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●  Life -8-  ●

   《 懺悔 》


 祠堂に帰ってくるなり、山のように溜まった厄介事をうんざりしながら片付け、気が付けば、当の昔に消灯は過ぎていた。
 シャワーも浴びずベッドに転がって目を閉じる。
 この五日間。託生の一挙一動に精神をすり減らし、体も疲れているはずなのに、睡魔は一向にやってこなかった。
 あの時、章三がオレを連れ出したのも、その間に三洲が託生に話をしたのも、全て計算されたものだと気付いたのは、部屋に戻って託生の目に光が宿っているのを見た時だった。そして、オレが意図的に隠していた事も、知られてしまったのだろう。
 ぼんやりと受動的に対応していた託生が、術後初めて自分の意見を口に出した。
「託生、ごめん」
 遠く離れている恋人を想いながら、そっと謝る。
 突然訪れた幸運を手放したくなくて、言いたくなかったんだ。


 翌日、邪魔な一年生がいない授業時間を狙って、章三が部屋を訪ねてきた。
「吐いちまえよ」
 ソファーに座るなり掛けられた言葉に、全部把握済みなくせに改めてオレに話をさせようとする章三の思惑が見え苦笑する。
 本当は誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。
 昨晩から、悶々と考え込んでいたオレは、潔く世話焼きの相棒に甘える事にした。
「託生が女だってわかったとき……託生が苦しんでるのに、オレ、託生と結婚できるって内心喜んでたんだ。男に戻る選択肢だってある事は知っていたのに、託生に気付かれないように隠してた………最低だよな」
「誰にも後ろ指さされず、正式に結婚ができるんだからな。それに、子供だって夢じゃない。ギイの気持ちはわかるよ」
 ポツリポツリと自分の本音を吐露するオレに、章三は罵りも嘲りもなく、オレの言葉をフォローした。
「でも、それって、託生の気持ちを考えたら、オレの我侭でしかないだろ?男として生きてきたあいつの十八年間を全然考えてなかったんだ」
 結婚に憧れがあったわけじゃない。託生と愛し合っている幸せを、隠さなければいけない現実が煩わしいだけだ。
 世間に認められなくてもいい。ただ、二人が寄り添うことを許してほしい。それだけがオレの願いだった。
「葉山はギイが思っているより強いよ。物事を真っ直ぐ受け止めて傷付くことがあっても、自分の中で確実に処理してしっかり答えを探すヤツだ。さすがに今回の事は想定外の話だったが、きちんと乗り越えて答えを出すから、待っててやれよ。あいつがどう選択しようと、反対はしてやるな」
「そうだな」
 結婚も子供も、元々オレ達には関係ない話で、降って沸いたような夢のような出来事に、オレが勝手に浮かれていただけだ。
 十八年、男として生きてきて、これからも疑問も持たずに生きていくはずだったのだ。両親の絶縁のことだってある。これ以上、託生に負担をかけさせるわけにはいかない。
 性別適合手術を受けられる成人まで、まだ時間はあるが、何事もなく託生が男に戻れば、少しリアルな夢を見ただけだと納得することができるだろう。
 託生が託生である限り、オレが愛し続けるのは決まっている事なのだから。
 ふいに胸ポケットで、携帯が震えた。チラリと差出人を確認して、
「章三、すまん」
 片手を上げ、手早く受信メールを開き、その内容にオレはがっくり肩を落とした。
「ギイ?」
 訝しげに見る章三を横目に、押しなれた短縮ボタンを押す。すぐに繋がる回線。
“ギイ?”
「何してんだよ、託生?」
“えぇっと、リハビリがてらに散歩に出てね。それでね、あの、いつもギイと一緒だったから、部屋番号覚えてなかったのを思い出して………”
 徐々に小さくなる言い訳を聞きながら、小動物のようにキョトキョトと病院内を彷徨っている託生が浮かび、肩を震わせた。
 ようするに、迷子になったわけだな。
「お前の部屋は、十五階の一五〇一号室だよ」
 オレの台詞に、向かいで座っていた章三が、コーヒーを噴き出しそうになり咳き込んだ。
“十五階の一五〇一号室……うん、わかった、ありがとう”
「本調子じゃないんだから、あまり歩き回るなよ」
 携帯を切ったとたん、肩を震わせていた章三が爆笑した。
「あはははは!さすが葉山!」
「散歩に行ったら、病室がわからなくなったんだと」
 全く……と文句を言いつつ、以前と変わらない託生に安堵の笑みが浮かぶ。オレが隠していたことに気付いていただろうに、こうまでマイペースぶりを発揮されると、呆れを通り越して笑うしかない。
 大丈夫だ。託生は、自分自身の力で乗り越えようとしてるんだ。今、オレがやるべき事は、託生の選ぶ道を後押しすること。
 これから先も、託生と二人ならどんな事が起ころうとも、必ず乗り越えられる。
 覚悟を決めると、曇っていた心が晴れやかに澄み渡っていくような気がした。
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