confess(2010.9)

 デスクに向かい今日の報告書を仕上げ、明日のスケジュールを確認する。手馴れたいつもの仕事。
 真夜中の12時近いと言うのに、ここFグループ本社ビルは人の気配が消えることはない。いや、365日24時間稼動し続けている。
 世界中のグループ傘下の情報が全て収集、整理、分析され、その結果を持ってまた新たな命令が下される司令塔。
 そのトップに立つ会長の秘書が、私の仕事だ。
 以前は次期会長の補佐もやっていたが、記憶の再構築が済んで直ぐ外された。そして過去を何も知らない人間が、秘書になったはずだ。
「これで、本当によかったのでしょうか………」
 この1年半、何度繰り返したであろう、自問。
 過去を思い出さないよう、ギイをビジネスの世界に縛りつけ、全ての連絡先を断った。ギイ本人も、初めは色々と私に問いかけ記憶を取り戻そうと懸命になっていたが、元々合理主義の為かあっけなく考え方を摩り替え新しい人生を生きている。
 尤も補佐を外された私には、彼が今何を考え何をしているのかは、知る由もないが。


 ふいにスーツの内ポケットに入れている携帯が鳴った。名前を確認して眉を寄せる。
 補佐を外されてから一度も鳴らなかった番号。
 一体、何が………。
 思いつつ、通話ボタンを押した。
「Hello」
「島岡か?今から言う住所にスーツ一式持ってきてくれ。場所は………」
 挨拶をすっ飛ばし本題に入る話し方は、この1年半聞いたことがない。
 既視感に咄嗟の判断が遅れた私は、慌ててペンを取り住所を控えようとしたのだが、聞こえてきた言葉はあまりにも知りすぎる物だった。
「義一さん………」
「島岡・・・・意味はわかるよな?」
 確信的な疑問に、心臓がドクドクと鳴り出す。
 その住所は託生さんの動向を調べる為、定期的に送られてくる報告書に書かれていたはず。
 そして現在ギイがそこにいるという事は、それは………。
「………わかりました。30分程で伺います」
「ロックのパスワードは、********、頼んだぞ」
 ギイのオフィスに向かい、パスワードを入力してドアを開けた。スイッチを入れ室内の照明をつけると、目の前には以前と寸分の違いのない風景が広がる。
 部屋を足早に横切り、奥の仮眠室のクローゼットからスーツ一式を取り出し、急いで地下駐車場に下りて車を走らせた。
 やっと、思い出したんですね、ギイ。
 嬉しさと後悔がない交ぜになり、目の奥が熱くなった。



「義一の具合はどうだ?」
「怪我の方は回復に向かっておりますが、記憶がまだ戻りません」
「医者はなんと?」
「戻る確立は五分五分だと」
「………プライベートの友人知人を一切排除しろ」
「会長?!」
「特に………祠堂の関係者をな」
「それは…………」
「大学も休学させた方がいいな。仕事関係については、お前が教えろ。ただし、記憶が戻るようなことは言うな」
「会長!ギイの生き甲斐を……生きる意味を切り捨てると言うのですか?!」
「島岡………私も一人の親だ。普通の結婚をし子を成す。それを義一にも望んでいた。それでも義一が選んだ人間ならば誰でも受け入れようと思っていたが、記憶をなくしたとなれば別だ。あれはFグループの次期トップだ」
「会長………」
「頼んだぞ、島岡」
「………………承知しました」



