小話ついったー
Reset (1/7)
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2017年12月17日 Blogより転載
繋がっている場所から、身に覚えのある何かがせりあがってくる。それに抗うのは本能なのか、それとも、もっとギイを感じていたいからなのか。
でも必ず飲み込まれるのを、ぼくは知っている。なぜなら、もうぼくの理性が蜘蛛の糸ほどになっているから。
「あ……んんっ………」
「そのまま、流れろよ」
「ん……で…も……はぁっ!」
「オレも、もう……託生……っ!」
白く弾ける感覚と共に、体の奥にギイの全てを受け止める。
じわりと広がっていく、ギイの熱い欲望。二人の体の間に流れる、ぼくの熱い欲望。
荒く吐き出す息が、ギイのそれと交差した。
そして酸素すら摂取するのが難しいのに、どちらともなく乾いた口唇を合わせた。熱い吐息の中、湿った音が重なる。
「愛してる、託生」
「ん……ぼくも、愛してる」
まるで、お互いの渇きを共有するように舌を絡め、汗に滑る肩を必死に抱きしめる。
この時だけは、この世に二人だけが存在しているように思えて、ギイの暖かい腕に包まれながら、ゆっくり目を閉じた。
2017年08月25日(金)Blogより転載
「なんだよ」
クスリと笑ったぼくを、ギイが不審げに振り返った。
寄せては返す波がぼく達の足元をくすぐり、白い泡となって砕けていく。
「ん……なんだか、お決まりのようだなって」
「なにが?」
「このシチュが」
誰もいない砂浜。赤く染まる夕日。聞こえてくるのは波の音と恋人の声。
できすぎた映画のワンシーンのような中に自分がいるのが、おかしくなったのだ。
それに気づいたギイがふと微笑み、繋げている手を自分の方に引き、
「それなら、ひとつ足りないな」
そっと顔を近づけて、キス。
ギイの腕がぼくを包み込み、体温と心臓が跳ね上がる。
いいかげん慣れてもいいと思うのに、そのたびにトキめいてしまう自分が不思議であり、ギイなら仕方がないかと納得してしまう。
柔らかく包み込まれ、熱い舌先がぼくを捉える。絡め合いながら薄く目を開け「愛してる」と囁けば、背中に回った腕に力が入り、その場に押し倒されてしまった。
体を濡らす海水は少し冷たくて、火照った体を冷やすにはちょうどいい。でも、たぶんこの熱さが冷めることはないだろう。……ギイがここにいるのだから。
抱きしめたギイの肩越しに見える空がオレンジから紫へ、そして夜の闇へと色合いを変えていく。まるで、不埒なぼく達を隠すかのように。
しかし、器用にぼくの服をはいでいくギイの手を止めた。
「ここじゃ、ダメ」
「なんでだよ」
「満ち潮になったらどうするんだよ」
「現実的だなぁ、託生」
と言われても、さっきより水位が上がってきているのは、気のせいじゃない。腰辺りを濡らしていた波が肩を濡らしているのだから。
「続きはコテージでしよ」
「だな」
片目を綺麗に閉じて、ギイがぼくを引っ張り上げる。そして、濡れた髪にキスを落とした。
砂浜に残った二人の足跡を見ているのは、ひっそりと輝く月のみ。
2017年06月16日(金)Blogより転載
一睡もせず夜を明かし、二度と入ることのない300号室のドアを開けた。そして一階に下り章三の部屋のドアをノックする。
やや間があり章三が顔を出した。同室者はいないらしい。
「なんだ、こんな朝早くに。葉山は?」
「………別れた」
信じられないような顔をして、章三が目を見開いた。
「ギイ、お前………!」
「頼みがある」
章三の言葉を阻み、
「託生が無事、家に入るまで見届けて欲しい」
無茶なことを言っている自覚はある。託生の家まで行き、こいつが自分の家に着く頃には深夜に近いだろう。
しかし、どこで監視されているかわからないんだ。
オレ達が別れたことを知る人間は、今のところ章三のみ。まだ恋人であると思っているであろう知らない誰かが、また託生を襲う可能性がある。
もうオレには託生を守ることすらできない。章三に頼むしかなかった。
じっと睨みつけるようにオレを見据え、
「わかった。見届けてやる」
無茶な要望に頷いてくれた相棒に、ホッと息が漏れた。
章三には何も言ってはいなかったが、勘のいいこいつは気付いているんだろう。ここ一連の事件が、オレのせいだってことに。
「もう、行くのか?」
「あぁ」
こいつとも、もう二度と会えないかもしれない。
託生だけじゃない。オレと関わった人間全員が、ターゲットになるかもしれないんだ。
「今まで、ありがとう。最高の相棒だったよ」
「馬鹿が………」
差し出した右手を、唇を噛み締めて章三が強く握った。赤くなった目には気付かない振りをしてやるよ。
「元気でな」
後ろ手にドアを閉め薄暗い廊下を歩き寮を出たとたん、痛いほど冷たい風がオレの頬を撫でていった。
