● ● バージンロードの裏事情(2011.5) ● ●
「式の招待客なんですが、本当に祝ってくれる人間だけにしたいんです」
「…とは?」 「祠堂の友人とか島岡とか使用人とか」 親父やオレの立場からすると、本来は婚約発表から始まり、盛大に式と披露宴を行わなければならない。だが、まだ女性として慣れていない託生に、そこまで求めるのは無理だ。 それに、オレだって口先だけの祝辞など聞きたくもないし、見世物になるつもりもない。 「わかった。わざわざ隠す必要もないが、知らせる義務もないからな。君に任せるよ」 「ありがとうございます」 ホッと溜息が漏れる。 一つクリアーだ。 「それから…」 話を続けようとした時、ノックの音が部屋に響いた。 「どうぞ」 親父が声をかけると、 「託生さんが、お父様にお願いしたい事があるんですって」 絵利子が顔を覗かせた。 「託生が?」 オレをすっ飛ばして、親父に直接? 「お話し中にすみません」 申し訳なさそうな顔をした託生が背後から現れ会釈した。 「いやいや、たいした話はしていないから。それより託生さんのお願いとはなにかな?」 親父のやつ、初めての託生のお願いに、目尻が下がっていやがる。 って、オレをすっ飛ばしてのお願いってのはなんだよ。事と次第では、対策を立てないといけないからな。 そうこう考えているうちに、何故か絵利子がオレの隣に座り、託生がその向こうに座った。 「おい…」 「なによ。託生さんが話できないじゃないの」 「………」 まぁ、いい。あとで、じっくり言い聞かせてやる。 ニコニコと託生の話を待っている親父を横目に、コーヒーを一口飲んだその時、 「あの、バージンロードを一緒に歩いていただけませんか?」 託生の爆弾発言に吹き出した。 「ブーーーーーッ!!」 「汚いわね」 冷静に突っ込む絵利子を睨みつけるものの、ゲホゲホとむせていては迫力も威厳もない。 それより、ちょっと待て! バージンロードは、オレと二人で歩く予定にしてたのに、なに先走ってるんだ?! 「それは、光栄な役だね。喜んでエスコートさせていただくよ」 親父の返事に、満面の笑顔を浮かべた託生は、 「ありがとうございます」 深く頭を下げた。 「待って…」 ください。異議あり…と続けようとして、 「てーーーーーっ!」 容赦なくヒールが右足に刺さる。 (なにするんだ、絵利子?!) (託生さんが悩んで悩んで、私に相談に来たんですからね。邪魔しないで) (なにが邪魔だ!バージンロードは…) 「あら、みんな揃って、どうしたのかしら?」 「母さん、いいところに。託生さんに、バージンロードを一緒に歩いてほしいと頼まれてね」 「まぁ、それは素敵なお話ですこと」 「だ…」 から、バージンロードはオレと…と続けようとして、 「だーーーーーっ!!」 今度は横を歩きざま、お袋に左足を踏まれた。 何事もなかったかのように、お袋は親父の隣に座り、 「でも、貴方。女性から申し込ませては、託生さんに失礼ですわ」 苦言を言う。 「それは、そうだ!では、託生さん」 「は…はいっ」 託生の右手を取り立ち上がらせ、 「バージンロードのエスコートを、させていただけませんか?」 手の甲に軽くキスをし、スマートにエスコートを申し込む。 オレの託生だ!なに勝手に申し込んでるんだ?! って、おい、託生!何赤くなってんだ?! 今度こそと立ち上がりかけた、その時。 「普通の家族を教えたいと言ったのは、ギイよね?」 絵利子の言葉に、ギクリとした。 託生が実の父親と歩けないのは、オレに責任がある。託生は許してくれたが、それとこれとは別だ。 絵利子に相談したのも、実の娘である絵利子に許可を貰いたかったからかもしれない。 「反対しないわよね?」 「…できません」 オレの失態のフォローを、託生に気付かせず遂行させられたりしたら、反対なんてできやしない。 なにより、託生があんなに喜んでいるのだから。 「リハーサルとかは、するのかね?」 「それは、わからないのですが、ドレスを着るのが初めてなので、何度か練習しないと…」 「じゃあ、練習には私が付き合おう。本番さながら練習すれば、上がらないからね」 「ありがとうございます」 本番さながら? って、まさか?! 「託生、ドレスを着るのか?!」 「着ないと練習にならないよ」 何を今更と呆れ顔の託生に、 「練習は、オレが付き合う!」 きっぱり宣言したのにもかかわらず、 「君は、他にやる事があるだろう。会議とか会議とか会議とか」 口許を歪ませた親父にニヤリと笑われた。 前言撤回! 父親がどうこうよりも、オレより先にドレスを見たいだけだろうが!! 「式まで我慢したまえ。はっはっはっ」 親父にまで先を越されるとは……。 何が何でも、式より先に見てやる! ブログより転載 (2011.5.5) |