Life(婚約編)
Target(2013.3) (1/1)
目次
今日は、託生の方が早く終わると言うので、待ち合わせはコロンビア大学の図書館前。
終了後、急いでカレッジから駆けつけると、すでに託生は階段にちょこんと座って待っていた。
「託生!」
「ギイ、走ってこなくても、よかったのに」
オレの姿を見て、苦笑しながら立ち上がりかけた託生の肩に手を置き、屈みこんで頬にキスをする。
「ギイっ!」
「オレの影になって、見えないって」
NYに来て、もう二年にもなるのに、相変わらず挨拶のキスでさえ、恥ずかしがる託生だ。
頬に手を当て真っ赤になっている託生の腕を引っ張り上げ、
「ここで待ち合わせは久しぶりだからさ。ちょっと、はしゃいでみた」
と耳打ちすると、仕方ないなという顔をして、あっさりと文句を仕舞い込む。
事実、コロンビア大学で待ち合わせするのなんて、本当に久しぶりなんだ。
元々、仕事とかけもちしているから、こうして帰りに待ち合わせなんてなかなかできないし、たとえ託生の時間が空いても、オレのスケジュールを知らないから、遠慮してこちらに来ることもなかった。
専ら、オレが自分の時間を調整して、マネス音楽院に迎えにいくことが多い。
「ALPに行ってたときみたいだね」
……ということを百も承知している託生が、懐かしそうに目を細めて、図書館の前の広場に視線を移す。
そこには、一年前と同じような、風景が広がっていた。
冬が終わりに近づき、日に日に暖かくなっていくこの季節は、気温が十度を越すと必ず半袖の人間が出没する。そこに見える知の女神像の横にいるようなヤツが。
「見ているだけで寒い」
去年初めて見た託生は、唖然としながら体を震わせた。
二人で大学生活を過ごしたあの一年は、感慨深いものがある。
「このまま帰るの?」
「いや、ちょっと寄り道しないか?」
「どこに?」
「サクラパーク」
階段を下りながら、そちらの方向を指差すと、
「でも、まだ桜、咲いてないよね?」
キョトンと託生が首を傾げた。
「そりゃ三月に入ったばかりなんだから無理だけど、たまには散歩もいいだろ?今日は風もないから暖かいし」
NYの桜のシーズンは四月の末から五月初旬。サクラパークに行っても枝だらけの寂しい風景なのはわかっている。
実のところ散歩というのは建前で、オレの本当の目的は、サクラパークの手前にあるリバーサイド・チャーチ(リバーサイド教会)だ。
数日前、全ての手続きが終わり、託生にもう一度プロポーズをした。
これから決めなければいけないことは多々あるが、日程や招待客などに関しては、本宅で相談することができる。ただ、結婚式を行う場所については、実際に目で見て決めたいと思っていた。
NYには色々なタイプの教会があるし、二人で回り気に入った教会で式を挙げたいじゃないか。
しかし、
「結婚許可書に、サインしたらいいだけだよね?あ、立会人のサインもいるんだっけ?」
と、オレとしてはやや不穏な空気を感じたものだから、こうやってデートコースに紛れ込ませているのだ。
大学の敷地を抜け、託生の手を引きながら、ハドソン川沿いの道へ向かっていると、
「あ、そうだ」
と、託生が手を叩いた。
まるで、小さな子供が「いいこと、思いついた!」と目を輝かせているのと同じような口調に、微笑ましく思いながら託生に目をやると、
「あのね、City Clerk's Officeだと、すぐに結婚式ができるんだって。一番手っ取り早いよね」
託生は嬉しそうに満面の笑顔でオレを見上げた。
ドサッ!
肩にかけていた託生の鞄が滑り落ちる。
「……………」
City Clerk's Officeって、託生………。
お前、どこでそんな情報を仕入れてきたんだ。でもって、なぜ、そんなに嬉しそうなんだ。
あぁ、確かにCity Clerk's Officeで式は挙げられるさ。二十五ドル払って整理券を貰い、電光掲示板で順番に呼ばれて、流れ作業のように結婚式を挙げていく。
所要時間は約三分。カップラーメンが出来上がるくらいのお手軽さ。
当たり前だが、純白のウェディングドレスも、赤いバージンロードも、祝福のフラワーシャワーもない!