まだ託生は眠っているだろうか。
振り向いて仰ぎ見た270号室の窓には、カーテンが引かれている。
東の空がようやく変わり始めた頃、バス停に着いた麓行きの始発バス。これに乗るのも最後だな。
座席に座り、走り出したバスの窓から祠堂を振り返った。鬱蒼とした木々の隙間から見える校舎が小さくなっていく。……夢が遠ざかっていく。
眠る振りをして俯いたとたん、ポツリと水滴が足を濡らした。
「託生………」
奥歯を噛み締め嗚咽を堪える。
生きていてくれるだけでいい。もう二度と会わないから、託生の命だけは狙ってくれるな。
……呆気ない夢の終わり。
2014年09月04日(木)
「子だくさんになってたりして」
「めでたいことだが、彼が気の毒だな。そのたびに寿命が減るぞ」
「うーん、ぼくは、過保護のような気がするな」
「………お前が男でよかったと心から思うよ」
「え、何か言った?」
「いや、なんでも」
2014年08月15日(金)Blogより転載
「山」「寒い」「包む」を使って感動する短文を作りなさい。 #voitekatyan http://shindanmaker.com/103535
感動はないけれどReset設定で。
間接照明だけの薄暗いリビングに、もう託生は寝ているのだろうと音を立てずに開けた寝室のドアの向こうで、黒い影がもぞもぞと動き、その場で足を止めた。
「………なにやってるんだ?」
「遭難ごっこ」
「は………?」
ただいまの挨拶をすっ飛ばして質問したオレに短く答えた託生は、動いた拍子に落ちた毛布の端を再度自分の体に巻き付ける。
カーテンを開け放した窓の下で小さく座り込み、毛布に包まれた託生を見れば、遭難中に見えなくもないが、なにしろここは空調設備が完璧なペントハウスであるからして、当たり前だが全くもって寒くはない。それどころか、ここまで完璧に毛布を巻き付ければ、暑いだけだろう。
それでも、自分が極寒の山中に佇んでいるような錯覚を受けるのは、それだけ託生が至極真面目だからだ。
理由を聞いても、託生は答えないだろう。プロの意地というやつで。
一緒に暮らし始めて知った、託生の歯を食いしばり見えない何かに向かって真っ直ぐに睨みつけるような眼差し。
納得できない音に何時間も防音室に籠り、それでも自分の思っている音に近づけないとき、託生は常人には理解不能な行動を取ることがある。
今は、気分だけでも遭難したように自分を極限まで追い込んで、なんとか乗り越えようと足掻いているところなのだろう。やっていることは子供染みているようでも、託生なりに真剣なのだ。
脱いだ上着をベッドに放り、託生の横に座って肩を抱き寄せ、改めて毛布で包む。
「ギイ?」
「明日の朝、二人で山を下りようか」
「下りれるかな?」
「下りれるさ、きっと」
少し汗ばんだ頬にキスを落とし、疲れ切った体をほぐすように、ゆっくりと黒髪を梳いて眠りに促すと、オレの意図を察した託生は小さく微笑み、そっと瞳を閉じた。
何事からも託生を守りたいけれど、こればかりは託生自身の力で乗り越えるものだと、オレは知っている。他人に癒しをもたらす託生の音が、自分の血肉を分け与えるような努力の上に成り立っていることも。
だから、せめてオレの腕の中で眠ってくれ。
窓の外で煌びやかに輝く摩天楼も、夜明け前はひと時の眠りに落ちるのだから。
2014年05月15日(金)Blogより転載
琥珀色の紅茶にミルクが混ざりゆくようなトロリとした空間に静粛が満ちる。
重なり崩れる輪郭。共有する体温。
現実を忘れ二人で溺れる快楽の海は、どこまでも深く底が見えない。
肩から滑り落ちた手と耳元にかかった細く長い吐息が合図となり、止まっていた時間が動き出した。
震える瞼がゆっくりと開き、幸せそうに微笑む。
何度見ても見飽きないオレしか知らない笑顔に、いつも抱いている飢餓感が薄らいでいるような気がした。
「疲れたか?」
「少し……」
体を移動させながら託生を腕の中に抱き、少し乾いた口唇にキスをした。
鼻先に立ち上る託生の香りに、もう一度体を繋げたい欲求が体を駆け巡るが、もう今夜は無理だろう。
髪を梳くオレの指の動きに、目を閉じて委ねる託生に疲れの色が見える。
離れていた時間を取り戻すかのように、凝縮され濃密になってしまう時間を申し訳なく思うも、ひとたび体を重ねれば我を忘れ、貪るがごとく求めてしまう。
そして、あと何度抱けるのかと恐怖する。
あのモノクロの世界に戻る日が、いつか必ず来るのだから。
しばらくすると、安らかな寝息が聞こえてきた。
安心しきった無垢な表情にホッと溜息を吐き、託生の体を引き寄せ目を閉じる。
今だけは闇のベールの陰に隠れて、二人きり………。
2014年05月05日(月)
「ちくしょーーーっ!」
「ひっ!」
玄関ロビーで副社長を待っていたら、廊下の奥から絶叫が聞こえ体を竦ませた。
今日は、なんなんすか?!
