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●  永遠という名の恋 -3-  ●

 結婚と同時に本宅を出て暮らし始めたペントハウス。
 本宅に馴染みきっていたぼくは今更と思ったのだけど、ギイが「何が何でも二人で暮らす!」と半ば強引に決め、さっさと数人の使用人と共にこちらに引っ越した。
 少し寂しく感じたけれど、お義母さんや絵利子ちゃんがよく遊びにきてくれるので、それほど変わりはないかもしれない。けれども、本宅にいる時、よく寄せられていたギイの眉間の皺をこの一年ほとんど見る事がなかったので、よほど二人で暮らしたかったんだなと微笑ましく思っていたりもする。
 そして、今朝も。
「託生、今日は何か予定が入っているのか?」
 二人で朝食を取っていると、ギイが鼻歌を歌いそうなくらい上機嫌で話しかけてきた。
「ううん、全然」
「じゃあ、旅行の行き先決めておいてくれよ。結婚記念日辺りに旅行しようぜ」
「ギイ、休み取れるの?」
「もちろん!」
「わかった。いくつか考えておく」
 学生で夏休みのぼくはともかく、スキップして既に大学を卒業していたギイは、仕事で忙しい毎日を送っている。反対にぼくはあまりにも暇で、当初アルバイトでもしようと思ったのだけど、ギイに容赦なく反対された。
 そりゃ、財閥の跡取りの配偶者がアルバイトだなんて、世間から見たら指を指されて笑われる元だとはわかる。それにギイだけではなく、お義父さんやお義母さんにも迷惑をかけてしまうだろう事も。
 その代わり、大学関連の事であれば口実にもなるしOKだと言われ、なんやかんやと学校に出没していた。そのおかげで他の学部学科の人とも知り合いになり、それなりに充実した夏休みを過ごせている。
 ちょっと、ギイが小うるさくなったような気もするけど。
「義一様、お迎えが」
「あぁ、もう、そんな時間か」
 食後のコーヒーを一気に飲み干し、ギイは上着を手に取った。
「じゃ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
 仕事に行くギイを玄関先まで見送り自室に戻ると、時間を置かずに携帯が鳴った。
 こんな早い時間に誰だろう?
「Hello?」
「タクミ、今日、空いてるか?!」
 挨拶をすっ飛ばしていきなりの用件に驚いたが、この声はチャールズだな。何をそんなに慌ててるんだか。
「空いてるけど、どうしたの?」
「今日のチャリティコンサートのバイオリンが一本足りなくなったんだ。タクミ、頼む!」
 長い長い夏休み。故郷に帰ったり、ここぞとばかりにアルバイトに精を出したりして、一気に学生の人数が減り、アンサンブルなども最低の人員しか確保できていない。この状況で、一人でも抜けられると音的に大変厳しい。
「わかったよ、すぐ行く!」
 手早く支度をし荷物とバイオリンを持って玄関に向かうと、
「託生様、お出かけですか?」
 ぼくに気付いたメイドが声をかけてきた。
「うん。学校に行ってくるよ。チャリティコンサートのバイオリンが足りないんだって」
「では、お車を……」
「ううん。このまま行くから」
 徒歩圏内の距離をわざわざ車で行くなんて、非効率もいいところだ。咄嗟に断ってエレベーターに乗り込んだ。
 ギイが言い置いているんだろうけど、もう本当に過保護すぎ。


 無事に午前、午後のチャリティコンサートの幕は閉じ、帰り支度をしているとチャールズが話しかけてきた。
「タクミ、助かったよ」
「ううん、今日は予定なかったし。これからどうするんだい?」
「毎年、このまま直接寄付金を持っていってるんだ。タクミも来る?」
 どうせ帰っても予定がないのだ。旅行の行き先は帰ってからでも十分考えられる。
「そうだね。一緒に行くよ」
 ぼくは誘われるがまま、みんなの後をついていった。
 少し街中から外れたざわついた場所に建つ古びた教会。
 その隣にある建物のインターホンを押ししばらくすると、優しそうなシスターが顔を出し、ぼく達を中へと通してくれた。
「ここは?」
「孤児院だよ」
 どちらかと言うと乳児院が相応しいんじゃないだろうか。狭い部屋に所狭しと置かれたベビーベッド。
 覗き込んだベビーベッドの上で両手をあげ抱っこをせがむ赤ちゃんに条件反射で手を伸ばし、でも勝手に抱っこしていいのかな?と考えていると、
「抱いてあげてください」
 ぼくに気付いたシスターがそっと声をかけた。
 柔らかくて小さいのに、ずっしりと腕に重みがかかる、大切な命。
 目尻に涙の粒を残しながらも満面の笑顔でぼくにすがりつく赤ちゃんに、笑みが漏れる。
 なんて、可愛いんだろう。
 ペタペタと紅葉のような小さな手でぼくの頬を撫で、キャッキャッと声を上げて笑う様は、まるで天使のようだ。
「親に捨てられたり虐待されたりした子供達なんです」
「どうしてそんなひどい事を……」
「世の中には色々な人間がいますからね。でも、この子達には関係のない事です。だから、たくさんの人に抱っこしてもらって、自分が愛される存在だとわかってもらいたいんです。でなければ、繰り返されてしまいますから」
「え?」
 繰り返される?
