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●  Ring!Ring!Ring!(2012.1)  ●

 託生がNYに来て一ヵ月半。すでに暦は五月になっていた。
 大学院に入るまでは、託生との時間をそれなりに取れると思っていたのに、ここぞとばかりに親父に扱き使われ、本社にオレの部屋も用意されてしまった。容赦のない仕打ちに舌打ちしたくなる。せっかく託生をアメリカまで連れてこれたのに。
 そんな矢先、相手先からの突然のキャンセルで、すっぽり午後の予定が抜けた。山積みになっているデスクワークを放り、苦虫を噛み潰したような表情をしている島岡を拝み倒して本宅への道を急ぐ。
 もちろん、託生とデートするためだ。
 この時間ならそんなに遠くには行けないが、デートらしいことはできるだろう。
 本宅に着き、運転手がドアを開ける時間も惜しく、さっさと後部座席を降り立ち飛び込んだドアの向こうには、なぜかタイミングよく託生が立っていた。
「あれ、ギイ?お仕事は?」
「午後からの仕事がキャンセルになったんだ。だから急いで戻ってきた。デートしようぜ」
「あー、ごめん。今から絵利子ちゃんと出かける用事があって……」
 キョトンと振り返った託生の頬にただいまのキスをし、そのまま連れ出そうとしたものの、託生は困惑した表情でオレを見つめた。
「絵利子と?そんなの明日にしろよ」
「あのね。急に言われても困るよ。絵利子ちゃんとの約束の方が先なんだから」
「でもな、こんなこと滅多にないんだぞ?」
 普段オレよりも絵利子やお袋と共にしている時間の方が多いのだから、明日に回したっていいじゃないか。
「そうだけど……、でも、今日はダメなんだ」
 困ったような表情をしながら、でもきっぱりと断る託生に、「オレと絵利子と……」なんて言葉を言いそうになり飲み込んだ。妹と張り合っても仕方がない。先着順というのなら、オレが絵利子に話をつけてやる。
「託生さん、お待たせ。あら、ギイ、お帰りなさい」
「絵利子、今日はオレに譲れ」
「私の方が先に約束したんだから、今日は無理よ」
 絵利子の隣でコクコクと頷く託生に、むくむくと怒りと情けなさが沸き起こる。
 恋人……いや、婚約者だろ、お前?オレと一緒にいたいとは思わないのか?
「わかった。それならオレも行く」
「「ダメ!」」
 デートが無理なら、せめて託生と一緒にいようと妥協案を出したのに、間髪入れずに声をそろえて二人が叫ぶ。
「なんだよ、それ?!」
 オレも混ぜろ!託生はオレの物だぞ!
「てーーーーっ!」
 母さん、耳、耳!!!
「大丈夫よ。義一は私がしっかり見張ってますから。二人とも気をつけて行ってらっしゃい」
 摘み上げた手はそのまま、お袋は託生と絵利子を促し、その声に運転手が後部座席のドアを開けた。
「はい、お母様」
「はい、行ってきます。ギイ、ごめんね」
「ちょっ……託生!」
 両手をちょんと合わせて申し訳なさそうな顔をしたものの、託生はあっさり車に乗り込んだ。
 小さくなっていく車を追いかけることもできず、
「義一、貴方に話があります」
「痛い痛い!母さん!」
 耳を引っ張られながら引きずるようにお袋の部屋に放り込まれ、
「これからの季節。託生さんをノーブラで歩かせる気ですか?」
「……………は?」
 お袋の呆れたような声に、ポカンと口を開けた。
 のーぶら?のーぶら……。No brassiere。
 絶対許さんぞ、そんなこと!託生の胸を見ていいのはオレだけだ!
 これ見よがしに大きな溜息を吐き、お袋が米神に手を当てた。
「もう、本当に。こういうことは貴方が気付いてあげなさい。ホルモン治療を受けているなら、体つきが変わるのを承知しているでしょう?託生さん、言い出せなかったんですから。この数日暑いのに何枚も重ね着しているから、絵利子が不思議に思って聞いてみたら……」
「ようするに、託生と絵利子は……」
「ランジェリーショップに行ったんですよ。それについていこうだなんて……。あぁ、我が息子がこんなに変態だったとは!」
「ちょっと、母さん、それ違いますから!!」
 人聞きの悪いこと言うな!行き先を知らなかっただけじゃないか!ランジェリーショップに行くのなら、オレだって遠慮はする。……今のところは、だ。
「貴方のデリカシーのなさは承知してますが、もう少し気を使って託生さんに接してあげなさい。ただでさえ生活環境をアメリカに移してまだ落ち着いていないのに、体の変化にも対応しないといけないんですからね。かなりの重荷になっているはずですよ」
 託生が来てくれたという事実に舞い上がって、体の変化に関することまで気が回っていなかった。こういうことが起こるのだとシュミレーションしていれば、今日のようにバタバタと買い物に走らなくても、あらかじめお袋や絵利子に相談することもできたのだ。
「申し訳ありませんでした」
 託生をサポートするのがオレの役目なのに、負担になってどうする?
