● ● Life -1- ● ●
たった一つの出会いが、オレの運命を変えた。
いや、その出会いこそが、必然だったのだ。 もがき求め、時には諦めかけ、しかし初めての出会いから数年の時を経てオレ達は巡り合った。祠堂という楽園の中で。 自分の生死さえも左右される愛しい存在。葉山託生の名を持った、たった一つの命。 想いが通じ愛し合うようになったオレ達は、二人を繋ぐ一本の細い糸が引きちぎれないよう大切に愛を育む傍ら、一本、また一本と絆と言う名の糸を繋いできた。 恋と言うには軽すぎる。これほどまでに魂が惹かれる存在なんて、託生以外ありもしないのだから。 しかし、楽園の終焉は目前に迫っていた。この吹きすさび地面を覆う雪が融け、蕾が綻び、薄紅色の花が咲く季節が………。 《 発覚 》 三年の授業が全て開店休業中の三学期。 二学期の終業式を最後にそのまま実家に残った人間や、一度戻ってきても受験のため、また出ていく人間も数多くいる。そのため寮の一、二階の人数が少なくなり、現に託生と同室の三洲も数日前から上京していた。 それに伴い、毎晩のように託生をゼロ番に誘う日が続き、 「もうすぐ、受験なんだけど」 と文句を言われたりもしているが、託生がオレの誘いを断らないのは、祠堂での生活が残り少なくなっているのを認識しているからだ。 もう既に、オレと託生の進路が分かれる事は決まっていた。 「日本の音大に進む」 と告げられた時には自暴自棄にもなったが、それは既にオレの中で消化できている。 いつか一緒にいるために。まだまだ子供だと言われる歳のオレ達が、なにを主張したって戯言にしか聞いてもらえないのだから、今は自分達のすべきことをしようと。 実際に、オレはともかく、託生は親の脛をかじっている未成年だ。権利を主張する前に義務を放棄するわけにはいかない。 そう話し合い、卒業までの残り少ない日を、託生と過ごすことを最優先と決め、そして二人の未来へ続く道を築くべく、オレなりに努力している所でもあった。 午後の授業時間。 校舎にいても寮にいても同じだからと、ゼロ番に戻って参考書を広げていると、机に置いてあった携帯にメールが着信した。 差出人は……託生? そのままメールを開け―――――――――!! 『たすけて』 変換もなしに打たれたそのかな文字と内容に、ドッと血の気が引く。 慌てて託生の携帯にかけ、 「託生、今どこだ!?」 回線が繋がると共に叫んだ。 「二……七〇………」 託生の掠れた声が耳に届くと同時に部屋を飛び出し、階段を駆け下り廊下を走る。寮に戻っていた幾人かの人間が顔を出したような気もするが、そんな事は構っていられない。 本当はそのままオレの携帯にかけた方が早かっただろうに、どこにいるかわからないオレを慮って必死にメールで助けを求めてきたんだ。 二七〇号室のドアを開けて飛び込むと、真っ青な顔をした託生がベッドに倒れこんでいた。 「託生!」 「お腹、痛い………」 冷や汗をじっとりとかき、痛みに顔を歪ませながら訴える託生を抱き締め、思考をフル回転させる。 どうしたらいい?まずは中山先生か……いや、そのまま救急車を呼んだ方がいいのか? 託生を抱き締めながら思考を巡らせた時、開けっ放しになっていたドアの隙間から章三が顔を覗かせた。 助かった。寮に戻っていたのか。 「ギイ、何かあったのか?」 「章三!中山先生を呼んできてくれ!」 託生の顔色とオレの焦った声に、 「待ってろ!」 章三は踵を返した。慌ただしい足音が遠ざかっていく。 「託生、すぐに中山先生が来るからな」 涙を溜めてこっくりうなずく託生の背中を、少しでも痛みが和らぐようにゆっくり撫でるものの、気休めにしかならない。痛みに耐えるように、シーツを握り締めた託生の指が白く血の気が失せている。 いったい、どうなっているんだ。昨晩、オレの部屋で過ごしたときは、体調の悪い様子は見受けられなかったのに。 何もできない自分にもどかしい思いを感じつつ、汗で冷たくなっている背中を撫でていると、痛みに硬くなっていた体がから急に力が抜け、オレの左腕にズシリと託生の体重がかかり慌てて顔を覗きこんだ。 「託生?託生!?おい、しっかりしろ!!」 首に指を置いて脈を計り呼吸を確認する。呼吸はあるが、脈がどんどん弱くなっていくのが、震える指先から伝わった。 「ギイ、内線で医務室に連絡を取った!中山先……」 「章三、託生の意識がなくなった………」 その後の記憶はあやふやだ。 中山先生が託生の血圧を測っている横で、章三に上着とコートを無理矢理着せられたのは覚えている。 救急車が来るのを待ちきれなくて、毛布に包んだ託生を抱きロビーまで運んだ事も、そのまま外に出ようとして章三に怒鳴られた事も、後になって章三から聞いて知ったことだ。 麓の病院に搬送されたものの「原因がわからず診る事ができない」と診察を拒否され、激怒するオレの横で、 「崎、お前ならなんとかなるだろう!?」 と中山先生から激を飛ばされ、慌ててヘリを呼び、都内のFグループの息がかかった病院に託生を搬送した時には、もう夕暮れがかっていた。 |