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●  永遠という名の恋 -2-  ●

 さっさとフロックコートに着替え、足を組んで時間が来るのを待っているオレの前には、時差ぼけなんかなんのその、ニヤニヤと面白そうにオレを眺めている章三がいた。
「ようやっとだな」
「まぁな」
 託生が女性だと発覚しプロポーズして二年。今日は待ちに待った結婚式だ。長かったのか短かったのか。今となってはどちらでもいい些細な事だが。
「もしかして緊張してるのか?」
「うるさいぞ、章三」
 久しぶりに会った相棒は、どれだけ離れていても相棒だった。オレの心情を的確に見抜いていやがる。
 仕事であれなんであれ、これほど緊張した事はない。やっと託生と結婚できる。
 そう考えるだけで、頭が沸騰しそうなくらいの幸せを感じ、挙動不審になりそうなのだ。
 と、どこまでも理解している相棒は、
「それで、結局葉山のドレス姿は見ていないわけだ」
 最後の最後まで心残りの事実を容赦なく突いてきた。指摘されてギロリと睨むも、もちろん、このくらいで怖気づく章三ではない。
「お式まで見ちゃダメだって言ってるでしょ?」
 我が家の女性陣がタッグを組み、ついでに親父まで、
「我慢したまえ。はっはっはっ」
 勝ち誇ったように笑い飛ばし(何が「はっはっはっ」だ!)当の託生には、
「だってダメだって言われてるし………」
 と潤んだ目で心底困ったように見上げられ、結局オレは一度もドレスを見ることができなかった。
 それならばと式の前に託生の控え室に行こうと思っていたのだが……。
「お前がオレの監視だろうが」
「よくおわかりの事で」
 お袋と絵利子。この二人の組んだタッグほど恐ろしいものはない。しっかり布石を打つ事を忘れなかった。
「花嫁の父親役、親父さんだって?」
「そうだよ。託生がバージンロード歩くの一人じゃ心細いからって」
 本当は二人で歩くつもりだったのに、それを言おうとしていた矢先の事だった。
 託生が申し訳なさそうに頼んだときのあの崩れ具合、世の中の人間に見せてやりたかったさ。これがFグループの総帥なんだってな。
 親父でさえ、オレより先に託生のドレス姿を見るって言うのに。
「なんだって、オレが見れないんだーっ」
「あと少しの我慢だろう?」
 そうは言うがな、章三。
 あの可愛い託生が、オレの為にウェディングドレスを着てくれるんだぞ。それだけでも感動しているのに、実物が目の前に現れてみろ。オレ、アホ顔を晒さない自信がないぞ。だからこそ、衝撃に備えるために事前に見たいと言ったのに。
 そこでハタと気がついた。
「おい、章三。あいつらはどこに行った?式場だよな?」
「葉山の所だろ」
 あっさりと居所を言う章三に、
「お前なーーーっ。止めろよ!」
 睨みつけるも、どこ吹く風。
「そう言ってやるな。あいつら新婦側の席なんだから。挨拶に行くのが当たり前だろ?」
 それは、そうだけどな。
 オレ側に家族と使用人の代表(ものすごい争奪戦だったのは言うまでもない)託生側には祠堂の友人達。
 本当に祝ってくれる人間のみ来てもらったわけだが。
「あとで、あいつら殴ってやる」
 オレより先に託生のドレス姿見やがって。
「たぶん無理だと思うぞ?どうせデレデレになって、忘れちまうに決まってる」
「まさか、章三?!」
「僕は、まだ葉山に会っていないぞ」
 間髪入れずに否定されて、ホッと溜息を吐きかけるも、
「写真は見せてもらったがな」
「章三!」
 ニヤリと笑われて血が上る。この裏切り者!
「ま、無事結婚式までたどり着けたんだ。このくらい許せ」
 章三の言葉に、数ヶ月前の出来事を思い返した。


