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●  君が帰る場所-設定2-  ●

「だから、これは託生のものだ。オレが受け取るわけにはいかない。でも、これから先の生活に関しては、託生の婚約者として、ゆくゆくは配偶者として、オレが全部受け持ちたい。……少しくらい、いい格好させろよ」
 今のぼくにはなにもできない。あるのはこの通帳とぼくだけだ。
 俯いたぼくに、
「今、考えることじゃない。託生は自分の体の治療に専念してほしい」
 そう言って、ギイはぼくの肩を抱いた。


「葉山サン、お帰りなさい」
「あれ、真行寺君?」
「へへっ、留守番っす」
 と言いながら、真行寺は枕元にチャンプを置いた。
「どうかしたっすか?」
「え、なんで?」
「なんとなく、考え込んでるように見えるんすよ。俺でよかったら聞きますけど?」
 これが章三だったら、たぶんギイと同じことを言うだろう。
 でも真行寺なら全くの第三者だから、もしかしたら別の考え方をするかもしれない。
 そう思ったぼくは、ゼロ番でのぼく達の会話を真行寺に話し、意見を聞いてみた。
「俺の単純な意見なんすけど、ギイ先輩は葉山サンがアメリカに来てくれることは、喜び以外ないと思うんすよ」
 それは、ぼくも疑っていない。けれど、それとこれとは違うような気がするのだ。ギイに金銭的な負担をかけることは。
「葉山サンだって、ギイ先輩と一緒にいたいっすよね?でも、それ以上に、葉山サン不安じゃないっすか?アメリカに行くの」
「あ……うん」
 英語もアメリカでの生活も、想像することができないほど未知の世界だ。これからどんな生活が待っているのか予想もできない。
 ギイが言っている「なにも心配はいらない」というのは、物理的な衣食住のようなことを意味しているのはぼくにもわかる。それ以外は、自分が乗り越えないといけないってことも。
「それって、お金に換算できないものっすよね?」
 真行寺が、ぼくの目を覗き込んだ。
「ギイ先輩は、葉山サンが思ってる不安を取り除きたいんだと思います。できることなら全部取り除きたいけど、そういうわけにはいかない。だから、せめて金銭面だけでも不安を取り除きたいんですよ。ギイ先輩にとっては、自分ができることですし。オレだって、もしもギイ先輩の立場だったら同じことをします」
 きっぱりと言う真行寺にとって対象はぼくではなく三洲だろうけど、第三者の目でこの二人に当てはめるとぼくも理解できる。
「その通帳も、葉山サンが持ってたほうがいいっす。ギイ先輩がもしも一文無しになったとき、それ使ったらいいと思います」
 ぼくの手の中の通帳と印鑑を指差して、ニッと笑った。
「一文無しって……」
 唖然として、通帳と印鑑を見つめ噴き出した。
 あのギイが一文無しなんて考えられないけど、そこまで言われてギイに渡すのは失礼のような気がした。
「いつか、使うときがくると思いますよ。それまで持っていたらどうですか?」
 なぜか自信満々に真行寺は言った。


 卒業間際の真行寺との会話を思い出して、クスリと笑った。
「今が、その『いつか』なんだろうね」
 どう使おうと構わない、けれども生活費の一部にはするなとギイは言った。それはオレの役目だからと。
 渡米したとき、ギイはぼくにカードを渡した。「自由に使ってくれ」と。
 ギイの気持ちだからと受け取ったものの、その口座を初めて見たとき眩暈がした。
 これだけのお金を、どうやって使えと?!
 元々欲しいものなんてなかったので必要なものだけ購入するようにしていたら、ギイを始め、お義父さんとお義母さん、絵利子ちゃんまでもが、あれもこれもと買ってきてくれ、それこそぼくが買う必要なんてなくなってしまった。
 なので、口座は溜まる一方だ。
 そしてギイと結婚して日本の戸籍を「崎託生」に変更したとき、葉山姓の通帳を持っていることに違和感を感じた。
 返さなきゃ。そう思ったのだ。
 日本にいた頃、衣食住に困らない生活をさせてもらった。全寮制なんて普通より高い学費の祠堂に行かせてもらった。
 ギイは慰謝料だと言ったけれど、これだけのお金を普通のサラリーマン家庭から捻出するのは大変なことだと思うし、ぼくはもう崎の人間だから。
 ぼくの行動を見ても、ギイは何も言わないだろう。
 今がいい機会だ。
「ぼくには必要がないので、両親に渡してください」
 いいよね、ギイ?
「あぁ、もちろんだ」
 ギイを振り返り、目を細めて頷いたギイにホッとする。
「先生、よろしくお願いします」
 ぼくはもう一度弁護士に向き直って頭を下げた。


(2012.5.27 blogより転載)
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