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● ● Fair Love-後日談の後日談-(2014.3) ● ●
ギイがペントハウスに戻れないほど忙しいらしく、同じNYにいるはずなのに顔を合わせていない日がかれこれ五日。
もちろん、こういう状態になるのは想定内だし、ぼくだって今日は休日だからのんびりしているけれど、普段は大学があるから、それなりに忙しい日々を送っている。だから、夜は一人でベッドで寝るのは少し寂しいけれど、それ以外は本当にごくごく普通の日常だ。 あの高校三年生の一年間を思い起こせば、結婚もして同じ家に住んでいる今は、比べ物にならないくらい恵まれていると思う。 ただ、ギイが体を壊さなければいいんだけど………。 ぼんやりと居間でコーヒーを飲んでいると、執事が慌てた様子で部屋に入ってきた。 「託生様。義一様の秘書の方が、託生様にお会いしたいと……」 「秘書さん?」 とたん、なんだか嫌な予感が頭をよぎる。もしかして、もしかしたら、なのだろうか。あの引き出しに入れっぱなしのIDカードを使う日が、とうとう来たような気がする。 海外出張は仕方がないと思っているのか、それほど文句を言うことはないのだけれど、本社で寝泊まりとなると、せいぜい二泊が限度。三日目には、たった三十分の空き時間に戻ってきて、もちろんその三十分に往復の移動時間が含まれているものだから、顔を合わせたのはたった五分。そんな短い時間に話という話なんてできなくて、キスだけで終わってしまったような気がするけれど、 「託生に会えないなんて拷問だ」 とかなんとか言って、島岡さんがこめかみに手をやっていたのを覚えている。 そんなギイが、五日も大人しくしているはずが、ない。 「お休みのところ申し訳ございません」 「いえ、いいんですけど、ぼくになにか………」 ビシッとスーツを着こなし、どこから見てもエリートに見える男性が、らしくなく小さくなって頭を下げ、 「あの、奥様に本社に来ていただきたいのですが………」 済まなそうに要件を継げた。その顔に疲れの色が見える。 「もしかして、拗ねてる、とか………」 「はい、もしかしなくても、そうなんです」 やっぱり。 疲労困憊といった風情の秘書さんに、ギイ、なにやってんだとムカつき、でも、このままだと皆さんに迷惑をかけるのが目に見えて、がっくりと肩を落とす。 「わかりました。すぐに用意しますね」 と、私室に行こうとしたぼくを、秘書さんが止めた。 「あの、大変申し訳ないのですが……」 「はい」 「ミ……ミニスカートを、お召しになっていただけない…で…しょうか?」 「はい?」 ミニスカート?なんで?と言われても、持ってないんですけど? 疑問符を頭に飛ばしまくったぼくとは裏腹に、側にいたメイド達の目が輝く。 「それは、効果覿面ですわね」 「へ?」 「義一様、お喜びになりますわよ」 「あのね、カツを入れに行くのに喜ばせてどうするの?」 「ですから『散歩に行くついでだから、寄ってみた』とでも言えば、必ずお仕事してくれますわよ」 ぼくがミニスカートを履いて散歩に行くと言ったら、ギイが仕事する? メイド達の言葉に「そうなんです」と表情を緩めた秘書さんに疑問をぶつける暇もなく、 「託生様、すぐにお着替えを」 「え、ちょっと、待って。ミニスカートなんて持っ……わわわっ」 ぼくの言葉は無視され、両腕をがっしりと捕獲したメイド達に連行された。 ミニスカートなんて買ったことがないのに、なぜかぼくのクローゼットに数種類のミニスカートが用意されており、その中でも一番短いミニスカートを履かされ………。 「すーすーする」 ジャケットにパンプス、そして首にはお義父さんに渡されたIDカードをぶら下げて、不本意な二度目の本社訪問。