Life(婚約編)
Life -2- (1/1)
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病院の屋上に着陸し、緊急治療室に運ばれた託生と一緒に中山先生もドアの向こうへ消え、オレはすぐ傍のソファに力なく座りこんだ。
脳裏に、オレの腕の中でピクリとも動かなくなった託生の顔が何度も現れては消えていく。託生をなくすかもしれない恐怖が体を支配し身震いをした。
頼む、託生を助けてくれ………!
祈るしかできない役立たずな自分自身を、これほどまでに疎ましく感じたことはない。
託生を愛してるのに、オレには何もできないのか。
分厚い扉の向こうで今何が起こっているのか知ることもできず、歯痒い思いでドアを睨み付けていた。
数分後ドアが開き、中から中山先生一人が出てきた。
「託生は?!」
掴みかかるような勢いそのままに、中山先生に噛みつく。
託生は、今、どんな状況なんだ?!
そんなオレの様子を予想していたように、落ち着かせるようにオレの肩に手を置き、
「これから、手術だそうだ。命にかかわる状態ではないから安心しろ。説明する前に、葉山のご両親に連絡しないといけないから少し待っててくれ」
簡潔に用件だけを言い置き、中山先生はロビーに向かった。
「命にかかわる状態ではない……」
中山先生を見送りつつ呆然と立ち尽くし、その言葉を何度も口に出して、ようやく理解したオレの目の奥が熱くなる。
託生、よかった……。
あのまま命の炎が消えるようなことになったらオレは……。
しかし、緊急治療室のドアが開き、ベッドに乗せられた託生の顔が、まるで作り物の人形のように真っ白で血の気がなく、ヒヤリと背筋を凍らせる。
そのまま廊下突き当りのドアが開き、ほどなくして手術中の赤いランプが点った。
「とりあえず、飲め」
戻ってきた中山先生と一緒に手術室の前まで行き、人気のない廊下に置かれていたソファに座り、渡された缶コーヒーを一口飲む。
何の味もしない、ただの液体。
託生がいないと、オレの五感も鈍くなるんだなと一人自嘲した。
「崎」
中山先生の呼びかける声にぼんやりと顔を上げる。
「プライベートなことは聞きたくないし、答えによっては校則違反だというのはわかってはいるが、医者の一人として聞いておきたいことがある」
「なんでしょうか?」
「崎と葉山は恋人だな?」
確信的な問いに、苦笑いが浮かぶ。
今でこそ友人の振りをして一緒にいることは激減したが、二年の頃「賭けなんてダメだよ」と諌める託生を、「まぁまぁ」と宥めながら医務室に二人で顔を出しては、じゃれ付いて中山先生を苦笑させた。
今日だけを上げても、オレの態度を見れば一目瞭然だろう。
「……そうです」
「それは、祠堂の中だけの話か?」
「……どういう意味ですか?」
「祠堂を卒業したら、別れるのかって聞いてるんだ」
「んなわけないだろ!託生は、オレの生涯の恋人だ。何があっても離すものか!」
激高してハッと気付き「すみません」と視線を外した。
無意識にポーカーフェイスを被る癖があるはずなのに、託生がこのような状態になり自分を保つことができない。
「それを、信用してもいいんだな?」
「はい」
しかし、そんなオレに頓着せず、中山先生はじっと宙を見詰めて考え込み、覚悟を決めたようにオレに向き直った。
「葉山が現状を知った時、多分……いや、絶対パニックを起こす。それを支えられるのは崎だけだと俺は思う。だから、後で、担当医から詳しい話があると思うが、その前に話しておきたい」
「はい」
託生がパニックを?
いったい託生の身に何が起こっていると言うのだ。恐ろしい病魔が蝕んでいるとでも?
「結論から言うと、葉山は………」
無言で続きを促すと、オレの想像を遥かに超えた言葉が返ってきて、呆然と見返した。
「…………今、何と?」
「だから、葉山は女性だ」
「先生、こんな時に、そんな冗談は止めてください」
引きつり笑いを浮かべ茶化すように言った台詞が上滑り、現実がオレの中に落ちてくる。
託生が………女?
