を手に取ると、ピカピカと何かを知らせるランプが付いている。
「葉山の携帯か?」
 他人の携帯を開けるのはマナー違反だとはわかってはいるが、これを指示したのがギイなのだから、たぶん僕宛なのだろう。

件名『Sへ』
本文『Tの体は大丈夫だ。しかし、別の問題が起こっている。メールで話せる内容でもない。今夜十一時に、その携帯にかけるから取ってくれ。――――G』

 葉山の事以外に、何かトラブルがあったのか?それも他人に知られては困る……。
 首を捻り思い巡らすも見当はなく、今夜話を聞けばいいかと早々に考えることを放棄し、葉山の携帯を内ポケットに放り込む。
 誰にも話を聞かれぬ所……ギイのゼロ番にしけこむのが一番の安全策だな。
 そう勝手に解釈し、消灯後、こっそりゼロ番に潜り込んだ。
 部屋の電気を点けるわけにはいかず、ベッドサイドのスタンドを灯すと、机の下にシャーペンが転がっているのが見えた。
 一昨日、全部片付けたと思っていたのに、まだ残っていたか。
 真冬だというのに、ワイシャツ一枚の姿で葉山に付き添おうとしていたギイの上着とコートをゼロ番まで取りに来たとき、ドアが開けっ放しのまま、机回りには筆記道具が散らばった見るも無残な光景が広がっていた。一年、二年が授業中であったのが、不幸中の幸いか。また、いらぬ詮索をされるところだった。
 ギイ自身、自分の事など頓着していなかったであろうし、己の姿に気がついていなかったのかもしれない。あんな葉山を前にすれば、ギイの心情は理解できるが。
 シャーペンを拾い上げ、ペン立てに差し込んだとき、消音にした携帯の着信ランプが点滅した。携帯画面の「ハニー」の文字に眉が寄るが、気を取り直して通話ボタンを押す。
「もしもし?」
“章三?”
 一昨日よりは幾分張りのある声に、安堵する。
「あぁ。葉山の具合はどうだ?」
“手術をして、腹痛の原因を取り除いたから、とりあえず大丈夫だ”
「盲腸だったんだろ?悪化するまで放っておくなんて、鈍いにもほどがあるぞ」
 安堵の照れ隠しついでに、中山先生から教えてもらった情報をギイに伝える。これで、きちんと僕に情報が届いていることがわかるだろう。
“いや……なぁ、章三、お前にとって託生は何だ?”
「はぁ?葉山は友人だろ。こんな時に、まさか、変なヤキモチでも妬いてるってわけじゃないだろうな?」
“すまん、そういう意味じゃないんだ”
 元々話題展開の早いヤツだが、意味なく話を飛ばした事は今までない。しかし、情報が少なく心当たりのない僕には、ギイに尋ねるしかなかった。
「いったい、何があったんだ?別の問題ってのはなんだ、ギイ?」
 携帯の向こうでギイが戸惑っている雰囲気が伝わってくる。
 僅かな沈黙の後、
“……託生の腹痛な、盲腸じゃないんだ”
「どういうことだ?」
 盲腸じゃない?中山先生が口実を使わなければならない程、葉山は深刻な事態になっているのか?
 しかし、続けられたギイの台詞に、僕の思考はストップする羽目になる。
“月経の流れる道がなくて起こった腹痛だったんだよ”
「……………は?」
 げっけいって……月経の事か?いや、待て。あれは女性特有の物だろう?男の葉山に月経なんてあるはずがない。
「……すまない、ギイ。もう一度言ってくれないか?」
“だから、月経の流れる道がなくて腹痛になったと言ったんだ”
「……………男に月経なんてあるのか?」
“あるわけないだろ”
 僕の知識が間違っているのかと思わず疑問を感じたのだが、間髪いれずに返ってきた否定を聞くと、やはり間違ってはいないようだ。
 しかし。
「なぁ、ギイ、誰の話をしてるんだ?」
“託生の話に決まってるだろ”
 開き直ったのか、呆れるような口調のギイに、腹立り紛れに確認する。
「根本的な話。葉山は男だよな」
“じゃなかった”
 ……じゃなかった………じゃなかった?
 僕は、今、ギイになにを聞いた?葉山は男だよなと聞いたはず。それに否定の言葉が返ってきたってことは……葉山は女!?
「………マジか!?」
“こんな事、冗談で言えるかよ”
「葉山は女なのか?」
“さっきから、そう言っている”
 マジかよ?確かに華奢ではあったけれども、筋肉がなかなかつかないと本人は言っていたけれど、まさか女だったとは。
「気付かなかった………」
 ポロリと零した呟きに、
“オレが気付かなかったのに、章三に気付かれて堪るか!”
