kiss(2013.5)

 ぼくがギイを受け入れられるまで、キスをしなかったわけではない。
 あの薄暗い音楽堂で、ギイの告白と一緒に訪れた最初のキスから、何度もギイの口唇を受けている。
 でも、ほとんど、ギイがタイミングを見計らって掠めるような不意打ちのキスで、ぼくの状態によっては数日キスをしないことだってあった。
 それが、今はどうだろう。
 おはようのキスに、おやすみのキス。いってきますのキスに、ただいまのキス。
 もちろん、それ以外にも、部屋で二人きりになると、ぼくを抱き締めて何度も何度もキスをする。
 まるで今までの分を取り戻すかのようにキスするギイに、なにも言う気はないけれど。それに、キスが嫌いなわけじゃなく、それこそギイとキスをするのは嬉しいことなんだけど。
 でも、ギイにキスされるたびに、素朴な疑問が頭に浮かぶ。
 キスって、こんなに何回もするものなのだろうか………。


 そして、今日も。
「託生、ただいま!」
「お帰り、ギイ」
 条件反射で答えてドアを振り返ったときには、もうすでにベッドに座っていたぼくの側まで来ていて、ギイがただいまのキスをした。口唇が重なってから目を閉じたくらいの早業。
 いつものただいまのキスより深く求めてきたギイに気付き、素直に口唇を緩める。とたん角度を変え、舌先が忍び込んできた。
 今日は、放課後から今まで別々に行動をしていたから、朝から数時間ぶりのキス。だから、少し長いのかなと一瞬頭を過ぎったものの、すぐにギイのキスに翻弄されてしまう。
 上手すぎるんだよ、ギイ。
 頭の芯がボーっと霞んできたとき、満足したのか、ゆっくりと柔らかな口唇が離れ、ぼくの頬にチュッと音を立てておまけのキスをしながら、ギイはぼくの隣に腰を下ろした。
 乱暴に座ったわけでもないのに、ベッドが古いからかギシリと鈍い音を立て、回されたギイの腕の中で、ぼんやりとキスの余韻に浸っていたぼくの頭をクリアにする。
 今日、何回目のキスだっけ?
「託生、どうかしたのか?」
 なんとなく回数を数えて、押し黙ったぼくを、ギイが心配そうに覗き込む。
「ギイってさ、どうしてキスするの?」
「……………は?」
 ずっと疑問に思っていたからか、するりと出た言葉に、ギイは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてポカンと口を開け、そして、
「もしかして、託生、オレとキスするの嫌なのか?!我慢してるとか?!」
 慌ててぼくの肩を両手で掴み、噛み付くような勢いで尋問する。
 ちょっと、ギイ、痛い痛いっ!
「や……そういう意味じゃなくて!」
 嫌とか我慢じゃなくてっ!
 自分の言葉足らずを呪いつつ、おろおろと言葉を探し出したぼくをどう思ったのか、さっきの勢いはどこへやら、あっさりと掴んでいた両肩を開放し、
「なら、いいじゃん。キスしても」
 ギイはひょいと片眉を上げ、いつもの飄々とした態度に戻った。
 けれども、見慣れた表情なのに、なんとなく違和感を感じて首を傾げた。ギイが表情を作っているように見えて。
 一瞬、ホッとしたような表情が垣間見えたのは、気のせいなのかな。
「じゃなくて、多くない?」
 でも、ずっともやもやした状態なのも嫌なので疑問をぶつけてみると、とたん、呆れた表情でギイがぼくを見た。
 変なこと言ったかな?
「託生、オレ達、恋人だよな?」
「うん」
「恋人にキスするのに回数が関係あるか?」
「ないと思うけど、でも………」
 思い返してみると、起きた瞬間から寝る瞬間まで、ギイとキスをしているような気がするのだ。
 こんな環境初めてだから、ギイにキスされるたびに戸惑ってしまう。いつか、ギイが飽きそうで。
 口篭ったぼくに、ギイは顎に手を当てて宙を睨み、もう一度ぼくに視線を戻した。
「託生は、キスが多いと思ってるのか?疑問はそれだけか?」
 確認するように慎重に聞いてきたギイに、こっくりと頷く。
「あ……朝起きたときもそうだし、今もそうだし」
「おはようのキスに、ただいまのキスだろ?」
「………夜寝るときも、部屋を出ていくときも」
「おやすみのキスに、いってきますのキスだな」
 うん、それはわかる。わかるんだけど、それだけじゃないよね。気付けばキスされてるのだから。
 ぼくの言葉を聞いて、一つ溜息を吐き、
「託生。その4つは挨拶のキス。恋人間のキスとは別」
 暗にカウントには入らないのだと指摘した。
 あまりにも日本語が堪能だから、つい忘れているけれど、ギイ、アメリカ人だし。親子や友人でも、頬にキスして挨拶するらしいから、ギイにとってはキスにならないのか。ぼくが思っているほど、深い意味はないと。
 じゃ、1年の頃、章三に挨拶のキ………。
「託生。気持悪いこと考えるなよ」
 口に出さずとも、ぼくの思考がギイにはわかったらしい。
 ジロリと睨まれ、うっと顎を引く。
 だって、ギイが挨拶のキスって言うから、そうなのかなって思っただけじゃないか。だからと言って、章三に挨拶のキスをしていたのなら、ものすごく複雑な気分になるだろうけど。
「挨拶のキスなのはわかったけど、でも、ここ日本だよね?」
 ギイが章三に挨拶のキスをしていなかったということは、当時は日本式に言葉だけの挨拶をしていたわけだ。
 それを、どうして急にアメリカ式に変える必要があったのか。
「………男心の妙がわからないやつだな」
 大きな溜息を一つ吐きボソリと呟かれた台詞に、ムッとする。
「なんだよ、それ」
 ぼくだって男なのに。
 ギイが顔を近づけてきたと思ったら、触れるだけのキスをして、ぼくの体に腕を回した。
「オレが、託生に触れていたいんだよ」
 包み込むように抱き締め、指で愛しそうに髪を梳く。
 それほど腕に力は入っていないのに、大きな肩に頬を寄せると、この腕の中から逃げ出せないような錯覚になる。
「ずっと、こうやって託生を抱き締めていたいんだ」
「うーん、それは、ちょっと困るかも」
 四六時中こんな状態じゃ、なにもできない。
 ぼくの答えにクスリと笑い、
「だからキスで我慢してる」
 と、右耳にキスをされ、そのくすぐったさに肩を竦める。
 なにが「だから」なのか、キスで我慢なのか、わからないけれど。
 でも、ギイのコロンに包まれていたら、回数なんてどうでもいいような気がしてきた。
「託生、愛してるよ」
「うん、ぼくも………」
 キスをする直前、夢を見るように幸せそうに微笑んだギイを目に焼きつけ、ぼくは今日何度目かのキスを口唇に感じた。



先日見つけた2003年マイドキュメントのバックアップCD−ROMに入っていたものです。
キスキスと、何度キスという文字を書いていたのか(笑)
いや、数えてないですけどね。
かれこれ10年前のファイルなんで、当時なにを思い浮かべて書いたのかは記憶に残っていません。
しかし、昔に書いた物ってのは、読み返すのが恥ずかしい………。
(2013.5.26)
 
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