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●  Life -7-  ●

   《 覚醒 》


 三洲の話が、精神のバランスを取るのが精一杯であったぼくの心をざわめかせていた。
 『なかったこと』。
 現実に、そういう人達がいるとは聞いたけれど、ぼくでも可能なのだろうか。
 だけど、もし『なかったこと』を選択したら、ギイは自分の体を傷つけてまで戻ろうとするのを、反対するに違いない。
 『自分がどうしたいのか』。
 ぼくは、どうしたいんだろう………。
 今すぐでなくてもいいとは言われたけれど、高校卒業という一つの区切り、そして、これからの人生に影響がある大学への進学。今方向性を決めなければ、これからどう生きていけばいいのかわからなくなりそうな予感がした。
 ただ、問題は………。
 きっかり一時間後、ギイと章三が部屋に戻ってきた。
「お帰り」
 と声を掛けたぼくの顔を見て、ギイは少し目を見開き、何かに気付いたように三洲を怪訝そうに見やる。
 そのギイの様子を見て、あぁ、やっぱりと、ストンとぼくの心の中に落ちてきた。三洲と話をしていたときから、胸につかえていたものが。
 二七〇号室で倒れてから、ギイはずっとぼくの側にいてくれた。パニックになったときも両親のことを聞いたときも、ずっとずっとぼくを抱きしめていてくれた。
 ギイがいなければ、ぼくは今こうして正気を保っていることができたかわからない。
 でも………。
「ねぇ、ギイ。ぼく大丈夫だから、二人と一緒に学校に戻って」
 帰り支度を始めた章三と三洲を見ながら、無意識にギイを拒絶する台詞が出ていた。
 三洲の話を聞くと同時に、ギイが、ぼくの選択を阻めようとしていたのに気付いたから。
 ギイが知らないはずがない。それこそアメリカの方が治療が発達していると言っていたけれど、それは三洲から聞いた性同一性障害の治療などを含んだホルモン治療が発達しているからではないだろうか。
 なのに、ギイは、これから女性として生きていくしかないのだと、ぼくに思い込ませた。ギイに都合がいいから。
 ギイは何かを言いかけようとして飲み込み、ぼくの目を覗き込んで、やがて諦めたように溜息を一つ吐いた。
「わかった」
「ごめんね」
「いいさ、気にするな」
 ギイは、ぼくが言い出すのを初めからわかっていたかのように、少し寂しそうな顔をして了承し、
「エレベーターホールで待っててくれ」
 と二人に声をかけてベッドに腰掛けた。
 ギイは聡い人だから、もう気付いている。ぼくが、どうして言い出したのかを。
 二人が出て行くのを目の端に捕らえながら、ギイがそっとキスをした。
「何かあったら、すぐに携帯にかけてこいよ」
「うん」
「一日一通は、メールをしろよ」
「わかった」
 頬を彷徨っていた唇が、もう一度戻ってきて、長い長い口付けを交わした後、ギイはぼくの目を見詰め、
「託生、愛してるの意味、忘れるなよ」
「うん」
 呟き、力を込めてぼくを抱き締める。
 ごめんね。ギイの希望に沿えないかもしれない。でも、ぼくは考えたいんだ。これからのことを。これからの人生を。
 君が、男でも女でもぼくを愛すると言ってくれたから。その言葉を信じて、ぼくはぼくの未来を考えたい。
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