自販機のお兄さん(2013.6)
「俺、祠堂初めてなんですよ」
「なんだ、そうか。じゃあ、お前自転車な」 「は?」 「トラックは通用門までしか入れないし、祠堂は馬鹿でかいから林の奥の販売機まで運び込めないんだよ。だから、荷台を引っ張る自転車を置かせてもらってるんだ」 「はぁ」 「ほら、積み込めよ」 「はい………って、こんなにあるんですか?!」 「そりゃ、全メーカー分だからな。噴水横、校舎横の学生ホール、体育館と講堂の横、雑木林の分岐点だ。校内見取り図はこれな」 「はぁ」 「俺は、学食か寮あたりにいるから。あぁ、それと、ここは携帯の電波が入らないんだよ。迷ったら、その辺りの学生に聞けばいい」 「まずは、噴水横……か」 ガコンガコン。 「ねぇ」 「なに?」 (え、女の子?!) 「新しいの、まだ入らないの?」 「あー、たしか来週あたりから入る予定だって聞いてるけど」 「あぁ、そうなんだ。吉沢ーっ!来週、新商品入るんだって!」 「いず………高林君」 「色々飲みたいから、吉沢、半分こしようよ」 「え。あ、うん」 (男……だよな。ここは男子校だもんな。腕を組んで……いやいや男子校だからスキンシップが、ちょっと濃厚なだけだよな。うん、そうだ。そうに違いない) 「次は、学生ホールと。ここは台車に乗せかえて……」 ガコンガコン。 「あのー」 「はい?」 「仕事中に、すんません。そのコーヒー、どうしても、今、買いたいんす」 「え、これ?」 「はい、本当にすんません!」 「いや、いいんだけど、ちょっと待ってね」 チャリンチャリン、ガコン。 「すんませんっした!」 バタバタバタ。 (礼儀正しい子だなぁ……てか、なんとなくワンコみたい?) 「真行寺、遅い!」 「今、補充中だったんすよ。てか、喉渇いたからって、後輩に買わせる?」 「なんだ。一口くらいなら飲ませてやってもいいと思ったんだけど、止めた」 「え?!いやいやいや、俺、一口欲しいっす!」 「いらないんだろ?」 「いるっす!アーラーターさーんっ!」 (………もう1本買えば解決するだろうに、1本のコーヒーを分け合うなんて……。あぁ、小遣いが足りないのかもしれないな。うん、そうだ。そうに違いない) 「さすが祠堂学院だなぁ。この雑木林、自然そのままじゃないか。……と、分岐点の自販機はこれだな」 ガコンガコン。 「あ、残念」 「え?」 「これ、冷えるのに、時間かかりますよね?」 (へぇ。優しそうな顔立ちをした子だなぁ) 「そうだね。少しかかりそうかな」 「駒澤。こういうことだから、今は無理みたいだ」 「いえ、俺は気にしてないんで………」 「それじゃ、俺の気がすまないよ。それに、これ好きだろ?」 (あぁ、なるほど。自販機ごとメーカーが違うから、好みってものがあるんだな) 「じゃあ、こうしよう。今夜、俺の部屋においでよ。用意して待ってるから」 「の……野沢さん!」 「俺の誘いを断らないよな?」 「え、あ、う、はい」 「じゃ、決まり」 (夜の誘いって、まさか、そんな色っぽい……でも、夜叉のような大男は真っ赤だし………。いやいやいや、酒盛りかもしれん。じゃなくて、ジュース盛り?うん、そうだ。そうに違いない!) 「………迷子になったかも。ここはどこなんだ?学生に聞けと言われても、さっきから誰にも会わないぞ」 ガサガサガサ。 (熊?!いや、ここは山奥でも学校の敷地内だ。塀に囲まれているはず) ガサガサガサ。 (うわ〜〜〜〜!) 「………あれ?」 (ほっ、人間だった〜。けど、初めて男子高校生らしい子を見たかも) 「どうかしましたか?」 