舞い降りたAngel〜ギイバージョン〜 (2001.9)*Night*

"タクミ君が、見つかったそうだよ"
 託生を探して街の中を彷徨い歩いていた時、ポケットの携帯が鳴りジェイスが告げた。
 デリンがそのまま家に連れて帰り、風呂にでも入れておくと言う。
"オレもすぐ行くけど、何も言わずにいてくれ。頼んだぞ"
 一度マンションに戻り、机の引き出しから常備している睡眠薬を取り出すと、車で二人の家に向かった。

 
 今朝、託生が戻ってきた安心感からか、いつもより寝過ごしてしまったオレは、隣に寝ているはずの託生がいないことに気付き飛び起きた。
「託生、どこだ託生?」
 リビング、ダイニング、音楽室、どこを探しても託生がいない。
「まさか………」
 寝室のクローゼットを開くと、昨日置いたはずの託生のスーツケースとバイオリンがなくなっている。
「どうして………」
 昨日、愛してるって言ったじゃないか。お前も応えてくれたよな。あの言葉は何だったんだよ、託生………!
 呆然とクローゼットの扉に額を押し付けた時、ジェイスからの電話が鳴り、オレは手短に事情を説明して捜索を手伝ってもらうことにした。

 
 ジェイスのマンションのチャイムを鳴らす。オートロックを外してもらい部屋へ入ると、託生は風呂に入っているところだと言う。
"理由は聞かないが、タクミ君はあの湖の所にいたらしいぞ"
 ジェイスがコーヒーを用意しながら、話し掛ける。
"オレもまだ解からないさ。それよりジェイス、そのコーヒー貸してくれ"
 何するんだ?と、瞳で問い掛けるジェイスを制して、オレは持ってきた睡眠薬を入れた。
"おい、ギイ!お前、今何いれたんだよ?"
 デリンが慌てて、オレの右腕を掴む。
"睡眠薬"
"何考えてるんだよ。そんな事しなくても、話し合いくらい出来るだろ?"
"このままだと、話し合いにならない"
 また逃げられたりでもしたら、自分がどうなるかわからない。
"でも………"
"ギイ、こんなことするなんて、君らしくないぞ"
 熱くなるデリンとは反対に、ジェイスが冷静な声で非難した。
"託生が側にいないと、オレはオレじゃなくなるんだよ"
"狂ってるのか、ギイ?"
"そうかもな………"
 バスルームのドアが開き、託生が出てきた。オレはデリンに目で合図してダイニングに隠れる。
 何も知らない託生は、差し出されたコーヒーに素直に口をつけた。しばらくして薬が効いてきたのか、ソファにもたれかかり瞼を閉じた。
「託生………」
 ダイニングから出てきたオレは託生の背中に腕を廻し、小声で呼び掛ける。
「ギ………イ………」
 ピクリと睫毛が揺れ、オレの肩に額を摺り寄せふわりと笑うと、安心したようにもう一度眠りに落ちた。腕の中の温もりに微笑が漏れる。
 もう、逃がさない………。
 そんなオレ達を、複雑な表情で二人は見ていた。
"世話になったな"
 ジェイスとデリンが託生の荷物を持って、車まで見送りに来てくれた。
"話し合いがついたら、一度二人で家に来てくれ。私達はタクミ君に謝らなければいけないからな"
"あぁ、わかったよ"
"ギイ、暴力はやめろよ"
"オレが託生を殴るわけないだろ?"
"いや、今のお前はわからない"
 オレは苦笑を洩らすと、車を出した。

