穏やかな時間の中で(高校2年生)
ポジション(2003.7) (1/1)
目次
託生と同室になって、早2週間。
初めの頃はお互いの生活のペースが掴めず、オレはともかく託生は戸惑っていたようだが、今では一日の時間の流れを共有できるようになった。
そして、1年の頃は授業が終わると、食事以外は部屋から出なかった託生を事あるごとに連れ出し、疲れない程度に他人と接触させるようにしている。
基となる原因は、まだわからない。
しかし、少しでも本当の託生に戻したい。
その思いから、章三の訝しげな視線を受けながら、託生を副級長に任命した。
側に居たいという感情も、もちろん入っていたが。
でもな、章三。
お前も、本当の託生を知らない。
託生は「無関心」と言われているが、結構責任感が強いんだぞ。出来ない人間を、オレが指名するはずないだろう?
6時間目の終わりのチャイムが鳴り、HRまでの空き時間。
松本が来るまでの間、それぞれが帰りの用意や友人と話をしたりと、教室内がざわざわと喧騒に包まれていた。
今日の日直は、託生。
人の間を泳ぐように抜け、チョークの粉に少しむせながら黒板を消している。
その顔が妙に子供のように見えて、クスリと笑いを零した。
「おい、ギイ。何がおかしい」
おっと、章三の存在を忘れていた。
この2週間、託生を連れての行動にはどうしても制限があり、オレが動けない分、章三が走り回っていた。
「人を使い走りにしてるんなら、話くらいちゃんと聞け」
「すまん」
片手を上げて拝み、目の端で託生を捕えながら、章三の話に耳を傾けたその時。
自分の席に戻ろうと河合の後ろを通り抜けた託生の顔面に、河合の振り上げた手が、バシッと音を立ててヒットした。
反射的に立ち上がり託生の側に駆け寄ろうとしたオレに、章三が「ちょっと待て」と押し留める。
「邪魔するな!」
章三にしか聞こえない程の小声で睨みつけるオレに、
「自分の努力の結果を見るのも、いいんじゃないか?」
と、章三はニヤリと笑った。
託生は一瞬自分に起こった事がわからず、目を白黒させながら、殴られた鼻を右手で押さえて立ち尽くす。
「ごめん!!」
振り向きながら謝った河合の顔が、相手が『葉山託生』だと知って変化する。面倒臭いやつに当たっちまったなというような、表情だ。
クラス内のやつらも、黙ってその成り行きを見ていた。
しかし、過失ではあるが殴った事には変わりはない。
「葉山、ごめん」
口だけとも受け止めるような口調で、もう一度謝った河合に、
「あ、ぼくもぼーっとしていたから………。大丈夫だから気にしないで」
痛みに目を潤ませながら、それでも相手を労う託生に、その場に居る全員が驚きに息を飲む。
オレでさえも、驚いた。
今までの託生なら、相手をちらっと見て、無言でその場を離れただろう。その託生が相手の言葉に応え、その上「気にするな」と相手を思いやっている。
たったそれだけの事なのに、オレは感動で胸が痛んだ。
「たまには、放っておくのもいいもんだろ?」
章三の言葉に、素直に頷いた。
託生は、変わっていたんだな。
変化の影に、オレが関わっている事が誇らしい。
感動に浸っていたその時、託生の右手から赤い液体がポトリと落ちた。
「葉山、鼻血!!」
今度こそ、オレは走った。
しかし、託生の席とは端と端。
しかも、全員が揃っている教室内を横切るのは至難の業で、教卓の前を通ろうとしたオレの目に、
「とりあえず、座れ!」
と、席を譲りブレザーを引っ張って託生を座らせる中川や、
「ティッシュ!ティッシュくれ!!」
と、みんなに叫んでいる河合や、その声に応えるまでもなく、ティッシュを投げつけている皆の姿が映る。
「託生!」
「ギイ」
言われるまま座り、渡されるままティッシュを鼻に当てながら、でも、皆の反応に付いていけなくておどおどとオレと見た託生に、心配ないと微笑んでみせた。
「大丈夫か?」
「うん………」
頭を上に向けさせ、血が止まるのを待つ。
「ギイ、ほら」
しばらく消えていた章三が、ハンカチを数枚濡らして持ってきた。
「サンキュ、章三」
託生の右手を開けさせ血を拭う。
「止まったか?」
顔を正面に向け、そっとティッシュを外す。汚れている顔を拭き、様子を見ると、鼻血は止まったようだった。
