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●  Love & Peace-5-  ●

「Fグループ総帥って、お前の父ちゃんだったのか!ずっとニュースで流れてたじゃん。………んで、大丈夫なのか?」
 居間に引っ張っていってソファに座らせ、居心地が悪そうに尻をもぞもぞさせていたが、親父が銃で撃たれたことを伝えると驚きに目を丸くし、まるで自分のことのように顔を歪ませた。
「わからない」
「わからないって………お前の父ちゃんなんだろ?」
「なにも情報が入ってこないんだ。容態は不明、そればかりなんだよ」
 大丈夫だとは思ってるんだ。もしも……もしも最悪の状態なら、なにがなんでも島岡さんが連絡をくれるはず。
 その島岡さんが、こちらへの連絡をSPに任せたのなら、命に別状はないと思う。そう、思いたい。
「なんで、家族なのに容態がわからないんだよ?てか、病院に行けばわかるんじゃないのか?」
「お前も、マンションの前を見ただろ?あれ全員SPで、オレ達はここから出られないんだ。だから、誰も親父のところに行けないんだよ」
 ハリーの素朴な疑問に、オレの方こそ「なんでだよ!」と張り詰めた心が叫びそうになり、グッと堪えて冷静に答えたつもりだけれど、声は震えていたかもしれない。
 そして、言葉に出したとたん、自分の非力さを再確認させられたような気分になり、そのまま口唇を噛み締めた。
 Fグループ総帥の肩書きなんて関係ない。オレ達のたった一人の親父なのに。
「………なんだよ、それ。SPに止める権利なんてないじゃん」
 不満そうな口調に、嫌悪感が滲んでいる。
 オレだって、ここにいるみんなだってそう思っているけど、軟禁されているのは事実なんだ。
「だから、お袋だけでも親父のところに行かせてやりたいんだ!お前を巻き込んで悪いとは思うが、頼む!」
「………金持ちってのは大変なんだな。よしっ、そういうことなら、協力してやる」
「サンキュ、ハリー!」
「ちょっと待ってくれよ。ポケットの中、空にするから」
 コートの中から携帯やキーケースを取り出すハリーに、メイドと兄貴がホッとした表情をして、階下に駆け下りていった。プライベートの居間にいるお袋に話をしにいったのだろう。
 とりあえず、これで第一段階クリアーだ。次は、メイドに任すしかない。
 もしも、失敗したら………。
 いつもの癖で、あらゆる手段をシュミレーションしようとして、頭を振った。今は成功させることしか考えてはいけない。
「しかし、あれだな」
 そのとき、テーブルの上に私物を並べながら、ハリーが思い出したようにのほほんと口を開いた。
「なんだよ?」
「ダイキは、なるほどと思うけど、イブキはピンとこないな」
「なにが?」
「金持ちのお坊ちゃま」
 二度目のお坊ちゃま発言にムッとするも、そんなオレに気付かず、
「けど、それがイブキだしなぁ」
 と、ハリーは一人納得してうんうんと頷いている。
「………お前の言っていることが、オレにはよくわからん」
「そうか?ケチなところも、素直なところも、一生懸命なところも、全部イブキじゃん。努力せずにその歳で大学生なんて、できるもんじゃないと思うし………これで、よしっと………ん、なんだ?」
「いや………」
 そんなこと言われたのは初めてだ。オレを通り越してバックを見られるか、この記憶力の良さを妬まれるか。今までずっと、そうだった。
 オレ自身を見てくれる人間は身内ばかりだと思っていたのに、こいつって………。
「ハリー」
「ん?」
「お前って、いいヤツだな」
「………褒めても、ランチは奢ってもらうぞ」
「………やっぱりそこかよ」
 ビシッと言い切るハリーに、オレは背もたれに力なく身を投げ出した。


 数分後、お袋が咲未と兄貴と一緒に居間に姿を現した。その後ろには、満足そうなメイドの顔が見える。
「一颯」
「母さん、すごっ」
 肌の色も髪の跳ね具合も、ハリーそっくりだ。コートに隠れて見えないはずのセーターまでも、ハリーが着ているものに似せてあった。
 全力で協力すると言ってくれたメイド達の意気込みが伝わってきて、胸が熱くなる。
「ハリー君、ありがとう」
「いいえ、こんなことくらい、お安いごようです」
 こうやって二人向かい合えば、遠目では絶対区別がつかないだろう。
 しかし、ぶんぶん首を振りつつ頬を染めるハリーに、そういや、こいつ、お袋を紹介しろとか言ってたなと思い出した。
 不毛な恋には発展しないだろうけど、一応目を光らせておくか。
 ハリーのコート、帽子、マフラーを身に付け、兄貴から渡されたリュックとサングラスをかけると、お袋はここに来たときのハリーとそっくりになった。
「託生様、手袋を」
「うん、ありがとう」
 これで、結婚指輪も見えなくなる。
 身長はハリーと同じでも、お袋の方が細身だ。しかし、ダボッとしたダウンコートが、体の線を隠してくれている。今が冬でよかった。
「母さん、下まで送るよ。目くらましにもなるし」
「うん。じゃ、いってきます」
「お気をつけて、いってらっしゃいませ」
 兄貴と咲未、使用人全員がロビーに集まり、ハリーも人懐っこい顔で手を振っている。
 あとは、お袋が、あのSPの鉄壁を越えるのみ。


「病院の最寄り駅は覚えてるよね?」
「もちろん」
「メトロカードは持ったよね?」
「ここに入ってるよ」
「父さんに会えたら、連絡くれよ」
「うん、必ず入れるから。ありがとう、一颯」
 目が赤いのは涙のせいだけじゃない。昨日は一睡もしていないはず。オレ達の前では気丈に振舞っていても、心配で堪らなかっただろう。
 だから、なにがなんでもお袋に親父の側へ行ってもらいたかった。
 ガラス扉の向こうに、SP達が見える。
「母さんは、サブウェイに乗ることだけ考えて。こっちで足止めするから」
「わかった」
 ドアを開けると、SPの視線がいっせいにオレ達に集中し身構えた。
(母さん、行って!)
「”ハリー、わざわざ来てもらって悪かったな。当分大学を休むから、教授に伝えておいてくれ”」
 ハリーに扮したお袋が頷き片手を挙げた。そして、くるりと交差点の方向を向き、点滅しかけた信号を走っていく。
 わざと歩道の真ん中まで出て手を振るオレに、慌ててSPが駆け寄り周りを取り囲んだ。
「一颯様、早くお戻りください」
「友達を見送るくらいいいだろ?バイト前の貴重な時間に、持ってきてくれたんだから」
「いえ、どこから狙われるかわかりませんから、早くマンション内に入ってください」
「少しくらいいいじゃないか」
「いいえ、お命が危ないんです、早く!」
「あー、もうっ、わかったよ!」
 時間を稼ぎつつ、信号を渡りきりサブウェイの階段を駆け下りていったお袋を見届けてから、不貞腐れたように踵を返し口元でひっそり笑う。
 誰も、気付かなかったな。たとえ、今から追いかけたとしても間に合わないだろうけど。
 お袋、無事に病院についてくれ。そして、一刻も早く親父の下へ。
 オレ達は、ここで待っているから………。
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