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● ● 粉雪が舞い散る夜に-6-完(2011.12) ● ●
『娘が崎氏と交際していた事実はありませんでした。よって娘の子供は崎氏の子供ではありません』
移動の車中。車載テレビからサンダースの声が聞こえ顔を上げた。 そこにはマスコミにもみくちゃにされながら、青ざめた顔のサンダースが映っている。 ようやっとか。オレのDNAサンプルは弁護士に預けてあったから、あれから最短でDNAを調べたんだな。そして、当たり前だが親子関係が否定されたと。 『DNA検査をしたんですか?!』 『父親は誰?!』 『崎氏と崎夫人に謝罪は?!』 『娘の思い込みが激しく、父親が誰かはわかりません。入院治療が必要な状態です。崎夫妻には改めて謝罪させていただきます』 矢継ぎ早の質問に、終始強張った表情を崩さず謝罪を繰り返すサンダース。 人よりちょっと過剰な親ばかなだけで、本来はまともな人間なんだろうな。あの会社を率いてここまで大きくしてきたのだから。 溺愛している娘が妄想の中で生き、父親がわからない子供を孕んだショックと、本来全く関係のないオレ達夫婦を巻き込み、しかも託生の秘密を暴くことになってしまった罪悪感に苛まれているのだろうが。 『ご自身の責任はどうされるんですか?!』 『世間を騒がせてしまった責任を取って、社長職を辞職します』 同じく画面を見ていた島岡が、オレを振り返った。 「終わりましたね。いや、これからですか」 「そうだな、これからだ。年明け早々忙しくなりそうだな」 謝罪をしたからと言って、全てが許されるなんて甘いことは考えていないだろう。 託生が入院して三日後の二十四日。その日やっと託生の病室に行く時間が取れたオレは、すぐさま病院に車を走らせた。電飾の華やかさはそのままに、しかし、誰もが今日はクリスマス休暇か早く家路につくので人通りは少ない。 クリスマスは、家族と過ごす大切な日。 島岡が気を利かせて持ってきた小さな硝子のクリスマスツリーを挟み、病室ではあるが静かな二人きりのホワイトクリスマスを過ごす。 「今年はロックフェラーのツリー見にいけなかったね」 「一月七日まで点灯してるんだ。体調がよくなったら見にいこうか」 嬉しそうに頷く託生に、絶対オフを一日もぎ取ることを決意する。マスコミもサンダース側に大移動したことだしな。 枕を背もたれにし、手に乗せたツリーをちょんと突つきながら、 「終わりだよね?」 ふいに託生が思い出したように顔を上げた。 「え?」 「ギイの不倫疑惑もぼくのことも。もう誤解は解けたんだろ?」 「そうだけどな」 確かに、スキャンダルは収拾した。 今朝のサンダースのインタビューから速報級の速さで全世界に流れ、取引先からも媚びだか謝罪だか判別しかねるが、渋っていた契約をすぐさま結ぶという返事があちらこちらから来ていた。 心情的には鼻で笑って蹴りたいところではあるが、まだまだ若造のオレにそんな権利はない。嫌味の一つ二つは言わせてもらったが。 しかし、全米…いや、世界に配信されるほどのスキャンダルに巻き込まれ、託生自身、外出も憚れるようなマスコミの襲撃にあい神経をすり減らし、挙句体調を壊して入院しているというのに。 「……終わりにはしない」 託生の過去と体を暴き傷つけた報復はさせてもらう。もうすでに準備は着々と進んでいるんだ。あのサンダース親子はもちろん、虚偽の記事を載せた出版社、そしてメディア各社、それこそ託生の携帯番号を漏らした奴も。 全員地獄に叩き落としてやる。 「ダメだよ、ギイ。もう終わりにして」 じっとオレを見つめていた託生が、きっぱり言う。 「何を言ってる?!」 「誤解が解けたんだから十分だよ」 「よくない!」 あいつらのせいで、託生が………! 「ギイがぼくの為に怒ってくれるのはありがたいけど、ぼくは、そんなことより彼女の赤ちゃんが無事生まれて幸せになってほしいだけだよ」 託生の言葉に絶句し、オレは言葉を失った。 赤ん坊なんて、オレにとってDNAのサンプル程度だった。 他の人間もそうだろう。 赤ん坊のことなど露ほども気にかけていなかった人間ばかりの中、託生はまだこの世に生まれ出でていない存在をしっかりと覚えていた。 「本当のお父さんが見つかって、家族で仲良く暮らせたらいいんだけどね……」 硝子のツリーをサイドテーブルに置きながら呟く託生には、もうすっかりこの一連の事件は過去の過ぎ去った出来事になっているようだ。