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●  ある雪の日の出来事(2013.12)  ●

 午前六時半。明日にはこのロックフェラーのツリーも撤去されるからとベネッサに強請られ、こんな朝早くから連れ出されてしまった。
 耳は赤く痛みを訴え、吐き出される息は白い。
 でも、子供にはそんなこと関係なく、暗闇に浮かぶ煌びやかなツリーに目を奪われている。
「ツリー、綺麗ね?」
 嬉しそうなベネッサの声に苦笑し、腕の中でまだ眠っているウィリアムを抱えなおした。
 ツリーの周りは人がまばらで、昼間の喧騒が嘘のような静けさだ。こんな中で赤ん坊が泣き出したら、せっかくの気分が台無しになるだろうから、ぐっすりと眠っているウィリアムに安堵する。
 このツリーを見れるのは今日を逃すと、次は一年後。
 毎日、子供達に振り回され、このような幻想的な風景を味わうことなんて滅多にない機会だ。今は寒さを忘れて楽しまなければ。
 そう思い、ベネッサに倣って厳かな気分でツリーを見上げていると、数台の車の止まる音が背後から聞こえてきた。なんとなく振り返ってみると、黒塗りのリムジンから年若い二人が降りてきて、その周りを守るように黒服の男達が取り囲んでいる。
 ………まさか、崎夫妻?
 この一ヶ月、目にしない日はないくらい、崎氏の姿はメディアで流れていたから、見間違えることはないだろう。それに、隣にいる奥様の姿も。
 しかし、眉間に皺を寄せマスコミに追いかけられていた表情とは違い、とても穏やかな顔をされている。隣にいる奥様も、週刊誌に載っていた姿よりもずっと可愛らしい。
 崎氏が奥様の腰に腕を回し、支えるようにゆっくりと歩いてくる。
 あぁ、確かマンションの前でマスコミに囲まれたあと、体調を壊して入院していると聞いた。退院なさったばかりなのだろう。
 ツリーの近くまで来ると、奥様がツリーを見上げて嬉しそうに笑った。その奥様の表情を見て、崎氏が愛しそうに微笑む。
 その姿は、私が想像していた通りのご夫婦像だった。
 色々な噂が飛び交い仮面夫婦だとも言われていたけれど、崎氏が壁となり奥様を守っていたのは、火を見るより明らかだ。あの奥様の告白の日まで、全てのマスコミをご自身が相手していたのだから。
 テレビでお二人が手を繋がれてデートしている写真を見たけれど、こうやって実物を目にすると、あんな写真なんて半分もお二人の魅力を伝えていないことがわかる。なんてお似合いのご夫婦なのかしら。
 お二人の姿を、ぼーっと見ていると、私の手を振り切りベネッサが駆け出した。
「ベネッサ?!」
 周りにいるSPに緊張が走るのがわかる。相手が大人であれ子供であれ、雇い主を守るのが仕事。歳なんて関係なく危険だと判断すれば、即押さえ込まれてしまう。
 しかし、ベネッサに気付いた奥様がふわりと微笑み、崎氏が片手でSPを静止した。
 ウィリアムを抱いているせいで出遅れてしまい、焦りに顔を青くした私は、その配慮にホッと息を吐きかけ、しかし、ベネッサはそんな私の心配などどこ吹く風で遠慮なく奥様に駆け寄りピタリと止まった。
 そして、お腹を数秒見つめたあと、不思議そうにベネッサを見ていた奥様に、
「赤ちゃんがいるね」
 嬉しそうに確認するように問いかける。
 ベネッサの言葉に、お二人はもちろんSPまでもが驚き、崎氏が慌てて長身の体を曲げ、ベネッサの視線に合わせるようにその場に腰を落とした。
「君、赤ちゃんが見えるのか?」
「うん、お姉ちゃんのお腹に赤ちゃんがいるよ」
「………今、赤ちゃんはなにしてる?」
「うーんとね、泳いでるよ。気持ちよさそう」
「そうか。教えてくれて、ありがとう」
 崎氏は目を細め、大きな手でベネッサの頭を優しく撫でた。
「あの、すみません。娘が失礼なことを……」
「いえ。娘さん、すごいですね。見えてるんですね」
 あまりにも世界が違いすぎて気後れしていた私に、崎氏は驚きを交え気さくに声をかけてくれた。その張りのある美声に、少し鼓動が早くなったのは、奥様に失礼なので胸の中に閉まっておこう。
 それよりも、確かにウィリアムができたとき、誰よりも早く指摘したのはベネッサだった。まさかと思っていたら、本当に妊娠していて驚いたことがあるけれど、あれは本当に見えていた?
「あの、もしかして………」
 私の疑問に、奥様の頬が綺麗なピンクに染まり、崎氏が少し照れたように頷いた。
 不倫疑惑にシーメール疑惑。散々マスコミに追いかけられ、あげく奥様が入院したと聞いて、気の毒に思っていた。ここまでプライベートを暴露しなくてもと。
 そんな中での吉報。
「まぁ、おめでとうございます!」
 自分のことのように嬉しくなり、お祝いの言葉を言ったけれど、ちょっと声が大きかったかしら?と思ったのも一瞬のこと。
「Congratulations!」
 四方八方から、その場にいた人間が口々にお祝いの言葉をお二人に投げかけた。これだけ静かな空間なのだから、大声を出さなくても私達の会話は筒抜けだったようだ。
 崎氏は少し驚いたような表情で「ありがとう」というように軽く片手を挙げ、そして、その手を口の前に持っていき、人差し指を立てられた。
 静かにというよりは、内密に。時期が来たら発表されるのだろう。それまでは、黙っておいてくれと。
 またマスコミに煩わされることを危惧しておられるのだと思い、同意を込めて頷く。
 隣の奥様は崎氏と同じように驚かれて、慌ててピョコンと頭を下げられ、その日本人らしい礼儀正しい行為がなんとなく可愛らしく、思わず頬が緩んだ。皆も同じように感じたのか、小波のように暖かな空気がお二人を中心に流れていく。
 さっきから雪がまた降り出してきたのに、その冷たさも気にならないくらいだ。
 不意に奥様が右手で口を抑え、慌てて崎氏が覗き込んだ。
「気分が悪いのか?」
 ぷるぷると頭を振って、崎氏を見上げた奥様の目からポロリと涙が零れる。
 崎氏は愛しくてたまらないという風に優しく目を細め、奥様の頭を左手で抱きしめ自分の肩に押し付けた。
 無関係な二人があれだけのスキャンダルに巻き込まれ、その間奥様の心労は計り知れないものがある。このお二人の姿を見れば、作り話であるのがすぐにわかるのに。


 夜が明ければ、またいつもの騒々しい一日が始まるだろう。
 でも、今だけは静かに。
 このクリスマスツリーの下に偶然集った私達は、新しい命を祝福しつつその様子を静かに見守っていた。




かれこれ二年前ですか。
「粉雪が舞い散る夜に」を書いたあと、なんとなく書いていつもどおり放って、しかも今月頭まで忘れていたという話です;
でも、設定が違ったものですから、本来はこのままボツになる予定だったんです。
そのつもりで、ボツですけどとある方に送りつけ、でも、設定を変えたらなんとかなるんじゃないかと加筆訂正しました。
ゴミ箱に入れるよりは、消費した方がいいかなと。
今更ながらの、結婚番外編でした。
(2013.12.24)
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