そしてぼくは歩きだす*Night*
ああ、やっぱり。
それが、最初に思ったことだった。 いつか、こうなるんじゃないかと、心のどこかで思っていたんだと思う。 だから、ショックはショックだったけど、でもそれ以上に、妙に納得がいったのも確かだった。 ぼく、葉山 託生が、本当は『男性』ではなく『女性』だったいう事実を、ぼくの両親は受け入れることが出来なかった。 その時、ぼくの両親が、いや、正確には恐らく母が、どんなことを云ったのか、ギイは詳しく教えてくれはしなかったけれど、きっと、あの時…あの雨の日と同様か、もしくはそれ以上のことを云ったことは想像に難くなかった。 だって、あのギイが瞬時に『絶縁』という選択をしたのだ。 しかも、その時同席していた中山先生も、病院の先生も、"両親をぼくに会わすことは適切ではない"と判断したくらいなのだから。 『こんな体、いらないっ』 コンナ ボクナンテ、イラナイッ! 心の中でそう叫んでいた。 最初に聞かされた時には、自分で自分を受け入れることが出来なかった。 『それでも、オレは、託生を愛してるんだ。託生が託生を愛さなくても、オレが愛してる!』 振り絞るような声だった。壊れ物を扱うようにぼくを抱きしめて。 『そんな哀しい事言わないでくれ』 『託生が託生だから、愛してるんだ』 性別なんて関係なくて、ぼくをぼくとして愛してくれている人。 きっと、ギイという存在がなかったら、今も受け入れることは出来なかったと思う。 自分自身でさえ、そうだったのだ。 どうして、両親が、母が受け入れることなんて出来ただろう。 彼等は、元々ぼくを望んだことなんてなかったのだから。 彼等がぼくを望んだのは、亡くなってしまった兄さんの、その身代わりとして、なだけだったのだから。 ぼくは、正真正銘、彼等の実子でありながら、望まれたことは一度もなかったのだ。 この世に生を受けてから、一度も…。 『お前は、浅ましい人間なんだ。卑しい人間なんだ、託生』 執拗にぼくを嬲りながら、呪詛のように繰り返される兄さんの言葉。 蔑むような兄さんの視線。 『や、だ。お兄ちゃん。…も、やぁ』 『こんなに乱れて、そんなことをいうのか』 怒りの籠もった目でぼくを睨みつけると、更にぼくを追い詰めるように兄さんの手がぼくの身体を彷徨う。 言葉も、その瞳も、ぼくを激しく責めているくせに、ぼくを征服してゆく兄さんの手はぼくを決して傷つけることのない様に細心の注意を払って、けれど弱いところを着実に探り出し、この上も無く優しく攻め追い上げる。 そして、それは、ぼくが泣いて縋るまで決して止むことはなかった。 『も、やだぁ…やぁ…』 『嘘をつくんじゃない、託生。浅ましい上に、嘘吐きとはな。見下げた奴だな。第一、お前のカラダは全然、嫌がってやしないじゃないか』 『やぁ…ごめ、な、さぃ。…お、にい、ちゃ。…ごめん、な、さ…』 『謝れば許されると思っているのか』 更に責め立てられて煽り立てられ、自分でもなにを口走っているのか、もうわからない。 『おね、がぃ。おにぃ、ちゃっ。…も、ゆるし、てぇ…おねが、ぃぃ』 ただ、ひたすらに許して欲しくて、開放されたくて、兄さんの望む言葉を口にする。 その言葉を機に、兄さんがぼくを押し開き思う様、蹂躙してゆく。 兄さんが満足するまで…。 『お前は、望まれて生まれてきた訳じゃない』 『お前は生まれてくるはずじゃなかったんだ』 ふと、動きを止め、兄さんが呟いた。 これ以上ないほどに大きく足を押し広げられた不自然な体勢で髪を掴み視線を合わせて、ぼくの意識が浮上するのを待ち、兄さんが繰り返した。 『タクミ、オマエハ、ウマレテクルハズジャナカッタンダヨ』 硝子玉の様に透き通った瞳だった。 白い肌に真っ赤な唇。 ぼくと似ていない、整った顔立ち。 にい、と笑ったかと思うと、次の瞬間、更に深くぼくに押入り、激しく抜き差しを繰り返し、最後にひときわ激しくぼくを突き上げた。 カラダ中、どこもかしこも軋んで悲鳴を上げていて、指一本動かせないでぐったりしているぼくを放って身支度を整えた兄さんが、近づいてくる。 そして、先程までとは打って変わった優しい瞳でぼくの顔を覗きこみ、髪を指で梳きながら話し出す。 優しい優しい声で。 『タクミ、大好きだよ。僕だけが託生を望んだんだ。僕が望まなければ、託生は生まれてくることも、なかったんだよ』 にっこりと微笑みながら、兄さんが続ける。 『託生を授かった時、お父さんもお母さんも、産まないつもりだったんだよ』 『ウソ・・・』 『本当さ。ほら、これが証拠。これ、なんだか判る?』 見せられたのは、何だか難しい漢字の書類。両親のサインがあった。印鑑も押してある。 『これはね、"堕胎"するための書類だよ』 『だたい?』 『そう。堕胎っていうのはね、妊娠したけれど、中絶することだよ。つまりね、お腹の赤ちゃんを生まれる前に殺してしまうってこと』 『……』 『これは、その手術をするための書類。ほら、ここにお父さんとお母さんのサインがあるだろう?』 『うん』 『託生を妊娠した時に、書いたんだよ』 『どう、し、て?』 