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●  Go for it!-2-  ●

 朝一番に緊急会議。その後、昼食会を挟みながら数社を訪問し、やっと本社に戻れるとリムジンのシートに体を預けていると、見覚えのある車が前を横切った。
「あ………」
「義一さん、どうしましたか?」
「今の車、追いかけろ。一颯が通っている幼稚園に向かったはずだ」
「は……はいっ」
 疑問に答えず運転手に指示したとたん、島岡がこめかみに手をやり、大きな溜息を吐いた。
「別に反対方向に行くわけじゃないだろ?」
 ここで右折しても、もう少し先で曲がっても、距離は変わらないはず。
 早朝から引っ張りまわされ、今日は子供達の顔を見ることができなかったんだから、このくらいの我侭、可愛いもんだ。
 今日、レコーディング最終日だと言っていたから、早く予定が終わったのだろう。この二週間、大樹と一颯の迎えは人に頼んでいたから、時間に間に合うようなら託生自ら動く。
 託生の性格を考えれば、簡単にわかることだ。
「十分です」
「島岡ぁ、せめて………」
「そのまま直進させましょうか?」
 インターホンのボタンに指を添えて、島岡がジロリと睨む。
 たかが十分、されど十分。
 分刻みのスケジュールの中で、その十分を捻出する苦労をするのは島岡なのだから、そう言われれば黙るしかない。
 信号が青になり、運転手が右折した。
 もうすでに、託生が乗った車の姿は見えないが、案の定、幼稚園のすぐ側に、うちのリムジンを見つけ、さっさと降り立った。ざわりと空気が動いたような気もするが、そんなことどうでもいい。
 門から中を覗くと、佐智が咲未を抱っこしたまま、はしゃいだ一颯の頭を撫でていた。その横には、目を細めて微笑んでいる託生がいて、その様子を周りの親子が微笑ましく眺めている。
 その光景は、まるで愛しい我が子を迎えに来た若夫婦そのものだ。………って、オレが託生の夫で、一颯と咲未の父親だってんだ!
「……おい、佐智」
「ギイ?」
「義一君、久しぶり」
 軽い口調なれど、にっこりと笑いながら振り向いた佐智の目が、表情を裏切っている。それどころか、なにやら、異様に燃えているというか、なんというか。
 いい加減、痺れを切らした、ということなんだろう。
 絶対、こいつオレへの嫌味で仮若夫婦風を装っていやがる。さっき、車が前を通ったとき、目が合ったような気がしたもんな。
「ダディ、ダディ」
「だぁ、だぁ」
 佐智の腕から咲未を取り上げ、ピョンピョン跳ねて両手を挙げている一颯にもキスをして抱き上げた。とたん、左右から二人が首に抱きついてくる。
 ふん。一颯と咲未はオレと託生の子供だ。
「ギイ、なんで、ここに?」
「本社に移動中に、お前らが乗ってる車が見えたんだよ。だから、追いかけてきた」
「追いかけてきたって………」
 また無茶を言ったのかと言いたそうに門の方を振り向き、島岡の姿を確認して会釈する。怒鳴られないのは、ここが園庭のど真ん中で、隣に佐智がいるからだ。
 託生と佐智との付き合いも、もうかれこれ十年以上になるのに、いまだに憧れの君なのだから、もう諦めの境地に差し掛かりつつある。
「義一君、本社に戻る途中なんだ?じゃ、送ってくれないかな」
「はい?」
「おじさんに挨拶して帰ろうと思ってたから、ちょうどいいよね」
 ………嘘付け。親父に用があるんじゃなくて、オレに話があるだけだろうが。
「送迎タクシーじゃないぞ」
「ギイ、そんな意地悪なこと言わないの」
 送らないという選択はできないだろうけど、できることなら佐智と二人ってのは避けたいんだけどな。
 そんなオレの思いなんてどこ吹く風で、
「託生くん、二週間、ありがとう。来月も、よろしくね」
「は……はい、がんばります」
 なんて会話を………来月?
 首を傾げている間に駐車している車の横に着き、
「一颯君、咲未ちゃん、またね。大樹君によろしく」
「佐智さん、バイバイ」
「ばっば」
 咲未を託生に手渡し、一颯をその場に下ろして、佐智と二人リムジンに乗り込んだ。


 シートに座り車が動き出したとたん、
「義一君………」
 オレを呼ぶ佐智の抑揚のない低い声色に、覚悟をしていたにも関わらずゾクリと背中に鳥肌が立った。
 島岡なんて、佐智を後部座席に招きいれたあと、さっさと助手席に移り、ご丁寧に間仕切りの前のカーテンまで引きやがった。
 お前、秘書だろうが!これって職場放棄だろ?!