肌の艶やかさも、華奢な造りも、体毛が薄いのも、元々が違っていたからなのか?
「CTスキャンで確認したが、子宮、卵巣などの女性の臓器が見つかった。ついで、精巣や睾丸などの男性の臓器がない。そして血液検査の結果、染色体は XX。産まれた時、外性器が男性型に見えて『男』として届けを出したのだと思うが。実際二千人に一人の割合で、そういう子供がいるらしい」
「インターセックス?」
「そうとも言うな………気がつかなかったか?」
暗に肉体関係を示唆する言葉に、どう応えていいものなのか。
確かに『それ』に関しては疑問にも思ったし、託生自身も気にしていた。ただ『それ』も『個性』だからと、託生には気にするなと、託生の一部なんだからオレにとっては愛おしいんだと、繰り返し言い聞かせ託生を納得させた。
「……腹痛の原因は、月経の出口がなく子宮内に溜まったことらしい」
「月経って……託生は女性として成長しているということですか?!」
「たぶん、そういうことだろうな。普通は十二歳前後で始まる第二次成長が、憶測だがホルモンの関係で止まっていた。もしくはそれを覆う程の男性ホルモンの分泌があったか。詳しくは、これからの検査で調べていくことになるだろう」
中山先生の話を聞きながら、オレは別のことを考えていた。
同性同士だからと、百パーセントオレには関係ないと思っていた『結婚』という文字が、ちらつき始める。どこまで託生の体が女性化しているのかは現在わからないが、オレと託生の愛し合った証が……子供が望めるかもしれない。
オレと託生の絆。もっと太くもっと強固に、ずっとそう願っていたが、この恋人という距離から家族へ。そして二人の血を引く子供ができれば………。
託生が苦しんでいる時に、何を考えているんだ、オレは。
横切った邪な考えを振り払うように、軽く頭を振った。
「普通は、乳幼児期に親が気付くものなんだがな……祠堂は、色々な生徒がいるから」
溜息交じりの中山先生の声に、失意と憤りの感情が見え隠れする。
普通の親なら……な。
放ったらかしにされ、親に愛されなかった託生。親なら気付くはずのことも、全てがスルーされていたのだろう。いや、もしかしたら、兄貴だけは気付いていたのかもしれない。ただ、オレと同じように、疑問に感じても、まさか女性だとは思わなかっただろうが。
そこで、オレはハッとした。
もしも、託生の両親がこの現状を知った時、託生を受け入れるのかと。
ただでさえ、興味がなかった子供だ。男だと思っていた人間が、実は女だったとわかった時、今はごく有り触れた親子に見える関係が崩れるのではないか。
いい意味でも悪い意味でも、オレの勘が外れたことは今までにない。
「中山先生、託生の両親には、どう説明したんですか?」
「時間が迫っていたから、詳しいことは言ってない。ただ早急に手術が必要だから、俺がサインすることへの承諾と、とりあえずこちらに来てくれと言っただけだ……崎?」
訝しげな視線を受け止め、
「担当医の話にオレも同席させてください」
手術後行われる説明の場への同席を頼み込む。
ここはFグループの息がかかった病院ではあるが、オレは、身内でも保護者代わりの教師でもない。表向きには託生の友人だ。しかし、託生のことならば全てを知っておきたいのはもちろんだが、なにかが起こるような予感がするのだ。
託生が許しているから、そのことについて触れないだけであって、オレにとって、託生の両親は加害者だ。尚人だけじゃない。元々の環境を作ったのは、他の誰でもない両親なのだ。
「葉山の側についてなくてもいいのか?」
「気になることがあるんです」
「……わかった」
なにもなければ、それでいい。だが、託生がどのような環境で育ち、どんな傷を受けたのかを知っているのはオレだけだ。事情を知らない人間からすれば、どのような話になろうと混乱するだけだろう。
ことの次第では、島岡を呼び出した方がいいかもしれないな。
予想外の話にパニックを起こしかけていた頭を建て直し、起こって欲しくない事態に備え考えを纏めた。
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