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●  両手いっぱいのありがとうを君に(2012.2)  ●

 その日によって大学だったり仕事だったりバタバタと忙しいギイだけど、今日は時間が一緒だからと二人で大学に登校した。
 寒さに弱いぼくは頭から足までもこもこ状態で、でも、ぼくだけじゃなくニューヨーカーの人もそれなりにもこもこだから、こんなに寒いのに祠堂にいた頃とそう変わらないいでたちのギイに呆れを通り越して感服している。
 ここまで寒さに強いとは。
 ぼくを寒風から庇うように肩を抱きぴったりとくっついている様に、普段なら恥ずかしがって離れるところなのだけど、その暖かさと居心地の良さに今日は大人しくギイの腕の中にいる。
「気まぐれな猫みたいだ」
 と笑われたけど。だって、ギイ、暖かいんだもん。
「帰りは迎えに行くから教室で待っててくれ」
「教室で?」
「そ。と言っても、オレの方が先に終わるだろうから、待たせることはないと思うけどな」
 ぼくをALPのキャンパスまで送り、ウインクを一つ決めてギイが別のキャンパスに向けて歩いていった。
 今日はぼくの誕生日。
 朝からなにも言わないけれど、サプライズ好きのギイのことだ。授業が終わった後、なにか計画を立てているのかもしれない。
「そういえば、去年の誕生日……」
 思い出して、苦笑した。
 十八の誕生日。当日はたまたま通院でギイと二人で上京していた。診察に関しては滞りなくすんだのだけど、問題は翌日十九日。
 ギイからビザ発給に必要な大使館での面接だと言われ、数日かけて質疑応答の丸暗記をさせられたのだ。あれが渡米するにあたっての第一関門だったんだな。
 だから、誕生日云々よりも面接の方が心配で、せっかくホテル側がケーキを用意してくれたけど、味なんて全然わからなかった。
 それなのに、緊張して挑んだ面接は、お義父さんが移民局に話をしていてくれたおかげか、なんと日本語で受けることができ(学生ビザを申し込んだ留学生予備軍としては、情けなくもあったけど)ものすごく拍子抜けして、外で待っていたギイの顔を見たとたん本当に力が抜けて座り込んでしまった。
 ぼくから面接時の話を聞いたあと、苦虫を噛み潰したような表情で、ギイが電話でなにやら怒鳴っていたっけ。
 とにかく去年は、ぼくにとって「それどころじゃない!」と言いたくなるような、慌しい誕生日だったのだ。
「あれから、一年か」
 それまでの人生をひっくり返すような驚愕の事実が明るみになってから一年。
 当時は、これからどうしたらいいのか。生きていけるのかと怖気づき、自分の人生お先真っ暗みたいに思ったけれど、人間なかなか図太いものだ。それなりに順応している。
 でも、それはギイがいたからだ。
 どんなぼくでもぼくだからと、認めてくれたから。
 ギイがいなければ、現実に押しつぶされて、今日この日を迎えられなかったかもしれない。ギイが悲しむから言わないけど。
 これから先、誕生日を迎えるたびにぼくは思うのだろう。
 ギイへの感謝を……。


 五時に講義が終わり廊下に出てみると、ぼく達より先に教室を出た教授がギイと廊下で話をしていた。
 やけに親しそうに話してるな。と思っていたら二人がぼくを振り返り、教授が苦笑いをして頷いた。
 なに?ぼくの話?なにか今日ヘマをしたっけ?
