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●  雪に残った足跡-1-  ●

 託生をNYに連れてきて、二度目の冬がやってくる。
 生まれ育った街が、一年で一番輝く季節。
 これから何度も見るであろう景色ではあるが、託生にとって初めてのNYの冬なのだからと、昨年は寒さのためにALPの授業以外、本宅に閉じこもりたがった託生を、休みのたびに華やかに彩った街に連れ出した。
 「寒い」と文句を言いつつも、可愛らしいオーナメントでディスプレイされたショーウィンドウを興味深げに覗き、色取り取りのイルミネーションに目を輝かせ、流れてくるクリスマスソングを口ずさみ、冬のNYを楽しんでくれたように思う。
 中でも、ロックフェラーのクリスマスツリーは気に入ってくれたようで、大学帰りに待ち合わせては、バスで頻繁に訪れた。
 今年も、たぶん強請られるのだろうなと思いつつも、できる限り、託生の願いを叶えてやりたいと思っていた。
 少しでも、託生がこの街を好きになってくれたら嬉しいから。
 それに、来年はオレも大学院を卒業し、仕事一本に絞られることになる。なので、今ほど自由は利かなくなるだろう。
 今年は、どこに行こうか。とりあえず、クリスマスコンサートとニューイヤーコンサートのチケットはチェックしないと。
 あぁ、マネス音楽院でクリスマスコンサートがあると言ってたな。新入生の初舞台であり、託生の初舞台。
 これは絶対外せないぞ。
 散らつき始めた雪を仰ぎながら、楽しい計画を立てだした冬の始まり。


