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●  雪に残った足跡-6-  ●

「からかわれてた?誰に?」
 佐智の話を総合すると、口説かれていたはずなのに、からかわれていたとは?
 改めて託生から話を聞こうと、つい最近大学で変わった出来事はないかと質問したら、託生から思いもよらない言葉が返ってきた。
「大学に変な人がいて………」
 あぁ、託生からしても、勘違い男ってのは変なヤツなんだなと頷きつつ、
「どんなヤツだ?」
 佐智から聞いてもちろん知っているが、一応話の順序というものがあるので聞いてみる。
「一学年上のピアノ科の男性で……」
「男?もしかして、オレ、横恋慕されてるとか?」
「違うよ。からかわれてるだけだって」
 本気でそう思ってるらしく、思わず呆気に取られたオレに、
「なにか変なこと言った?」
 と小首を傾げる。
 ………あぁ、これが託生だった。物好きはオレしかいないと妙な自信を持っているものだから、口説かれてもそうとは思えないんだな。
「それで、その変な男は、託生をどうからかってたんだ?」
 溜息を噛み殺し、気を取り直して聞くと、
「んー、よくわかんないんだ。素直になれよとか、君の気持ちはわかってるんだとか、ヤキモチを妬かせたいのかとか。ぼく、英語の意味を間違えて覚えてるのかと思って、辞書を引いちゃったよ。だから素直に婚約者がいるって言ったのに、毎日同じことばっかり言ってくるから、これはからかわれてるのかなぁって」
 ………突っ込みどころ満載で、なんだか頭が痛くなってきた。
 どうしてそんなに上から目線なのかは気にかかるが、しっかり口説かれてるじゃないか!………遠まわしではあるが。
 こめかみに手をやったオレをキョトンと見ている託生は、全く、これっぽち、も気付いてない………。
 なんだかなぁ。勘違い男のことは許せないけど、ここまで伝わらないのは同情に値しそうなんだが、気のせいか?
「一応、聞いてみるけど、そいつに好きとか愛してるとか言われたことあるか?」
「ないよ。そんなことあるわけないじゃないか」
 ムッとして、託生はきっぱり言い切り、
「なんで、そんな変なこと聞くかな、ギイは」
 と、ブツブツと文句まで言ってくる。
 ようするに、託生本人に告白をしていないのにも関わらず、勝手に恋人認定してたってことなのか?
 いや、違うな。オレという婚約者に邪魔されて、お互い好意を持っているのに、想いを伝えられない悲劇の恋人同士、か?
 どれだけ妄想力豊かで、ドラマを作りたがるんだ。
 託生がそこらの女性より、可愛くて魅力的なのは認めるが、オレの託生だぞ?
 ………ということは、もしかしたら入寮日にオレが簡潔に「好きだ」と言わなければ、託生に伝わらなかった?遠まわしに言っていれば、勘違い男のように、託生に変な人認定を受けていたとか?
 当たらずとも遠からずの予想は、今となってはどうでもいいことだけど、あのときのオレ、よく言った!………ではなく。
 あまりに天然過ぎる託生の思考に、思わず懐かしいことを思い出し、自画自賛してしまった自分を叱咤する。話を元に戻さねば。
「そういう変な男が、ピアノ科にいるのはわかった。で、今日なにがあったんだ?」
 なんとなく、げんなりしたような気分で話を先に進める。このまま、勘違い男と託生の会話を聞いても、永遠にリピートしそうな気がするし。
「………指輪を取られそうになったんだ。逃げたけど」
 言っても通じないから、業を煮やして実力行使か?!
 椅子からベッドに移動し、俯いた託生の肩を抱き寄せる。すっぽりとオレの腕の中に収まり肩に額をつけ背中に腕を回してきた。
「怖かっただろ?」
「ううん。怖くはなかった。怖くはなかったんだけど………」
 でも、台詞と体の震えが反比例している。気付いたと同時に、このまま託生に聞いていいのか、思い出させていいのかと自問自答した。
 また、さっきの状態に戻るかもしれない恐怖。けれども、託生の不安を取り除くためには、事実を知らなければいけない。
 「言いたくなければ、言わなくてもいい」と口から出そうになる自分を抑え、託生を抱き締めた。
 オレがいるから大丈夫だよな?
「託生、なにがあったんだ?」
 抱き締めているのに、反対にすがり付いているような気分で、託生の言葉を促す。
 託生は、思い出すようにしばし考え、身じろぎをしてオレを見上げた。