バージンロードを歩く練習のときに、低いヒールを履いて練習していたから、なんとか無様な歩き方にはなっていないだろうけど、ロビーにいる人達の興味深げな視線が痛い。 「託生様のすらっとした足が強調されて、ばっちりですわ」 などと、メイド達が満足げに頷いていたけれど、絶対に似合わないよ、こんな恰好。 「奥様、申し訳ありません」 何度目かの謝罪を繰り返した秘書さんに、気にしないで下さいと引きつった笑いを浮かべながら、ふつふつとギイへの怒りが湧き上がる。 仕事を放棄して皆に迷惑をかけて、何考えてんだ、ギイのバカ! 「よろしくお願いします」 一度入ったことのあるギイの部屋の前で、もう一度秘書さんが頭を下げ、音もなくドアを開いた。その向こうには、背中を向けたギイと、ほとほと困った風情の男性が三人。島岡さんはいないようだ。 ぼくに気付いた三人は、あからさまにホッと溜息を吐き、道を譲るがごとく一歩後ろに下がった。 ギイの周りを包む空気が、淀んでいるように見える。隠すこともなく不機嫌オーラを出すギイの背中に、大きく息を吸い込み、 「なに、してるんだよ、ギイ」 強い口調で投げかけた。 ぼくの声にギョッとしたようにギイが勢いよく振り向いたと思ったら、 「た………おま……なんて恰好してるんだ?!」 慌てふためいてぼくに駆け寄りながらスーツの上着を脱ぎ、素早くぼくの腰に巻き付ける。 言われなくても、ぼくだってこんな恰好似合わないと思ってるよ。でも、これが一番効果があるんだと言われたから、恥ずかしいけど仕方なく着ているんじゃないか。 それもこれも、ギイのせいなんだからな。 「散歩に行くついでだから寄ってみたんだけど?」 「散歩?!いや、ちょっと待て」 「寄ってみたら、なんだかギイが仕事をしてないらしいし」 「する!するから、散歩だけは止めてくれ!てか、このままここから出るな!」 肩を揺さぶる勢いで懇願するギイに、複雑な気分になる。そりゃ似合わないけどさ、そこまで言わなくても………。 「おい、お前ら、なに託生の足を見てる?!見るな!」 「………は?」 「仕事はしてやるから、お前ら出て行………ぐっ」 「なに、エラソーに言ってるんだよ。皆さんに迷惑をかけてるのに」 「や、それは……」 あたふたと言い訳をしながら、ぼくを背中に隠そうとするギイに、ぼくを迎えに来た秘書さんが近寄った。 「あの、これを預かってきたのですが」 「なんだ?」 袋の中を確認して、はぁと大きな溜息を吐いたギイの力が抜けた。 「………お前ら、汚ねーぞ」 「島岡さんの指示です」 「島岡のヤツ………。わかった。あとで呼ぶから、とにかく出て行ってくれ」 「はい、失礼します」 そうして、二人きりになった室内。 「ギイ?」 「あのな………!」 「ギイが仕事をボイコットするから、こんな変な恰好する羽目になったんだからね」 文句を言いたそうなギイの言葉を憚って、ギイに向き直る。ぼくだって、こんな恥さらしな恰好なんてしたくなかったんだから。 「変な……?いや、違うぞ。無茶苦茶似あってる」 「嘘だ」 「嘘じゃないって」 苦笑して、ぼくの腰に巻いていた上着を取って、 「ただ、その恰好はオレの前だけにしてくれ」 素早く上着を羽織って裾を引っ張った。 嫌味なくらいスマートに上着を着たギイと、己の不格好なアンバランスさに、 「もう二度としない」 横を向いて反論する。 絶対、着てやるもんか。こんな恥さらしな真似、一度で充分だ。 「それは困る」 「どうして?似合わないもの着たって………わっ」 「こういう状況になるから、できればペントハウスで二人きりのときがいい」 ギュッと抱きしめたギイの押し付けられたものに「こういう状況」というのものをあっさりと理解して、 「ちょっと待って、ギイ。ここ仕事場!んんっ」 胸を押し返そうとする腕ごと絡めとられ、熱い口唇がぼくを覆った。けれども、深く口づけることもせず、すぐに離れて、ぼくの頭を肩に押し付ける。