「そろそろ充電させないと、効率が悪いですからね」
と、昨日は島岡さんが早め帰宅できるようスケジュールを調整したから、今日は機嫌がいいものだと思っていたのにぃ!
角から現れた副社長の背後に、悶々とした禍々しい渦が巻いているような気がする。
「お…おはようございます、副社長」
直角90度に頭を下げ、副社長の視線から逃れた。お願いですから、無理難題言わないで下さいよ〜。
「………松本」
「は……はいぃ!」
言わないでくださいってば!
「今夜も早く帰るから調整しろ」
「えぇぇぇ?!」
「お前、Fグループ副社長付き優秀な第二秘書だろ?このくらい簡単だよな?」
僕の顔を覗き込む副社長の目が据わってる。
「ぜ……善処します」
「そんな頼りないこと言うなよ。頼んだぞ、ま、つ、も、と」
「ひぇっ!」
神様、仏様、誰でもいいです!か弱い僕を助けて!
続きの松本君サイドでした。
2014年04月20日(日)
「よ、桜井。今日はオフなのか?」
「ジェームズ、君こそ……あぁ、副社長もオフなのか」
「そういうこと。しかし、せっかくのオフなのに射撃訓練だとは、相変わらずだな」
「日本にいる間は、全然撃てなかったからね」
「あー、そうか。日本は銃に厳しい平和な国だもんな。何年行ってたんだ?」
「ちょうど5年かな………」
バンバンバンバンバン!
「…………と言いつつ、全弾命中って……化けもんか?!」
「いや、やっぱり鈍ってるみたいだ。数センチずれてる」
「なぁ。本当に5年間触ってなかったのか?これっぽっちも?」
「おもちゃなら、触ったことがあるが……」
「は?おもちゃ?」
「日本の夏祭りの夜店に射的という出し物があって、事務所のみんなと毎年行っていたんだ」
「おもちゃの銃で、的にでも当てるのか?」
「そう。棚に景品が並んでいて、当てて落としたら貰える遊びだったよ」
「………俺は今、その店の店主にものすごく同情したぞ」
「???」
2014年3月20日(土) Blogより転載
【 蛍 】
まるで蛍のようだ。
身の奥深くに受ける激しさと対照的に、緩やかなせせらぎを飛び交う柔らかな光がギイに重なった。
思い浮かべたとたん、ほんの少しだけ楽しく口元がほころび、重ねた口唇がそのわずかな動きを読み取って、
「なんだよ?」
不服そうに動きを止める。
「ううん」
「思い出し笑いができるほど、随分と余裕があるんだな」
「違うって………ば……っ!」
えぐるように体を突き刺され、声が裏返る。
余裕なんてあるわけがない。受け止めるのが精一杯で、いつも汗に滑る背中を抱きしめているだけじゃないか。
心が交じり、体も交じり、けれども、いつもぼくは必死にギイを掴んでいる。
彼のテリトリーに、ぼくが飛び込んだだけ。ギイは、ここから動けないし、動かない。
もしも、ぼくが姿を消したならば、探すことなく諦めるだろう。ホッと安堵の溜息を吐きながら。そして、また時間の流れに立ち止まったまま、未来を考えることなく生きていくんだ。
「待っ……ぅ………」
「待たない、託生……たくみ………」
気を削いだお仕置きだとばかりに体を進めるギイに不満を口にするも、あっさりと退けられ、熱い指がぼくを翻弄する。体中を駆け巡るうねりが出口を求め、
「ギイ…もっと………」
ポツリと音が零れ落ちた。
もっと、側に。二人の輪郭が融けるほど、近くに。
口内を探るように忍び込んだ熱い塊に、甘い水はこちらにあるのだとばかりに深く絡ませた。
「愛してる、ギイ………」
ぼくにあるのは、この心と体だけ。今、ギイの腕の中にある、ぼく自身だけだ。それ以上の物はなにもないけれど、ぼくの全てはギイの物だから………。
激しさを増す愛に、不要な物がそぎ落とされ、むき出しの欲望がぼくを包み込んでいく。君を求める心だけが浮き上がり、研ぎ澄まされていく。
何物にも代えられない極上の頂を駆け上がり二人で落ちた先は、甘い水の中だろうか。
ほ ほ ほたる こい。
2013年10月30日(水)
「ギイ……」
「ん、なんだ?」
振り向いたと同時に、託生がべったり抱きついてきた。
条件反射で、背中に回ったオレの腕と、超元気になる下半身。
なのに、ついっと下半身を離し、その分重力に誘われた上半身がオレの肩にかかり、右足を後ろに下げ託生を支えた。
「託生……」
「うー」
「託生くん?」
「あー、やっと落ち着いた」
「は?」
にっこり笑った託生は可愛いが、この中途半端に置き去りにされたオレをどうしろと?