「『こんな指輪、君には似合わないよ。それとも、ヤキモチを妬いてほしくて、これ見よがしにつけてるのかい?仕方ないなぁ。タクミに似合う指輪をプレゼントするよ』」
「………はぁ?」
 呆れて物が言えんとはこのことだ。
 わざわざ託生がエンゲージリングまで出してきてアピールしていることを、そこまで曲解できるとは、ある意味才能だよな。
「それで、託生はなんて答えたんだ?」
「全然意味がわかんなくて、でもプレゼントされる理由なんてないから『君に指輪を貰う理由はないし、ぼくにはこれ以上大切な指輪はないから、いらないよ』って言った。ぼく、なにか間違ってた?」
「いいや。全然、間違ってない」
 話始めたら肝が据わったのか、それとも開き直ったのか、堰を切ったように託生がオレに訴えかける。
「それから?」
 安心させるように軽く頷いて、背中を撫でながら続きを促す。
「『これ以上の指輪くらい、いつでも買ってあげられるのに、タクミは謙虚な人間なんだな』って。あ、それとも『地味な人間』だったのかな?あれ?」
 いや、謙虚な人間で訳は合っている。
 それよりも、託生が気にするから3ctにしただけで、受け取ってもらえるならオレだってもっと大きなダイヤをプレゼントしてるぞ!
 憤慨しながら、揚げ足を取るのが上手い男だなと認識した。ただでさえ、からかわれていると思い込み、意味を理解していない託生に、この男を排除できるはずがない。
 しかし、意味はわからずとも無視せず相手をしてやってる託生に、この生真面目なところも、勘違い男を増長させた一端じゃないのだろうかと頭を悩ませた。
 人間接触嫌悪症を克服した今、無視をしろと言っても、できる性格じゃないが。
「それで?」
「だから『お金の問題じゃない。彼の気持ちが篭った大切な指輪だから』って答えたら………」
「たら?」
 小さくなっていく語尾を受け継ぐように促し、俯いた託生の髪を撫でた。
「『そう、金の問題じゃないよな。タクミならそう言うと思ってたよ。だったら、そんな指輪いらないよな』」
「それで、取られそうになったのか?」
「うん、咄嗟に手を跳ね返したんだけど。でも………」
「託生?」
「…………」
「託生。なにを言われたんだ?」
 託生の口から聞かないことには、オレは動きづらいんだ。
 そりゃ、裏でどうとでもできるけど、自分が託生になにをしたのか、それに対する報復なのだと、はっきり相手に知らしめたい。
 それ以上に、お前を傷つけた原因を知りたい。
 大きく息を吸い、託生がオレを見上げた。
「『そんな指輪を贈る人間に操なんて立てなくていいじゃないか自分に正直になれよ俺は君が何人に股を開いたなんて気にしないからそのくらい広い心を持ってるつもりだから』
 一気に吐き出された台詞に頭が沸騰した。怒りに目の前が赤く染まる。
「『日本で……何人の男に……抱かれたんだい?………女なんてそういうものだけど、俺は許してやるからさ』」
「もういい、託生!」
 盛り上がった涙が零れ落ちる寸前に、オレの胸に顔を埋め肩を震わせた。
「ギイ、ぼくは………兄さんと………」
「オレは託生の過去も大切なんだ。託生が生きてきた人生を否定なんてしない。託生を形作ってきた事実なんだ」
 妄想するだけではなく、勝手に託生を娼婦のように決め付け侮辱し、託生の傷をえぐり返した。
 心の傷は、消えないんだ。薄くなったとしても、必ず傷跡は残る。
 兄貴のことは、気持ち的に乗り越えただけで、傷が消えたわけじゃない。いつ、また血が吹き出すかもしれない、危険性を秘めている。
 脳裏に母親の声が響いてきた。

『あの子が誘惑したのよ!』

 託生には伝えてない。伝えられなかった。伝えられるはずがない。
 それなのに、それと同意の言葉を託生に投げつけるなど、オレは絶対に許さない!
「それで、バイオリンケースで殴って、飛び出して………そのあとは、よくわからない」
 あぁ、そのままコロンビア大学まで来て、あの雪の中立ってたんだな。
 託生もALPに通っていたのだから、ある程度の地理感は持っている。マネス音楽院からはアムステルダム・アベニューを北上すればいいだけだし。
 しかし、あの状態の託生が、サブウェイにもバスにも乗れたとは思えない。
 寒がりの託生が、徒歩で四十分以上の距離を歩いて、オレの下にやってきた。
「オレは、そのままの託生を愛してる」
「ギイ………」
「愛してる」
 託生の背中が軋むような力で抱きしめた。オレの想い全てを伝えるように………。
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