「大丈夫そうだな」
「うん」
オレの声に、クラスの空気がほっとしたものに変わる。
心配そうに立ち尽くしていた河合も、安堵の溜息を吐いた。
「葉山、ごめんな」
「え、あ、もう、大丈夫だし………あの………」
何度も謝られてどうしようと、縋るような目でオレを見た託生に、
「河合。この後、用事あるか?」
と助け舟を出した。
「いや、何も入ってないけど」
「じゃ、託生の掃除当番代わってやってくれないか?」
「え?!」
「OK、わかった。場所はどこだ?」
「裏庭」
「そ………そんな、いいよ、ギイ」
託生にしてみれば、そんなつもりでオレを見たんじゃないと思っているだろうが、不可抗力とは言え、河合は怪我をさせたのだ。このくらい、当たり前だよな。
それに、
「葉山は気にしないでくれ。掃除は俺が引き受けた」
笑顔で応える河合の表情も、今までと違っている。
出来る事なら関わりたくないといった状態から、ごくごく普通のクラスメイトに話すような気軽さだ。
「ギイ。級長。今日のHRなしとの、松本先生からの伝言だ」
割って入った章三の声に、皆が手持ち無沙汰で待っているのを思い出した。
慣れない雰囲気に小さくなっている託生の為にも、ここは早く帰ってもらった方がいい。
「おぅ!ってことでHRはなし。皆、解散してくれ」
オレの一声に、目を見合わせながら、ざわざわと散っていく。
「じゃあ、河合も頼むな」
「任せとけ」
いつの間にか自分そっちのけで話が進み、あたふたと慌てている託生に、
「託生も帰るぞ」
と、促した。
「え?!あ………うん。あの………河合君、ごめんね」
「気にするなって。俺が悪かったんだから、当たり前だよ」
謝る必要はないのに、本来の託生の性格が出たのか、申し訳なさそうに言って自分の鞄を手に取る。
そして、教室を後にした。
夕食の席では、何人ものクラスメイトに声を掛けられ、どぎまぎしながらも少し顔を赤らめて「ありがとう。大丈夫」と言葉を返し、食べ終わるのにいつもの倍の時間がかかってしまった。
「託生、疲れてないか?」
小声で問うたオレに、託生は一瞬きょとんとした顔をし、
「うん。大丈夫」
無意識の事だろうが、ふわりと微笑んだ。
ドキリとした。
何もかも包み込んでくれるような笑顔に、託生は何も変わっていないと、改めて確信する。
嬉しさに、抱き締めたい衝動を押さえ込み、ポーカーフェースを作ったオレの目に映ったのは、箸を止めこちらを凝視してる奴らが数人。
それも、驚いた表情ではなく、これは………。
「託生、帰るぞ」
「え、うん」
突然立ち上がったオレに、託生が慌てて後に続く。
そして、託生を急かしてトレーを返し、急いで食堂を後にした。
託生の原因を取り除き、元に戻ってほしい。そして、二人の関係をもっと深く築いていきたい。
しかし、託生が元通りになったら、オレの周り、ライバルだらけになるんじゃないか?!
「ギイ、さっきから黙って、どうしたの?」
食堂を出てから一言も喋っていないオレに、託生が覗き込む。
「託生!!」
託生に向き直ると、託生はビクリと一歩下がり、
「な………なに、突然?」
訝しげに、問う。
「オレ、お前の恋人だよな」
「な!………こんな所で、なに言ってるんだよ」
そそくさと小声で言って、耳まで真っ赤にして託生が足早に廊下を進む。
「なぁ。オレの事、好き?」
「ギ………ギイ!!」
追いかけて耳元で聞くと、真っ赤な顔を更に赤くして、ジロリと睨んだ。
睨んだ顔も、可愛い。
と、思った瞬間、オレは託生の口唇を塞いでいた。
死角部分とは言え、誰も来ない保証などない往来。
「だ………だ………だ………大っ嫌いだ!!」
託生は口唇を両手で押さえ、脱兎のごとく逃げ出す。
「託生〜〜〜〜〜〜〜」
名前を呼びながら、これからの事を考える。
恋人の位置を維持するには、どうしたらいいか。早急な検討が必要なようだ。
嫌悪症時代を書くのは、1年10ヶ月ぶり………ってか、一度しか書いた事がないけど;(Sweet)
CDが届いて、改めて嫌悪症時代の話を読んで、思いつきました。
でも、実際はどうだったんだろうなぁ。
(2003.7.3)
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