「ギュッてするの習慣みたいになっていたみたいで、出張に行っている間、落ち着かなかったんだよね」
「ぎゅっ?」
「うん、そう」
「それを追求して、オレが欲しいとかなかったのか?」
「うん。全然」
あっさり、ばっさり言われて、力が抜けた。
オレは、出張中、四六時中、託生が欲しかったぞ!
キョトンとオレを見ている託生に、まだまだなのだと思い知った。
「託生」
「なに?」
「オレは、落ち着いてない」
言うなり濃厚なキスを仕掛け、舌を絡ませたオレの背中を、託生の手がすーっと撫で上げた。
「同じだね、ギイ」
口唇を触れ合わせたまま悠然と微笑んだ託生に、オレは一瞬で煽られた。
2013年10月26日(土)
「なぁ、託生」
「うん、なに?」
「お前、いつの間に、そんな技を身につけたんだ?」
「そんな技って?……わっ!」
「オレを悶々とさせつつ、我慢限界まで色気を増大させる技」
「………ギイ、落ちたんだ」
「このやろ。……あぁ、落とされたよ。覚悟しろよ」
「望むところ」
口唇を合わせ、誘われた遊びに戯れ、彼を引き寄せた。
重ねた口唇が「積極的だな」と笑う。
「……ぼくだって、我慢限界だから」
余裕があったのは、そこまで。
茶色の瞳が熱く変化したのを見た瞬間から、ぼくは……ぼくの体は輪郭を無くした。
2013年10月08日(火)
「……ィ……ギイ……!」
肩を揺さぶられ、暗く哀しいドロ沼に沈みこんでいた意識が覚醒し、ハッとして目を開けた。額に浮かぶ汗が冷たく米神を流れる。
自分の乱れた呼吸が、他人事のように耳に届いた。
オレを覗き込む心配そうな瞳に、ギクリと体が硬直した。
「たく……み……どう………」
どうして、ここに?
そう口に出そうとして、うっすらと現実を思い出す。
心配そうに揺らぐ瞳はあの頃と同じなれど、薄暗い部屋に暗順応してきた視界に映るのは、十年の時を経てこの腕に戻ってきた託生だ。
………あぁ、そうだ。今、託生はここにいるんだ。
「なにか、怖い夢でも見た?」
「…見ていたかもしれないが、覚えてない
「そういうことあるよね。目が覚めたと同時に忘れちゃうの」
邪気のない表情に、心配ないと微笑み返す。
しかし、オレが忘れるわけがない。託生がゼロ番を出て行くあの光景を、今まで何度も夢で見、何度飛び起きただろうか。
繰り返される絶望感。心が空になり、オレの体がただの器のように感じる一瞬。
「ギイ?」
「ちょっとシャワー浴びてくるよ。起こしちまって悪かったな。託生はこのまま寝てくれ」
ベッドをおりようとしたオレの上に託生が滑り込むように乗り上げ、オレの肩を押し戻した。
「託生?」
「汗かいたのなら今更だよね」
「え………?」
汗で冷えたオレの頬に手を伸ばし、託生が囁く。
首筋に託生の熱い吐息と柔らかな口唇の感触を感じたとたん、すがるように引き寄せ、自分の体の下に引き込んだ。
手のひらで、口唇で、絡む足さえも、託生を感じているのに、まるで霞のように消えてしまいそうな恐怖感。
また暗い闇に吸い込まれそうになり、抗うようにオレは託生を求めベッドに沈んだ。
2013年07月05日(金)
託生さんとの接点がわからないように、私宛に届く義一さんへの荷物。
「義一さん。桜井さんから定期便が届いてますよ」
「あぁ、サンキュ」
デスクの上にそっと封筒を乗せ部屋を辞した。
誰にも邪魔されない空間で優しく封筒を撫で、ペーパーナイフで丁寧に封を開けるのだろう。
CDが終わるまでの時間、義一さんの心は託生さんの音に包まれる。
ともすれば、心を失ってしまいそうな義一さんを引き止める最終手段だ。
この時間だけは誰の邪魔も入らないよう、全てをシャットアウトするのが私の仕事。
でも、できるのならば、もう一度輝きを取り戻してほしい。あのお二人でいたときの、義一さんらしい笑顔を、もう一度見たい。
