Life(未来編)
昔話をしませんか?(2013.10) (1/1)
目次
私がこの地に来たのは、二十年近く前のことです。
まだ生まれて一年足らずの私を出迎えてくれたのは、歳若い彼と彼女でした。
こちらが驚くくらい歓迎してくれ、土で手が汚れるのもいとわず、この陽のさんさんと当たる暖かい場所に、二人で丁寧に植えてくれたのです。
スコップに振り回されているような彼女をクスクスと笑いながら、彼は力強く土を掘り起こし、その二人の楽しそうな様子に、これからどんな毎日が待っているのだろうと胸を躍らせました。
私を、しっかりと支柱に固定したあと、
「よろしくね」
と、彼女が優しく抱き締めてくれたのを、昨日のことのように覚えています。そして、そんな彼女を切なそうに見詰める彼の瞳も………。
そうして、私はこの場所に根を下ろしたのでした。
彼の方は忙しいのか、たまに彼女に付いて顔を見せてくれる程度でしたが、彼女は、まだ枝葉をつけるのがやっとの私に何度も会いに来てくれ、色々な話を聞かせてくれました。
彼が彼女の夫であること。祠堂という高校で出会い恋に落ちたこと。そして、どうしてNYに来たのかを。
「ギイは、ぼくの家族になってくれたんだ」
私の足元に座り込み夢見るように目を細めて、いつも彼女は幸せそうに語ります。
その瞳に、彼女がどれだけ彼を愛しているのかが伝わってきました。
でも、遠い祖国を離れ、寂しくないのでしょうか。辛い日々を送っていたのに、どうしてそんなに微笑んでいられるのでしょうか。
疑問に思っても、彼女に聞くことはできません。私は、彼女の言葉を聞くだけしかできないのですから。
「ぼくは、ここでギイと生きていくって決めたんだ」
膝に置いた手に力を入れ、伸びをするように立ち上がり、見上げた青い空よりも澄んだ瞳で彼女は呟きました。
ごくたまに彼女と訪れてくれる彼は、それはもう真綿で包むように大切に彼女を守っているのがわかりました。愛しそうに愛の言葉を囁き口唇を重ね、彼女も彼といるときは、宝石のように輝く笑顔を浮かべています。
お互いが愛し合い、信じあい、これが本当の姿なのだと言わんばかりに寄り添う二人を見るのは、私の楽しみでもありました。
ただ、時折陰る彼の表情が、少し気にかかります。
愛する人が側にいて、どうしてそのような顔をするのでしょうか。
しかし、彼女は気付きません。いえ、彼が細心の注意を払い、そのような表情を見せないようにしているのです。
物言えぬ私だからこそ見えるシーン。
幸せそのものの二人だけれど、なんらかの問題があるのでしょう。
でも、この二人なら、なんでも乗り越えられるような気がしました。二人を繋ぐ太い絆が見えましたから。
ここに来て二度目の春を迎えたとき、なぜか私に花が咲きました。
とは言っても、たった三輪。風が吹けば、すぐに散ってしまうでしょう。
毎日世話をしてくれている庭師が花に気付き、一人だけにでも見てもらえたのだと思っていたら、翌日には彼と彼女が訪れてくれました。
何度も「綺麗だね」と声をかけ手を叩いて喜ぶ彼女を、彼が嬉しそうに見守ります。
そのとき、彼女には新しい命が宿っていました。お腹の中で、スヤスヤと眠る赤ん坊の姿が私には見えます。
口には出さずとも、私にはわかっていました。彼女がとても子供を欲しがっていたことを。
彼女にとって、家族は特別なもの。
誰もが当たり前のように暮らしている家も、一緒に住んでいる家族も、彼女には手の届かない幸せだったのです。
彼と出会うまでは………。
愛する彼と家庭を作り、家族が増えることそのものが、彼女にとって最高の幸せ。
夢が現実に近付き、「いい母親になれるかな?」と不安になるのは、それだけ彼女が子供を愛しているから。
でも、彼がいるから大丈夫。
「なにも心配しなくていい」
ほら、彼が優しく抱き締めています。
五月の風が祝福するように二人を包み込み、髪を揺らしました。
それから数ヵ月後、彼が一人で私に会いにきました。私がここに来て、初めてのことです。