 託生が二十歳になったと同時に、託生の要望どおり手続きを始めた。
 親の戸籍からの分籍。そして、戸籍法第一一三条【違法・錯誤・遺漏の記載の訂正】により、家庭裁判所からの許可を取り性別を変更。これは、日本にいる弁護士が代理で手続きをした。その後、変更後の戸籍謄本を送ってもらい、パスポートの再取得。
 これらの手続きが全て終わった夜。オレはもう一度、託生にプロポーズをした。
「託生、愛してる。オレと結婚してほしい」
 そう言ったのに、あいつは目を真ん丸くして、
「え?」
 ポカンと口を開けて絶句しやがった!
「たーくーみーー」
「ご……ごめん。突然でびっくりしたんだ」
 突然って、二年前に言ってたよな?全ての手続きが終わったら、結婚してほしいって。
 憮然と重ねるように言葉を続ける。
「ずっと婚約者だと言っていたはずだが?」
「うん」
「婚約者って、結婚を約束している相手の事だよな?」
「うん」
「なら、もう式の話を進めてもいいと思うんだけど?」
「う……ん………」
 気乗りしてそうにない託生に眉を顰める。
 託生の気持ちが冷めた様子はない。けれど結婚へ躊躇う何かがあるのか?
「もしかして、オレと結婚したくない?」
「ち……違うよ!そんな事は思っていない」
「じゃあ、オレと結婚する意志はあるんだな?」
「ある……んだけど………」
「けど?」
「でも、ぼく、まだ子供が産めるかどうかわからないよ?」
 オレの立場を考えているのか、不安そうに託生は理由を口にした。
 確かに、まだ病院に通っている身だ。子供に関することは未知数で、将来どのようになるかもわからない。
 しかし、託生には伝えられないが、もし現在子供を産める体だとしても、医師から許可は下りないだろう。もし作ってしまえば、託生の心が壊れるかもしれないからだ。
 けれども、いつかは必ず気付く時が来る。その時を見越して、医師は結婚の許可をしたのだ。支えになれと、オレしかできない役目だからと。
 託生に関わる事なら、全て引き受ける覚悟はできていた。それ以上に、オレこそが託生を必要だからだ。
「バーカ。オレは子供を作る為に結婚したいんじゃない。託生と一緒にいたいから結婚したいんだ」
「本当にぼくでいいの?重荷にならない?」
「重荷になんてなるもんか。オレの幸せそのものなのに。託生こそ、覚悟を決めて返事をしてくれ。一生お前を手放す気は、砂粒一つさえもない」
 そうさ。絶対離さない。逃げようとしたって、追いかけて捕まえてやる。
 託生の左手を取り、あの時と同じように薬指にキスを落とした。
「託生、オレと結婚してほしい」
「ギイ……」
「託生を愛してる。必ず幸せにする。だから、オレと一緒に、これからの人生を歩いてほしい」
 あの日と同じ言葉を、祈るようにもう一度口にした。オレには託生しか考えられないから。
 左手を握り締めたまま託生の返事を待っていると、託生の目から一粒の涙が零れ落ちた。
「……うん。よろしくお願いします」
 涙を浮かべつつ綺麗な笑顔で笑う託生が、切ないくらい愛おしい。引き寄せられるように口唇を重ね、強く抱き締めた。
「幸せになろうな」
「うん」
 改めてプロポーズの返事を貰った後、託生に余計な事を考える時間を与えないよう一気に話を推し進め、もちろん今か今かと手ぐすねを引いて待っていた家族の手助けもあり、今日という日を迎えた。


 教会の扉が開き、パイプオルガンの音が流れる中、託生が緊張した面持ちで親父の腕に手を添え一歩前に進んだ。
 ほぉと、感嘆の溜息が教会内を包む。
 お袋と絵利子がデザインから携わり用意されたウェディングドレスは、肌を極力見せない正統派だった。
 託生のスラッとした体形を生かすシンプルなAラインのドレスを、デコルテから胸元そして手首までを細かなレースが彩り、清楚な華やかさを添えている。形は至ってシンプルなのに、ドレスの裾が煌いているのは、銀糸で刺繍してあるのか?いったいいつから用意していたんだ。
 オレは息を飲み、言葉も出ないくらい綺麗な託生を呆然と見ていた。
 夢じゃないよな………。
 俯き加減で入ってきた託生の視線が、バージンロードを抜け真っ直ぐに届いた。とたん花が綻ぶような笑顔を浮かべ、まるで託生の周りだけ柔らかな光が包み込んだように輝きを増す。
 一歩一歩近づいてくる託生を見ながら、オレの脳裏に託生と過ごした日々が走馬灯のように駆け巡っていく。
 初めて託生に会った幼いあの日。託生に恋焦がれ祠堂に入学し、想いが通じた音楽堂。女性だと判明しさらうようにNYに連れてきて、託生が二十歳になるのを待ちわびて……。
 胸にこみ上げる熱い想いを、必死になって押し殺す。
 こんな幸せを貰って、オレは託生に何ができる?全てを捨てて、オレの下に来てくれた託生に。そして、一緒に人生を生きる事を決めてくれた託生に。
 目前まで二人が歩み寄り、親父が差し出した託生の右手を震えそうになる手で受け取り親父を見た。その向こうに、優しく微笑んでいるお袋と絵利子。
 何も聞かず託生を受け入れてくれた、オレの家族。
 こうして結婚までたどり着けたのは、家族の協力なしではできなかった。
「幸せになりなさい」
 そう言って、親族席に座った親父に、そしてお袋と絵利子に頭を下げ、託生をエスコートして祭壇に向き直った。
 オレは神なんて信じていないけれど、今ここに来てくれているみんなに誓う。託生を愛し、託生を守り、そして二人で幸せになる事を。
「誓いのキスを……」
 神父の言葉に、託生の顔かかっているヴェールをゆっくりと両手で捲った。
 託生は心持ち顎を上げ、少し潤んだ瞳をゆっくりと閉じる。
 肩に手を置いてそっと触れた口唇は、音楽堂で初めて交わしたキスに似ていた。
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