 お袋の言葉に、自分の言動を振り返り深く反省した。


 おとなしく自室に戻って二時間後。車の近づく音に気付き玄関ロビーに向かうと、すでにお袋が出迎えに立っていた。
「義一。胸ばかり見ていたら張り倒しますよ」
「あのね」
 お袋の小言に憮然とする。
 これを言いたいがために部屋から出てきたのか……。
 そんな品性を疑われるようなこと、オレがするかよ。
「お帰り」
「ただいま、ギイ」
 車から降りた託生に手を差し出すと、言葉を返しつつも託生は恥ずかしさからかキョトキョトと視線をずらした。
 そのリンゴのように赤くなった頬から少し視線を落とすと、今までわからなかった(わからないようにしていたのだろうが)形のいい胸に目が行く。
 見てはいけないとは思うのだが、どうしてもそこに目が行く。
 それに、よく見ると、出かけたときとは服が違う?
 日本から持ってきた服は全てメンズだった。こちらに来てから多少は購入していたが、すぐにレディスの服を用意しては託生の気持ちの負担になるかもと、ユニセックスの物を買っていたのだ。
 しかし、絵利子に押し切られたのか、これ見よがしの女性らしいデザインではないものの、今来ているのは完璧なレディス。当たり前だが女性の体型で作られているから、今まで重ね着をしていて映らなかった体の線がくっきりと現れ、くびれたウエストラインを強調するように、胸のふくらみとヒップラインの丸みが目に映る。
 元々、女性としては身長の高い託生が、女性らしい体つきになったら……これって所謂モデル体型だよな。
 そう考えている間、ボーッと託生を見ていたらしい。
「痛てーーーっ!」
 いきなりの激痛に我に帰ると、キョトンとした託生の背後に呆れを通り越して、軽蔑した眼差しの絵利子が映り、右耳を容赦なく引っ張るお袋が横にいた。
「ぎーいーちーーー!」
「母さん、痛いって!」
「貴方って子は!!!」
「託生さん、荷物片付けましょ」
「う……うん」
「託生!待てっ………ちょっ、母さん!」
 またもや託生を絵利子に掻っ攫われ、オレはお袋の部屋に引きずられ、そのまま鬼のような形相のお袋にその場で正座をさせられた。
「溜まっているからって、なんですか、あれは?!下着をつけるのは女性として普通のことなんだと、納得したところなんですよ。来週から大学に行くのに、みんなが貴方のような目で見るかもしれないと、託生さんが気にしたらどうするんですか?!」
 溜まってるのは自覚しているけれど……って、そんなこと母親が言うな!いつの間にか女性らしくなっていたから、目が離せなかっただけじゃないか。別に胸ばかり見ていたわけじゃ………ではなくて、今、引っかかる言葉を聞いたぞ。
「大学……?」
 音大は来年だろ?入試だって、まだまだ先だ。
「来週からコロンビア大学のALPに入学するんですよ」
「ちょっと待ってください!そんなこと聞いてませんよ!」
 コロンビア大学付属語学学校。ALP(American Language Program)。世界各国から集まり、英語を勉強したい者はもちろん、コロンビア大学正規入学を目指す者も多い。
「いちいち貴方の許可が必要ですか?」
 そんなに託生を束縛したいのか?と非難する目に、
「いや、いりませんけどね」
 ボソリと答えたものの、相談もなしにいつのまにか決定しているところが、微妙に気に入らない。
 絵利子がレディスの服を買ってきたのも、通学のためだろう。……って、プロポーション抜群な託生を、これ以上綺麗にさせてどうするんだ?!余計な虫が近づいてくるじゃないか!
