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●  君が帰る場所-3-  ●

 年末に妊娠が判明したものの、しかしすぐに発表することはしなかった。
 跡を継ぐかどうかは子供の意思次第だが、世間的には崎家の跡取りでありFグループの後継者になるかもしれない子。
 何かしらの妨害があるかもしれないと危惧し両親と話し合いをした結果、冬の間は妊娠を隠すことにした。そして、男でも女でも、生まれるまで性別は伏せておくことを。
 喜ばしいことだからこそ、託生の身の安全を守ることが一番だと考えた末のことである。
 サンダースの事件で増やしたSPはそのまま託生につくことになり、しかしそれも、世間の目には引き続き警戒しているだけだと映っていた。
 そして春。
 これ以上隠すことは不可能だと判断し、親父の口から託生の妊娠が発表された。それと同時に、数ヶ月前のような大混乱にならないよう釘を刺したのは言うまでもない。
 しかし、あの事件の時にはすでに妊娠二ヶ月に入っていた事実に、どうしてそのときに発表しなかったのかとの疑問を聞かれたりもしたが、ことごとく崎家の事情で……と匂わせればそれ以上追求はされなかった。
 まさか当の本人が気付いていなかったとは言えまい。


 五月晴れとはこのことだと言わんばかりの快晴の中。
「男の子だったね」
「おー。オレに似て、立派なものがついてたもんな」
 オレの軽口にギロリと睨んだものの、託生の目は優しい。
 数日早いが八ヶ月の定期健診に付き添い今日ようやく性別が判明し、そのまま本宅に寄ったオレ達は裏庭を歩いていた。
「咲いたんだ……」
「あぁ」
 結婚祝いにと譲り受けた思川桜は、この二年の間にオレ達より高くなり、しかし花が咲くのは三年目からと聞いていたのにも関わらず三輪の花が咲いたと昨日本宅から連絡があったのだ。
 仕事から帰ってきたオレを託生は玄関ロビーで待ち構えて、
「検診のあと、連れてって」
 と、興奮した様子でスーツの袖を引っ張りながら可愛らしく強請った。
 もちろん、オレに異論はない。
 日本の気候とは違う、ここNY。寒さが厳しいこの街で力強く生きている姿は、隣に居る託生と重なる。
「ねぇ、ギイ」
「うん?」
「ぼくは、いい母親になれるかな?」
 たぶん、子供を身ごもった女性ならば一度は感じる不安。それでなくとも、アダルトチルドレンの呪縛から解き放たれたとは言え、やはり不安になるのだろう。本当に、自分が子供を育てていけるのかと。
 肩を引き寄せ託生の髪にキスを落として、腹にそっと手を当てた。
「託生は、この子を愛してるんだろ?」
「もちろん」
「それだけで、いい母親だよ。なにも心配しなくていい」
「そう……なのかな?」
「こいつだって、もうわかってるさ。どれだけ託生が愛してるってことを」
 とたん、内部からトンと『そうだよ』と返事をするように押され、そのタイミングの良さに託生が笑った。
「しかし、大きくなるもんだなぁ」
 今まで妊婦を見たことがないわけではないが、こんなに身近で腹が大きくなる様子を見たのは初めてだ。つい数ヶ月前までは、ぺたんこの腹だったのに。
「でも、まだまだ大きくなるんだって。……狸みたい」
「最高に可愛い狸だ」
 ボソリと付け加えられた言葉に吹きだしつつ、目を細めた。
 本宅の庭には、庭師によって色とりどりの花が植えられている。特にこれからの季節、一番華やかな風景を見せてくれる。
 穏やかな空気が流れるこの庭を、本宅にいた当時、託生はよく見にきていた。
「温室を思い出すから」
 と言って。
 花の香りと託生の香りに包まれ、幸せな気分を味わっていると、
「この子が産まれてもう少し大きくなったら、本宅に戻るのもいいね」
 きょろきょろと庭を見渡しながら、ふと託生が言った。
「え?」
「だって、走り回れるだろ?ギイも、いつか帰らないとって言ってたし」
「あー、まぁ、そうだけど」
 子供のことを考えれば、それもいいかもしれないけれど、個人的意見としては出来る限り本宅に戻るのは先延ばしにしたい。
 今度は、託生だけじゃなく子供もいるんだ。お袋を筆頭に親父も絵利子も、大暴走するであろうことが目に見える。
「もう少し、家族だけでいたいんだけど……」
 そりゃ、親父もお袋も絵利子も、大きな意味で家族と言えば家族だろうけど、今のオレの家族は託生とこれから生まれてくる子供だ。
 親父とお袋が見せてくれた家族の絆。これからオレ達は、生まれてくる子供としっかりと結びあわせないといけない。
 だから物心のつくまでは、家族だけで暮らしたいと思うのだ。
「うん、そうだね。もう少し先でいっか。ぼくも、ペントハウスから離れたくないし」
 オレの返事に同意して頷いた託生の言葉に少し引っかかった。
 深く考えずに言った言葉は、託生の本音だ。
「託生が望むなら、無理して本宅に戻らなくてもいいんだぞ?」
 元々両親だって、本宅と五番街のペントハウスを、そのときの都合や情勢で変えていたんだ。オレや絵利子が小さかった頃は本宅。学校に行く頃になると便のいい五番街。今は、オレと絵利子のことを考えなくてもいいから、また本宅。
 オレ達の住んでいるペントハウスだって十分広い。このまま住み続けたって、なんの問題もない。
「本宅が嫌だっていうんじゃなくて……」
 少し困ったような表情でオレを見上げながら、
「ぼくね。結婚してペントハウスで暮らし始めて、初めて家ができたような気がしたんだ」
「託生……」
 戸惑いがちに自分の心を吐露した託生を、ハッとして見つめた。
「ぼくは自分の実家を家だとは思えなかったから。どこにも自分の居場所がなくて、借り物のような、居候のようなそんな感覚だった。アメリカに来て、本宅で暮らすようになって、でもやっぱり同じような感覚で……」
 肩に回していた手で引き寄せ、託生を抱きしめた。逆らいもせずオレの背中に腕を回し、託生が肩口に頬を寄せる。
「お義父さんやお義母さんには申し訳ないんだけど、でも、ずっとぼくには家なんてなかったから、ギイとペントハウスに引っ越したとき本当に嬉しかったんだ」
「託生……託生………」
 どうして気付いてやれなかったんだ。
 いや、医者が言ってたじゃないか。オレとの結婚で託生の心が安定すると。あれは、こういうことだったのか。
 ペントハウスのドアを開けて目に入るのは、季節の花で彩られた玄関ロビー。その花は、託生と執事が相談して選んでいた。イベントがあれば、それこそ使用人総出で模様替えされ、必ず託生も加わって楽しそうに飾り付けている。
 自分の家だからこそ、できること。
 託生が言いたいのは、形じゃない。寝る場所なら、実家にも本宅にも寮にもあった。
 自分が帰る場所。心の底から安心できる、自分の存在を許された空間。
 託生は二十年もの間、家を持つこともできず彷徨っていたのか。
「オレも、託生のいるペントハウスが家だと思ってるよ」
 そう言うと、託生は嬉しそうに綺麗な微笑みを見せ、
「この子にも、家を教えたい」
 訴えるようにオレを見つめた。
 オレと託生がいる家。そこが、こいつの家なのだと。
「あぁ。家族だもんな」
 早く、生まれてこい。
 オレも託生も、お前に会えるのを楽しみにしてるんだぞ。
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