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●  雪に残った足跡-5-  ●

 前髪をかき上げると目の淵を飾っている睫が揺れ、託生が目を開けた。
「………託生」
 眩しくないよう、驚かせないよう、ベッドサイドの灯りをギリギリまで絞った薄暗い室内。しかし、随分前から託生を見つめていたオレには、細部まではっきりと見えている。
 瞬きを何度か繰り返し、ぼんやりと天井からオレに視線を移した託生は、
「ギイ?」
 不思議そうな顔をして、オレの名を呼んだ。
 いつもと変わらない表情の託生に、詰めていた息をホッと吐いた。
 戻ってきたとは思っていたけれど、寝ている間に、また向こうの世界に囚われるのではと、なかなか起こすことができなかったのだ。
 オレを見ているのに見ていない託生は、あのときの恐怖を思い出させる。
 あんな思い、一度で充分だ。
「ここ、どこ?」
「五番街のオレの部屋」
「五番街?ペントハウス?」
 ぐるりと見回し「あぁ」と軽く頷いた託生は、オレの顔を見上げてきた。どうしてここにいるのか、問いたいのだろう。
 教えてやってもいいけど、いきなり殴られるかもしれないしと、黙って託生を見つめ返したら、そんなに時間を置かずに託生の視線がうろうろと泳ぎだした。
 あれやこれや色々と思い出したらしい。
 そして、なにかに気付いたようにシーツの下で自分の体をごそごそと触り、
「ギ……な………え…………ギギギギイ!」
 なにやら文句を言いたいようだが言葉にならず、慌てふためいたと思ったら、氷のように固まり、頭からシーツ被った。
 ここで笑ってはいけないのだろうが、託生が戻ってきた安心感と、あまりにも可愛らしい行動に、堪えきれず吹き出してしまった。
「そんなに恥ずかしがるなよ」
「恥ずかしいよ!」
 二年前まで、オレ達の生活の一つだったのに今更だと思うぞ?ついでに、託生が許してくれるなら、バリエーションの一部に戻したいと思っているのに。
 真っ赤になっているであろう託生の髪をわしゃわしゃと撫でていると、
「あれ?」
 疑問符と共に、またもや託生がごそごそと動いてるなと眺めていたら、
「ギイ、チェーンは?」
 シーツをちょいと下ろし、目だけ出して聞いてきた。
「行方不明」
 託生が意識を失って、色々と後始末もして、ふと枕元に目をやると、エンゲージリングが転がっていたのだ。そのまま、託生の左手に指輪をキープして、しかし、どこを探してもチェーンが見つからず、推測するにマットレスの間に挟まっているかと。
 あれだけ激しかったんだもんなぁ。華奢なチェーンだったし、いたしかたない。
「…………ギイっ!」
「オレが、悪かった。きちんと見つけて直すから」
「…………絶対、悪いって思ってないだろ?」
「そりゃ、すげぇ託生可愛かったし」
「ギイっ!」
 枕で殴られる直前に託生を縫いとめ、濃厚なキスをしかけた。うるさい口を塞ぐには、これが一番。
 先程の余韻が残っているのか、暴れたのは一時だけ。託生は開放した腕を背中に回し、オレのキスに積極的に答えた。
「腹減っただろ?とりあえずメシにしよう」
 しかし、誤魔化されてはくれなかったようで、口唇を離したと同時に、じとっと睨みつける託生に苦笑しながら前髪をかき上げ額にキスをした。


「託生。今日、大学でなにがあった?」
 ベッドトレイを片付け、隣の部屋から持ってきた椅子に座り、託生と向き合った。
 聞かれると思っていただろう。食事中、なにか言いたげにオレを見ていたから。
「あの……ギイ、怒らない?」
「怒る」
「ごめんね!ギイの予定も考えずに大学に押しかけ………いたっ!」
「バカ。オレの予定なんて関係ないんだよ。託生がオレに隠し事をしていたのなら怒るって言ってるんだ」
 赤くなった額を両手で押さえ涙目で見上げる託生に、微笑みかけた。
 あんな状態の託生が、オレのところ以外、どこに行くって言うんだ?無意識の行動だっただろうに、迷わずオレの下に来てくれた。
 それは喜びを呼び起こすものであり、託生が謝ることじゃない。
「ででででも、ギイに隠し事をしていたつもりはないよ!」
 隠し事されるのが一番嫌いだということは、これまでの経験で嫌と言うほど知っている託生が、慌てて両手を振り即座に否定した。
「オレに話す必要はなかった、と思ってたんだ?」
「うん」
「でもな、託生が話す必要がないと思った些細なことでも、オレは知りたい。託生のことならなんでも知っておきたい。お互い生活が違う分、どうやっても重なる時間って少なくなるだろ?オレの我侭なのはわかってるけど頼む」
 託生の精神バランスが崩れる状態になるまで、気付かなかった自分を責めた。こんなに近くにいるのに、気付いてあげられなかった。
「できるかぎりでいいから」
「ギイ………」
 託生の頬を包み、口唇を重ねた。
 こんなオレについてきてくれた託生に。全てを捨てて新しい人生を歩むと言ってくれた託生に。
 オレにできることなんて、お前が立ち向かっていることと比べたら粗末なくらい小さなことだけど。
 お前を守らせてくれ………。
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