 内心慌てふためいたぼくに二人は頓着せず一言二言交わし、軽く片手を上げ教授が廊下の向こうへ消えた。
「託生」
 足取り軽くぼくの側に来たギイに、
「なに話してたの?」
 一応聞いてみる。
「いや、昔馴染みの教授だったから、ちょっとな」
「ふうん」
 ぼくがギイの知り合いだくらいの話だったのか。ちょっと安心。
「じゃ、帰ろうか」
「え?」
「あ、もしかして、なにかまだ用事があるとか?」
「ううん、なにもないけど……」
 なんだろ?すごく違和感を感じる。
 いつも家にいると二人きりになれないとブツブツ文句を言っているのに、素直に家に帰るなんて。
 このまま二人でどこかに行くのだと思っていた。
「迎えが来てるから」
「迎えって、車?」
「今日は、特に寒いしな」
 取って付けたような言い訳に、首を傾げる。
 ALPに入学したとき。普通の学生のように公共の交通機関を使って通学したいというぼくの意見に、何か言いたそうな顔はしたもののギイは了承した。現に、今朝だってそうだ。ギイは仕事上、迎えが来ることがあるけど。
「どうした?」
「ううん。事故にあったら怖いなと」
 大きな事故はそれほどないものの、つるつると車ごと滑ってゴッツンと、雪が降り始めてからその辺りで小さな事故をいくつも目撃した。日本なら、すぐに警察と保険屋さんに連絡!なのだろうけど、ぽこっとボディがへこんだくらいは、どうってことがないらしい。そのままお互い車を降りもせず、何事もなかったかのように走り去る光景に呆れた。
 アメリカ人ってアバウトすぎる。
「大丈夫だって。うちの車にぶつけに来るような奴はいないよ」
 ギイの言葉に、それはそうだと頷いた。お抱え運転手つきのリムジン。できる限り避けて通りたいのが人情だろう。


「お帰りなさいませ」
 ぼくには内緒で運転手と話をしているかもと思っていたのだけれど、本当にまっすぐ家に帰り、いつもどおり執事とメイドがぼく達を出迎えた。
 なので、いつもどおり、そのまま自分の部屋に行こうとしたぼくの腕を、ギイがやんわりと引きとめる。
「なに?」
 そして、帽子から手袋からコートから次々と剥ぎ取ってはメイドに渡し、同じく自分のコートも渡して、
「託生はこっちな」
 ぼくの腕を引っ張って、どこに……あぁ、この方向は食堂か。
 相変わらず大食漢のギイ。夕食の時間には少し早いけど、行けばなにかが食べられるだろう。
 ギイは、片手でぼくの手を握り食堂のドアをノックした。
 ノック?
 今までこのドアをノックしたことあったかな?
 首を捻っているぼくの前でギイが大きくドアを開き、ぼくを部屋の中に押しやった。
 とたん、
「Happy Birthday!!」
 の言葉と共に鳴らされたクラッカーの音に、心臓が止まりそうなくらい驚き一歩下がる。部屋の中には、お義父さんとお義母さんと絵利子ちゃん。
 いったい、これは、なに?
「託生の誕生日会だよ」
 咄嗟に振り返ったぼくにふわりと微笑んで、ギイが耳元で囁く。
「誕生日会……?」
 ぼくの………?
「ほらほら、ここ、託生さんの席」
 呆然としたぼくの背中に腕を回し、ギイは絵利子ちゃんが指した椅子に座らせた。
 お義父さんもお義母さんも絵利子ちゃんも、いつものようなカジュアルな服で、少しだけ食卓が……花瓶一つ分くらい華やかな感じで、それ以外は本当にいつもと変わらない風景。
 そして、テーブルの真ん中には、チョコレートプレートに『Happy Birthday TAKUMI』と書かれた大きなバースデーケーキ。
 誕生日会なんて、生まれて初めてだ………。
「せーの」
 の絵利子ちゃんの合図に、
「Happy Birthday to You」
 なんて、歌声が聞こえてきて。
 ギイのちょっと音程の外れた歌声には笑っちゃうけど、にこにこと歌う皆に釣られるように手拍子をした。
「託生さん、ロウソク消して」
 少し太いロウソクが真ん中に一本と、その周りに九本のカラフルな細いロウソク。
「託生、一息で消すんだぞ」
「う……うん……」
 と言われても、ぼくは今まで一度もやったことがない。
 案の定、ふーっと息を吹きかけたのだけど、最後の一本がなかなか消えてくれなくて、もう息が続かないよとちらりとギイを見ると、こっそり息を吹きかけ手助けしてくれた。
「おめでとう!」
「ありがとうございます」
 ペコリとお辞儀をしたものの、ぼくは頭を上げられなかった。
 暖かくて暖かくて、こんなに暖かい誕生日は初めてで、視界がぼやけていく。嬉しいのに、泣くつもりなんてないのに、どうしたらいいんだろう。
 そんなぼくの頭を片手で抱きしめ、
「泣き虫」
 クスリとギイが笑った。


「十八日のオフは受理されましたよ」
「やりっ」
 島岡の言葉に、パチンと指を鳴らした。
 しかし。
「ただし、その日は託生さんと一緒に大学に行っていただき、託生さんの講義が終わり次第、一緒に大学から帰ってきてください」
「はぁ?」
 なんだ、そのシナリオは?
