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●  君が帰ってくる場所-1-  ●

 オレこと、崎一颯(いぶき)、十三歳。
 大富豪と言われている崎家の次男として生まれた。
 親父はFグループの総帥。お袋は国際的なバイオリニスト。兄妹はオレの二つ上に兄の大樹(だいき)、二つ下に妹の咲未(さくら)がいる。
 本来なら九月からジュニアハイに入る歳だが、何故か入るのはコロンビア大学だ。
 スキップなんて、別に崎の家では珍しくもない。
 親父もそうだったし、兄貴もあと一年で大学卒業だ。咲未だって、のほほんとしているが、もう既にハイスクール。
「頭がいいのは、お父さん似だね」
 ニコニコとお袋が言っていた。


 上流階級の家庭では考えられないことだが、オレ達崎家は仲がいい。それは、どこに言っても言われるし、オレ達もそう感じている。
 ひとえに、親父とお袋の仲のよさと、お袋がオレ達兄妹の世話を人任せにしなかったからだ。
 アメリカでは十三歳未満の子供は、必ず保護者が同伴しなければ罰せられる。
 崎家くらいの規模の家庭だと普通なら子育てはシッター任せにするのに、お袋はオレ達兄妹の送迎はもちろん学校行事や習い事など、必ず自らが率先して動いていた。
 最優先は子供達だからとシッター任せにしなかったため、バイオリニストとしての仕事をセーブしなければならなかったはずだ。
 そのことについては、佐智さんが「勿体ない」とよく親父に零していた。
 しかし、親父はお袋の子育てと仕事の両立方法には口を挟まず、
「託生の思ったとおりに」
 と、全面的にバックアップしてきた。親父がお袋にベタ惚れしているのが、原因の一つだと思うが。
 二人は大恋愛の末、結婚したらしい。
 親父が日本の高校に留学しアメリカに帰ってくるときに連れてきたと聞いた。
 だから、お袋は日本国籍の日本人だ。
 オレ達が小さかった頃、一度アメリカ国籍を取りたいと、お袋が親父に訴えていたことを覚えている。
 ただオレ達兄妹三人とも、アメリカと日本の二重国籍。
 日本ではお袋の籍に入っているから、お袋がアメリカ国籍を取った場合、当たり前だが母の籍はなくなるのでオレ達一人一人籍を作らなくてはならない。
 別にオレ達だって日本国籍を持っていなくても別段困らないのだが、二十歳までは日本に入るときに楽だからと親父がお袋を説得し、その話は立ち消えになった。
 ただし、お袋は咲未が二十歳になったら自分も国籍を移すと言っている。
 グリーンカードを持っているのだから、どちらでも一緒だと思うのだけれど、お袋にとっては違うらしい。
「家族と一緒がいい」
 どんな思いが込められていたのか、小さかったオレには知る由もなかった。


 現在、兄貴は親父の跡を継ぐつもりでMBA(経営管理学修士)を目指し、学業の合間を縫って親父の仕事の手伝いをしていた。
 手伝いと言っても今はまだ外交だが、Fグループの次期総帥の顔を売るためには必要なことだとオレも認識している。
 咲未も、まだ将来なにをするか決めていないらしいが、今は色々なことを覚えるのが楽しいと、ハイスクール生活を楽しんでいた。
 やっかみや妬みなどが向かうのではないかと心配していたが、あの天然な咲未のこと。学校では妹のように皆から可愛がられているらしい。
 充実した生活を送っている二人に比べ、オレはペントハウスにも帰らず自堕落な生活を送っていた。
 別にFグループを継ぐわけではない。かと言って、なにをしたいのかもわからない。
 これといった目標もなく、歳相応の勉強じゃ物足りないからとスキップを繰り返してきただけだ。
 しかも咲未のように存在するだけで、周りの皆が庇護愛を感じるような可愛さはこれっぽちもなく、崎家に生まれた御曹司だというのはもちろん、この頭の良さまでもが妬みの対象となり、孤独感を感じることがたびたびあった。
 崎家に生まれなければ、こんな思いをせずにすんだのに。そう思ったことは一度や二度じゃない。
 そして十三になり、親の保護下から開放されたとき。
 その思いがいっそう強くなって、その辺りで知り合った友人とも言えないようなヤツの家や、通りすがりに声をかけてきた女の家などを転々とするようになった。ペントハウスには着替えに帰るだけだ。
 それなのに、ペントハウスに帰ってくるたび、
「おかえり」
 と、お袋はいつもどおりに笑いかけ、詮索ひとつもしなかった。
 日本から嫁いできたお袋には、崎の家に生まれた苦悩がわからない。こんな悩みなんて、お袋には無縁なんだと、そう思ったらお袋の顔を見るたびむかむかと不快感が胸に沸き起こり、オレはお袋と話をしなくなった。
 子供染みた八つ当たりと言われようが、どうしようもない。顔を見たくないのだから。
 それでも「おかえり」とお袋は笑うのだ。
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