● ● Love & Peace-1- ● ●
講義が終わり友人のハリーと校舎を出たとたん、一人の男が近づいてきた。
学内に溶け込むようなカジュアルな服装をしているが、その胸元には銃が隠され、温和な表情とは裏腹に屈強な肉体を保持したオレ専任のSPだ。 普段は他人の振りをして、遠巻きにガードしているのに………。 「一颯様、申し訳ありませんがペントハウスにお戻りください」 ぼそりと耳元で囁かれた言葉に、表情が引き締まる。 こうしてSPが接触してくるのは、『なにか』が起こったときのみ。 「イブキぃ、どうした?」 そのまま通り過ぎたSPの直線上にもう一人のSPを確認し、立ち止まったオレを不思議そうにハリーが振り返る。 そんな、のほほんとした表情のハリーに、パンと両手を合わせ勢いよく頭を下げた。 「大切な用事を思い出した!ハリー、代弁頼む!」 「えーっ!」 「どうしても外せない用事なんだよ」 「んー、ランチ一回でなら手を打とう」 「………お前、それ高くないか?」 代弁なんて、せいぜいカフェテラスのコーヒー一杯だろ? 「俺はこのあと休講だから、帰る予定だったんだぞ」 「う………っ」 「ヒューズ教授って出席第一の人間だったよなぁ。どれだけすごいレポートを書いても、出席しない人間は、それだけでマイナスだったっけ?」 ニヤリと笑って、これ見よがしに口笛を吹く。 このやろーっ!足元見やがって! 「……わかったよ、ランチ一回な」 「よっしゃ、契約成立。男に二言はないからな」 「はいはい」 げっそりとした気分のオレをその場に置き、ハリーは機嫌よく手を振って、スキップをしながら隣の校舎に入っていった。 崎家の次男だというのを隠しているわけではないし、実際に知っている人間は幾人もいる。なにしろ、兄貴も同じ大学なのだから。 けれど、それになんのメリットがあるのか。 ハイスクール時代のように、嫉妬や妬みの目で見られるか、崎家目当ての中途半端な人間が近寄ってくるのが落ちだ。 オレの歳を気にせず、普通に接してくれているハリーは稀有な存在なんだ。四六時中、SPに守られているような立場の人間だなんて、わざわざ伝える必要はない。 オレを待っているらしいSPのあとをついて大学の敷地を抜けると、同じように戻れと指示されたのか兄貴の姿が視界に入った。 「兄さん?」 「お前もか、一颯」 兄貴と顔を見合わせ、この状況をSPに問いただそうとしたものの、急かされるように後部座席に座らされ、その車内の様子に緊張が走る。全ての窓、そして運転席との仕切りにまでカーテンが引かれていた。 「なにかあったのかな?」 「だろうな」 ここまで厳重にオレ達の姿を隠すなんてことは、今まで一度もない。 乗り込んだと同時に車が動き出し、雪道を慎重に、かつギリギリのスピードで運転手が走らせる。 腕を組み真っ直ぐ前を見る兄貴の横顔に、最悪の予想が頭を過ぎりかけ首を振った。 今はなにも考えるな。全ては事実を聞いてから判断しろ。 心を静めるように目を閉じる。 低いエンジン音と雪の上を走る独特の水音を車内に流し、車はペントハウスに向かって真っ直ぐ走っていった。 |