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●  Lucky Man(2012.7)  ●

「あ、ダーディー!」
「父さん!」
 廊下の向こう側から鉄砲玉のように小さいのが飛んでくるのが見えて、膝をついた。
 足早いなぁ、あいつら。
 口元が緩むのを感じつつ手を広げると、走ってきた勢いのまま体当たりするように腕の中に飛び込んでくる。
「お帰りなさい」
「おかえんなしゃい」
「ただいま」
 大樹と一颯の頬にただいまのキスをし、そのまま両腕で二人を抱き上げた。
 結構重くなったな。まだまだ大丈夫そうだけど、こうやって二人を抱き上げられるのも、今だけなんだろうな。
「託生は……」
 どこだ?と続けようとしたオレの耳に、
「大樹ーっ、一颯ーっ、廊下は走っちゃダメって言ってるだろ?!」
 愛しい声が届いた。
 二人が走ってきた廊下の奥に視線を移すと、託生がバタバタと走ってくる姿が目に入ってくる。
 バタバタと走って……………あんの、馬鹿!!
「託生、走るな!」
 オレの怒声に託生はピタと足を止め、ヤバイと顔に書いた。そして、大人しく側まで歩いてきて、
「お帰り、ギイ」
 と、白々しく笑って誤魔化したかったのだろうが、そうはいくか!
「今、走ってたな」
「ちょっとだけだよ」
「本当に?」
「うん、本当。いつもキッズルームで大人しく遊んでるよ」
 一目瞭然の作り笑いでコクコク頷いて、はぐらかそうとするも、
「今日は、鬼ごっこしたよー」
「ごっこ、ごっこぉ」
 子供達があっけなくアリバイを崩した。
「わっ、しーーっ」
「しーっ」
「しー?」
 口の前に人差し指を立てて、そっくりな仕草をする三人は可愛いが、眩暈を感じるくらい無謀な行動にジロリと託生を睨んだ。と同時に託生があらぬ方向に視線を向ける。
「たーくーみーー」
「………雨降っててセントラルパークに行けなくて、子供達が退屈してたから」
「走るなって言ってるだろ?!頼むから大人しくしておいてくれ。オレはもう気が気じゃない」
「………大丈夫だもん」
「だもんじゃない!お前、妊婦なんだぞ?!」
 むーっと口を尖らせている託生は二児の母親とは思えないほど可愛いが、これとそれとは別。
 大樹のときも一颯のときも、オレの寿命がどれだけ縮んだことか。なにかあってからじゃ遅いんだぞ?
 と、口がすっぱくなるほど言っているのに、馬の耳に念仏、暖簾に腕押し、ぬかに釘。どうやったらこの託生の無茶を止められるんだ?
 託生の顔を見つめながら考えを巡らせているうちにふと思いつき、
「ふぅん、わかった。走っても大丈夫なら、よ、る、も、大丈夫だよな、託生?」
 笑ってはいない目で言い聞かせるようにゆっくりと意味ありげに区切ると、
「それは、ダメ!」
 ハッとしたように慌てて両手を顔の前でふる。
「走っても大丈夫なんだろ?」
「いや、あの、ダメ、でした。ごめんなさい」
 安定期に入るまではと、オレが必死で我慢してるってのに、当のお前が無茶してどうするんだ?
「わかったか?」
「うん、わかったから。だからギイ、ダメだからね」
「だめ?」
「だめぇ」
 すると、託生のまねをして子供達が顔の前で手をふりだし、その様子を見てポカンとした託生が口に手をあてて「ぶぶぶ」と吹き出した。
「ダメだよねぇ?」
「ダディ、だめ」
「だめだめ」
 おい、こら、お前ら、わけわかってんのか?無茶してるのは、託生の方なんだぞ?
 小芝居のように「だめ」を繰り返す子供達に託生は腹を抱えて笑い転げ、託生につられて笑い出した子供達が腕の中で手足をパタパタさせて暴れだし、床におろしたとたん、
「きゃー」
 とか言って、また長い廊下を走り出した。
「廊下は走らない!」
 咄嗟に叫んだ託生の声など興奮した様子の子供達は聞いちゃあいない。
 腰に手を当てて怒っている託生を横目に、ネクタイを緩める。
 よしっ。
「お前は走るなよ」
「え?」
 すばやく脱いだ上着を放り投げるように託生に手渡し、
「今度は、ダディと鬼ごっこだ!」
 オレの言葉に、子供達の歓声が一層高くなった。
「こらーっ!ギイまでなにしてんだよ?!」
 託生の怒鳴り声を背中に受け、子供達を追いかける。
 託生がいて、子供達がいて、腹の中には新しい命が芽吹いている。
 これを幸せと言わずして、なんて言うんだ?
 オレ以上にラッキーなヤツは、世界中探したっていないだろう。


 ――――あとで、一緒に託生に怒られような。



ブログより加筆転載(2012.7.19)
【妄想BGM】
⇒Lucky Man(動画サイト)
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