Reset(卒業後)
背中で感じる恋 -2- (1/1)
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祠堂を卒業して10年。
フランスで偶然再会し、変わらぬ愛を確かめ合ったオレには、もう託生と離れて暮らす事など考えられなかった。
誓いは託生に触れたことで脆く崩れ落ち、一度は日本に帰らなければならないという託生をギリギリまで引き止め、事務所の移転まで会えないとわかると日本への出張を無理矢理ねじ込んだ。
渇ききっていた心に染み渡る至高の水。無意味に生きていたオレの生活を一変させ、鮮やかに彩りを変える。
祠堂にいる頃も、託生なしに生きてはいけないと思っていた。しかし、今。もう一度この腕に抱き締めてしまった瞬間から、託生はオレの半身となり生きる糧となった。
だから、事務所の移転に伴い、スタッフと同じようにマンションを探すという託生の荷物を勝手にオレのマンションに運びいれ、有無を言わせず連れてきた。
どれだけ託生が文句を言ったって、これだけは譲れない。
「託生が別で暮らすと言うのなら、オレがそっちに転がり込むぞ」
「何言ってるんだよ、Fグループの副社長が。そういうわけにはいかないだろ?」
「それを言うなら託生もだろ?バイオリニストが家事なんて、聞いた事がないぞ。指を怪我したらどうする?」
「………コンサートの2週間前からは、全部外食してたよ」
「そんな不経済で栄養が偏るようなマネするな。オレん家だったら、バランスの取れた食事をシェフが作ってくれる!」
屁理屈と駄々をこねまくるオレに根負けした託生は、
「わかった。その代わり。仕事には口を出すな。出した時には事務所の出入り禁止。それ以上の事をするんだったら、日本に帰る」
これが、同居の条件だからと突きつけた。
間髪入れずに了承し満面の笑顔で託生を抱き上げたオレに、呆れたような顔をしながらも、仕方がないなと託生は微笑んだ。
託生がNYに来て半年。
お互いの仕事で一緒にいる時間など、なかなか取れない状態ではあるが、オレは幸せな日々を送っている。
それなのに、何故、胸の奥に巣食う飢餓感がなくならないんだ?
もう二度と訪れることがないと思っていた幸せが、今ここにあるというのに。

真夜中過ぎ。疲れた体を引きずり、ペントハウスに帰りついた。
託生の寝顔しか見ていないのは今日で何日目だ?
浮かんだ不満に、我ながら苦笑する。
託生と離れていた時間、いつ帰ろうがいつ寝ようが、そんな些細な事に一切文句はなかった。全てがただ無機質に流れ、食事さえ生命維持活動の一つくらいにしか思っていなかったのに。
家に帰れば託生がいる。一人きりのベッドで眠っていた空しい日々に比べれば、雲泥の差だ。
そんな事を思いながら静かに寝室のドアを開けた向こうに、てっきり寝ていると思っていた託生が月明かりの中に浮かんでいた。
「あ、ギイ、お帰り。お疲れ様」
振り向いた託生の顔色の悪さに眉をひそめ、
「ただいま。まだ寝ていなかったのか?」
「うーん、目が冴えちゃったのかなぁ。なんだか眠れなくて」
脱いだ上着をソファに放り足早に近寄って肩を抱き、ただいまのキスをして託生の顔を覗き込む。
やはり月明かりのせいじゃないな。熱はなさそうだが少し目も赤い。泣いていたのか?
「何かあったのか?」
「ううん」
「………本当に?」
「うん」
重ねて聞くオレに小首を傾げ、
「ギイこそ、どうかしたの?」
不思議そうにきょとんと反対に聞いてくる。
この様子だと、本当に体調が悪いだけか。
「そんな時には、寝酒でも飲んで寝てしまえよ」
「その手があったか」
ポンと手を叩く素直な託生に笑みが漏れる。
「よしっ、特製ホットワイン作ってきてやる」
「い……いいよ!ギイも疲れているんだし」
「いいから。5分だけいい子で待ってろよ」
踵を返して、今歩いてきた廊下を戻る足取りが軽かったのは言うまでもない。
昼食会を終えオフィスに戻ると同時に、内ポケットで携帯が震えた。
ディスプレイを確認して……佐智か。こんな時間に珍しい。
「義一君、ピーター・モリスの変な噂を耳にしたんだけど」
「NYのやり手プロデューサー?そいつがどうかしたのか?」
開口一番聞こえてきた台詞に、噂なんかでわざわざかけてくるなよと一瞬頭を過ぎったのだが、続けられた言葉に目を見開いた。
「『ピーター・モリスがストラディバリを狙っている』」
「なに?」
どういう意味だ?
「NYフィルの人が内密にと教えてくれたんだけど、ピーター・モリスがそっちのクラシック業界でタクミ・ハヤマを使うなと圧力をかけているらしい」
「なんだと?!」
「どこの楽団も経営が大変でさ。観客を引っ張るにはやっぱりメディアの力が必要だから、テレビ局から圧力がかかるとどうしようもないらしいんだよ」
「いつからだ?」
「2週間くらい前かららしいけど」
「そんな事、託生は一言も………」
託生の顔色が悪かったあの夜には、事が起こっていたんじゃないか。
仕事上とは言え、そんなトラブルに巻き込まれている事を、何故オレに言わなかったんだ。それどころか、このオレを完璧に誤魔化した。
その事実に愕然とする。
オレは、託生の恋人じゃなかったのか?相談相手にもならない人間だったのか?
打ちのめされたような気持ちを押し殺し、改めて佐智に確認する。
「とにかく、モリスが託生を狙っているんだな?」
「そうだと聞いてる」
どういう意味でなど聞かなくてもわかる。モリスはバイで有名なんだ。託生自ら動かざるを得ない状況を作り上げ、手中に収めようって魂胆か。
佐智に礼を言い携帯を切ったオレは、すぐさま島岡にモリスの調査を指示した。そして、全てのスケジュールをキャンセルし、託生の事務所に足を向けた。
*イラストの著作権は朱音様にございます。転載はご遠慮ください。
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