 
 別荘に着き、寝室のベッドに託生を運ぶ。
 あどけない寝顔の託生。このままお前を閉じ込めておきたいよ。誰の目にも触れさせない。ずっと、オレの側に………。
「ん………」
 しばらくして託生がうっすらと瞼を上げた。ぼんやりと焦点の合わない瞳で、部屋の中を見廻している。
「目が覚めたか」
 オレの声にギクリと肩を揺らし、託生が振り向いた。
「ギ………」
「生憎だったな、託生。あの二人はオレの友達なんだ」
 ニヤリと笑うと、託生は信じられないものを見るように、オレを見詰めた。
「ちなみに、ここは山奥の別荘だ。街までは半日歩いても着かないぜ」
「どうして………」
「どうして?それはオレの方が聞きたい!」
 思わず語尾が強くなってしまったオレに、託生は恐怖を感じたのかベッドを後ずさった。
 逃げられる!
 瞬間、オレは託生にのしかかりベッドに押し付けた。
「いやだ!やめて!」
「初めからこうすればよかったんだ。なんなら、これから先、ずっと二人でここにいてもいいんだぜ、託生」
 託生を怖がらせたくない。そう思うのに、オレの体は意思を無視して、託生を抱き締めてしまう。
「お願い、やめて、ギイ!」
「オレが怖いか?………怖いだろうな。狂っちまってるからな。でもな、狂わせたのはお前だ!」
 託生の揺れた瞳が、なけなしの理性を侵す。
 シャツを力任せに引き裂き、下着と一緒にズボンを蹴り落とす。託生は首を左右に打ち振り、オレのキスから逃れようと抵抗した。そのわずかな抵抗でさえも、今のオレには全てを拒否されたように映る。
 オレのものだ………!体に刻み込んでやる!
 何の準備もせずに、託生の腕を頭上で諌め、一気に託生を貫いた。託生の顔が苦痛に歪み、涙が溢れ出てきた。それでも、行為を止めることが出来ない。このまま託生を殺してしまいそうな自分を、繋ぎとめる最後の手段だから………!
「いや………やめて………こんなの、イヤだー!!」
 託生の訊いた事もない悲鳴に、ビクリして動きを止めた。オレは、一体………。
「お前、ズルイよ」
 我に帰ったオレは、諌めた両腕を解放し呟いた
「オレ、昨日託生に逢えて、まだ愛してくれてるって確認できて、本当に嬉しかった。やっと、戻って来てくれたんだって。でも、この仕打ちは一体何だよ?お前、オレをそんなに焦らせて楽しいか?」
 託生が視線を合わせた。非難するわけでもなく、ただ何かに恐れているような………。
「違う………違うんだ」
「何が違うんだ、託生?」
 何を言おうとしているのか。託生は口唇を噛み締め、声もなく涙を流した。
「託生………?」
 託生の頬に口唇を寄せると、瞳を閉じて応えた。何度も優しいキスを繰り返して、託生が落ち着くのを待つ。
「もう泣くなよ、託生。怖くないから………オレが悪かったよ。な?泣かないでくれ」
 大人しくオレのされるがままキスを受ける託生に、冷静な自分を取り戻し、苦痛を取り除く為にオレは体を退けようとした。とたん、託生が背中に腕を廻し、動きを阻む。
「託生?」
「ごめん………ごめんね、ギイ」
「おい、託生。もう怒ってないから、泣かないでくれよ」
 泣きながらしがみ付く託生の背中に腕を廻し、子供をあやすようにゆっくりと撫でる。今までの勢いはどこに行ったのか。涙を流す託生がオレは一番苦手なのだ。
「違う、ギイ………ぼく………ぼく………」
「託生?」
「………寂しくて………どうしようもなくて………赤池君と………ごめんなさい…………!」
 え………?託生は今なんて言ったんだ?章三と………何があったと言うんだ。
 託生の瞳を覗き込むと、涙の潤んだそれに台詞の意味を理解する。託生をきつく抱き締めて、震える自分の体を落ち着かせようとした。
 側に居た章三と、そういう仲になったとしても不思議ではない。しかし、寂しかったからという理由で章三に抱かれたのなら、それはオレの責任ではないか?
 オレから逃げた理由も、これで合点がいく。
 ごめんなさいと言い続ける託生の腕を解いて、怖がらせないように瞳を覗き込む。
「言ってくれて、嬉しいよ」
 託生は怒られるとでも思っていたのだろうか。オレの顔をまじまじと見詰め返した。
「謝るのはオレの方だ。寂しい思いさせて、放ったらかしにして、すまなかった」
「ギイ………?」
「愛してるよ、託生」
 輪郭をなぞるように、小さなキスを繰り返し深く合わせる。舌を絡め逃げる託生のそれを、追いかけては捕まえる。息が出来ないくらい、きつく口唇を吸うと、託生は苦しげに顔をずらして、小さな溜息と共に飲みきれなかった唾液が零れた。
 頬を伝い耳元に口唇を寄せる。とたん濡れた口唇から甘い声が紡ぎ出された。
 きつかった託生の中も徐々に潤い、ゆっくりと腰を使うと、甘い声と共に動きを合わせて託生の体が揺らめく。
 託生の淫らな動きに煽られて、限界を感じたオレは体を退けた。それより先にやりたい事があった。
「ギ……イ………?」
 訝しげな託生の視線を笑って受け止め、オレは全身にキスの雨を降らせる。頭の先から足の指1本1本までも、全てに所有印を押していく。託生に触れられるのは、こうして泣かすことが出来るのは、この世でオレ一人だと感じたかった。
「や………ダメ………早……く」
「まだだ」
 耐えられなくなった託生は、甘い疼きから逃れようと体を横にした。露になった背中をゆっくりと舐める。背骨に添ってきつく吸うと、ビクリと託生の体が震えた。
「ん………!」
 逃れようと立て肘を突いてずり上がる体を、腕を廻して固定する。一層大きくなった託生のすすり泣きが、オレの理性を熱く侵す。愛しさに、もっと泣かせて喘がせたい衝動を抑えきれない。
「も……う………お願い………早く来て………ギイ…………!」
 昔の託生なら絶対言うはずのない言葉に、満足の笑みが浮かぶ。託生の体を仰向けに返し、大きく脚を広げて体を割り込ませると、羞恥に顔を赤く染めた託生が目を伏せた。
「あぁ………!」
 そして指を絡ませ一気に身を沈める。衝撃に眉を寄せ息を詰める託生の口唇に、キスを送る。優しくなぞる様にキスを重ねると、しだいに体の緊張が緩まった。
「ギ………イ…………」
「託生………」
 潤んだ瞳でオレの腰に脚を巻きつかせてきた託生に、眩暈を感じる。今日は託生が我慢できなくなるまで焦らそうと思っていたのに、こんなことをされてはオレの方がたまらない。
「煽るなよ、託生………。オレ、止まらなくなるぞ」
「………いいよ………ぼくも………もう………止まらない」
 託生の言葉に、オレの中の何かが弾けた。乱暴に口唇を奪って、シーツに押し付ける。舌を絡め、腕を絡め、心まで絡め合わせて、底のない快楽の海に身を躍らせた。


