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●  粉雪が舞い散る夜に-2-  ●

 託生の穏やかな寝顔にキスをしペントハウスを出てから三時間ほどが経っている。
 朝一番の会議に出席し、その後昼食会までの空いた時間、デスクに向かっていたオレの元に島岡が飛び込んできた。
「どうした、島岡?」
 息を切らせて足早に近寄った島岡がデスクに雑誌を広げた。目に飛び込んできた文字に、頭を殴られたような衝撃が走る。
『崎義一の妻は、性別適合手術を受けたshemale(シーメール)だった!子供を産めない妻の代わりにと身篭った令嬢が激白』
「なんだと……?!」
 乱暴にページを捲り、書かれている記事を読む。


元男だとわかったら大変なことになるじゃない。だから人前に出さないのよ。
それが証拠に、パーティにも同伴していないでしょ?
でも、やっぱり跡取りは必要だって困っていたから、それなら私が代わりに産むわって。
父が厳しかったから、お付き合いは内緒にしていたの。


 証明のように掲載された祠堂の……クラスメイトであるならば、誰でも持っている2−Dのクラス写真。しかもご丁寧に『男子校』とまで文字が入れられている。
 そして、大学に行くときにでも隠し撮りされたと見られる女性らしい体つきをした、高校時代とは外見が異なる託生。
 けれども、同一人物であるのは一目瞭然だ。
「今すぐ出版社に販売停止を!」
「無理です!もう全米の書店に流れています」
「くそっ」
 腹立ち紛れに雑誌をデスクに叩きつけたと同時に、内線が鳴り響いた。すかさず受話器を取った島岡が一言二言返事をし、
「義一さん、会長がお呼びです」
 そのはっきりとした口調に、腹をくくる。
 もう親父にまで話が行っているというのは、それだけ深刻な事態だ。


 呼び出された会長室のデスクの上には、すでにその雑誌が乗っていた。
「義一、身に覚えは?」
「ありません!ありえません!」
 オレが託生以外の人間を抱くなんて。
「そうだろうと信じてはいたが一応な」
 親父は軽く謝罪し、そして表情を引き締めた。
「これに乗じての提携か、反対にFグループのイメージダウンを計っているか、それとも娘一人の狂言か」
 なににしても、託生さんが心配だ。
 親父の溜息に唇を噛んだ。
 オレだけじゃない。親父もお袋も絵利子も、細心の注意を払い託生の心を守ってきた。託生が託生らしく生きていけるように。それこそ甘すぎるくらい愛情を注いでくれた。
「日本のマスコミは私が抑える。託生さんの両親の元にマスコミが殺到すると、混乱に拍車がかかるからな。だが、もうすでに全米中にこのニュースは流れている。止めることは不可能だろう」
 はっきり言って、オレの子供がどうのというのは別にいいんだ。出生前でも出生後でも、DNA検査さえすれば証明できる。
 しかし、託生がシーメールだと?
 悩み苦しみ自分自身を受け入れ、この夏アダルトチルドレンの呪縛を断ち切り、やっと平穏な日々を送れるようになったのに。
 陸上の金メダリスト、キャスター・セメンヤ選手が性別疑惑を持たれた話は有名だ。女性として十八年生きてきたセメンヤは自分が男だと疑われ傷つき、一時期二十四時間自殺監視措置となった。
 それだけ、傷が深いんだ。
 それなのに関係のない人間は、面白可笑しく騒ぎたて、まるで見世物のようにセメンヤを見やり、男か女かの話題さえ娯楽の一つのようになった。
 男だとか女だとか、それ以前に同じ人間だろう。心がないとでも言うのか?
 差別と偏見と好奇心。無遠慮なそれらから、どうやって託生を守れる?いや、守らなくてはならないんだ、オレが!


「託生!」
「あ、ギイ。お帰り。早かったんだね」
 とにかく託生と話をするのが先決だと、外せない仕事以外は全てキャンセルとなり、早々にペントハウスに戻ったオレを普段と変わりなく託生は出迎えた。今日は休講で外出はしていないと執事に聞いていたから、外の様子を知らないのだろう。
「あの、な。話があるんだ」
「なに、改まって?」
 託生をソファに座らせ、紙袋から取り出した雑誌をテーブルに置く。
 驚きの声を予想していたのに、
「あ、これ、持ってるよ」
「なんだって?!」
 託生がクッションの影に隠れていた雑誌を取り、隣に置いた。
「…………」
 もうすでに読んでいたとは……。それなのに、託生のこの変わらない態度はなんだ?ショックを受けていない……わけではないよな。
「あのねっ。テレビでやってたから気になって買ってきてもらって、でも、全然信じてないから安心して!」
 口を噤んだオレをどう思ったのか、わたわたと両手を振って焦ったように説明する託生を抱きしめた。
 オレが心配しているのは、浮気云々ではなく託生自身のことだ。これを読んで、ショックを受けたのではないかと危惧しているのを、どう伝えたらいいのか。
「ギイ?」
「いや、そうじゃなくて」
「え……まさか、ギイ………」
「そっちじゃなくて!浮気なんてしてないから、万が一にでもオレの子供じゃない!」
「だよね、びっくりさせないでよ」
 ホッと息を吐いてオレの肩に頬を預けた託生の髪に、安心させるようにキスを繰り返していると、託生がふと顔を上げた。
「あ、ギイ」
「うん?」
「シーメールってなに?」
「………っ!」
 託生の質問にフリーズする。まさか託生がシーメールを知らなかったとは。だからいつもと同じなんだ。
「ギイ?」
「アメリカの俗語で……日本で言う、ニューハーフのことだよ」
 キョトンとオレの答えを待っている託生に、事実のみを伝えた。託生は、これをどう思うのか。すかさずフォローを入れるつもりで託生を見詰める。
「ニューハーフ……あぁ、そういうことか。それで話が繋がったよ」
「託生……」
「うん、わかってる。でも、ぼくが男でも女でも、ギイは愛してくれるだろ?」
「当たり前だ!託生は託生なんだから」
「だから、ぼくはどう思われてもかまわないよ」
 あっけらかんと言う託生を見て、予想していたようなショックを受けていないことに安堵するが、問題はこれからだ。
 託生は、まだ現状をわかっていない。もう、すでにマスコミが動いている。本社もこのマンションの前も、マスコミが張っているんだ。急遽増やしたSPのおかげでマンションに入ることができたが、明日はもっと数が増えるだろう。
 親父の圧力でも、止められない現況。
 まだお袋や絵利子だったらどうとでも対処できる。こういうものには慣れている。
 しかし、一般庶民であった託生がマスコミに追いかけられる恐怖は計り知れない。
「ギイ?」
「オレが守るから」
 必ずオレが守る。託生の心を、全てを。
「窮屈な思いをさせるかもしれない」
「別にかまわないよ。ぼくはぼくだし。大丈夫」
 にこりと笑った託生にキスをし、包み込むように抱きしめた。
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