「いや、あの、実は迷ってしまったみたいで………」 「あぁ、分岐点で反対方向に行っちゃったんですね。こっちに自販機はないんで。案内します」 「助かりま………」 (ゾクッ。なんだ、この殺気は?) 「託生」 「あ、ギイ」 「どうしたんだ?」 (うわぁ、すげぇ、イケメン。本当に高校生か?てか、一瞬睨まれたような……。気のせいだよな?) 「えっとね、迷っちゃったんだって。だから、ぼくが………」 「お前、大橋先生に呼ばれて、そんな時間ないだろ?温室とは反対方向なんだから。オレが案内するから、早く行って来い」 「え、だって、ギイも忙しいんじゃ……」 「どうせ同じ方向だ」 「そう?彼が案内してくれるそうなんで」 「あ、よ……よろしく」 (可愛らしい笑顔だなぁ……ビクッ!やっぱり殺気を感じる?!) 「じゃ、ギイ、お願いね」 「あ、託生、忘れ物」 「なに?」 (……………両方、男……だよな?男子校だもんな。なのに、どうして、俺はこんなところで、ぼけっとキスシーンを見ているんだろう) 「ギ……ギイの、ばかーーーーっ!」 (あ、逃げ足、速っ) 「じゃ、行きましょうか」 「は……はい………」 (何事もなかったかのようにさらっと流され、彼のあとをついていってるけど、さっき見たのは夢だったのだろうか。頬を抓ったら痛いけど、やっぱり夢だったのだろう。うん、そうだ。そうに違いない………?) イケメン君に分岐点まで案内され、無事全ての自販機への補充が終わったけれど、荷台に積んだ荷物は減っているはずなのに、なぜこんなにペダルを踏む足が重いのだろう。 そんなに時間は経ってないはずなのに、1日分の仕事をしたような疲労感が体に圧し掛かっている。 「お。終わったか」 「はい……あのぉ………」 「世の中、色々な世界があるさ」 「色々な世界?」 「なにごとも経験、経験。ほれ、次の現場」 「はい」 そうか。ここは俺達が住んでいる世界とは違う別世界なんだな。 オンナの子みたいなオトコの子とか、頬を染めた鬼夜叉とか、普通その辺りにいないもんな。 と考えていたら、あのイケメン君と笑顔の可愛い子のキスシーンが脳裏に浮かび、ぶんぶんと首を振った。 まさか、イケメン君が俺の案内役を買って出たのは、あの子と二人きりにしないため……なんてことはないよな。 そうだよ。あんないい男が、俺なんかに独占欲を丸出しにするなんて、自意識過剰もいいとこだ。 ………けど、あの子、笑顔が可愛かったなぁ。 思い出したとたん、あのときの殺気がよみがえり、思わず振り返った視界にイケメン君?! 「おや、ギイ君」 「こんにちは。先ほどは、どうも」 「こ……こちらこそ、助かりました」 「いえいえ、祠堂は迷いやすいので」 にこやかな笑顔だけれど、目が……目が笑ってない?! 「次の補充は、いつ頃ですか?」 「そうだなぁ。そろそろ暑くなるから、5日後くらいかなぁ」 「5日後ですね」 理由つけて、部屋に閉じ込めておくか。 ボソリと犯罪まがいのような言葉が聞こえたような気もするけど、気のせいだよな? 「お疲れ様でした。また、5日後に」 ビシリと視線を俺に合わせ、イケメン君が確認するように「5日後」を繰り返す。 先輩!早く、この場を去りましょう!俺、殺される〜〜〜! トラックに乗り、祠堂の通用門を出たときには、作業服が冷や汗でぼとぼとになっていた。 ………俺、このバイト、止めようかな? 昨日、マイピクチャで見つけた桜井さん同様、マイピクチャに入っておりました。 たぶんツイッター用に書き始めたものの、長すぎて流せなくて、そのまま放ったんだと。 会話だけなんで、会話カテゴリーに投入。 (2013.6.16) |