● ● 恥ずかしがり屋に指輪をはめる方法(2012.10) ● ●
どうして託生が婚約指輪をはめたくないのか。
一、ダイヤが大きすぎるから(オレとしては、小さくしたつもりだ) 二、学生の自分には分不相応だから(次期Fグループ総帥夫人なのを忘れているのか?) 三、落としそうで怖いから(そのときはそのときだ。落としたら仕方がない) だからと言って、通学用の婚約指輪は却下された。二つも婚約指輪はいらないと。 暗に「無駄遣いはするな」ということだろうが。 ALPにいるヤツらには、オレという婚約者がいることを主張したが、あれから注意深く託生の身辺を見ていると、下心ありありの男達がひっきりなしに近づいていたことがわかった。 そのたびに睨みを利かせて追い払っていたが、当の託生が全く持って気付いていない。 しまいには、 「誰にでもガンを飛ばすな!」 と怒られる始末。 あの男ばかりの中で、のほほんと生活をしていた影響が、このような形で表れるとは。 狭い祠堂の中では、託生に目をつけたヤツらを排除するのは簡単だった。過保護と言いながらも、協力してくれた相棒もいた。 しかも、当時は誰もが「男」だと思っていたから、同性同士の恋にためらいを持つ常識人がいた分、オレも無差別に動かなくてもよかったのだ。 しかし、戸籍上まだ男ではあるが、今はどこからどう見ても完璧な女性。 子供のような笑顔と、ふとしたときに滲む大人の色気とのギャップが、託生の魅力を増大させている。これまた、託生自身、気付いていないだろうが。 一緒にいるオレでさえ、ドキリとするんだ。そこらの男達なら一発でノックアウトだろう。 「託生に自覚があればなぁ」 今日も男達に囲まれ、邪気のない笑顔で会話していた託生を思い出して、苦虫を噛み潰す。 もちろん、その場に駆けつけフィアンセ宣言をしたが、あの中の何人が託生を狙っていたのか。 ………そうだ。オレという婚約者がいて、これ以上、男達に叶わぬ恋をさせるのも気の毒だ。独占欲云々じゃないぞ。これは立派な人助けだろ。 そのためには、やはり、託生に婚約指輪をはめてもらわなければいけない。 「どうやって、はめさすか。それとも別の指輪を用意するか」 宙を睨んで思案する。どうすれば、託生の指に指輪をはめれるのかを。 託生の性格を考えると、この手しかないよなぁ。オレには、少し不本意だけど。 「二十歳の誕生日までは、我慢するか」 手続きの全てが終わったら、有無を言わせず婚約指輪をはめてやる。 オレは婚約指輪をオーダーした店に連絡を取り、その日の内に店を訪れた。 一週間後の夜。二つの小さな箱を持って、託生の部屋のドアをノックした。 「託生、右手出して」 ソファに座るなり要求したオレに、 「今度は、なに?」 託生は胡散臭そうに顎を引いて、反対に両手を後ろに回してオレの目から手を隠す。 お前、それはないだろう?そんなに婚約指輪をはめたくないのか? ヘコみそうになる己を叱咤して、にっこり笑い、 「いいから。右手を出せって」 再度、手を出すように促すと、おずおずと右手をオレの前に差し出した。 その手を取り、薬指に指輪をはめる。 「だから、ギイ、ぼくは………」 「よく見てみろよ。その指輪」 オレの言葉に、託生はしげしげと指輪を見つめ、「あっ」と小さく声を出し、オレに視線を移した。 「ト音記号?」 「大当たり」 横向きにト音記号がデザインされ、真ん中に婚約指輪より少しだけ小さなダイヤモンド、終わりの黒丸の部分に小さなルビー……オレの誕生石。 「それ、ステディリングだからな」 「ステディリング?」 「婚約指輪よりは重くない、どちらかというと恋人同士がつけるリングのこと。だから、オレにもはめてくれ」 そう言って、託生に右手と箱を差し出す。 