「あのなぁ、十八日は朝から出かける予定にしてるんだぞ。第一、なんでオレ達の行動を島岡に決められなきゃいけないんだ」
「いえ、私じゃなく、会長の命令です」
 憮然としたオレの苦情に島岡は苦笑して、黒幕をあっさり吐いた。
「………あんの、クソ親父」
 オレ達の仲を邪魔する気か?!
「父さん、どういうことですか?!」
 駆け込んだ会長室で、悠々と座る親父が顔を上げた。
「島岡に言ったとおり、その日は大学以外、外出禁止」
「なんなのですか、いったい?!この歳になって外出禁止?子供じゃあるまいし。オレも託生も好きにさせていただきますよ」
「そうは言われてもねぇ。母さんも絵利子も準備しているし」
 あの二人も関わっているのか?!今回はなにを企んでいるんだ?!
 託生がアメリカに来て初めての誕生日。
 去年はお互いに誕生日気分なんてことにはならなかったから、今年こそ思い出に残るような日にしようと、オレなりに計画をしていたのに。
「理由を教えていただきましょうか」
 凄むオレに、
「十八日は、託生さんのお誕生日会をするんだよ」
「は?」
 のほほんと親父が言う。
 お誕生日会?
「パーティにすると?」
 託生のお披露目的な、そういう感じ?それはそれで全力でぶち壊すけどな。
 婚約者として公表したいのは山々なれど、まだ託生の戸籍は男。それに、やっと女性の体に慣れてきて、自分の中で折り合いがつけられるようになったばかりなのに、また負担になるようなことをするなんてとんでもない。
 すぐさま異議を唱えようとしたオレに、親父は首を横に振り微笑んだ。
「違う違う。家族でお誕生日会。誕生日ケーキとささやかなご馳走を家族で囲もうと思ってね」
 その言葉にハッとした。
 託生は子供のころに誰もが経験しているであろう、家族の笑顔に囲まれて過ごす誕生日の夜をたぶん知らない。あの親が、託生の存在を認めなかった人間達が、心の底から誕生日を祝うなんてことは考えられない。
 この世に生まれてきた奇跡と感謝。
 誕生日とは、それらを確認し存在を祝福する日なんだと、考え付きもしないんだ。誰にも教えてもらえなかったから。
 いまだ、どことなく自分の存在に対して不安定な感情を持っている託生に、親父が、お袋が、絵利子が、なにを贈りたいのか。
「どうかな?」
 そんな愛情を見せられたら、反対する理由なんてどこにもない。
「ありがとうございます」
 オレは、まっすぐに頭を下げた。
 託生の心を守ってくれることに対しての感謝。そして、託生を家族の一員だと受け入れてくれている感謝。
 オレだけでは、託生に教えてやることはできないだろう。
 そうして、オレは当初の計画を変更し、託生のエスコート役を甘んじて受けた。


 和やかな誕生日会がお開きになり、各自が部屋に戻った後、
「もう少し付き合ってもらっていいか?」
「うん」
 託生の手を引き、オレの私室に招き入れた。
「ちょっと待っててくれ」
 託生をソファに座らせ、オレはデスクの上に置いてあるPCの電源を入れた。スリープ状態から復帰し、あらかじめ立ち上げておいたソフトが画面に現れる。マイクとカメラを調整して……。
「託生」
 オレの声にとことこと近寄った託生を椅子に座らせ、呼び出しをかける。
『やっとかかってきた。遅いぞ』
 スピーカーからの声と画面いっぱいに広がった祠堂の友人達に、託生がビクリと肩を揺らした。
「え?」
『葉山、誕生日おめでとーっ!』
 クラッカーを鳴らし、どこから持ってきたのかタンバリンや笛などの鳴り物まで用意して……あーあ、章三のこめかみに青筋が立ってるぞ。
 片付けるのが大変だと、あとで文句を言いそうだな。
「あ、ありがとう……え、ギイ?」
「インターネット回線を使ったビデオ通話だよ」
 オレの家族が託生に贈っのは、誰もが持っている誕生日の記憶。
 それなら、オレは?
