Lucifer(2010.9)*Night*
ぼくがいるのを一刻も早く確かめるために近づく、革靴の大きな音。
ノックもなしに開かれたドアに向かって声を掛けた。 「お帰り、ギイ」 「ただいま、託生」 ぼくを抱きしめ、ただいまのキスを唇に落としたギイは、嬉しそうに微笑んだ。 でも、この微笑の裏に狂気が潜んでいることを、ぼくは知っている。 「風呂は入ったか?」 「ううん、まだ」 「よし、来い」 ギイはネクタイと上着をベッドに放り、ぼくを抱き上げバスルームへと向かった。それが、今のぼく達の日常。 いつ崩れるかもしれない砂上の楼閣………。 一ヶ月前。 ギイと再会した翌日マンションから逃げ出したぼくは、彼の友達に睡眠薬を飲まされた後、山奥の別荘に連れられていた。 誰の助けも呼べない隔離された空間。 ギイの怒りと狂気に満ちた瞳に、今まで経験したことのない恐怖を感じた僕は思わず後ずさった。 それが、ギイの心を壊すことになるとは思いもせずに………! 「初めからこうすればよかったんだ。なんなら、これから先、ずっと二人でここにいてもいいんだぜ、託生」 「お願い、やめて、ギイ!」 それから………。 意識を失うまで抱かれ、気付くとまた抱かれ、昼も夜も時間さえもわからないまま抱かれ続け、自分の痴態を恥ずかしく感じる間もなく、体中に赤い烙印が落とされていった。 汗なのか精液なのかもはや区別がつかないくらい汚れた下肢が、シーツに張り付き波を作る。 そして時折、バスローブを身に着けたギイが、 「腹、減っただろ?」 と、スープのようなものを、まるで赤ん坊に食べさせるようにゆっくりと口元に運んだ。 その後「洗ってやるよ」と動くこともままならないぼくを抱き上げ、バスルームに連れて行き、ぼくの抵抗を押さえつけ中の残滓を丁寧に掻き出した。 そして、またベッドで………。 あれから、何日経ったのだろうか。 もう既に、体に力は入らず、散々喘がされた声は掠れて出ず、目の周りは流し続けた涙で痛み、ギイを受け入れている部分も感覚がなくなっていた。 このまま、ギイの腕の中で死ぬのかな。 背後から杭を打ち込まれ、朦朧としながら考える。 そうして、また絶頂に攫われぼくの意識は暗闇に堕ちた。 次に目を開けたときに飛び込んできたのは、真っ白い天井。 ここは………? 「託生さん、申し訳ありません。お体の具合はどうですか?」 「し……まおか………さん?」 ベッド脇の簡易椅子に座っていたのは、島岡さんだった。 端整な顔に疲労を滲ませながら、島岡さんが頭を下げ、 「本当に、申し訳ありません。もっと早くに気付いていれば………」 と唇を噛んだ。 一週間の休暇が終わる前日、島岡さんはスケジュールを伝えるため、ギイに電話をしたそうだ。 でも何度かけても応答がなく、何かあったのだろうかとマンションに行くと、タイミング良く章三から連絡が入り―――――ぼくが「落ち着いたら連絡する」と言っていたのに、電話がなかったかららしい――――――島岡さんはぼくがNYにいる事を知ったのだ。 そして車のGPSから別荘を割り出し、見つけ出したぼくを病院に運んだのだと、島岡さんは言った。 「ギイは………?」 「託生さん………」 「ギイは、どこにいるんですか?」 あれほどまでに、ぼくに執着したギイが、黙っているはずがない。すんなりぼくを手放すなんて事は、とてもじゃないけど考えられない。 それに、ぼくは………。 「どうして貴方は………ギイにひどい事をされたのは、託生さんでしょ?」 「違います!………ぼくのせいなんです………ぼくが逃げたから………ギイは………」 「それでもです。ギイは、人としてやってはいけないことをしたんです」 監禁し強姦まがいの行為をしたギイは、許されない人間なのかもしれない。 