Memory (2001.8)

「託生の荷物を取りに行こう」
 ギイの一声で、あれよあれよと連れられて、ぼくは一週間ぶりに日本の地を踏み締めた。
 懐かしいなんて思えるはずもなく、海外旅行から帰ってきたと言った方がふさわしい。
「ギイ、一週間も仕事休んでるのに、ほんとに大丈夫なの?」
 二人分の荷物を、両手に抱えたギイに話し掛けた。
「ま、一応仕事絡みの来日ってとこかな。二日程ちょっと出る事になってる」
「そうなんだ」
「ずっと託生と居たかったんだけどな。ごめんな」
 眉を寄せて心底済まなそうに、ギイが謝った。
「気にしなくていいよ。ぼく、ズルさせちゃってるんじゃないかと、そっちの方が気になってたから」
「でもな、託生一人ホテルに置いていくのもな」
 心配そうな顔をしたギイに、ついぼくは笑ってしまう。
「ここは日本だよ。大丈夫、暇だったら誰かに遊んでもらうから」
 ぼくの言葉に複雑な顔をして、
「誰かって、誰だ?」
 ギイが訊いた。
「うーん。赤池君も居るし、利久も居るし、三洲君、真行寺君、野沢君、矢倉君、八津君、森山先輩、柴田先輩、奈良先輩、えーっと、それから」
「………もういい、わかった。ようするにオレがいなくても、託生は遊び相手には不自由してないわけだ」
 ギイは、ふいっと横を向いて、足早にロビーを歩いていく。
「待ってよ、ギイ。怒ってるの?」
「別に」
 そっけない返事。相変わらずヤキモチ焼きで、ぼくは少し嬉しくなってしまう。
「行かないよ。ちゃんとホテルで、待ってるから」
 ぼくが言うと、ギイは前を向いたまま、頬を赤らめた。

 
 チェックインを済ませ、荷物を置いたぼく達は、まず章三の部屋に向かった。ぼくと章三の部屋は、同じマンションの端と端である。
 突然現れたぼくたちに、章三は呆れかえりながらも、笑顔で出迎えてくれた。
 章三と一度だけ夜を共にした事をギイに話していたので、ぼくは内心ヒヤヒヤしていたのだが、ギイはいつもと変わらず、部屋は祠堂にいた頃のように暖かかった。
 一時間程たった頃、「せっかく来てもらったのに、すまないんだが」と、章三は用事があるからと出掛けていった。 
「ここが、託生の部屋か」
 一週間ぶりに入ったぼくの部屋。鍵を開けて部屋に入ると、ギイは物珍しそうにグルリと見回した。
「ベッドとダンボールしかないだろ?」
 NYに送るだけの荷物しかないフローリングの8畳間。
 たった一週間の事なのに、何となく違和感を感じる。部屋がガランとしているからだけではなく、ここはぼくにとって、すでに過去の事になってしまっているからだ。
「託生の匂いがする」
「そうかな?」
 ぼくは、ブレーカーを上げて、エアコンのスイッチを入れた。カーテンも取り外しているので、部屋の中はかなり冷えていたのだ。
「章三に毛布でも借りてきたらよかったな」
「え、でも、もうすぐ暖かくなるよ」
 現にベランダ側の窓に、白く結露が浮き始めていた。
「これじゃ、寒いだろうな」
 ギイはトレンチコートを脱いで、部屋の隅に置く。ぼくも倣ってコートを脱いだ。
「そんなに寒い?だったら、電気毛布出そうか?」
 ぼくはダンボールの一つを開けて、中からギイに貰った電気毛布を取り出した。
 でも、おかしいな。ギイは寒さには強かったはずだ。寒がりのぼくの為に、と言うのならわかるけど、でもぼくは今それ程、寒くない。
 電気毛布を手渡すと、ギイはそれを広げてベッドに敷いた。
「何してるの?」
 嫌な予感が頭の中を横切る。
「もちろん、こうする為さ」
 言うなりぼくの腕を掴んで、ベッドに押し倒した。
「ちょっ………何、考えてるのさ!」
「託生を抱きたいって考えてる」
「そうじゃなくって!ちゃんとホテルに泊まるのに、どうしてこんな狭いとこで………」
「心配するな。夜も任せとけ」
「ギイ!!」
 言ってる間にも、ギイの口唇がぼくの首筋を辿る。
「や………やめてよ、ギイ」
 思わず声が裏返ってしまう。ギイの口唇から逃れようと、首を横に振った。と、ぼくの顎を固定して、ギイは正面からぼくを見据えた。
「オレは、ここで託生を抱きたい」
 真剣な眼差し。それで、わかってしまった。裏切りの行為があったのが、このベッドであるって気が付いた事。ポーカーフェイスを装ってはいるが、ギイの瞳が物語っている。
「ギイ………」
「嫌か?」
 切なそうなギイの瞳を捕えながら、ぼくはゆっくり瞳を閉じて、ギイを引き寄せた。
 それが、答え………。

