● ● 受け継ぐ心、伝える想い-6-完(2012.2) ● ●
「星が見えるね」
「NYに比べたら、まだ星は見えるだろ」 「月光天文台あたりまでいけば、もっと綺麗だろうけど」 「そりゃ、天文台があるくらいだからな」 暖かい静岡と言えども、今はまだ冬。 話し合いに使った離れは親父とお袋に譲り、ぴったりと肩を抱き別の離れに向かいながらのんびりと石畳を歩く。 「託生」 「なに?」 「じいさんって?」 キョトンとオレを見上げた目が「あぁ」と頷いた。 託生が差し出したペンで素直にサインしたことにも驚いたが、あのあと母親はまるで放心したかのように、一言も喋らず離れを出て行った。 「夏に虐待の連鎖って言葉を知って、もしかしたら母もそうだったのかなって考えてたんだ」 オレは託生を凝視した。 オレにとって託生の母親は、託生を傷つけた加害者にしかなりえなかったのに、託生は母親が被害者である可能性に気付いたのか。 「それで葉山の祖父母を思い出したんだ。祖父はワンマンな人で、祖母はいつも祖父の顔色を見ていたような気がする。それで、出来のいい兄を祖父は気に入ってて、でも、心臓が弱いってことを母は責められてた。『どうして健康な体に産んでやらなかったんだ?』って」 そんなこと、母親のせいじゃないのにな。責められたって、母親自身どうすることもできやしない。こればかりは、母親に同情する。 「ただ祖父が、それ以外のことは褒めるから。いい子に育ててるって母を褒めるから。だから母は兄さんに一生懸命だったんじゃないかな。……親に褒められたいってのは、ぼくだってわかるし」 今まで母親は尚人を溺愛していると思っていたが、これを溺愛というのか? 尚人自身を愛していたわけじゃなく、ただ道具として大切だっただけじゃないか。もしも、じいさんが託生を気に入っていたら、全く逆だったことも考えられる。 たぶん、その母親の思惑に尚人も気付いていたのだろう。そして、狂っていった。 託生と同じように、親に愛してもらいたがった母親。しかし、その為に自分の子供を使うなんて馬鹿げている。 ………本人、使っているなんて思ってもいなかっただろうが。 「じゃ、元凶はじいさんって事か」 「それは、わからないよ。祖父だって、そういう風に育てられたのかもしれないじゃないか」 あっさりと否定する。 「メビウスの輪だな」 終わりのないメビウスの輪。虐待というのは、アダルトチルドレンというのは、世代が代わっても続いていくのだろうか。 「じゃあ、真ん中を切ったのがギイだ」 と、託生は笑うが、オレにそんな力はない。 「いや。託生が自分自身の力で、切ったんだ」 「うーん。じゃ、ハサミを渡したのがギイ。だって、ギイがいなかったら、ぼくは切れなかったよ」 そう言って、託生は立ち止まった。 「ぼくにはギイがいた。お義父さんもお義母さんも絵利子ちゃんもいる。そして、この子を愛してる」 かすかに膨らんだ腹に両手を当て、ふわりと微笑んだ。 その綺麗な笑顔に引き寄せられるように口唇を重ねる。少し冷えた頬を暖めるように手を滑らせ抱きしめた。 この腕の中に、なにものにも変え難い大切な幸せがある。 ペンを出したのは、もう関わらないでくれという託生の意思。 託生をなくすかもと怯えていた自分に苦笑した。託生の心は決まっていたのに………。 「母にも、ギイみたいな人がいたらよかったんだけど、でも、もしも兄さんやぼくにしたことを認識したら……母は自分の感情に真っ直ぐな人だから、そのあとどうするかわかんないし……」 託生が口を濁らせ目を伏せた。 罪悪感に自死する可能性があるってことか。 「祖父に褒められると母も嬉しかったんだと思う。ぼくが、そうであったように。でも、それは本当の幸せじゃない。祖父に褒められる事以外の幸せってあるんだよって伝えたかっただけなんだ」 「じゃ、親父さんは?」 「父は、小さい頃に両親をなくしてるからね。