● ● New life(2011.5) ● ●
「ケチ」
「おい」 「ほんと、心の狭い男よね」 「何とでも言え」 執拗に引き止められて二年。 託生との仲を応援しているのか、はたまた邪魔しているのか、判別がつかないオレの家族にほとほと手を焼き、我慢も限界を越えた。 結婚というこの好機。正々堂々と二人で暮らせるこのチャンスを逃してなるものか! 大体、もうすでに荷物は運び終え、あとはオレ達二人が移動するのみ。しかも、その車に乗り込む直前。今更なにを言ったって、予定は変えられない。 キャンキャン吠える絵利子の文句を聞き流している横から、 「託生さん。嫌になったらいつでも帰ってきていいんですよ」 「そうだよ。我慢なんてする必要はないんだからね」 聞き捨てならない台詞が聞こえ、額に青筋が浮かんだ。 「え…あの……」 困惑した託生の肩を抱き、 「父さん。母さん。オレが託生に、我慢するような生活をさせるはずないでしょ?」 唸るように反論を口にしたとたん、三人揃ってこめかみに手を当て頭を振る。 ここまで揃うと、面白い。 ではなく、あまりに失礼な態度に、青筋が一本増えたような気がした。 「それが信用できれば、どれほどいいことでしょう…」 いや、母さん、そこで涙を拭われても。 「自覚がないのも、困ったものだね」 父さん、そう、大きな溜息を吐かないで下さい。 「何が信用できないかって、ギイのその思い込みの激しさよね」 三人を代表するように、絵利子がズバリ指摘する。 身に覚えがない……とは言えない。 突っ走ったオレに、託生が困惑してすれ違ったことが星の数ほど。いやいや、そのたびに反省して話し合い、二人の絆を結びあわせていたはずだ。 「託生を幸せにすると約束したんです。泣かせるようなことはありえません」 きっぱりと宣言する。 全てを捨ててついて来てくれた託生に、オレができる唯一のこと。誰にも、この役を渡す気はない! それなのに。 「託生さん、本当にいいのかい?」 「今なら、まだ戻れますよ?」 まだ言うか?!ってか、オレの台詞は、スルーかよ?! 「あの……」 託生がちらりとオレを見上げ、三人に視線を戻した。 「喧嘩するときもあると思います。でも、ぼく、ギイと一緒に生きていくと決めたんです。だから…ギイと結婚させてください」 しっかりとした口調で、託生は深々と頭を下げた。 じーーーーーん。 託生の台詞に感動を覚えたものの、託生、ちょっと間違ってるぞ。 結婚式を挙げるまではと、引き留められていただけで、すでに結婚しているんだが…。 「こんな子と結婚してもらえるだけで、私達はありがたいんですから、託生さん頭を上げてくださいな」 そんな疑問もスルーされ、がっくり肩を落とす。 こんな子……って。 いや、もう、今更どうでもいいさ。崎託生になっているのだから。 「義一。託生さんを泣かせたときには………わかっているだろうね?」 釘を刺した親父の本気の目に、ゾクリと鳥肌が立った。 たぶん、その時は半殺しに……いや、半分じゃない。八割いや九割殺し…有り得そうな想像に身震いをした。 いやいや、それ以前に託生を泣かせるのはベッドの中だけだと決めている。…さすがにそこまでは、乗り込んでこないだろう。 「父さん、母さん、絵利子。今までお世話になりました」 改めて挨拶をすると、家長らしく表情を引き締め、 「うむ。ここは君達の実家だから、いつでも遊びに来なさい」 親父は言葉を締めた。 「はい」 託生を車に乗せ窓を開ける。 家族、使用人、総出の見送りに頭を下げ、クラクションを一つ鳴らして走りだした。 バックミラーに写る屋敷が小さくなり、ホッと安堵の溜息を吐く。 やっと新婚生活に入れる。ギリギリまで引き留められるとは思わなかった。 助手席に乗る託生が、一言も発せず大人しく座っているのが気になり、 「寂しいか?」 問い掛ける。 託生自身、この引っ越しには疑問を持っていたからな。 「……うん、少し。でも、ギイと一緒だから」 「だから?」 続きを促すと、 「……嬉しいかなって」 オレから顔を隠すように、ぷいっと窓の外に視線を向けたものの、託生、隠しきれてないぞ。耳が赤い。 可愛い託生の仕種に、抱きしめたくなるのを制し、代わりに右手で託生の左手をそっと握り、 「愛してるよ」 今、一番伝えたい想いを囁いた。 キュッと握り返される手。 二人の甘い生活は、始まったばかりだ。 ブログより転載 (2011.5.27) |