「いつになったら、託生くんを自由にしてくれるのかな?」
「………しつこいぞ、佐智」
「こればかりはね。何年待ってると思ってるんだよ」
 足を組み替え、ついでに腕まで組んで、佐智がクレームをつける。
 こんな横暴な態度、託生も佐智のファンも想像できないだろうな。ほんと、オレの前では遠慮がない。
「佐智、人ん家の家族計画に口を出す気か?」
「まさか。そんな下世話なこと、僕が言うわけないだろ。だいたい、家族計画なんて義一君が考えているとは思ってないし」
「………次はないぞ?」
「それだって、どうせ、ドクターストップがかかったからだろ?」
「………」
 託生の最初の出産は二十二歳。
 しかし、当時、女性の体として完全に成熟していたかと言われれば、それは間違いで、所謂、十代の出産と同じだけのリスクがあった。
 他人よりも、五年ほど遅く第二次成長期を迎えたんだ。計算上、当たり前だろう。
 結果的に、託生は無事三人の子供を産んだわけだが、子宮が未熟な状態で無理をしたから、咲未が産まれたあと医師から釘を刺された。
 ………ではなく。
「僕は、託生くんの大学卒業後すぐに、バイオリニストの足固めを考えていたんだよ。ただ、託生くんの気持ちが一番だし、大樹君もまだ小さかったから、そのときは諦めたんだ。………ということを、君は充分わかっていたよね?」
 わかっていましたとも。佐智が、託生をバイオリニストにしようと、着々と準備を進めていたことを。穂乃香さん経由で、色々と聞いていたし。
「けどな、周りがどれだけ騒いでも、根本的に託生はバイオリニストになりたいかどうかが、一番の問題だと思うぞ?」
 確かに、託生は大学、大学院とバイオリンを専攻していたが、だからと言って、バイオリニストになりたいという言葉を今まで聞いたことはない。子供達の世話で考えられないってのもあるが。
「その気は、あると思うよ」
「ある?」
「うん。言葉で聞いたわけじゃないけど。託生くん自身、本音に気付いてないのかもしれない。でも、音を聞けばわかる」
 自信満々に言い放たれ、オレは呆然と佐智を見つめ返した。
 音。口下手な託生が、唯一素直に自分の思いを込められる音。
 その音に、託生の本音が滲んでいた………。
「だから、来月の僕のNY公演の二部に、ゲスト出演してもらうことにした」
「また事後承諾かよ?」
 あっさりと爆弾発言をした佐智に、あきれ返って噛み付くも、
「きちんと事務所は通してるよ」
 にっこりと笑って、オレの苦情をひらりとかわした。
「託生には?」
「さっき」
 コンサートのプログラムなんてものは、当の昔に決定している。佐智の頼みごとなら、託生が絶対断らないってのを前提で、初めからプログラムを組んでたのか。
 しかも、CD発売と同時開催されるコンサートだから、内容はCDと全く同じで、場所はNY。
 託生に断る理由はない。
「もしかして、託生のデビュー公演を兼ねてるとか言うか?」
「言わないよ。でも、注目はされるよね。デビュー前のプレ公演扱いはできる」
 佐智のコンサートでのゲスト出演だ。もしも、このままデビューするのであれば、これ以上に利用できるものはない。
 それをわかって、佐智は託生を自分のコンサートに出演させるつもりなんだろう。
 ありがたい話ではあるんだけどな。
 大学院を卒業して以後、託生はずっと家にいた。自分が喉から手が出るくらい欲しかった親の愛情を、子供達にかけるため。
 オレ自身は、子供の側にいる時間ってのは、愛情とイコールだとは思っていない。国際的に見ても、両親共に働きに出ている家庭が多いし、その中で子供に愛情を注いでいる。
 もちろん、金銭的に考えても、託生が働く必要はない。
 ただ、託生が、あとで後悔することになるならばと、託生の考えを支持していた。そのことによって、託生の精神バランスが崩れる可能性もあったから。
 精神的に落ち着いているように見えても、心の傷をまだ託生は持っている。オレや子供達が託生の支えになっていたとしても、心の傷は薄くなることはあれ、一生消えることはない。
「なぁ、そこまでして、託生をデビューさせたいか?」
「させたいね。今のままじゃ、あまりにも勿体ない」
「でもな、佐智。言っておくけど、あいつは子供のためなら、潔くバイオリンを捨てるぞ」
「そんなことくらい、僕だってわかっているよ。だから、今まで託生くんを待ってたんだ」
 それが待てなくなったってことは、バイオリニストを目指すにはタイムリミットなんだな。
「音楽は一生物だけど、こういうのはタイミングがあると思う。今なら、まだ、音楽院時代に取った賞の事を、みんな覚えているだろうしね」
 あぁ、教授に勧められるがままコンクールに参加し、最優秀賞を取ったことがあった。
 腹の中に一颯がいて、予選のときは、まだ目立ってはいなかったが、本選のときにはそれなりに大きくなり、ハラハラとしていたものだ。
 そう言えば、自由曲を決めるのに、
「暴れられたら困るから、この子が寝る曲」
 と、腹を撫でながら、あっけらかんと決めていたな。
「佐智は、今がいいタイミングだと思ってるのか?」
「そう。子供達のことが気にかかると言うのなら、最初はNYだけとか国内だけとか、活動場所を限定すればいいと思うんだ」
「NYだけ……か」
 それなら託生も納得するかもしれないな。子供達になにかあったときでも、すぐに戻ることができるのなら。
 一期一会という言葉もある。
 佐智が自分のコンサートを使ってまでお膳立てしてくれたこの機会を逃せば、託生は、バイオリニストの道を進むには難しい。
 今夜、託生と話をしなければ………。
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