箱を受け取り、託生がオレの分の指輪を見て、おかしそうに笑った。 「ヘ音記号だけど、第三間と第四間の点がないよ」 「そこまで忠実じゃないからな」 オレの指輪はおまけ。ステディリングだと言えば、託生に気負わずにはめてもらえそうだったから作っただけだ。 ちなみに、オレの指輪には託生の誕生石アメジストがはめ込まれている。 ファッションリングのように見えるだろうが、それなりの石を使っているから、婚約指輪代わりにはなるだろう。 託生は指輪を取り出し、オレの右手薬指に指輪をはめた。 その仕草が、遠くない未来、結婚式でするはずの指輪交換のシーンと重なって息を飲む。そして、オレの気持ちを忙しなくさせた。 まだ、戸籍上、男。医師から結婚への許可も出てはいない。 しかし、一秒でも早く託生を正式に自分のものにしたい。他の男に取られるような、そんな間抜けなことをするつもりはないが、婚約者としての立場では満足できない自分が、ふと顔を出す。 「ギイ?」 託生がオレの顔を覗き込んで、ハッとした。 オレの右手を握った託生の手の体温が、じんわりと冷えた指先を暖めていく。 その暖かさに、自分の欲だけに囚われた心が、静かに落ち着いていくのがわかった。 親と絶縁させ、託生をアメリカまで連れてきて同じ家に住み、これ以上の望みを持つなんて言語道断。 今、オレと結婚すれば、託生の心は守れない。最悪、壊れてしまうかもしれない。 託生を守る存在でなければいけないのに、なにを考えているんだ、オレは。 「……いや、その指輪はどうだ?それなら、大学に行けそうか?」 きょとんとオレを見ている託生の指輪を指差し、問いかける。 これでダメだと言われたら、また別の方法を考えるが、この辺りで妥協してもらえたらありがたい。 託生は自分の右手とオレを交互に見やり、コックリと頷いた。 ステディリング作戦、大成功。 「よしっ、この指輪は外すなよ」 「……うん」 約束の印と口唇を合わせ、託生を腕の中に抱き寄せる。 託生はここにいる。ここにいて、オレだけを見つめてくれている。今は、それだけで充分だ。 「……ステディリングって、右手にするものなんだね」 「いや、どっちでもいい」 「じゃあ、どうして右手?」 小首を傾げる託生の左手を取り、薬指にキスを落とす。 「ここは、きちんとした婚約指輪と結婚指輪をはめたいから、空けておきたいんだ」 まだ託生の中では、結婚に関して現実味がないのだろう。だから戸籍の性別を変更し、全ての手続きが完了したあと、もう一度託生にプロポーズすることに決めた。 そのとき、この薬指に婚約指輪を必ずはめる。 ………つい数年前は恋人ですらなかったんだ。焦るな。 「明日は、一緒に大学に行くぞ」 「……ギイも、その指輪はめて?」 「当たり前だろ。ステディリングなんだから」 「う………」 指輪はいいけど、二人一緒だと恥ずかしいんだけどなどと、ボソボソと口の中で唱えている託生に吹き出しつつ、 「ところで、託生くん?」 両手で頬を包み込んで視線を合わせた。 「なに?」 「今夜は、ここに泊まっていいか?」 その言葉の意味を理解した託生の頬が徐々に赤くなって、視線がうろうろと泳ぎだす。 相変わらずの初々しい反応に気をよくし、 「託生を抱きたい」 とどめとばかりに耳に口唇を寄せ低く囁いた。 赤くなった顔を隠すように、パフンと胸の中に落ちてきた託生を抱き上げ、寝室のドアを開ける。 別室なのは、今だけの辛抱だと思いながら。 「Ring!Ring!Ring!」を書いたあとに、ちょっと書いたものの、そのままフォルダに放り込んでおりました。 ……のと、これまた別のファイルを合体させ、書き直してみました。 短いんですけど、時間つぶしにでも……。 (2012.10.12) |