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●  相棒(2010.11)  ●

「………おい、ギイ」
「なんだ、章三?」
「それ、どうにかしてくれ」
「それ、とは、どれだ?」
 ………僕のこめかみに浮かぶ青筋に気付かないわけないよな、こいつが!
 真冬の第一校舎。放課後の人気のない屋上からグラウンドを眺めつつ、寒さなんて全く感じていない様子の相棒に、
「その崩れた顔をどうにかしろと言ってるんだ、僕は!」
 一喝した。
 葉山の決断を聞いたのは、十日ほど前の事。
 今までの男としての人生に終止符を打ち、明らかにされた本来の性でこれから生きていくのだと、晴れやかな顔で聞かされたときには驚いたものだが、複雑な経緯はともかく、この二人の未来が世間的に認められる事は友人として喜ばしいものである。
 しかし。
「だって婚約者だぜ〜。こ・ん・や・く・しゃ」
「区切って強調せんでもいいわ、このバカモノ!」
 ギイの浮かれ具合には、辟易していた。
 いったい何だったのだ、あの、再起不能なまでのどん底に落ち込んでいた男は!
 葉山が退院した翌日から、友人達を巻き込んですったもんだした猿芝居をあっさり放棄し、眼鏡はそのままかけてはいるものの、それこそ卒業までのカウントダウンが始まり目を血走しらせたチェック組が声を掛けるのを躊躇するくらい、ギイは葉山にべったりだった。
 真実は知らずとも、倒れていた葉山を発見してギイが病院に運んだ事は、何人もの生徒が目撃した事実である。始めの頃は葉山の体調を心配しているのだろうと傍観していた者達も、ここに来てさすがに不審を感じ、数日前から僕の所にはこっそり聞きに来る人間が後を絶たない。
 だいたい、この一年間の僕達の努力は、なんだったんだ。
 文句の一つでも、言いたくなるのは当然だろう。
 ギイは機嫌良さそうに頬杖をつき、
「仕方ないだろう?幸せなんだから」
「………っ!」
 これまた、とろけるような笑顔で応え僕を絶句させた。
 肺が空っぽになるくらいの深い深い溜息がこぼれる。
 三年間相棒をやってきたけれど、ここまでやに下がった顔は、お目にかかったことがない。
 まぁ、長い片思いから脱出し、加えて初恋を成就させ、尚且つ大どんでん返しのような今の状態を見れば、ギイが舞い上がるのもわからなくはないが。
「あのなぁ。葉山は、まだ『男』として、この『祠堂』に在籍しているんだ。卒業目前に退学になりたいのか?」
「ここまで来たら、さすがに目を瞑ってくれるだろ」
 それはそうだとギイの意見には同意はするが、問題はそこじゃない。
「だいたいなぁ、卒業すれば好きなだけいちゃつけるだろうが。ここ数日のお前らは、親しい友人どころか、どこからどう見ても恋人にしか見えんぞ」
「オレ達、正真正銘恋人だし」
 あ、今は、婚約者だったな。
「……………」
「いてっ!」
 いちいち婚約者というフレーズに言い直すギイを、無言で殴ってやった。
 大学も無事決まり、やっと平穏な日々がやってくると思っていたのに、どうして最後の最後まで、この二人の後始末に頭を悩ませなきゃいけないんだ。
 己の損な役回りを本気で呪っていると、
「なぁ、章三。女性ホルモンの働きって知ってるか?」
 ギイが脈絡のないことを言い出した。
「それは、あれだろ。子供を産むことに関連しているんだろ」
「だけじゃなくて、肌をきめ細やかにしたり、女性らしい体つきにしたり………美容にも関係しているらしい」
「へぇ」
「託生、最近綺麗になったと思わないか?」
「葉山?」
 葉山をそういう目で見たことは一度もないし、同じクラスメイトとして毎日見慣れているから僕にはこれと言った変化がわからないが、言われてみれば肌の白さが際立ってきたような気がする。昨日教室で腕を取った時の感触も以前より柔らかかったかもしれない。
 葉山の様子を浮かべていくうちに、ふと周辺の変化を思い出した。
 朝のホームルームさえ出れば、後は自由の授業時間。教室に残って自習するも良し、図書室に行くも良し、はたまた電気ストーブしかないが静かな寮に戻るも良し。
 体調が悪そうな時はともかく、寒がりの葉山は寮よりも暖房設備が整った校舎に残る事がほとんどだった。
 退院はしたものの、術後の経過を短くても半年は見ないといけないらしい葉山の傍には、フォローのつもりで僕や三洲が付いていたのだが、少し目を離すとなにかしら葉山が取り囲まれて話題の中心になっているのを見たことがある。
「まさか、ギイ……」
 浮かんだ疑問にギイはニヤリと口の端を上げ、
「どいつもこいつも、ここぞとばかりに心配するような素振りで近づいては託生の笑顔を堪能しやがるんだ。昨日も託生を呼び出そうとした輩がいたんだぜ。退院してから四人目だぞ?もちろん全員オレがぶっ潰しておいたがな。卒業するまでは『男』でいるから邪魔するなと釘を刺されているし、託生が今までと同じような生活を望むなら、これしか方法はないだろ。託生を守るって決めたんだから」
 当然のように、のたまった。
 やはり、あのしつこいくらいベタベタくっついていたのは、他の奴らへの牽制だったのか。しかし、卒業まで時間がないとは言え、たった十日で命知らずの人間が四人も出てくるとは、さすがのギイも慌てて動かざるを得なかったわけだ。
「お前、苦労するな」
「婚約者を守るのは、当然だからな」
 ウインクを決めたギイの肩を「まだ言うか」と拳で押した。