珍しいことがあるものだと思っていたら、
「子供が生まれたよ」
嬉しそうに笑い、そっと細い幹に手を当て囁きました。
そして、口唇を一瞬噛み締めて、
「お前から名前を貰った。大樹だ」
口早にそう言って彼は顔を隠すように俯き、肩を震わせました。
私の足元にポツリポツリと落ちた水滴が、地面に染みこんでいきます。彼の想いが真っ直ぐに伝わってきます。
いつの頃からか、彼の表情から陰が消えたと思っていましたが、その理由が、今わかりました。
あの頃の彼は、彼女の心を守るために子供を諦めていたんですね。いくつもの針が刺さり傷ついた彼女を守るために。
その傷を二人で乗り越え、幸せの象徴となってこの世に生まれてきたのだと。
「おめでとう」と言いたいけれど、私に伝えるすべはありません。
ただ、風の力を借りて、それほど多くない葉を揺らすだけ。
春になれば、もう少し大きくなれば、花を咲かせて祝福できるのに。二人が喜んでくれるのに。
そう思わずにはいられませんでした。
翌年、やっと背を追い越し精一杯の花を咲かせた私に、彼と彼女、そして小さな大樹君が満面の笑顔を見せてくれました。
時折吹く風が、フラワーシャワーのように、花弁を舞い上がらせます。
………遅くなったけれど、おめでとう。
「大樹、綺麗だね」
「あーっ」
「一丁前に返事してるぞ」
三人の笑い声が空気に溶けていきます。
穏やかな春の日差しも、幸せな家族を見守っているようです。
しばらくすると、お腹が空いたのか大樹君が泣き出し、彼女が私の足元に座って持参していたベビーフードを食べさせ始めました。
「桜の木の下で食べるなんて、本当に花見のようだね。ね、ギイ?」
振り返った彼女に、なにかを思いついたのか、
「託生、ちょっと待ってろ」
そう言い置いて彼が走っていき、数分後、お茶と弁当を手に戻ってきました。
「大樹一人で花見ってのは寂しいだろうから、オレ達もな?」
彼女の顔が輝き、彼も彼女の横に座り込んで、持ってきた弁当を広げました。
これが、年に一度行われている花見の始まりです。
彼と彼女、二人だった家族は、大樹君が生まれた二年後に一颯君。そのまた二年後に咲未ちゃんと、三人の家族が増えとても賑やかになりました。
「お前の持つ、春の息吹から貰ったんだ。底力のあるヤツになってくれたらいいんだけどな」
「女なら、さくらにしようと昔から決めていたんだ。未来に咲くってのは託生が考えたんだぞ」
彼は子供が生まれるたびに必ず一人で訪れ、そして暖かな水を足元に落とし、私にも幸せを分けてくれました。
三人の子供はすくすくと大きくなり、泣いたり笑ったりコロコロと表情を変え、見ているだけで私まで楽しくなってきます。
ときには私の幹に顔を伏せ、「だるまさんが、ころんだ」と歌うように子供達が遊び、私を仲間に入れてくれたりもしました。
そんな子供達を愛おしそうに見詰め、歳若かった二人は、協力し合いながら幸せを積み重ねています。
幾度も季節は巡り、春。
今年も私の足元に、何人もの笑顔が見えます。
小さかった大樹君は、初めて会ったときの彼によく似た落ち着いた青年に。いつも彼女の側にくっついていた一颯君は、少し生意気盛りのようです。のんびり屋の咲未ちゃんは、彼女とよく似た可愛らしい少女に成長しました。
「今年も、綺麗な花を見せてくれて、ありがとう」
そう言って微笑む彼女の隣には、彼がいます。
昔から変わらないシーン。でも、あの頃よりも、ずっと幸せに輝いている二人。
あと数日で、花は散ってしまうでしょう。
けれども、来年は今年よりも多くの花をつけ、みんなを迎えられるように、私は枝葉を伸ばしていきます。
彼と彼女の幸せが永遠に続くように。みんなの笑顔が永遠に消えないように。
私は精一杯の花を咲かせ、祝福を送り続けます。
未来に向かって、ずっと………。
書籍「SOLEADO-Life9-」の書き下ろし。
(二〇一三年十月十四日)
目次
NOVEL TOP
Green House MENU
HTML Dwarf mobile