 
「寒くないか?」
 二人で包まった毛布の中。寒さなど感じない程火照った体を、ギイは包み込むように抱き寄せて、ぼくの髪にキスを落とした。
「うん、大丈夫」
 ギイの胸に擦り寄って、しばし余韻に浸ってみる。
「祠堂のみんなと、今でも付き合いがあったんだな」
「え、うん、そうだよ。東京出ている人多いし」
 ぼくはギイを見上げて言った。
「章三と片倉くらいかなと思っていた」
「うん。初めはそうだったんだけど、いつか同窓会みたいなのがあってね、誰が主催だったかは、忘れちゃったけど。ぼくも声掛けられて、それから週末ごとに、誰かしら遊びに来るようになったんだ」
「毎週?」
「そう、毎週」
 へぇとギイは眉を上げた。
「溜まり場って言ったら語弊があるかもしれないけど、『生きてるかー?』って言いながら、差し入れ持って次から次に集まってきてたんだ。旅行に行ったり、ここで酒盛りしたり、楽しかったよ」
 にこりと笑うと、ギイは目を細めて額に口付けた。
「託生が天使だから、みんなが安らぎを求めて集まるんだよ」
「ギイ、それ惚れた欲目」
「そうか?」
「そうだよ。むしろ逆だよ。ぼくにとっては、みんなが天使だった。………苦しい時も、悲しい時も、みんな何も言わずに側にいて助けてくれたんだ」
 ギイは静かに、耳を傾けた。
「ギイがいなくて寂しかったけど、みんながいてくれたから耐えられたし、今のぼくがあるんだ。赤池君が肩を押してくれたから、ギイにもう一度逢う事が出来たんだよ」
 一人一人の顔が目に浮かんでくる。ありがとうって、心の中で呟いた。
「でも、そんな天使をぼくにくれたのは、ギイだけどね」
 ギイがぼくを変えてくれたから、みんなが側にいてくれた。他人の優しさや温もり、涙が出るくらいの想いを、ぼくに教えてくれた。
「じゃ、オレは神様ってことか?」
「あはは。そうだね。でも、ヘビースモーカーの神様なんて聞いたことないや」
「言ったな。こいつ」
 こういう口は、こうしてやる。
 ギイは囁くなり、ぼくの唇をキスで塞いだ。啄むように、何度も優しいキスをくれる。ぼくはギイの頬を両手で包み、瞳を合わせて言った。
「ここで、たくさんの思い出が出来たんだよ」
 NYに帰ったら、全部話してあげるね。
 ギイはふわりと微笑み、もう一度、優しいキスをくれた。
 
 
 
「Angel」第4弾ってところなんですが、これを書いたときは、まぁ精神的にズタボロの状態でした。
それを、助けてくれた皆さんにと言う気持ちで、託生くんの台詞に託したわけです。
これを書こうと思わなかったら、たぶん今ここにはいないだろうと思います。
このお話境に、ネットというものを考えさせられました。
(2002.9.4)
 
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