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●  受け継ぐ心、伝える想い-3-  ●

 それからというもの、三日に一通の頻度で母親から託生に手紙が届いていた。
 内容は、ほぼ一緒。
 託生宛の手紙を「読むな」とは言えないが、
「ストレスになるなら読まなくてもいいんだぞ」
 と言ったオレに託生は「大丈夫」と笑い、自分が読み終わったあと、オレが読めるようにとテーブルの上に置くようになった。
 だからこそ、内容をオレが知っているわけだが。
 託生と関わらないとの念書にサインをしたのは父親だけ。だから、母親のこの行為を止める術はない。
 三日に一通くらいじゃストーカーとも言えないし、ましてや日本とアメリカ。親が子供を心配してなんて言い訳も通る。
 定期的に両親の様子を報告させてはいたが、それは表立ったもののみ。家庭の内情までは計り知れない。ましてや、感情なんてものは、その人間にしかわからない。
 このまま会ってもいいが、できることならもう少し情報が欲しいよなぁ。
 デスクに向かい溜まった書類を片付けていると、島岡が顔を覗かせた。
「義一さん、お客様がお見えなんですが……」
「アポなしで?誰だ?」
「竹内様です」
 グッ・タイミン!渡りに舟とはこのことだ。
 オレは急いで、竹内さんを部屋に招きいれた。
「お久しぶりです。いつこちらへ?」
「つい先日、研修で来て、明日日本に帰るから、義一くんに………」
「ギイ、ですよ、竹内さん。相変わらずリセットされちゃうんですね」
 いつもどおりの言葉に噴き出しつつ、いつもどおり訂正する。
「………ギイ」
「はい、今度は覚えていてくださいね」
 と言っても、次に会うときはまたリセットされるんだろうな。
 祠堂学園卒業生、竹内均。去年大学を卒業し、今は父親が頭取の銀行で働いている。
「それはそうと、結婚おめでとう。一年以上前の話だから今更なんだけど、つい最近、斉木さんに会う機会があって教えてもらったんだ。驚いたよ」
 あぁ、このためにわざわざ帰国間際の忙しいときに訪ねてきてくれたのか。相変わらず律儀な人だ。
「ありがとうございます……ん、斉木さん?」
 頭を下げ、聞き覚えがあるようなないような名前に首を傾げる。
 斉木って、誰だ?
「俺達が学院の文化祭に行ったときに……」
 と、竹内さんが口を噤み、少し戸惑うような表情をしたのを見て思い出した。
 あいつだ!託生の肩を馴れ馴れしく抱いたニヤケ野郎!
「その斉木さんがなんて?」
 ふつふつと思い出した怒りを押し殺して聞くと、
「ネットで託生くんが映ってるって言ってね。やっぱり女の子だったんだなって」
 やっぱりってなんだよ、やっぱりって!
 託生は綺麗さっぱり否定したが、役得だと思っていたんじゃないか!
 しかし、竹内さんと斉木に接点なんて……あぁ、新島さん経由か。二人の仲は順調に行ってるんだな。
 そう指摘しようとして、止めた。ここで竹内さんの機嫌を損ねては元も子もない。
「ところで、学園で竹内さんの一学年下に『葉山』っているんですけど、連絡取れませんか?」
「葉山?あ、もしかして託生くんの親戚?」
「えぇ、従兄弟なんです」
 母親の末の妹の一人息子。別家庭でも、親戚ならなにか知っているかもしれない。この四年、親戚付き合いがなかったとは思えないし。
「大丈夫。名簿は残っているし、すぐに取れるよ」
「ありがとうございます」
 竹内さんは帰国後すぐに連絡を取ってくれたらしく、オレは従兄弟の携帯番号を手に入れた。
「やぁ、久しぶり」
『ギイ!俺も連絡取りたいと思ってたんだよ』
 昔、一度託生に付いていって会った託生の従兄弟。そういえばNY行きのチケットを当てたのも、こいつだったな。人懐こいところは相変わらずだ。
『託生くんと結婚したんだって?おめでとう!』
「ありがとう」
 知っているってことは、託生の今を把握しているってわけだ。さて、どこまで聞きだせるのか。
 まずは、向こうの用件から聞いてみるか。
「連絡取りたいって、オレに?」
『あ、うん。伯父さんも伯母さんも託生くんの事、口を濁らせてて、どうなってるんだろって思ってたんだけど動画を見てさ。ギイ、託生くんを連れて行ってくれたんだね?』
「あぁ。日本には置いておけなかった」
 あの両親の元には。
『だろうね。伯父さんと伯母さん、潔癖症みたいなところあるし』
 溜息交じりの言葉に、怒りと憤りの色が見えた。
 だからって、許されるものではないし見捨てるなんて親じゃない。あげくに、虐待されていたのは託生なのに、誘惑したとは聞き捨てならないことだ。
『実は、動画を見つけたの、俺の母なんだ』
「へぇ」
『正月に伯父さんと伯母さんが来たときに『託生くん女の子だったのね!しかも玉の輿に乗ってすごいじゃない!』って、動画を見せてきて』
 そこで、決まり悪げに言葉を切り、
『母は英語わかんないからさ。単純に玉の輿ってはしゃいでたけど………』
 暗に、他の人間は話の内容を理解したってことか。
 インターセックスであること。親に捨てられたこと。メディアを通して、託生は明言した。
「そのときの両親の様子はどうだった?」
『二人とも青ざめてたかな。けど、伯父さんは英語できるけど、伯母さんはわからなかったはずだよ』
 奇妙だな。じゃ、あの映像のどこを見て母親は顔色を変えたんだ?託生がNYにいることか?女性らしい体つきになっていたことか?それだけなのか?