 まだまだ小言を言いたそうなお袋を無理矢理あとにし、その足で託生の部屋に駆け込んだ。
「ALPに行くって?」
「あぁ……うん。学生ビザで渡米しているんだし、それに音大に成績を提出しなくちゃいけないし、それなら早めに行ってた方がいいかなって」
 コトンと小首を傾げる可愛らしい仕草と、そこかしこから滲み出る色気。アンバランスな魅力を持つ託生に引き寄せられない人間はいない。
「オレも行く!」
「はぁ?!」
「どこかに編入して、一緒に大学に行く!」
「なに考えてるんだよ?ギイは九月からって言ってたじゃないか。それに同じ大学だからって時間帯だって合わないだろうし、だいたい普通の学部は、すぐ夏休みに入るだろ?」
 そうは言っても、こんな託生をあの狼の群れに放り込むなんて、そんなことできるもんか。
 オレが側にいられないのなら………。
「ちょっと待っててくれ」
 自室のデスクの引き出しから小さな箱を取り出した。
 託生の部屋に戻り、ソファに座った託生の左手を持ち上げ薬指に指輪をはめる。
 本当は、きちんとした形で渡したかったのだけど急を要する。もうすでに託生は売約済みなんだと公表しなければ、安心して大学になんて行かせられるものか。
「なに、これ?」
「婚約指輪。外すなよ」
「…………」
 と言ってるのに、呆然と指輪を見ていた託生があっけなく婚約指輪を抜き取る。
「外すなって!」
「こんな大きいのつけられるわけないだろ?!」
「大きくなんてないぞ。小さくしたんだから」
 そうだ。託生が気にするだろうからと、わざわざ小さくしたんだ。5ctから3ctに。
「いや、絶対大きい!こんなのテレビでしか見たことない!」
「たった3ctだぞ?」
「たった、じゃないよ!もう、こんな石ころにいったい幾ら使ったんだよ?」
「託生には失礼になるかもしれないけど、一ヶ月の収入にもならない」
「は…………?」
 収入の三ヶ月分のダイヤを買ったら、それこそ託生が金庫に入れてしまいそうだったから。
 ポカンと口を開けた託生の右手から指輪を取って、もう一度薬指にはめる。
「オレからの婚約指輪は迷惑なのか?」
「迷惑じゃないけど………」
 大きすぎるし学生のぼくには分不相応だとかなんとか、ボソボソと言い募る託生に、
「じゃ、もう少し小さいのもプレゼントするから、それをはめていってくれ」
 妥協案を出す。
 『左手の薬指に指輪をはめる託生』が重要なのだし。
「やだよ。何個も婚約指輪いらないよ」
 それなのに、ブンブン首を振って全力で拒否する託生に溜息が出た。この分だと、今回だけじゃなく、これから先プレゼントするもの全て拒否られそうな気がする。
 当たらずとも遠からずの有り得そうな予感に、がっくり肩を落としたオレを見てどう思ったのか、
「でも、あの。指輪ありがとう、ギイ。大切にするね」
 託生が、そっとキスをする。
 条件反射でそのまま抱きしめた瞬間、ふにゃんとあたった柔らかな感触に、体が硬直し鼓動の速さが一気に加速した。邪なところに音を立てて血が集まっていくのがわかる。
「でも、やっぱり落っことしそうで怖いから、学校にはつけていけないよ。ダメ?」
「い……いや、ダメじゃない」
 そんなオレに気付かず、腕の中で見上げて「お願い」と訴える託生に「ダメだ」と言う余裕はなく。
 このふにゃんとした感触をもっと味わっていたいとか、いや、さっさと腕を外さないとヤバイことになるぞとか。
 理性と本能がぐるぐると交差する状態では、指輪どころじゃなくて。
「じゃ、大切に置いておくね」
「あ……あぁ」
 指輪以外の何か考えなければ。
 いや、しかし、害虫の心配よりも、今は鼻血の心配の方が先で。
 あと二ヶ月。我慢しろ、崎義一。二ヶ月経てば輝かしい未来が待っている!



携帯サイト、10万HIT、ありがとうございます!
その前から準備はしていたのですが書きあがらず、お礼が遅れてしまいました。
今更ながらの卒業直後の話であります。
ワンシーンでもいいということでしたので……とは言っても、前半部分(下着の話)と後半部分(指輪の話)は元々別々のテキストファイルだったんですけど、合体してみました。
そうだよね。短いのだったら合体したらいいんだよ。
タイトルの「Ring!Ring!Ring!」はドリカムから。
いや、歌詞には全然関係ないのだけど、なんとなく雰囲気が;
指輪=Ringだし。
と、相変わらずテキトーなのでした;
(2012.1.22)
【妄想BGM】
⇒Ring! Ring! Ring!(動画サイト)
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