でも、ぼくは、ギイを………それでも、ギイを愛してる。 だから………。 「ギイに会わせてください!」 歩くことができなかったぼくを車椅子に座らせ、島岡さんはエレベーターを一つ上の階に合わせた。エレベーターを降りると、廊下にには多数の警護の人達が立ち、目を光らせている。 余りの多さに尻込みしてしまいそうな中、島岡さんは真っ直ぐ進み、一番奥の扉を開いた。そして、また扉。 VIP専用と思われる病室は防弾になっているのだろうか。とても重厚な扉で中の様子は全くわからない。 室内に入ると、幾人かの病院スタッフがベッドを取り囲み、その真ん中に手枷足枷でベッドに固定されたギイが青白い顔で眠っていた。 「どうして………」 「今は鎮静剤と睡眠薬で眠っています。託生さんと引き離したとき正気を失い暴れたので、このような処置を取っています」 「そんな………」 しばらくすると、ギイの瞼が震え目を開いた。とたん、周りにいる病院スタッフの間に緊張が走る。 ギイは薬がまだ効いているのか、ぼんやりと周囲を見回していたが、意識がはっきり覚醒すると眼光を鋭く光らせた。 そして、自分を取り囲んでいる病院スタッフを睨みつける。 ”これを外せ!さっさと外しやがれ!!こんちくしょう!!” Fグループの次期トップである普段の冷静な人物像からは想像がつかない、感情剥き出しの姿。 大きなベッドまでもがガタガタと揺れる力に、ギイの腕に巻かれている包帯に血が滲む。 その痛々しい姿に、ぼくの胸がズキリと鳴った。 「………ギイ」 掠れた声。 囁くような小さな声なのに、ギイは暴れるのを止め、扉の前にいるぼくを見つけると、顔を歪ませてぼくを凝視した。 「託生………」 そして、括り付けられている手が、ぼくを掴み取るように動く。 「ギイを自由にしてください」 「託生さん………!」 「お願いします」 ぼくの言葉に、島岡さんが病院スタッフに指示を出したものの、医師は顔を縦に振らない。その間も、ギイはずっとぼくから視線を外さなかった。 島岡さんの必死の説得に医師は拘束を恐る恐る外し、無意識だろうか、ギイから離れていく。 自由になったギイはゆっくり起き上がり、裸足のままぼくに向かって歩いてきた。 「ギイ………」 両手を広げると、ギイは泣き笑いのような表情をして床に膝を突き、ぼくの胸に顔を押し付け抱きしめる。 「託生………託生………」 ギイの頭を両腕で包むと、 「愛してるんだ………お前が、オレには必要なんだ………逃げないでくれ………託生………託生…………」 行かないでくれと、涙交じりに訴えるギイに、 「うん、どこにも行かない。ギイの傍にいるよ」 と、応えていた。 誰よりも強い人を、ここまで追い込んでしまった、ぼくの罪。 「託生………」 「どこにも、行かないよ。大丈夫だよ、ギイ」 ギイがギイでいるために、ぼくが必要ならば、ぼくはずっと君の傍にいよう。 それで、君の心が守れるのなら…………。 愛してる、ギイ………。 ギイはベッドに座って、ぼくの洗い髪を丁寧にタオルで拭いた。そして、そのまま髪にキスを落とす。 「愛してる、託生」 「うん、ぼくも、愛してる」 近づく唇に、ぼくはギイの背中に腕を回し目を閉じた。 その時、ギイの瞳が、鈍く光ったのをぼくは知らない。 以前から「こんなギイを書いてみたいな」と「書いていいのだろうか」と悩みつつ、欲求に負け、ちょこちょこ書いてました。 どこかでストーカー気質があるんじゃないかと言ったような気もしますが、ギイって託生くんを手に入れた時から、人の何倍もの独占欲を持ってると思うんですよ。 そんでもって、恋慕と狂気が表裏一体みたいな。 完璧な人ほど、狂ったときは怖いみたいな。 でも、こんなギイも好きなんですけどね(爆) (2010.9.26) |