● ● 永遠という名の恋 -6- ● ●
一つを思い出せば、まるでドミノのように繋がっていく記憶。どこまで続くのか、それこそ、この世に生まれ落ちた瞬間まで遡りそうな勢いで、ぼくに降りかかる。
あの時の悲しみ、怒り、そして失望。 渦巻くどろどろの不快感が、ぼくの心をいっぱいにしていた。 今更両親に問いただしても、たぶん答えなんて返ってこないだろうけど。それでも、思わずにはいられなかった。 どうしてぼくを産んだのか、と。 愛せないのなら、産まなければよかったんだ。 それとも産まれてしまったぼくに、愛すほどの価値がなかったのか。 吐露したぼくに、ギイは、 「本当は子供の頃の託生に会って、抱き締めたいよ。お前は悪くないって。現実にはできないから、だから託生の中の小さな託生を抱き締めてるつもり。理解しようと思わなくていいんだ。託生は間違ってはいない。お前は愛される存在だよ」 子供に言い聞かすように何度も囁いた。 「託生、もう一口入らないか?」 「ごめん……」 ほとんど減っていない皿を見ながら、ギイは「仕方がないな」と苦笑して溜息を吐いた。 「じゃ、お茶の時間、少し早めてもらうな」 「……うん」 誰にも会いたくなくて、部屋から一歩も出なくなったぼくの為に、食事は寝室の続きの居間に用意されていた。 あのチャリティコンサートから数週間。 もうすでに、記憶に抗う気力もなかった。ただ流れていく映像を繰り返し見ているような、それでいて胸が苦しい感覚だけが残る。 一日中ぼんやりと無気力に過ごし、ギイの腕に包まれて眠る。その繰り返し。 「大丈夫だから。オレがいるから」 うなされて飛び起きるぼくを、ギイは毎晩ぼくを包み込むように抱き締め、背中をポンポンと叩いて落ち着かせてくれていた。 「ごめん、ギイ……ごめ………」 「謝るなって。オレの前では、どれだけ泣いてもいいんだぞ。知らない所で泣かれるよりましだ。オレの胸は大きなハンカチだと思いなさい」 ぼくの涙を拭きながらからかい混じりの言葉に、ほんの少し心が軽くなるも、それと同時に罪悪感を感じる。 どれだけ辛い思いをさせているんだろう。 ぼくの為に自分を抑え、優しさと温もりだけを与えてくれる。 ギイの優しさが、時々悲しい。ぼくなんか放ってくれればいい。そう思うほどに。 「こうやって、託生がオレの腕の中で大人しくしているのを、少し嬉しいと思うのは不謹慎か?滅多にお前、甘えてくれないからさ」 耳に響くギイの声が、眠気を誘う。 「眠れそうか?」 「うん」 「愛してるよ、託生。愛してる。託生がいてくれるだけでいいんだ」 優しいギイの声。優しいギイの言葉。 それなのに、なぜこんなに心が乱れるのだろう。 ギイに迷惑をかけているから?ギイの重荷だから?なんの為に、ぼくはここにいるのだろう……。 ぼんやりと思いながら、ぼくは眠りに落ちていく。……その繰り返しだ。 「じゃ、行ってくる」 「うん。いってらっしゃい」 頭をポンポンと叩いて、ギイが部屋を出て行く。 「別れてほしい」と訴えたぼくに、ギイは「託生がいてくれるだけでいい」と言った。けれども、今のぼくに、何の価値があるのだろう。部屋に閉じこもり、ギイに迷惑をかけ、自分の事さえもできないぼくに。 ギイにとって、結婚している意味があるのだろうか。 あまり食の進まないぼくの為に、ギイは「お茶の時間」を言い置いていた。小さなケーキ一つくらいは食べろと言われ、午前と午後の二回、きっちりメイドが運んでくる。 今日も、フルーツたっぷりのタルトと紅茶を持ってきた。 「シェフの力作なんですよ」 少量でも栄養があるようにと、それこそダイエット中の女性には天敵になりそうなくらいのケーキ。シェフのオリジナルだ。 食欲なんて全然ないけれど少しでも食べないと、また心配をかけてしまう。フォークを取り一口食べて、ふと数ヶ月前の事を思い出した。 あの時も、同じタルトを食べたんだ。 