● ● Life -9- ● ●
《 決意 》
ここが特別室だからか、ぼくには神崎さんという担当の看護師が付いていた。 ギイが祠堂に帰ってから、時間を見ては顔を出して話し相手になってくれ、時折、日本に滞在中の島岡さんが、面会に来てくれていた。 考えてみれば、ぼくの状態は『自殺の可能性あり』と判断されていたので、あまり目を離すわけにはいかなかったのだろうけど。 佐藤先生から話を聞いた時は、とても混乱して、しかも術後の痛みも激しく、ある意味興奮状態にあったが、痛みが落ち着いた頃、波が押し寄せるように自分の現状が一気に流れ込み、その重さに耐える事ができず 丸一日ベッドから起き上がることはおろか、食べ物も飲み物も何も口にすることができなくなり、ギイに心配をかけてしまった。 そして、連絡が行っているはずの両親が来ない理由も、ギイや先生の雰囲気でなんとなく気付き、口を濁らせるギイを問い詰め、「勝手な事をして、ごめん」と謝らせてしまった。ギイのせいじゃないのに、全てぼくが原因なのにと自己嫌悪に陥り、更にギイの気を使わせ、情けない思いでいっぱいになる。 なのに、混乱していたとは言え、躁鬱激しく言動が一定しないぼくを、ギイは優しく抱き締めながら、どんなに理不尽な八つ当たりをしても全て受け止め「大丈夫、オレが守る。愛してるよ」と繰り返し囁いてくれた。 昼の検温に来た神崎さんが、 「崎君って、託生君の彼氏でしょ?」 唐突に、悪戯っ子のような表情で聞いてきた。 「えっ!?あ……あの……いや………」 「隠さなくたって、二人を見ていればわかるわよ。とてもお似合いだし」 神崎さんのにこやかな顔を見ながら、照れ臭さと同時に複雑な気分になる。 確かに恋人ではあるし、心はともかく女の子の体だと露見した今は『彼氏』と言われて否定しなくてもいいのだけれど。 「でも、以前は……同性だったし」 「好きになっちゃったら、そんな事関係ないわよ。それに、崎君、実は安心していたかも」 安心?なにが? わけがわからないと顔に書いたぼくに噴き出しつつ、 「だって、託生君が女の子として育っていたら、出会ったとき彼氏持ちだったかもしれないじゃない」 と続けた。 なんの気なしに神崎さんは言ったのだろうが、ぼくはギクリとした。 彼氏でも恋人でもないけれど………ぼくには兄がいたんだ。そして、数えきれないほど抱かれた。幼い頃から。 もしも、産まれた時から女の子として育っていたら……想像するだけで、ぞっとする。兄との間に子供ができた可能性もあったのだと今更ながら気付いて血の気が引いた。 両親の兄に対する溺愛、そして兄からの虐待、それ以上に禁忌な子供の存在があったならば、ぼくは今どうなっていたのだろうか。 接触嫌悪症ではあったけれど、普通に中学校へ通い高校に進学した。ごくごく普通の一般世間の人達が歩む道だ。 しかし、この普通であることが、とんでもなく難しい状況になっていたのではないか?それこそ子供がいたら、家から逃げることもできないから、ギイに出会うなんてことも論外で………。 そこまで考えて、唐突に気付く。 ぼくが男として育っていたから、守られていたのかもしれないと。そして、今この時に真実が明るみになった事は、元から計算されていたのではないかと。 ギイと出会うために。ギイとの未来を形作るために。 「愛してるの意味、忘れるなよ」 ふいに、蘇る言葉。 ギイは、ぼくの現在も過去も未来も、全てを受け入れて愛してくれる。ぼくが、どの選択をしようとも、ギイはぼくを愛してくれる。 だからこそ、ぼくは、自由に生きれるんだ。 「神崎さん」 「なぁに?」 「ぼくの体は、どのくらい女性の機能が動いているんですか?」 「………佐藤先生に聞いてみる?」 「……はい!」 白紙の状態に戻す事も可能なのだろうけど、今回の出来事は運命の歯車が回って起こった事にしか思えない。こうやって自分の体が守られてきたのは、絶対意味があることなんだ。 ぼくは覚悟を決め、遠ざけていた自分の体を理解すべく診察室に向かった。 |