 瞳を閉じたまま、ぼんやりと体を委ねる託生に愛しさが募る。
 オレだけを、ずっと愛してほしい。託生の心が少しでも傾くものがあれば、全てこの手でぶち壊してやる。
 章三………。たとえ相棒でも、オレは託生を渡す気はない。お前には酷な事だと思うが、オレの側にいる託生を見てもらおう。それだけで、お前はわかってくれるよな。
「託生」
「ん………?」
「一度二人で、章三に会いに行こう」
「え?」
 不安げに揺れる瞳を、キスで塞ぐ。
「そんな不安そうな顔するなよ。大丈夫、殴りゃしないよ」
 口唇を額に移し、前髪ごと口づけた。
「奴の事は感謝こそすれ、怒ってなんかいないぜ」
 方法はどうであれ、託生を助けてくれたんだからな。
「じゃあ、何?」
「章三が安心して、新しい恋が出来るように、託生の顔を見せに行こう」
「ぼくの顔?」
「今の託生。凄く綺麗な顔してる」
「ななな、何言ってるんだよ!そんなことあるわけ………ん」
 慌てて言い募る託生の口唇を、キスで塞ぐ。
 信じてもらえないのは昔からの事だが、本当のことなんだぜ。今のお前は世界中で一番綺麗だ。
 目を細めて見詰めるオレに、
「愛してるよ、ギイ………世界中で一番………」
 何より欲しい言葉をさらりと言った。
 抱き締める腕に力を込めて、想いに応える。
 もう二度と離さない………!
 
PAGE TOP ▲