「お、託生」
 葉山専用のスコープでも付いているのか、ギイがグラウンドを挟んだ向こうに葉山を発見した。
「寒がりが、何やってんだ?」
「誰かを、待っているようだが……」
 マフラーと手袋を嵌めて完全防寒した葉山が、正門に向かって歩いていくのが見える。
 そして今は枝だらけの桜並木の向こうをバスが通り過ぎ、誰かが一人帰ってきた。
「あれは……片倉か?」
「あぁ、今日は合格発表の日だと言っていたな」
 大きく腕を振る葉山に向かって片倉が走り寄った。何を話しているのかはわからないが、二人がはしゃいでいる様子に、片倉が無事合格したのだろうと推測する。
 しかしその後取った片倉の行動に、独占欲と嫉妬心の塊のような隣の男が唸りを上げた。
「片倉のヤロー」
 雪の上で、無邪気に抱き合ってうさぎの様に跳ねる親友同士。僕とギイでは、気持ち悪くてああはいかないが。
「かわいいじゃないか」
「婚約者が他の男と抱き合ってて、かわいいで済むか?!」
 叫ぶなり、ギイは脱兎のごとく駆け出しドアの向こうへ消えた。
 やれやれ。恋人から婚約者に昇格したのだから、少しは落ち着けばいいものを。
 眼下を見るとパワー全開のギイが、葉山に向かって一直線に雪だらけのグラウンドを全力疾走している。
「あいつらには、一生倦怠期なんてなさそうだな」
 あっというまにたどり着き、葉山を片倉から取り返し腕の中に包みこんだ。文句を言われながらも幸せそうな顔をしたギイが浮かんでくる。


「葉山を守る、ねぇ」
 今まで何度もその言葉を聞き、そのたびに「過保護だ」と諌めてきたが、確かにこれからはそういう場面も多くなるだろう。
 だが杞憂に終わるような予感がする。
 あぁ見えて、葉山は頑固で精神力が強く、しなやかだ。
 それに、のほほんとした癒し成分たっぷりの天然葉山が敵を作るとは到底思えない。たとえ敵対心を持ったとしても、葉山が相手なら気がそがれることだろう。
 帰国後、葉山を支えるためギイは孤立奮闘を覚悟しているのだろうが、あの二人の味方が増えないとも言い切れない。事実、島岡さんがすでに、あちらで動いている。
 卒業まで残り三週間。
 命がけで葉山を守るであろう、がんばる相棒のために。
 今だけは、せいぜい協力してやるよ。
 大切な友人達の未来のために。幸せのために………。



「婚約者♪婚約者♪」とスキップしてるギイが浮かびまして、やっぱりのろけの相手ならこの人しかいないだろうと。
卒業まで、色々ありそうですよねぇ。
(2010.11.25)
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