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●  永遠という名の恋 -4-  ●

 滅多に入らない執事からの電話に、オレは慌ててオフィスを飛び出しペントハウスへと向かった。人気のない玄関ロビーを走り抜け廊下を進み目にしたのは、全ての使用人が集まりオロオロとしたメイド達が音楽室のドアを叩きながら、託生に呼びかけている光景だった。いつも他人を気にかけている託生が、この状態を無視している事自体異常だ。
 オレの姿を見て慌てて会釈するのを片手で制止し、怒鳴るように執事に問いかける。
「いつからだ?!」
「三十分ほど前です。中でパスワードを変えられたようでドアが開きません!」
「一体、なにが………」
「大学内のチャリティコンサートに出演され、その後、孤児院に行かれました」
「孤児院だと?!」
 急遽呼び出されたのか、託生付きのSPが話を付け加えた。
 あそこには、親に愛されなかった子供達がいる。もしかして、託生は気付いてしまったのか?
「託生!オレだ、ここを開けろ!!」
 拳でドアを叩いてもドアノブを回すも、重厚な音楽室の扉はびくともしない。この中で託生は何をしているのか。何を考えているのか。
「セキュリティに連絡してパスワード解読を……」
 背後で聞こえる声に、怒りが増長される。
 そんな悠長な事してられるか!託生が気付いてしまったのなら……最悪、命さえも危ないのに!
 その時SPの胸元に入っているマグナムが目に写った。これの威力なら頑丈な防音扉でも……。
「貸せ!」
「義一様!」
 ズガン、ズガン!!
 煙の上がるノブを回すと、カチャリとロックが解除され金属片が床に落ちる。
 マグナムをSPに突き返し、
「誰も入るな」
 言い置いて室内に入り静かにドアを閉めた。
「託生?」
 驚かせないように声をかけるも、返事は返ってこない。どこに………。
 焦りを隠しぐるりと見回すと部屋の隅に小さく座り込んだ託生を見つけ、安堵の溜息を吐いた。……生きていてくれた。
 けれども、小さく小さく。そのまま誰にも気付かれず、空気に溶け込んで消えていきそうな風情に恐怖を感じ、足早に近づき託生の前に膝をついた。
「託生、どうした?」
 ビクリと肩が揺れ、託生がゆっくりと顔を上げた。泣き濡れて真っ赤になった瞳には何も写ってはいない。もしかしたらオレがここにいる事すら、認識できていないのかもしれない。
「託生」
 もう一度呼びかけて、こちらに引き戻す。戻って来い、託生。
「託生?」
「ギ……イ………」
「何かあったのか?」
 託生の返事にホッと息を吐き、殊更優しく声をかけた。こんな焦燥しきった託生は初めてなのだから。
「………て」
 託生の口唇が微かに動き、声にならない言葉が漏れる。
「託生?」
「わ……かれて………」
「なに?」
「ぼく……と………わかれて」
「何を言ってる?」
 別れてだと?!
 咄嗟に掴もうとした手が跳ね返された。もう背後は壁しかないのに、オレから逃れるように、じりじりと後ずさろうとする様を見て激情をぐっと堪える。今の託生は普通じゃないんだ。
「託生を手放す気はないと言ったはずだ。忘れたのか?」
「だめ……」
「何が、駄目なんだ?」
「ぼく………産めない…………」
「子供はいらない」
 ピシリと強い口調のオレの声に、託生の体がビクリとすくみ上がった。
 ダメだ!驚かせてはいけない!
 そう思うのに、突然の別れ話に冷静な対応ができない。
 落ち着け。オレが落ち着かなくてどうする。こうなる事は予測済みだろ?だからこそ、託生が気付く前に、強引に結婚した。託生が自分の奥深くに眠っている本心に気付けば、オレとの結婚に同意はしないとわかっていたから。
 拳を握りしめ、心を静める。落ち着くんだ。
「オレは託生がいるだけでいいんだ。託生だけでいいんだ」
 子供なんて望んでいない。
 ゆっくりと言い聞かせるように何度も囁いた。欠片でいい。託生の心に届いて欲しい。何度も何度も訴えて、ぼんやりとオレを見ていた託生の焦点がオレに戻ってきた。
 しかし。
「ダメだよ……ギイ、跡取りじゃないか」
「そんな事、どうにでもなる。今時、世襲制を取っている所なんてないんだぞ?子供の事は考えなくていい」
「でも……ぼく………」
「だから別れるなんて言うな」
 頼む。二度と言わないでくれ。離れていかないでくれ。愛してるんだ。オレには託生が必要なんだ。
 オレがオレらしく存在できる唯一の場所。オレだけに与えられた至福の空間。託生がいなければ、オレは生きていけないんだ。
 抱き寄せようと手を伸ばすと、託生はビクリと体を捻ってオレから離れようとした。
「託生?」
「ごめん………」
 震える体。横顔に見える怯え。対象はオレ。
 先ほど跳ね除けた時とは、少し違う反応に眉を寄せた。接触嫌悪症じゃないよな。
 涙で濡れた託生の頬にそっと片手を伸ばす。手のひらから伝わる動揺。口唇を寄せたとたん、託生の体が硬直した。
 託生がオレから離れようとしているのは、子供の事だけじゃない。脳裏を掠めた予感に目の前が暗くなる。こういう弊害が来るとは、予想がつかなかった。
「子供ができるかもしれないから。………だから、SEXが怖いのか?」
 瞬時目を見張ってオレから顔を隠すように俯いた託生の態度に、予想が的中した事を知る。行為そのものが恐怖になったとしてもおかしくはない。
「それなら、しないよ」
「そんな事………!」
 夫婦なのにありえない。
 そう言いつつも託生の縋るような瞳に、オレに対する気持ちが離れてはいない事を確信し、知らず溜息が漏れた。
「夫婦の繋がりって体だけなのか?違うだろ?苦楽を共にして寄り添って生きていくんだろ?」
「でも………」
 オレ達の絆って、そんなに軟いものじゃないだろ?
 もしかして忘れてしまったのか?
「愛してる。ずっと託生だけを愛してきた。これから先も託生しか愛せない」
「ギイ………」
 溢れ出る涙を受け止めるように託生の肩に手を置き、ゆっくりと胸元に引き寄せる。しがみつくように背中に回った託生の腕が、上着の布地を引きつらせた。
「何も考えなくていい。オレはずっと託生の側にいる」
 託生の背中を撫でながら「愛してる」と囁き続ける。託生の心に届いてくれと願いながら。
 しゃくりあげる託生の体から徐々に力が抜け、腕がパタリと落ちた。
 覗き込んだ託生の顔が、あまりにも痛々しく胸に突き刺さる。どうして、ここまで託生が苦しまなければいけないんだ。
 託生を抱き上げ部屋を出ると、託生を心配して集まっていた使用人達がそのままそこで待っていた。
「託生様は………!」
「眠っているだけだ。医師に連絡を……あぁ、いい。オレが直接する。音楽室のドアを直しておいてくれ。鍵はつけなくていいぞ」
 ベッドに寝かせると、すぐさまメイドがホットタオルを持ってきた。涙で汚れた顔を丁寧に拭き、頬にキスをする。
「託生、愛してる。絶対に放さないからな」
 オレ達の長い夜が始まった。
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