Reset -5-

「結構、人がいるんだね」
 こんなに大勢の人が、ホテルに泊まっているのだろうか。
「ここは観光スポットにもなっているし、宿泊者以外に見学や食事をする人間も多いからな」
 なるほど。これだけの規模のお城なら、観光スポットにもなるよ。逆に中を公開しない方が勿体無い。
”ギイ!”
 一際大きな建物の外階段から、一人の男性が下りてきた。
”ミシェル、世話になる”
 あぁ、この人が、このお城の主なんだな。
 主と言うには少し若い、年頃は30歳前後くらいの金髪に碧眼の男性だ。そこにいるだけで他の人とは違う気品をかもしだす、生粋の貴族という感じがする。
 ギイと肩を叩きあって再会を喜んでいた侯爵が、人懐こい笑顔でぼくに向き直った。
”はじめまして、侯爵。葉山託生です。お世話になります”
”はじめまして。ミシェル・ド・ルフェビュールだ。あぁ、侯爵なんて堅苦しい呼び方は止めてくれよな。ミシェルと呼んでくれ”
”え、でも……”
 今は貴族制度がないとはいえ一庶民のぼくが呼び捨てするなんて……。
 助けを求めるように隣にいるギイを見上げると、ギイはひょいと片眉を上げ、
”ミシェルと呼んでやれ。こいつは大学時代の悪友だ”
 なんと親指で侯爵を指した。
”そうそう。大学時代の悪友…って、ギイ、もう少しマシな紹介しろよ!”
”ナタリーは?”
”おい、人の話聞けって。……ナタリーなら、今お茶の用意をしているよ”
 えぇと、貴族と聞いていたから、どちらかと言えばもっと優雅なイメージを勝手に持っていたのだけれど、なんとなく、こんな事を言うのは大変失礼だとは思うけど、この二人を見ているとギイと矢倉のじゃれあいを思い出した。


 一般客の立ち入りが禁止されているホテル棟は、先ほどの広場の喧騒が嘘のように静かな空間だった。フロント横の階段を上り、複雑な廊下を奥へ進む。あちらこちらにさりげなくほどこされた彫刻が鷹や鷲のような野生的なものばかりで、本当にこの城が要塞として建てられたものなのだと認識する。
「託生の部屋は、ここな」
 勝手知ったるギイの案内で部屋に通されたぼくは、またまた部屋の大きさに驚いた。天蓋つきのベッドなんて初めて使うかも。
「オレの部屋は隣だから、なにかあったら呼んでくれ。サービスの方はフロントに電話してくれたらいいから」
「ここにも、ギイの部屋があるのかい?」
「建てたときからは、ないけどな」
 ………当たり前だよ。
 呆れを通り越してがっくり肩を落としたぼくを笑い、
「ミシェルの奥さんのナタリーがお茶を用意してくれているはずだから、荷物を置いたら呼びにくるよ」
 そう言って、ギイは廊下の奥に向かった。
 荷物をクローゼットに入れ大きな窓を覗くと、遥か遠くまで続く森が見渡せた。
 今朝、部屋の窓から見た風景はパリの下町だったのになと、ぼんやり思う。
 さっき、滞在は一週間の予定だと聞いた。
 ここまで来てしまったのだから、腹をくくると言うか諦めが肝心だと言うか。とにかくギイの事は高校時代の友人として対応することにして、音楽の為に古城ライフをエンジョイする。
 そう決めた。
 どうしたって一週間はここにいなくちゃいけないのだから。
 呼びにきたギイと共に階段を下りてミシェルと合流すると(結局呼び名はミシェルの泣き落としにあい、呼び捨てになった)、ホテルの客らしき女性達がミシェルに話しかけた。お茶を一緒に……というところだろう。
 しかし。
”これは、マダム。私の友人が遠方から訪ねてくれまして、とても残念ですが、ご一緒することができません”
 優雅に女性の手の甲にキスをして奥のサロンへと案内し、しばらくしてぼく達の元に戻ってきた。
 ぼく達と話していた時の雰囲気を一切隠し、これぞ貴族の人間だと思わせるような優雅で洗練された振る舞いに目を丸くする。
”一種のパフォーマンスだよ。お貴族様のね”
 侯爵家のプライベートスペースに向かいながら尋ねると、
”僕の貴族ぶりも、なかなかのものだろう?”
 ミシェルは自画自賛した。
 
PAGE TOP ▲