秘密の小部屋

2012.08.18 (1/1)
目次
2012.08.18 01:12〜2012.08.18 01:42


『利久と岩下政史くんの大晦日。の巻』

「家が近かったら一緒に初詣、行けるのにね」
電話の向こうで朗らかに政史が言った。
そうだね。と、同意するのは容易いはずなのに、どうしてか、言葉が喉の奥に引っ掛かってうまく出て来ない。――ずっとだ。このイヤな感じ。
「そしたら岩下は、初詣、誰と行くんだ?」
同意しないまま質問している。
無意識に固くなる声に自分ですら気づいてる。察しの良い政史なら、きっと、利久が電話に出た時から気づいてるだろう。
ぎくしゃくした利久に気づかぬ振りで、話が進む。
「うちは、港の近くの神社に毎年家族全員で行くんだよ。年末年始にかけて宿泊しているお客さんたちも一緒にね。あ、希望者のみだけど」
政史の実家は初島にあって行くには船に乗らないとならなくてだから思い立ったらいつでもすぐに訪ねるというわけには行かなくて、それは自分だけでなく皆がそうだから――あいつも、そうだから、だからその立地条件と
「そっか岩下、家の手伝い、してるのか」
家庭環境に、こっそりと感謝する。
「本当は受験勉強に専念したいところだけど、仕方ないよね、こればかりは」
「……うん」
そうかー。お互いの志望大学もそういえば、けっこう離れているんだったな。
冬休みが明けて、利久は祠堂に戻る組で、政史も実家はとても受験勉強に専念できる環境ではないからと、やはり学校に戻る予定なのだが、
「片倉くんは初詣、誰と行くんだい?」
朗らかな調子のまま政史が訊いた。
「俺? 誰とも約束してないけど、行くとしたらこっちの友だちか両親とかかな」
「そうなんだ」
柔らかく受けて、柔らかい口調のまま、
「学校戻る時、待ち合わせしたいな」
政史が続けた。
「待ち合わせ?」
「夏休みの登校日の時みたいに」
「……ああ」
約束の時間より随分と早く着いてしまって、そしたら政史もやけに早く現れて、ふたりして笑ってしまった。
「それか――」
政史が言って、言ったきり、無言になった。
「それかって、なに? 岩下?」
促しても、政史は口を噤んだままだ。
やがて、
「ごめん。なんでもない」
政史が言った。
なんでもないと言われたのに、なんでもなくないような気がして、むしろとても重要なことのような気がして、
「誤魔化さずにちゃんと言えよ」
利久にしては珍しいくらい、きっぱりと告げた。
なんとなく、とても大事な場面の気がした。――自分と政史にとって。
しばらく躊躇っていた政史は、だが、意を固めたように、
「前の日に、待ち合わせしたいんだ」
と、言った。
心臓がドンと跳ね上がった。
「い、一日早く学校に行くってこと?」
フライングで寮に戻るのは、冬休み明けにはしたことがないのだが、可能なのだろうか?
「それでもいいけど、……そうじゃなくても」
受話器越しの政史の声が聞き取りづらいくらい鼓動が耳の脇で大きく鳴り続けている。――口の中がカラカラだった。
「……片倉くんが嫌でなければ、だけど」
誰かに取られそうだから、それでこんなに焦るのだろうか。
卒業してしまえばあっちは学年が違うのだから、俄然条件は向こうの方が悪くなるのに。
これは、一体、どういうキモチなのだろうか。
わからないけれど、ずっとざわついている。
どうして良いのかわからないのに、どう接して良いのかわからないのに、誰かが政史に近づくのは嫌なのだ。
その時、受話器の向こうから汽笛が聞こえた。
「あ、今の汽笛? もしかして新年?」
0時を迎えた汽笛だろうか。
利久が訊くと、
「うん。港に停泊してる連絡船の汽笛だよ」
「しゃべってる間に新年になっちゃったんだ」
「うん。なっちゃったね。明けましておめでとう、片倉くん」
「あ。明けましておめでとう。――岩下」
「一年の最後と、新しい年の最初に片倉くんとこんなふうに話していられて、すごく嬉しいな」
政史が言う。
「――うん」
それは、利久も同じ気持ちだ。
「無理にってことじゃないから片倉くん。さっきの」
「前の日が無理でも、待ち合わせはしたいな」
静かな、政史の声。
「うん。わかった」
顔を見ればわかるのだろうか。同じ空間にいたら、こんな自分にでもわかることがあるのだろうか。
「じゃあ、電話長くなっちゃってごめんね、片倉くん」
「俺、決めた」
「え?」
「前の日に待ち合わせしよう。しよう、岩下!」
言い切ったら、いきなり視界が広がった。
さっきまでの、ここ数日ずっと続いていたもやもやと鬱々とした重い視界が、いきなり開けた気がした。
「片倉くん……?」
わからないならいっそわからないまま卒業しても良いかと思ってた。
恋愛は苦手だしよくわからないしでも、
「一日早く、会おう!」
誰より先に顔が見たい。あいつより先に、政史に会いたい。
(おしまい)


【業務連絡】連投失礼いたしました。理想は3時くらいに、だったんですが実はごとうは昼型で睡魔と闘うのに限界が……スミマセンT^T 卒業まで3カ月ないこのタイミングでまだじたばたしている利久を笑ってやってください。岩下くんて辛抱強いなあとしみじみしながら、みなさまおやすみなさいです。 via ついっぷる/twipple
2012.08.18 01:42
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