 託生が大学に入って三ヶ月。
 初めの一ヶ月は、全てが初めてのことだから、右往左往しながら大学生活を送っていた。そして、二ヶ月目頃からやっとリズムが落ち着いて勉強に集中できるようになり、三ヶ月目。
 今までの疲れが、どっと出てくる頃だ。
 託生も、念願のマネス音楽院に入り、戸惑いつつも嬉しそうに通っていたが、この頃疲れが顔に滲み出ていた。
 音楽三昧の日々は楽しいが、疲労感が取れない状態なのだろう。
 朝から仕事に行き、それほど遅くない時間に本宅に帰り着いたオレは、そのまま様子を見るため託生の部屋に向かった。
 というのは口実で、ここのところ毎晩、託生の部屋で過ごしている。
 そろそろ、自分の荷物を託生の部屋に移動すべきか?
 ほぼ着替えに戻るだけの自室の存在を自嘲気味に笑いながら開けたドアの向こうには、案の定、机に向かっている託生の姿があった。
「ただいま」
「ギイ、お帰り」
 託生の姿が、当たり前のようにここにあることが嬉しくて、足早に近づき抱きしめる。
 毎日、こうやって感動してると知ったら、お前は呆れるだろうな。
 でも、もがくように求めていた人間が、オレを待っていてくれるなんて、昔は考え付きもしなかったんだ。
 片思いが長かったんだから、これくらい浸らせてくれよな。
 NYに来て二度目の冬。………託生が二十歳になる冬。
 まだ結婚への許可は出ていないが、本格的に結婚に対する託生の心の動きを調査すると、先日、医師とカウンセラーが言っていた。
 託生と結婚できるのならば、いつまでだってオレは待てる。オレはいつだって託生の側にいるのだから。
 ひとしきりのキスをして、おまけのキスをしようと口唇を移動させたとき、キラリと光るものが目に入り顔を上げた。
「託生、それ………」
 ALPに通っているときは、右手薬指を飾っていたステディリングだが、さすがに石付きの指輪をはめたままバイオリンを弾くことは憚られた為、マネス音楽院に入学したときからその場所を換えた。
 大学に行くときだけ外すという選択もあったはずなのに、いや、それはもちろん、オレの思惑から随分ずれることになるから、阻止するつもりだったのだが、オレからのプレゼントだからと託生自らチェーンを買ってきて指輪を通し、首からかけていたのだ。
 その指輪が、ステディリングからエンゲージリングに変更されていた。
 大切にしすぎて引き出しに仕舞い込まれたままだったのに………。
「やっぱり、ぼくには変かな?」
「そんなことないぞ。すっげ、嬉しい」
「そう?よかった」
 指輪を手に取り、大袈裟に喜びを表現したオレに、託生はホッとしたように息を吐き、ふんわりと笑った。
 出会った頃と変わらない真っ直ぐな笑顔に、胸が熱くなる。何度も諦めようとした笑顔が、今ここにあることを。
「でも、落としちゃったら、どうしよう」
「落としてもいいさ。託生が、それを身に着けてくれるのが嬉しいんだから」
 不安そうに目尻を下げた託生の口唇にチョンとキスをして、右手に持った指輪にもキスをした。
「託生には、オレという婚約者がいるって広めないとな」
「言ってるよ!ぼく、婚約者がいるって!」
 茶化したように本気半分で追加すると、ALP時代、託生が婚約者の存在を言わなかったことに、オレが拗ねまくって困った過去があるせいか、託生は慌てたように拳を握り締めて力説した。
 その慌てぶりに吹き出す。
「追々でいいから。男が寄ってきたら、きっぱりと断るんだぞ」
「うん」
 やけに素直に託生が頷くものだから、驚きに目をしばたたかせた。
 いつも話半分に聞いて、呆れながらスルーされるのに。
 オレは、なにか見落としていないだろうか。あれだけ分不相応だとか落としたら怖いからとか言っていたエンゲージリングを通した心境の変化はなんだ?
「託生」
「なに?」
「大学で、なにかあったか?」
「別になにもないけど………」
「本当に?」
「うん」
 こっくり頷いた託生に少々疑問は残るが、託生自ら婚約者の存在を周囲に言っているのなら、それほど問題はないだろう。
 そう結論付け、
「終わりそう?」
 机の上に広げられたままの課題を指差した。
 まだ時計の針は十時を回ったところだが、これからの濃縮した甘い時間で、あまり寝不足にさせたくはないし、ことこれだけは、我慢するつもりもない。
「あ、うん。予習していただけだから終わるよ」
「なら。ここに泊まっていい?」
 顔を覗き込み意味深ににっこり笑うと、託生の頬が熟したりんごのように赤く染まっていく。
 あー、もう、どうしてこんなに可愛いかな。
 かれこれ付き合いだして四年近く経つのに、数え切れないほど肌を重ねて、お互いを知り尽くしているはずなのに、いまだにベッドに誘えば赤く頬を染める。
 嫌がっている素振りはないから、単純に恥ずかしいだけなんだろうけど。その証拠に、ベッドの中では結構大胆に………おっと、顔がにやけそうだ。あと少しで、託生のいい顔が見れるのだから、ここは堪えろ。
「えと、ぼく、まだお風呂入ってないから……」
「じゃ、一緒に入ろう」
 言葉をさらうように逃げ道を断って肩を抱き寄せると、
「チェーン外すから、ちょっと待って」
 慌てたように託生が、自分の首の後ろに手を回した。
「そのままでいいじゃん」
「ダメだよ。ちぎれちゃう」
「そうかそうか。ちぎれるくらい、激しいのがご希望なのか」
「ギイ!」
 焦る託生は可愛いが、これ以上からかって怒らせると「部屋に帰れ」と追い出されるから、
「託生、後ろ向いて」
 一歩引いて指示を出す。
 素直に背中を見せた託生のうなじが、うっすらとピンク色に染まっていた。
 首に手を伸ばし、チェーンの止め具に手をかける。オレの手の動きに、ピクリと反応した託生に気付かぬ振りをして、外したチェーンを託生の机の上に置いた。
 しかし、託生のうなじから視線を反らすことはできなかった。
 ピンク色に染まったうなじに一気に欲情し、背後から抱きしめ口唇を押し付ける。体温と共に立ち上った託生の香りが鼻腔につき、舌先で味わうように舐め、口唇で薄い肉をはんだ。
「ギ……ギイ………っ」
 振り向いた託生の顎を固定して口唇を重ねたと同時に、服の上から手を彷徨わせる。布地の向こうに感じる肌を思い出すかのように上へ下へと繰り返し撫でさすり、愛しい体を手のひらで確かめた。
 託生が息苦しさに口唇を離し、もどかしそうに身をよじる。
「おふ……ろ………入る………って…………あっ………!」
 都合の悪い苦情を聞き流し、シャツの裾から忍び込ませたオレの手に、吸い付くような肌が当たる。視界に入るうなじが粟立ち、一層体温が上がったのを感じた。
 瞬間オレのいたずらな手の動きを封じ込めるように託生が服の上から手を重ねる。けれどもそれは、オレを止めるほどの力ではなく、ただの条件反射のようで、迷うことなく移動させ胸の柔らかな肉を下着越しに鷲掴みにした。
「ん………っ」
 鼻に漏れた託生の声にほくそ笑み、強弱をつけて揉みしだけば、再び重ねた口唇の隙間から零れる息が荒くなっていく。
 やわやわとした感触なのに心地よい弾力を持ち、手にしっとりとフィットするそれの真ん中の果実は、美味しそうに熟れているだろう。
 想像するだけでゴクリと喉が鳴る。
 重ねた口唇からは、飲み込みきれない唾液が零れ落ち、託生の顎を濡らしていた。
 愛撫に耐え小刻みに震える姿が小鳥のようにか弱く、オレの独占欲と支配欲に火がつく。
 オレの腕の中に収め、オレだけを見つめ、オレだけを求め………。
 黒い思考に陥りそうになったとき、託生の体が耐え切れないようにがっくりと膝を落とした。その拍子に離れた口唇から、満足気に漏れた吐息が顎を掠める。
「託生………」
 欲望に掠れた自分の声すらも、興奮を誘う催淫剤にしかならず、オレの声に反応して、うっすらと目蓋を上げた託生の潤んだ瞳を見たとき、理性が断ち切れる音がした。
 さきほどの無邪気な笑顔とは全く違う妖艶な微笑み。
 オレしか知らない、託生の………。
「ごめん、待てない」
「え………」
 その場に押し倒しそうになるのを必死に留め、託生を抱き上げて足早にベッドに向かった。


 動物としての生殖本能。
 本当にそれだけで、この行為が説明できるのだろうか。
 それなら、男同士だと思っていた頃に愛し合った日々を、どう表せばいいんだ。
 託生の全てが欲しいと重ねた肌を、どのようにすればもっと深く重ね合わせられるんだと本能が求めた結果、深く潜り込む場所を見つけただけのこと。
 絡む足。絡む腕。絡む吐息。
 お互いのそれは、お互いをもっと近くに呼び寄せるための素直な手段。求め合い、一つになり、これが本来の姿なのだと喜びの中で確認する行為だ。
 今は、女性として受け入れる部分がある。
 人工的に作ったものは自然ではないと言い放つ人間もいるが、託生の肉を切り裂き、オレを受け入れてくれるそこは、託生の内部そのものだ。
 蜜に誘われて口付けたそこは、蕩けるように柔らかく甘く、ねじ込むように差し入れた舌に物足りないと蜜を溢れさせ涙を零す。
 深く己を埋め込めば、もっと奥へと誘い導き、交じり合って溶け合う。
 これ以上のない快感と共に感じる安らぎ。
 このときだけは獰猛な独占欲もなりを潜め、幸せだけに包み込まれる。
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