ラスベガスのドライブスルーウェディングと言われるよりは、マシかもしれないけれど………。
「ギイ?」
なんだか泣きたくなってきた。
お前、自分の結婚式なんだぞ?一生に一度なんだぞ?イベントに興味がないのは知ってるけどな、さすがにそれはあんまりだ。
もしも、ここが日本なら、婚姻届を書いて、はい終わり?
的中しそうで聞けない疑問を飲み込みながら、心の中にどしゃぶりの涙が降るのを感じる。
「ギイ、大丈夫?」
心配そうに顔を覗きつつ、オレの足を直撃した重量級の鞄を託生が持ち上げた。
堰き止められていた血が流れ出し、今頃になって痛みがじんじん響いてきたような気がするが、足も痛いけど、胸も痛い。
「託生…………」
「なに?」
鞄を受け取る際、向かい合わせになった託生の肩をがしっと掴み、にっこりと視線を合わせ微笑んだ。
「結婚式に関しては、あとで、ゆーっくり話をしようか」
「そう?いい案だと思ったんだけどな」
「大切なセレモニーだからな、一応親父とお袋の意見も聞かなきゃいけないし」
「でも、お義父さんとお義母さんは、二人の好きなようにって言ってたよね?」
キョトンと小首を傾げながら可愛く言っても無駄だぞ。
二人の好きなようにってのはな、どれだけでも金を使えってことなんだよ。ようするに、金に糸目をつけず、最高の結婚式を挙げろって言ってるんだ。
親父もお袋も、託生が気にするからと、遠まわしに言ったのが裏目に出たな。
相手は託生だぞ?一般世間のごくごく普通の思考を持っていると思ったら大間違いだ。方向性を失った、いや本人のみ理屈が通っている恐ろしさってのは、何度体験しても慣れるものじゃない。
「オレ達を尊重して言ってくれたんだと思うんだ。だからこそ、やっぱり年長者の意見ってのは必要だと思う」
少々考え方が古風な託生だから、尊重やら年長者やらの単語を使えば、意見を聞くことも礼儀の一つだと考えるだろう。目上の人間には、節度を持った態度を崩さないヤツだし。
「あ、そうか。そうだね。お義父さんとお義母さんに失礼なことをするところだった」
案の定、あっさりと自分の意見を退け、オレに同意する。
よし。素直なのは、いいことだ。
「じゃ、家に帰ったときにでも相談してみるか」
「うん」
こっくりと頷き歩き出した託生を見ながら、内ポケットから携帯を取り出した。
「ギイ?」
「ごめん。急ぎのメールみたいだから、返信だけさせてくれ」
「うん、ごゆっくりどうぞ」
立ち止まったオレを振り返り、しかし仕事のメールだと思っただろう託生は、すぐ横のショーウインドウを覗き込んでオレに背を向けた。
『託生が、City Clerk's Officeでの結婚式を口にしている』
素早く一文だけ打って、絵利子に送信する。
絵利子に送れば、お袋にもすぐ伝わるだろう。あの二人なら、こっちで託生を足止めしている間に、なんらかの対策を考えてくれるはず。
「もう、終わったの?」
「あぁ。じゃ、デートの続きな」
託生の隣に駆け寄って差し出した手に、素直に重ねてきた託生の手を握り心に誓う。
必ずや託生にウェディングドレスを着せ、二人でバージンロードを歩き、フラワーシャワーを浴びることを。
目指すは、最高の結婚式!
ついでと言っては言葉が悪いのですが、「雪に残った足跡」の設定ファイルに、これも残されておりまして;
ほぼ同時期のものなんで、一緒にメモってたのだと思いますが、さすがにこれは組み込めなくて、別に避けたんです。
で、朝、携帯サイトが20万HITだったので、お礼にと思いまして、仕上げてみました。
短いのですが、楽しんでもらえたら嬉しいです。
(2013.3.12)
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