それどころか、その原因を作った人間の心配なんて。 ………これが託生なんだな。 「ね、ギイ、終わりにして」 理性で押しとどめなければ今にも爆発しそうな怒りが、託生の言葉で溶けていく。こうやって……小首を傾げて上目遣いで託生に頼まれれば、怒りを持っていることそのものに罪悪感さえ感じて苦笑した。 相変わらず甘いな、オレ。 「わかった。でも個人的に告訴はしないが、きちんとケジメはつけないといけない。各所に迷惑をかけているんだ。それは、わかるな?」 コクリと頷いた託生に軽くキスをし抱きしめる。 「無茶はしないから、心配するな」 「うん、ありがとう、ギイ」 ただ親父が五月蝿いだろうが。いや、親父だけじゃなくてお袋も絵利子も、それこそ本宅とペントハウスの人間全員に非難されそうだが。今でさえ「息の根を止める」と殺気立っているのに。 しかし、託生の頼みに「NO」と言って泣かれるよりは全然ましだ。 「早く元気になれよ。帰ったら抱きたい」 おとなしくオレの腕の中にいる託生に、からかうように声をかけると、 「あの……」 「ん?」 託生は何かを言いかけて視線を彷徨わせ、またチラリとオレを見た。徐々に赤く染まる頬を綺麗だなと感じつつ、その光景に記憶が引っかかる。 なんか昔にこういうことがあったな。あぁ、あれは、託生が退院してゼロ番で話をしていたときのことだ。担当医から半年はダメだと託生がオレに伝えたとき、同じような表情を見たような気がす……るが……まさか……。 「また…禁欲……とか……?」 「うん……退院しても当分ダメって」 「なんで?!」 「あのね……」 ボソボソと耳に口を寄せて託生が囁き、その内容に目を見張った。 「………本当に?」 嬉しそうに微笑む目に問いかけた声が震えている。 恐る恐るシーツに隠された託生の腹の上に手をあてて、そっと撫でた。ぺたんこの腹。だけど……。 「ここに………?」 「うん、赤ちゃんがいるんだって」 「ぃ………」 「い?」 「ぃぃぃぃぃいいいよっしゃーーーーっ!!」 「ちょっ……ギイ、ここ病院、わっ!」 喜びに拳を突き上げる。その勢いのまま、託生をそっと包み込むように胸の中に閉じ込めた。 「ありがとう……ありがとう、託生。愛してる……」 オレと託生の子供……。何度も見た夢だった。 男同士だと思っていたときはもちろん、託生が女性だと発覚し、でもアダルトチルドレンである託生に負担をかけるのであればいらないと思った子供が、託生の体内に宿っている。感動に目の奥が熱くなってくる。 託生の肩口に額を乗せ抱きしめているのに、なぜか託生に抱きしめられているような感覚になるのは、託生がオレの頭をよしよしと子供をなだめるように撫でているからだ。 パジャマに吸い込まれる涙も体の震えも、当然のように受け止める託生に恥ずかしさを感じるが、今だけ……。今だけ、許してくれ。 「家族が増えるんだな」 「うん。がんばってね、パパ」 気を取り直して言った台詞に、託生は何も考えずに答えたのだろうが。 オレが父親になるのか。 今まで惜しみなく注がれた愛情を、今度はこの子に伝えなくては。 笑って、怒って、泣いて、たくさんの数え切れないほどの思い出が残せるように。 託生と一緒に………。 「来年のクリスマスは、賑やかになりそうだな」 「うん。楽しみだね」 粉雪が舞い散る夜。 未来へ光り輝く最高の宝石を託生から貰った―――――。 クリスマスと言えばケン●ッキー。ケン●ッキーと言えばカー●ル・サンダースと単純に名前を借りてきました(笑) ま、いつものことです。 そして、以前小話ついったーで流した妊娠発覚話はボツとなってしまいました。すみません。 こういうのもいいなぁ、ああいうのもいいなぁと、色々と妄想はあるものですから。 元々は、ギイいじめの小話でした(笑) 小話ついったーで流せたらいいなくらいで妄想を深めると、これは本編じゃないかい?ということになりまして。 託生くんのカミングアウトに関して、いつか書ければなぁとは思ってました。 ただ、これまた具体的なものは一切ありませんでしたし、納得できるような状態で順序だててカミングアウトというのが、なかなか浮かばなかったのですが、今回一気に繋がりましたので書かせてもらいました。 相変わらず問題ありありですが、これがLifeですのでご容赦を。 (2011.12.16) 【妄想BGM】 ⇒Dear Snow(動画サイト)
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