いつか、そのようなときが来るのだろうか。
嫌味なくらい青く透ける空の向こうで、彼の想い人は生きている。
もう、起きただろうか。薬は抜けているだろうが、体は大丈夫だろうか。
考えるのは、託生のことばかり。
この数日、夢のような日々を送らせてもらった。
託生の口唇が「ギイ」と動き、オレを見て微笑んで、オレだけのためにバイオリンを弾いてくれた。
もう、充分だ。
オレは、未来を考えてはいけない。これ以上、望んではいけない。
託生に恋したことそのものが間違いだったんだ。
だから、託生。
日本に帰ったら、オレのことは忘れてくれ………。
「あのさ、ここってギイの部屋?」
「まぁ、個人的な居間かな。そっちが、デスクとか置いてる部屋で、あっちがベッドルーム」
「うん、それはいいんだけど」
「なに?」
「どうして、ぼくの荷物、この部屋に持ってきたのさ?」
「どうしてって……恋人が別々で寝る方が変だろ?」
「………ギイ。パリで電話したとき、ぼくのこと、なんて説明したの?」
「恋人。恋人を連れて帰るから、メシは二人分にしてくれ。ベッドルームの用意はいらないって」
「………ギーイーッ!」
「本当のことだろ?使用人達に、最初から説明した方が、お互いやりやすいし。託生が客室に行きたいって言うんなら、オレもそっちに移るだけの話だ」
「………もう、いいよ。ギイに羞恥心を求めるのが間違いだった」
いつものように最上階でエレベーターを降り……その人の多さにギョッとした。
………自分と同じSPの人間ですね。同じ匂いがします。
「桜井じゃないか!」
「ジェームズ!」
親しげに自分を呼ぶ声に周りの視線がいっせいに集まり、その奥から昔なじみの顔が、にこやかに近づいてきた。
「4年…いや5年ぶりか。いつこっちに帰ってきたんだ?」
「1週間ほど前に。そういう君こそ、副社長の?」
「あぁ、今はチーフをやっている」
チーフとは、また出世したものです。
しかし、この離れない視線はなんなのだろう?そんなに悪人顔はしてないつもりなんですが……。
「桜井がここにいるってことは、副社長の大切な人が見れるんだな?」
「え?」
「おいおい、仕事でここにいるんだろ?」
「それはもちろん」
その含みのあるようなジェームズの台詞に首を傾げる。
副社長にとって託生さんは大切な人ではあるだろうけど、私とどう関係があるのでしょうか。
「大切な人には違いないだろうけど……」
「相変わらず謙虚な人間だな。一人で十人力の君がついているだけで、副社長の特別な人だとわかるってもんだ」
バシバシ肩を叩かれて機嫌よさそうにジェームズが笑う。
そして、
「おい、お前ら、伝説の桜井の顔を拝めるなんてラッキーだぞ。しっかり覚えておけよ」
と好き勝手なことを言い出して、なぜかむさくるしいSP軍団から両手を合わせられた。
あの、私を拝んでも、なんの願いも叶えられないんですが………。
というか、そろそろ中に入らせてください。
2013年07月02日(火)
「島岡さん、大変です!」
「……なんですか、松本君」
「副社長が行方不明なんです〜!」
「はぁ。いつからですか?」
「最後に副社長室で見たのは20分前でした」
「20分前ということは………今日で5日だから………」
「島岡さん!すぐに副社長を探さないと!」
「松本君。15分後に託生さんの事務所に向かってください」
「……は?」
「十中八九、事務所にいますから」
「わかってるのなら、今すぐ行ってきま………」
「ダメです」
「はぁ?」
「どうせならフル充電させないと、持ちが悪くなりますからね」
「持ち?」
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