「義一様と託生様のお子様だったら、とても可愛いでしょうね」 お茶の用意と一緒に挨拶に来た新しいメイドが、人懐こくぼくに話しかけた。 子供の事なんて、まだ漠然としか考えていない時だったから、 「ありがとう」 と答えたんだ。 その後、廊下を歩いていると叱責する声が聞こえた。 「お子様の話は禁句だから、絶対言っちゃいけないよ」 「そうだったんですか?!すみません。私……」 「あんたは素直に思ったことを言っただけというのはわかるけどね、世の中には色々な夫婦がいるから」 「じゃ、義一様と託生様は、お子様が………」 「いや、そうじゃないんだけどね。いつかは、見せていただけると私達は思っているけど、まだ駄目なんだそうだ。理由はおっしゃっていなかったけどね」 「そう……ですか。託生様には、どうしたら………」 「いや、何も言わなくていいよ。託生様はお気付きになっていらっしゃらないそうだから。今度から、気をつけておいでよ」 立ち聞きするつもりはなかったのだけど、聞こえてしまった。その時は、まだぼくの体が成長していないから気を使ってくれているんだと思ったけど、今考えればおかしくはなかったか。 あの口ぶりからして、使用人全員に箝口令を強いたのはギイだ。 けれども、ぼくは今まで一度も子供に関してギイから言われた事はない。 ………あ、一度だけ聞いた。 結婚式の後、祠堂の友人達に「子供ができたら、また来るからな」なんて言われて、ギイにそれとなく聞いてみたら、 「んー、今はいいよ。だって託生、まだ学生だし、やりたい事だってあるだろ?それに、オレは、まだまだ託生と二人で楽しみたい」 と笑い、結婚したばかりだったし「そうだよね」とぼくも同意した。 まだ二人きりでいる為に、ギイは避妊していたのではなかったのか?それとも、ほかの理由があった?ぼくは、何に気付いていなかったのだろう? 掴めそうで掴めない、もやもやとした物に心が侵食されていく。 「そういえば……」 そういえば、ギイ、理由を聞かなかった。どうして、ぼくが子供を欲しくないのか。普段なら必ずぼくの気持ちを汲み取るように聞いてくるのに、 「子供はいらない」 理由も聞かずに、ギイは断言した。これ以上、子供の話はするなと言わんばかりに。ぼくに気にするなと言いたかったのだろうか。………それともギイの本音だったのか。 あの時、いらないと言われて、ホッとしたと同時にショックを受けているぼくがいた。 ギイは、子供いらないんだって、悲しくなった。 反比例しているぼくの心。 頭の中が混乱する。自分の気持ちがわからなくなる。一体、ぼくはどうしたいんだろう。 その夜、ギイと一緒にベッドに入ったものの、ぼくはなかなか眠れずにいた。ギイが心配するだろうからと身動きせずに横になって、三十分ほど経った頃だろうか。 静かにギイがベッドを降り、冷蔵庫のドアを開けた。カサカサとした音を不思議に思い薄目を開けると、ギイはパジャマのポケットから何かを取り出しミネラルウォーターを直飲みした。そしてベッドに戻り横になって数分後。らしくない深い寝息が聞こえてきた。 「ギイ?」 小さく呼びかけても、目を覚まさない。 今、何を飲んでた? そっとベッドを降り、冷蔵庫の横のゴミ箱を覗いてみるも、空っぽのままだ。 「ポケット……」 ベッドに戻りギイにかかっているシーツを少し捲ってみる。ぼくがこれだけ動けば、気が付くはずなのに、ギイは深い眠りに入ったままだ。 ギイのパジャマのポケットを探ると硬い物が指に当って取り出してみる。 「これは……」 見覚えのある薬。入院していたとき、何度か飲んだ事があるはず。 「どうして………」 ギイの顔が涙でにじむ。 どれだけの負担をギイにかけていたんだろう。甘えてばかりで、抱き締めてもらうばかりで。睡眠薬を飲まざるを得ない状況にまで追い込んで。 「ギイ………」 ここまでしなくていいのに……。 ギイにはぼくなんかより、もっと相応しい結婚相手がいたはずなのに。 |