子供の接し方を知らなかったんじゃないかな……かな?だから、母の真似をしていたんだと思うよ」 託生は自分を捨てた親を憎んだりしていない。それどころか、親を理解しようと努力し、あの母親の心を揺らしたのだ。 自分の感情に左右されない、そんな次元を超えたところに託生の心がある。 託生の肩を引き寄せ髪にキスをした。 「ここ?」 「みたいだな」 玄関の引き戸を開けると、外の寒さが嘘のような暖かさがオレ達を出迎えた。 「あ、ギイ、露天風呂があるよ!露天風呂!」 部屋から見える大きな露天風呂に、託生が子供のようにはしゃぐ。話し合いの席での、崎夫人の面影は全くない。 あの凛とした託生も子供っぽい託生も、可愛くて仕方ないけどな。 「さすがに今日は寒いから、内風呂にしておけよ」 「えーーっ?」 不満そうな託生の声に笑い、ネクタイを緩め上着を脱いだ。 諦めきれないのか、窓越しに露天風呂を見ている託生に、 「あ、託生、温泉入っていいのか?」 「長湯はダメだけど、入っていいって。……ギイも一緒に入る?」 露天風呂を止められた意趣返しか、くるりと振り向いて託生がにっこり笑う。 だから、お前は………。 「………いい。オレはあとで入る」 「そう?」 涼しい顔をして鞄から着替えを取り出し、 「じゃ、お先」 風呂場に向かった託生の背中を見送り、大きな溜息を吐く。 ここから露天風呂が見えるって事はだな、修行僧生活のこの身には辛いんだってことに気付けよ。 託生が出てくるまでの時間つぶしにと冷蔵庫の中からビールを出し、プルトップを開け口をつけたとき、 「あ、そうだ。ギーイー?」 「なんだ?」 風呂場に反響したような託生の声が耳に届いた。 「先生がねー、安定期に入ってますよーだってー」 託生の言葉に、ピシリと固まった。 ……………それを、先に言え!! ボタンを引きちぎるように服を脱いで、風呂場に飛び込んだ。 幸せは分けてもらうものじゃない。 幸せを幸せだと感じる心が大切なんだ。 人を恨んで過ごすよりも、自分の幸せを見つける方が建設的じゃないか。 辛い子供時代を送ったからこそ、託生は人が気付かず通り過ぎるほどの小さな欠片を、幸せだと感じている。 昨日より今日。今日より明日。 小さな幸せを積み重ねていけば、二人分の幸せは無限大に形を変え、きっと未来は今よりも輝く。 元々は「永遠という名の恋 後日談」で、母親のAC説を書くつもりだったのですが、その前に「粉雪の舞い散る夜に」を書いてしまったんで、今更かなぁと思いまして、今回組み込みました。 後日談の方は、日本からNYに帰ってきたあとの話で、ちょろっと年末に小話ついったーで流しています(医師に叱られているギイタク) あと、竹内さんと従兄弟の補足はこちらで。 今回、五話部分を、ものすごく悩みました。 色々な方向があり、色々なラストがあり、この五話部分だけで軽く原稿用紙六十枚分を超えていたという状態であります。ボツにした方が多い……; その中から、Lifeなら、どうなのか?託生くんは、どう動くか?を考えたところ、方向性が決まったわけです。 これがResetだったら、ギイが怪我するは、託生くんが啖呵切ってるは、に、なると思います。 それはそれで、甲斐甲斐しく看病する託生くんにデレデレのギイが見れたのだと思いますが(笑)もしくは、看護師の制服をお強請りして殴られるか。松本君、扱き使われそうだなぁ。 あとは、母親が託生くんを襲わせるとか。 直後黒ギイ誕生。ガオーーーーッと楽しいことになっておりました。 色々あったわけです。 それと描写は全然なかったのですが、使った旅館は「あ☆た☆み☆石☆亭」(☆なし)のつもりで書いてました。 話し合いの離れは特別室の「石☆廊☆崎」。二人が泊まったのが露天風呂付き離れ客室Sの「熱☆海」。 公式サイトの方に間取りが載っているので、色々と妄想してくださいませ♪ 特に、露天風呂〜♪♪♪ (2012.2.27) |