 仕事の関係でオレ自身は何度か日本に行ってはいたが、託生は卒業以来ずっと日本に帰っていない。連れていってやりたいけれど時間的に難しく、それならと章三に連絡を取った。
『元気だったか?』
「うん!みんなも元気だった?」
 章三が声をかけてくれたのだろう。このまま同窓会が開けるくらいの人数に、託生の顔が喜びに輝く。
 この一年、日本からアメリカに環境を変え、言葉だけじゃなく習慣や考え方の違いなど、ありとあらゆる変化に戸惑いながらも、託生が必死で努力していたことを知っている。こんな状況に追い込んだオレを責めることもなく、ただただ地道に自分の物にするべく勉強していた姿に、頭の下がる思いだった。
 だからせめて、気が置けない友人達と、日本語で心行くまで会話を楽しんでもらいたいと思ったのだ。
 三十分ほど皆と近況やらを話し、名残惜しくもあったが、それぞれの都合もあり、
「またね」
 と、託生が手を振って回線を切った。と同時に、託生が俯いた。
「託生?」
 慌てて覗き込んだオレの首に腕を回し、肩に額を押し付けてくる。一気に静かになった二人だけの室内に託生のすすり泣きが響き、改めて託生を包み込むように抱きしめ背中を優しく撫でた。
「こんな誕生日初めてだ」
 オレに言ったつもりはなく、大切に噛み締めるように呟いた託生の髪にキスを送る。
「ありがとう、ギイ」
「オレは、あいつらとラインを繋いだだけだよ」
「じゃなくて。ギイがいなかったら、こんなに幸せな誕生日はなかった。ありがとう」
 託生があまりにも綺麗に笑うので、オレの鼓動が一気に早くなる。
 そして、もしも託生がこの世に生まれていなかったらと脳裏を横切りゾッとした。
 この愛しい存在が、この世に存在しない世界。オレは生きる意味があるのか?生きていく意味があるのか?
「ギイ?」
 小首を傾げオレを見る託生を腕の中に閉じ込め、ここに存在することを実感する。
「明日は昼前に起きればいいから、今夜はここに泊まれよ」
「どこか行くの?」
「アイスランド。オーロラを見に行こう」
 オレの言葉に嬉しそうな笑顔を見せ、コクリと託生が頷いた。
 来年、再来年と、誕生日を迎えるたび、オレはお前に感謝するのだろう。
 お前がこの世に生まれ、オレの側で生きてくれる感謝を。



これまたプロットはあったもののフォルダに放っていまして、ちょうどBDだったので大急ぎで書いてみました。
途中、色々とあって諦めたけど、なんとかなったようです。
あと考えていた裏設定とかも、ちょこっと入れれたりして、よかったかなと。
ギイが電話で話してたのはパパさんなんですけどね、その会話も別ファイルにあるものの、これまた放りそうな予感であります;
とにかく、間に合ってよかった。
一日早いけど、託生くん、誕生日おめでとーっ!
(2012.2.17)
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