秘密の小部屋
2014.02.25 (1/1)
目次
2月も半ばともなるとすっかり冬の寒さにも慣れ、世間のバレンタインムードにも、慣れた。まわりがどんなにバレンタインで浮かれていても、動揺なんかしてないし、ましてや羨ましくなんか、ぜんっぜんない!
「それで葉山くん、結局どうしたんだい?」
須田先生宅からのバイオリンのレッスンの帰り道、来月上旬に同じ音大を受験する野沢政貴と近況報告を携帯電話で交わしつつ(ギイから渡されていたものではなく、さすがに大学生になるとなれば必要でしょうからと母が買ってくれたものである。ギイからのあれは、相変わらずブラックアウトしたままだ)、駅からの道を自宅に向かってのんびり歩く。
「ダメモトで、去年あげたのと同じチョコをエアメールで送ってみた」
ぼくが言うと、
「ギイのニューヨークの実家にかい? ギイ、そこにいるのかい?」
「いないと思う」
「……不審な荷物と判断されて、家族に廃棄されたりしないかな」
「さあ? わからないけど、なんにもしないよりいいかと思って」
やってもらうばかりの自分はもう卒業したのだ。
相手が待ってるからとか、期待していてくれてるからとか、結果に保証のあることではなく、むしろダメかもしれないことでも、自分がそうしたいからそうする、という、自分の強い意志で一歩前へ踏み出したいのだ。
「バレンタインのチョコって、わかるように送ったのかい?」
「自分としてはそのつもりなんだけど、どうかなあ? 味は間違いないけど豪華なチョコってわけじゃないから、むしろ日本のお菓子はこんな感じですよ、みたいな軽い感じだから、家族には伝わらないかも」
「ギイには?」
「伝わると思う。でも、それはそれで不満がられそうだけど」
またこれかよ。もう少し本気のチョコにしろよ。――とか。 でもいいんだ。
去年のバレンタイン、ギイが言った。世界中のどこにいてもちゃんとぼくに会いに来ると。
有言実行のギイなのでその言葉は信じてるけど、あの、連絡がマメでその為に取る手段もかなり破天荒なギイが、あれから一度もぼくに連絡をして来ないということは、本人にするつもりがないということなのだ。
三年生に上がった時の、いきなりのメガネスタイルでぼくや周囲から距離を取ったあの時と同じく、ギイは必要とあればとことん本心を隠して事を起こす。たいていは、――いや、ぼくの知る限り、いつも、必ず、ぼくの為に。
だから未だに連絡がなくても、よしんば去年のバレンタインの約束が守られなかったとしても、ぼくは、わかってる。
「っていうか、むしろ、ぼくたちの関係がダメになっちゃうっていうか、ぼくがギイにふられる時は、それこそギイはどんな手段を使ってでも、ぼくに言ってくると思うんだ」
そういうの、きっちりさせたい人だから。
「つまり? 便りがないのが達者な知らせってこと?」
「うん」
ギイと付き合っている間、いろんな、たくさんの話をして、ギイの思いをその都度、その都度、受け止めて、ちゃんと理解できなかったり受け止めきれなかったりしたぼくだけれど、あれから半年、この長いような短いような時間の中で、ひとりで何度も反芻しながら、ようやく少し、理解した。
「もうさ、なんとしても大学に受かって、例の特待生になって、ニューヨークに行って、ギイをびっくりさせるのさ。それで、ぼくに惚れ直させてやるのさ絶対に!」
断言すると、電話の向こうで政貴が笑う。
「すごいなあ。逞しいなあ、葉山くん」
ギイが好きだ。
『オレは、託生を、愛してます』
ぼくだって、ギイを愛しているよ。 だから絶対に諦めない。
*****
「いいなあギイ、あのかわいい妹からバレンタインにギフトが届くなんて」
同じ研究室の仲間が、横から段ボールの中を覗き込む。
「おや? 俺たち庶民には名前すらわからない豪華そうなチョコが入ってる。当然みんなでシェアするんだよな、な、ギイ?」
「はいはい、どうぞ、いっそ教授に箱ごと差し上げてください」
苦笑しつつギイがチョコレートボックスを渡すと、彼は、
「ひゃっほーう。みんな、ゴージャスな糖質と脂質の差し入れだぞー」
と研究室へ飛び込んでゆく。
「それにしてもマメだね、エリィ」
別の仲間がギイに言う。
「隔週でなにかしら送ってくるね。俺には女きょうだいがいないからわからないんだが、妹って、そういうもの?」
「さあ、どうでしょう。うちの場合は、オレと親との取り決めで、教授との約束が果たせない限り、オレからは、誰にもメールも電話も禁止なんで、つまりオレがクレームをつけられないのをいいことに、オレがうるさがるのを承知でわざと、送ってきてるんですよ、妹は」
