● ● 害虫駆除(2012.1) ● ●
祠堂を卒業後、ここぞとばかりに仕事を押し付けられていたものの、当初の予定通りオレは九月からコロンビア大学院に行きだした。
託生はそれよりも早く、五月からコロンビア大学のALP(American Language Program)に入学している。本宅の使用人相手に英語漬けの毎日ではあるが、ジュリアードであれマンハッタン音楽院であれ、どちらにせよ公式に英語力が問われるのだから、入学試験までにできる限りレベルを上げておきたいというのが託生の考えだ。 ”ん?アジア人の集団……あぁ、ALPの奴らか” ランチを取りに訪れた学食で同席していた友人の声に顔を上げると、黒髪の集団がトレイを片手にテーブルにつくところが目に映った。 せっかく語学留学しているのなら、日本人だけで集まらずもっと積極的に外部と交流すればいいのにと思いつつ、その中に愛しい婚約者の姿を見つけ頬を緩ませる。 同じキャンパス内とは言え、シャトルバスが運行するくらい莫大な敷地のコロンビア大学。しかも、お互いの時間帯が合う事なんて滅多になく、託生をキャンパス内で見たのはこれが初めてだったのだ。 今日はラッキーだなと気分が浮上したものの、しかし他にも女性が何人かいるのにも関わらず、託生を囲むように座った男達の目が、チラチラと託生を盗み見しているのを見て眉を寄せた。 あいつ、全然気付いてないな。 男だらけの祠堂でその状態が普通だったからか、世間の男が自分をどう見ているのかなんて全く気付きもしない。下心があからさま過ぎて、こんなにわかりやすいのに。 託生、無頓着すぎるぞ。 ”あの子、可愛いな” ”どれ?” ”こちらから三番目のショートカットの……” ”あぁ、確かに” ほらな。 こいつらでさえも目敏く託生に目をつけるのに、ここまで本人の自覚がないとは。 誰でも、託生の優しげなオーラに触れてみたいと思うだろう。それだけでは飽き足らず、ずっと側にいたいと。 オレのように。 ”でも、ジュニアハイくらいじゃないのか?” ”十八だよ” ”え、ギイ?!” 明日からは、無理矢理エンゲージリングをはめさせることにして、ここは一つ牽制しておくか。 空になったトレイを持ち、 「託生」 「あれ、ギイ?」 肩を叩いて声をかけると、託生はオレを振り返り嬉しそうにふわりと笑った。 その笑顔に男達の目尻が一斉に下がる。 わかりやすい反応なのに、それに気付かないなんて。どうして、ここまで鈍いかな。 クラリと眩暈を感じるのをやりすごし、肩に置いた手はそのまま託生の顔を覗き込むように近づいた。その距離の近さに、周りの男達の空気が変わる。 「ギイもここで食べてたんだ。お昼、終わったの?」 「あぁ。託生はこれからか?」 一触即発。張り詰めた空気が流れているのに、のほほんと託生がオレに聞く。 図太いのか大物なのか。いや、たぶん託生は、オレしか見ていないんだろうな。優越感に、男達を煽るように頬に落ちた託生の髪を耳にかけた。 「葉山さん。知り合い?」 苛立ちを隠し一人が問いかけてきたが、目が笑ってないぞ。 「あ、彼は……えぇっと……」 どう紹介しようかとオレを見上げる託生に、深い溜息を飲み込んだ。 迷う必要も悩む必要もないと思うんだけど、シャイな託生には言いづらいらしい。 「たーくーみー、きちんと紹介しろよな。フィアンセの崎義一だ。託生が世話になってる」 「フィアンセ?!」 わざわざ婚約者ではなく『フィアンセ』と言ったのは、こいつらだけではなくチラチラと託生を見ていた周りの人間にもわからせるため。 託生はオレの物だからな。勘違いヤローは、さっさと諦めな。 頬を赤らめてチラリと睨んだ託生に、 「事実だろ?」 ニヤリと笑うと、 「そうだけど、ちょっと恥ずかしいんだよ」 口の中でぼそぼそと言い募る。 婚約を知られるのが恥ずかしいって?その方が、オレにはわからないぞ。オレなんて、いつだって声を大にして宣言したいのに、ビザの関係で大々的に言えないのがもどかしい。 「今日は五時までだろ?」 「え?あ、うん」 話題転換したオレに、ホッとした表情を浮かべ託生がコクリと頷いた。 「オレもそのくらいには終わるから一緒に”家に”帰ろう。バトラー図書館の前で待ち合わせ」 「うん、わかった」 魂が抜けたような男達に、今一度布石を打つ。託生に二度と邪な恋情を持つなよ。留学生なら留学生らしく勉学に励め。 「じゃな」 「ギイ!」 左頬に約束の印とキスをして、託生の抗議を背中に受けながら学食を出た。 頬へのキスは挨拶なんだから照れなくてもいいのに。どんな顔も可愛いからいいけどな。 とりあえずは、あの箱の中に鎮座したままのエンゲージリングを、どう託生の指にはめるのか。これが目下最大の課題だ。 書きたい書きたいと思いつつ、ちょこっと書ければ自分でも納得できるだろうと、フォルダ内にあったのを仕上げて(?)みました。 短いんですけど、こういう感じのワンシーンがいくつかありまして; なので、今となっては古い、卒業した年の九月の話でした。 機会があれば、他のも仕上げてみようかな……。 (2012.1.19) |