 独占欲丸出しな男が回線の向こうで噛み付いた。
 ギイ、お前、怒る論点がずれてるぞ。まぁ、それだけ、ギイも初めて聞いたときには混乱しただろうことがわかるのだが。
 そんなことよりも。
「葉山が女なのはわかった。それで、葉山は大丈夫なのか?」
 自分に当てはめた場合、たぶん……いや絶対パニックになるだろうことは簡単に想像がつく。男だと思っていたのだ。いや、そんな当たり前なことに疑問を持たずに生きてきて、これからも生きていくはずだったのだ。
 生まれたときから判別される性。その性に沿って葉山も生きてきたのに、今更違うのだと言われて、はい、わかりましたと納得できるものではない。
“話をした時は混乱していたが、とりあえずは大丈夫だと思う”
 でも、しばらくは目を離せないが、と続けられた言葉に、案の定、やりきれない複雑な思いが垣間見える。
「そうか……。ギイ、葉山の事、中山先生はもちろん知っているよな」
“あぁ。戸籍はまだ「男」だからな。とりあえずは『盲腸が悪化した』ということで学校側に診断書を提出して黙っててもらうことにした。気付いたのは、卒業後という事にした方が、お互いの為だし”
 確かに、由緒ある祠堂学院に女が在籍していたと世間に公表されたら、マスコミの格好のネタになる。ただでさえ、ギイ効果で注目されている学校だ。同級生というだけで、追いかけらるのは火を見るより明らかだ。
“退院は二週間後くらいだとは言われているが、そのまま東京の実家で療養させて、祠堂には、卒業式の前日に戻ろうと思っている。今の状態の託生を祠堂に連れて行くわけにはいかないし”
「その方がいいな。あ、葉山の受験はどうするんだ?」
“託生には状況を説明するだけで精一杯で、大学の事まで話せなかったんだが、このままアメリカに連れて行こうと思ってる。治療に関しても向こうの方が進んでいるからな”
 まだ手術から数日しか経っていない。混乱中の葉山に今後のことを話したって判断がつかないだろう。第一に、ギイがさっき言った通り、戸籍上は「男」なのだ。どんな書類でも性別欄があり、それで区別される。
 今後、葉山にどのような変化が表れるのか見当もつかないが、ここは保守的な日本だ。好奇な目に晒されないとは言い難い。
 それなら、色々な人種が暮らしているアメリカの方が、安全なのかもしれない。元から葉山を知らない人間ばかりなのだから、どんな変化を起こしても隠すことが可能だ。
 ギイの説明に頷き、そういえばと思い出した。
「ところで、今週末あたりに三洲が戻ってくるらしいが、どう説明したらいい?」
 このまま盲腸で入院中だと説明してもなんの問題はないだろう。しかし、現在正確に状況を知っているのは、ギイと僕、そして中山先生の三人だけだ。卒業式に出席するつもりならば、少なくとも三日間はこの祠堂で過ごすことになる。その間に、なんらかの問題があった場合、この三人だけではフォローは難しいのではないか。
 そう危惧した僕に、
“それなんだけどな。章三、一度三洲と一緒にこっちに来てもらえないか?”
 ギイは、初めから決めていたように、あっさりと三洲にも話を通すつもりらしいことを口に出した。
「病院に?」
“こんな話、誰だって混乱して当たり前なんだが、今、託生が託生自身を認められないんだよ。だから、お前らの態度が以前と一緒だとわかれば、託生も安心するんじゃないかと思ってな”
“………あぁ”
“親友と言えども片倉には荷が重いだろうし、たぶん託生は、まだ知られたくないと思う。章三と三洲なら、大丈夫だと思うんだ”
 あぁ、それで、さっき葉山と僕の関係を確認したんだな。僕なら、葉山が男でも女でも、態度が変わることはない。ギイほどではないが、ポーカーフェイスは得意分野だ。三洲も同じだろう。片倉も、話をすれば葉山の親友なのだから理解はするだろうが、数日狼狽えるだろうことが予想できる。
 ただ、そこまで待てないということなんだな。
「わかった。明日が試験の最終日だと聞いているから、時間を見計らって連絡を取ってみるよ」
 ギイの提案に頷き「おやすみ」と携帯を切った。そして、詰めていた息を吐き出す。
 予想もしなかった話に、冷静に受け答えはできたとは思うが、まだ信じられないような驚きが僕の中を占めている。
 それは、消灯を過ぎた寮内の静けさの中、自分の鼓動が耳で認識できるほど大きく響いているような錯覚を起こすほどだ。
「葉山が女………」
 疑っているわけではない。こんなジョークをギイが言うわけがないのだから。
 しかし友人であり相棒の恋人である葉山が女だという驚愕の事実は、頭を鈍器で殴られたような衝撃を僕に与えた。
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