ギイの鼓動が早い。 「なぁ、頼むよ。二人きりのときだけ、たまにでいいから着てくれ」 「どうして?」 「オレの独占欲と目の保養」 「……よくわからないんだけど」 耳に響いていたギイの鼓動が、徐々にゆっくりと落ち着いてきた。よかった。いくらなんでも、ここは仕事場なんだから、こういう状況になられても困る。 ギイは息を整えるように大きく深呼吸してぼくを離し、片手に持っていた袋を押し付けた。 「なに?」 「着替えだって。そっちで着替えて来いよ。託生もそれ、慣れないだろ?」 中を除くとミニスカートと同系色のズボンが入っている。 「そっちって?」 「隣の部屋、仮眠室になってるから」 「へぇ」 以前来たときになんのドアなんだろうと思っていたけれど、仮眠室だったのか。ということは、ここ数日、ギイはここに泊まってたんだ。 遠慮なく仮眠室に入らせてもらい……ベッドとクローゼットと、あのドアはバスルームかな?まるでビジネスホテルのような殺風景な部屋。でも、ベッドサイドのテーブルに、結婚式の写真が置かれているのを見て、クスリと笑った。わざわざ持ってきてたんだ、ギイ。 さっさとズボンに履きかえ、脱ぎ捨てたスカートを袋に詰めて、もう一度ギイの執務室に入ると、さっき出て行った秘書さん達が戻っていて、なにやらギイと話をしていた。 さっきは拒否するように背中を向けていて、話すらできなかっただろうから、一応ぼくでもお役に立てたみたい。 「車、用意させるよ」 「ううん、天気もいいからサブウェイで帰る。書店にも寄りたいし。あ、でも、裏口を教えてもらえたら嬉しいな」 「……裏口?」 「うん、さっきロビーで注目を浴びちゃったからさ」 ぼくの顔なんて覚えている人はいないだろうし、スカートからズボンに履きかえたから大丈夫だと思うけど、あれだけ変な視線で見られたらあまりロビーを通りたくない。 ぼくが言ったとたん、なぜか空気が固まった気がした……のだけど、ギイも笑ってるし気のせいかな? 「じゃあ、裏口までオレが送るよ」 「ダメだよ、ギイ。時間が押してるんだろ?」 だからこそ、どうしようもなくて秘書さんが、ぼくを迎えに来たんだろうし。 「たった数分、調整できない無能な秘書がいるはずないじゃないか、なぁ?」 「は……はい」 笑顔を浮かべたまま振り向いたギイに、秘書さん達がコクコクと頷き、 「奥様、ありがとうございました」 と、ぼくに向かって頭を一斉に下げた。 「気を付けて帰れよ」 「ギイこそ無理しないでね」 本社の裏口まで送ってくれたギイを見て、守衛室の人達が目を丸くしているのを横目に、ギイが軽く手を上げる。 わけがわからないままミニスカートなんてものを履かされたけれど、秘密のドアが仮眠室だったというのがわかったし、ぼく達の写真を飾っていることも知ったし、なにより元気そうなギイの顔を見れてホッとした。 「託生」 「うん?」 柱の陰に隠れて、ギイがそっとキスをする。 「次のオフはデートな」 「うん、楽しみにしてるね」 内緒話をするようにこっそりと耳打ちし、その子供染みた仕草にクスリと笑い合う。ギイがもう一度キスをして、ポンと肩を押し出すように軽く叩かれ、ぼくは眩しい日差しの中に飛び出した。 こんなに忙しいギイだから、約束がいつになるのかわからないけれど、次のオフはデートしよう。たまには恋人気分に戻って二人で街を歩こう。 晴れたらいいね、ギイ。 朝、拍手をいただきまして。 その中の一言に一気に広がり、そのままのテンションで書き上げてしまいました。 きっかけがあれば、広がるんです。考えて書いているわけではないので。 ただ、タイトルは、考えるのが面倒だったので、まんまの後日談の後日談; 楽しんでいただけたら、嬉しいです。 (2014.3.4)
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