『託生を産まないために、さ』 『でも…』 ぼくは、ここにいる。 『そう、託生は産まれた。僕がね、頼んだんだ。必死にね。どうしても産んで欲しいって。この命を消してしまわないでって』 だから… 『託生は、僕のものだ。僕だけのもの。だって、託生は僕のお陰で生まれてくることが出来たんだから。僕の大事な弟、可愛い託生…』 『名前もね…。"託生"って"一蓮託生"からとってあるんだよ。意味はね、結果が善くても悪くても、運命を共にするってことなんだよ。っく、っく、っく。でも、お母さん達がその名前に込めたのは、無理が利かない僕の手足となるように、良くないことが僕の身に降りかかることなく、常に共にあるお前にいくように、と願っていたみたいだけどね』 僕が生まれてくる事を許されたのは、兄さんが両親に頼んでくれたから。 両親は兄さんから頼まれた時に、"従者"として都合のよい存在として考えたからで。 そして、兄さんは…。 兄さんは"ぼく"に逃げ場所を求めたのかもしれない。 兄さんが"ぼく"という新しい命を産んで欲しいと両親に懇願した時、兄さんはまだ、ほんの小さな子供だった。 両親の、特に母からの尋常でない愛情を一身に受け続けた兄、尚人。 両親の愛情と期待を、裏切らないようにと、必死だったのだろうと思う。 小学校では、児童会長にも選ばれ、誰からも慕われて人気者だった兄さん。 思えば、幼い頃から兄さんが失敗らしい失敗をしたところを、ぼくは見たことがない。 いつも、温和で明るくて優しくて、誰からも好かれていた。 そして、ぼくはそんな兄さんがワガママをいっているところも見たことがなかった。 "理想的な息子"でいるために兄さんは頑張っていたんだろう。 きっと、自由に息をすることすら出来ないほどに。 その自分には重すぎる程の愛情は、けれど弟のぼくに一切注がれる事はことはなくて。 そんなことが、後ろめたさとなって、優しい兄さんの心を蝕んでいったのかもしれない。 その結果、兄さんは無意識に、必要以上にぼくを気に掛け、可愛がることで罪滅ぼしをしていたのではないかと。 でも、それが、いつの間にか…。 どこで変わっていってしまったのだろう。 どうして、ああなってしまったのだろう。 留まることができない自分を責めて、兄さんは内側から壊れていってしまったのか。 心の中で自分を責めながら、でも、実際にはぼくを責めて、そのことでまた、自分を責めて、いたんだろうと今なら思う。 だって、兄さんが亡くなってしまって、両親は全てを知って。 兄さんに求めたものを、ぼくに求めて。 ギイに全てを話して、受け入れてもらって、兄さんのことも、両親のことも許せたぼくと普通の親子のように話せるようになった。 でも、どこか違和感があった。 "間違いのない理想の道"を愛情という名で強要しようとする母。 でも、それは"ぼくにとっての理想"じゃない。 母にとっての"理想の道"なだけだ。 両親からの愛情が欲しくて堪らなかったぼくだけれど…。 あれは、そうじゃない。 愛情を注いている自分が可愛いんだと気付いた。 自分達はこんなにも我が子を愛しいのだと、愛しいと思えるのだと主張したいだけ。 『愛することが出来る人間』なのだと主張したいだけの。 今回のことで、それが解った。 だから、ぼくは両親から解放されて、自分の意志でギイを、ギイと共にある未来を選んだんだ。 ねえ、兄さん。 ぼくの"一蓮託生"の相手は、ぼくが決めるよ。 ごめんね、兄さん。 それは兄さんじゃない。 ギイだ。 ギイだけ。 だから、ぼくを今まで育んできてくれた家も物も全部置いていくと決めた。 だけどね、感謝の気持ちは持っていくから。 兄さんのお陰で生まれてくることができた。 望んでいなかった子供を十月十日その身に宿して、ぼくにそれでも"生"を与えてくれた母さんにも。 愛情をもって接することはできなくても、何不自由することなく暮らしていけたのは父さんのお陰だから。 彼等がいたから、ぼくは存在することができたから。 ギイに逢う事ができたから…。 そして、これから未来(サキ)は…。 ぼくがずっと傍にいたいのは、ギイだけだから。 例えその結果が善いことでも悪しきことでも構わない。 ぼくはギイと一緒に生きていく、生きていきたい。 唯一、絶対の存在だから。 ぼくにギイが必要なように、ギイにとってもぼくが必要だと思い続けてもらえるように。 ぼくが出来ることは、なんでもやる。 ギイのために、ぼくのために、ぼく達のために、頑張ると決めたから。 ぼく達の未来へと続く扉にむけて…そしてぼくは歩きだす… 〜fin〜 遊奏舎の翔 拓実さまからいただきました、Life設定の『そしてぼくは歩きだす』です。 頂いた時、思い浮かべていた背景そのまんまで本当に驚き、完璧な補完話だなぁと頷いてしまいました。 失礼かもしれませんが、Life9.7と名付けたいくらいです。 母親や尚人の狂った心も丁寧に描写され、すごく理解しやすいお話だと思いました。 翔 拓実さま、言葉足らずなところを補っていただき、ありがとうございました。 りか(2010.12.6) |