「へえ、そうなんだ。じゃあこれ、妹からの嫌がらせかー」
彼が笑う。
「これはまた、随分とかわいらしい嫌がらせだなあ。やっぱり妹いいね、欲しいな、今からでも」
「かわいいですけど、――しつこいです」
「まあでもしようがないよな、ギイ、あの教授を、教授との約束を破って2年以上も待たせたんだものな。約束に罪滅ぼしが上乗せされても文句は言えない立場だよな」
なんとか2年待っててください。が、結局、3年近くも待たせてしまった。
極寒のニューヨークと天地ほど違う温暖なカリフォルニア。規模はちいさいながらもここは知る人ぞ知る、新進気鋭で最先端の研究室をいくつも育てているある意味、現時点で最高峰の大学なのだ。 教授陣もスタッフも平均年齢はかなり若い。
「――わかってます」
ギイは研究室の一員として、在校生としてではなく、とある教授の権限で、スタッフのひとりとして参加している。
「ギイの代理で俺からエリィにチョコの礼、伝えておこうか?」
「いや、親父にバレると厄介なので、やめておいてください」
島岡とすら連絡を取らせてもらえない現状で、少しでも姑息な動きを起こしたならば、お前は所詮その程度の男なのかと父親から冷ややかにジャッジをされる。
自分で交わした約束ならば、最後の最後まで自己責任で完遂しろと、父の言い分は尤もで、ギイに反論の余地はない。ゴールに向けて、ただがむしゃらに、走るのみだ。
「なんと。ではあの豪華な差し入れも、内緒なのか」
「親の目を盗んでまでも兄に嫌がらせをし続けるカワイイ妹なんですよ」
ギイの冗談に、彼が笑う。と、ふと、
「それ、そこの、箱の底に見える赤いものはなんだい?」
段ボールの底を示した。
ギイは箱を覗き込み、
「――え?」
と、ちいさく固まった。
*****
「懲りないなあエリィ。またギイへ、父親に内緒で荷物送っただろ」
流が呆れる。
「この前、大目玉を食らったばかりなのに、もう送りませんと誓った舌の根も乾かないうちに、なぜまた送ったんだよ。そのうち、叱られるだけじゃ済まなくなるぞ」
「だって! だって流、ハヤマセンパイからチョコが届いたのよ? わざわざエアメイルでよ? なのにパパが、せっかく研究に集中してるのに気が散るから知らせちゃダメだって言うんだもの。あんまりでしょ? あんまりよね。 だから私が、私からギイにバレンタインチョコを送ることにしたの。そこにハヤマセンパイからのチョコをこっそりとまぜておいたの。……気がつくかなあ、ギイ」
「って。チョコにチョコをまぜたらダメだろ。むしろ気がつけないだろ」
「え。そんなことないよ」
絵利子は満足げに微笑んで、
「我ながら、グッジョブと思うの!」
と、胸を張った。
*****
「――これはまた、カジュアルなお菓子だね」
ギイは気を使って言葉を選んでくれた彼に、
「見た目はカジュアルでも、中味は宇宙イチですよ」
と、応えた。
「宇宙イチとは、それはまた大きく出たなあ。試しに1つ、もらっていいかい?」
「ダメです」
即答したギイに、
「おや? あのゴージャスセットはオーケーでも、こっちはノー? 2つあるのに?」
と、不思議がる。
「何枚であっても答えはノーです。あれは妹からですが、これはオレの恋人からですから」
「おおっと。それは失礼。――恋人いたんだね、ギイ」
「そんなこんなでずっと音信不通で、愛想尽かされて振られたかと思ってましたよ」
「ということは、そのチープさは、抗議の意味かい?」
「いいえ」
ギイが笑う。
「逆です」
しつこくねだらなければチョコをよこさなかった託生が、どういう経緯かは不明だが、絵利子からの荷物に紛れてバレンタインチョコを届けてくれた。
手紙もメッセージもないけれど、このチョコは、そういうことだ。 しかも1枚ではなく、2枚。 去年の倍の、託生のキモチだ。
ギイは不二家のハートチョコを自分のロッカーにしまうと、しっかりと鍵を掛け、
「俄然、やる気が出て来ました!」
晴れやかに顔を上げた。 一刻も早く結果を出して、公明正大に託生に会う。
それまで待っててくれるか、託生? 目の前の太平洋、飛び越えた先にお前がいる。今年のバレンタイン、どこにいても会いに行くつもりでいたが、今やるべきことをしなければ、二度とお前に会えなくなる。
少し遅れることにはなるけれど、必ずバレンタインのチョコを持って、お前のところに帰るから。 だからもう少しだけ。 もう少しだけ、オレを信じて待っていてくれ。
(おしまい)
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