『あと、ギイがFグループの跡継ぎだってことを知らなかったみたい』
「え?」
『託生くん、言ってなかったんだね。おかげで、俺の母が目を輝かせてシンデレラって連呼してうるさかったよ』
 うんざりしたように苦言を言われ、「それは悪かった」と笑った。
「あのさ」
「うん?」
「託生くん、幸せだよね?」
「そう思っててくれると嬉しいけど」
 謙遜しなくてもと笑い、
「託生くんにも、おめでとうって伝えてくれないかな?俺も葉山の人間だから……二人から見たら会いたくない人間だとは思うけど、でも二人が結婚して嬉しいから」
 葉山家の全てから託生を切り離したいと思っていた。いや、今でもそれは思っている。これから先、会うことはないだろうが、オレ達を理解し祝福してくれる人の言葉だから。
「……いや、間違いなく伝えるよ。託生も喜ぶと思う。ありがとう」
 動画の存在を知れば、話の内容なんてどこの誰かがご丁寧に翻訳してくれているだろうから、調べればすぐにわかるだろう。
 しかし、話の内容以前に顔色を変えたこと。
「シンデレラか……」
 階段に残された硝子の靴を拾ったのはオレ。
 託生が残した靴を頼りに探して追いかけて、そして、祠堂で見つけた。
 幸せになったのはシンデレラだけじゃない。王子だって幸せになったのだ。
 心から愛する人が、自分を愛してくれたのだから。


 翌日、オレのオフィスに顔を出した島岡が、小さなメモリーカードを持ってきた。
「あのとき、託生さんの部屋を撮影していたんです。それと、両親との会話の録音も」
 訝しげに見たオレに、島岡がためらいがちに内容を教えた。
「無許可だったんで、法的にいかがなものかとは思うのですが、何かのお役に立てば……」
 託生の部屋の状態は、島岡と顧問弁護士しか知らない。
 部屋の中がズタズタになっていたという説明だけで事足りることでも、これから先、なんらかの証明になるときがあるかもしれないと、島岡は今まで誰にも伝えることなく持っていてくれた。たぶんこんな事がなければ、オレに渡すつもりはなく、島岡の心の内に閉まっておいたものだろう。
 ようするに、教えたくないくらいの状態なのだと判断する。
「ありがとう」
 礼を言うと島岡は軽く頭を下げ、部屋を出ていった。
 その夜、ペントハウスに帰ったオレは、自分の私室でそのファイルを開けた。
 ズタズタであったという言葉を、軽く覆う有様に吐き気がする。あのときの感情が、殺意にも似た憎悪が蘇ってくる。
 ここまでする人間が、四年そこらで変わるわけがない。託生を日本に戻らせて、いったい何をしたいんだ。
 睨みつけていたディスプレイにゆらりと影が映り、反射的に振り向いた。
「託生………」
「ごめん。呼びかけても返事がなかったから……」
 きまり悪げに答え、しかし視線はオレを素通りしてディスプレイの画像をしっかりと見ていた。
「ぼくの部屋だよね?」
「………あぁ」
 誰がこうしたのか、託生にはわかってしまっただろう。
 なのに、
「長期休暇のときは、大抵こんな状態だったかも」
 ペロッと舌を出し、託生が笑う。
「それは困るかなぁ。こいつの教育に悪い」
「もうっ」
 からかうと安心したようにホッと息を吐いてオレを軽く睨み、ポスンと託生が胸を叩いた。その手を取って膝の上にゆっくり乗せる。
「ギイ、重いよ」
「大丈夫。託生と赤ん坊くらい」
 託生がオレの頭を抱きしめ、髪を優しく梳いてくれた。
 それだけで、オレを支配していた血に飢えた獣のような激情が静まっていく。
「託生、離さないからな」
「うん。ぼくのいる場所はここだから」
「愛してる」
「うん、ぼくも……」
 オレの頬を包みそっと託生がキスをした。
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