託生くん、秘書になる

 エレベータで最上階まで上がり、怒りのままずかずかと廊下を進んで、力任せにドアをノックした。
「入れ」
 中から聞こえてきた声に遠慮なくドアを開き、
「これは、どう言う事ですか?!」
 そのまま右手で握り締めていた四角い紙片を、豪華なデスクの前にいる男に突き出す。
「んー、辞令?」
 とぼけたような声に、カッと血が上り、
「どうして商品開発部のぼくが、秘書課なんですか?!しかも、副社長専任の!!」
 噛みついた。
 相手が、上司の上司のそのまた上の、それこそどのくらい上だか見当つかないくらい上の立場である人間である事なんて、この際もう関係ない。
「オレが、そうしたかったから」
「ビジネスに私情を挟まないで下さい!!」
「お、私情だとわかってくれてるんだ」
 ニヤニヤと笑う整った顔を殴ってやりたい。
「秘書課には、有能な人間が揃っているでしょ?それに、秘書と言うのはモデル並の綺麗な女性というのが定番です」
「お前、それドラマの見すぎ。島岡だって男だぞ?」
 そ…それは、そうだけど。
「頭の回転もにぶいですし」
「今更だろ?でも、スケジュール管理をするには関係ない」
「整理整頓苦手ですし」
「今はペーパーレスの時代だぞ」
「……コーヒーだって、インスタントしか入れれませんし」
「ネスカフェエクセラ、美味いよな」
 ことごとく論破されて、黙るしかない。
 大体、ただのサラリーマンであるぼくには、この辞令に従うしかないのだ。
「ま、そう言う事だから、三日以内に引継ぎを終わらせてこっちに来てくれ」
「……承知しました」
 これは仕事だ。例え相手が昔の男だろうと、関係ない。気にするな。
「じゃ、これからよろしくな」
 自分の感情をなんとかコントロールしようと思考を飛ばした時、声と共に口唇を塞がれた。
「んーーーっ!!」
 反射的に殴ろうとした腕を取られ、くるりと体ごと反転させられる。そのまま冷たいデスクに押さえつけられ、思う存分口内を貪られ頭の中が霞がかってきた。
 体の上の重みが退けられそっと目を開けると、
「ごちそうさん」
 満足した顔で副社長が笑った。
「セ……セ……セクハラだーーーーっ!」
 副社長の笑い声を背後に部屋を飛び出し廊下を走り、非常階段への重い扉を開けた。
 乱れた息が走ったせいなのか……あのキスのせいなのか。
「なんなんだよ、あのバカ副社長。……バカギイ」
 言葉とは裏腹な優しい口唇。思い出して、自己嫌悪に陥った。

(2011.3.28 小話ついったー)
 
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