「親に愛されなかった子供は、自分の子供の愛し方がわからなかったりするんです。虐待が連鎖されないように、私達はお手伝いさせてもらっているつもりです」
「そう……ですか」
 虐待の連鎖………?
 孤児院をお暇し、みんなと別れ一人になったとたん、シスターの言葉がよみがえってきた。心に刺さり、じくりじくりと奥底に沈んでいた膿が溢れ出してくるようだ。
 愛されなかった子供は、自分の子供を愛せない。愛し方がわからない。
 じゃあ、ぼくは?
 ぼくの横をベビーカーを押した女性が通り過ぎていった。小さな小さな赤ちゃん。愛される事を当たり前だと思い、拒否されるなんて疑いもしない幸せな子供。
 漠然ではあるけれど、いつか、ギイとぼくとの間に子供ができればと思っていた。でも……。
「ギイとぼくの子供。ぼくの子供………」
 ぼくの…………?
 脳裏に両親の姿が浮かんだ。忘れていた過去が、ぐるぐると回り始める。
 両親が兄を挟み三人で談笑しているのを見ているぼく。話しかけてるのに「あとでね」そう言われて「あと」ってどのくらいだろ。兄さんのお話が終わったら、ぼくの話を聞いてもらえるんだと思って、ずっと側で待っていた。けれども、永遠にぼくの順番なんて回ってこなかった。
 そして、あの雨の日。
「あんたなんて、私の子じゃない!」
 ほんの僅かに残っていた親への期待の糸が、引きちぎられた瞬間。
 これ以上傷つきたくなくて心を閉ざし、それでも本当は愛してもらいたくて足掻いていた。ギイに愛され、親とも和解したつもりでいたけれど、ただの独りよがりだと気付いたのはいつだったろう。やはりあの人達はぼく自身を見てくれたわけではなかった。
 ギイがあの時動かなくても、いつの日かぼくは親に捨てられる運命だったんだ。
 あの人達に作られたぼく。あの人達の遺伝子を持ったぼく。
 そのぼくの血を引く子供………?
「ぐっ!!」
 咄嗟に壁に持たれかかり手を口に当てて、吐き気をやりすごす。涙でにじむ視界にギイの顔が浮かんだ。
 なんて事をしてしまったんだろう。どうして考えなかったんだ。
 ギイを愛しているから、ギイの側にいたいからと結婚してしまった。
 ギイに、どう言えば………。
「お帰りなさいませ………どうされたんですか?!お顔の色が真っ青です!」
「大丈夫」
「でも………」
「放っておいて!」
 メイドの声を振り切り、駆け込んだ音楽室のパスワードを咄嗟に変えた。
「ギイ………」
 いつか……いつか二人の子供が欲しいと思っていた。一人二人と家族が増えていくのは幸せな事だろうと、そう単純に考えていた。
 けれども、ぼくに流れるこの血を伝えたくはない。あの人達の血を残したくはない。なにより、愛せるかどうかわからない。あの人達と同じように、虐待してしまうかもしれない。
「ごめん、ギイ……ごめ………」
 ずるずると座り込み嗚咽を漏らし、ギイに謝り続けた。
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