 古びたアパートの前に車を止め、建物を仰ぎ見る。
 託生さんが気になり、何度か足を運んだアパート。
 3階の窓を見ながら、罪の意識にさいなまれ、幾度懺悔を繰り返しただろう。
 真夜中を考慮して足音を立てないように階段を上り、部屋のドアの前で一呼吸置いてノックをした。
「よう、入れよ」
 すぐさまラフな服を着たギイがドアを開け、中に入るよう私を促す。室内に託生さんの姿はない。たぶん隣の部屋にでもいるのであろう。
「サンキュー。それと………」
「っ!!」
 ギイはスーツを受け取ると、開いている右手で殴りかかった。
「お前はオレの味方じゃなかったのか?」
「………申し訳ありません」
「親父に言われたか?」
「………はい」
 記憶が戻ったギイには、全て理解できているのだろう。
 過去に携わる話、物、交流。
 今までも、不自然なほど残っていない過去に、疑問を抱いていたに違いない。
「記憶がなかったほうが都合がよかったんだろうな」
「ギイ」
「でも、オレは思い出した。もう二度と託生は離さない」
 今日、二度目の既視感。
 そういえば、昔も同じような鋭い瞳で、託生さんを守っていましたね。
 託生さんの全てが傷つかないように、細心の注意を払って。
 懐かしさに目を細めた時、
「ギイ、何の音?」
 隣の部屋から、託生さんが顔を出した。
「島岡さん?!」
 そして、私の顔をみて驚きの声を上げた。
「わかっていながら、あえてギイに言いませんでした。申し訳ありませんでした」
 託生さんに向き直り、許しを請う。
 ギイが記憶喪失になり、一番悲しい思いをしたのは、この人なのだ。何も知らないアメリカに一人で渡り、そして誰の力も借りずに今まで頑張ってきた。
 この人にこそ、懺悔しなければならない。
「そ………そんな頭をあげてください。状況は予想できますし、島岡さんの立場もわかります。それに、ぼくもそれでいいと思ったんです」
「託生?!」
 頭を下げる私に、それでよかったんだと託生さんは微笑み、同時に激高するギイを宥めた。
 不貞腐れたギイを横目に、
「ギイの未来を考えたら、忘れたままの方がいいと思ったんです」
 でも………。
「また出会ってしまいました。離れられないんです。ごめんなさ………い」
 託生さんの瞳が赤く潤み、ポロリと涙が零れた。
「託生………ごめんな。託生」
 抱き寄せたギイの腕の中で、託生さんは嗚咽を堪え涙を流し続けた。


「絵利子にマンハッタン音大の文化祭を薦めたのは、島岡だろ?」
 泣き止んだ託生さんが、恥ずかしさからか慌ててシンクに逃げ込み、淹れてくれたコーヒーを頂いていた私は、ギイを凝視した。
 もう、この人はどこまで勘が鋭いのだろう。
「そうです」
「え?」
 わけがわからないとギイを仰ぎ見る託生さんを見やり、
「私は表立って動くことができませんでした。なので絵利子さんに賭けました。もしかしたら託生さんに会うかもしれない。もしかしたらギイに繋がるかもしれない。もしかしたら記憶が戻るかもしれない。可能性に賭けてみました」
 そして、二人の絆に賭けてみましたと、心の中で続けた。
 託生さんの肩を抱き、
「限りなくゼロに近い可能性だな」
 悪戯っ子のような顔で笑う。
「ゼロではなかったようですけどね」
 強運の持ち主のギイだから、このたった1%の可能性を引き当てたのかもしれない。いや、この二人の絆の強さを考えれば、初めから無限大だった可能性もありえるな。
 目の前にある懐かしい風景に、自問自答していた日々が遠い過去のように感じた。
「それでは、今日はこれで。託生さん、ご馳走様でした」
 二人の邪魔をするのは本意じゃないので、お暇しようと立ち上がった時、
「島岡、明日からお前オレの第一秘書な」
 とんでもない言葉が返ってきた。
「は?」
「覚悟しとけよ」
 右の拳で私の左肩を押しやり、何度も頭を抱えそうになった馴染み深い顔でニヤリと笑った。
 神よ、また、この暴君に振り回される毎日がやってくるのですか?
 何度日本とアメリカを往復させられたか、思い出すだけで身震いがおきる。今は託生さんもこちらに住んでいるとは言え、無理難題に悩まされるのも簡単に想像がつく。
 しかし、この二人の幸せを守る為に振り回されるのは悪くない。
「望むところです」
 私も、負けじとギイの左肩を押しやった。



時間軸としては、ashtrayのすぐ後です。
ずっと頭の中にはあったんです(汗)
というか、Destinyシリーズの全体像が事細かにあって、それが話全部に繋がってるんで、どれか一つ抜けても繋がらない状態になってるんです。
で、たぶん疑問に思う方もいらっしゃったと思う部分を、島岡さん側から書いてみました。
これで、連絡が断ち切られてた事がわかるのではないかと………。
で、他の話は、いつになることやら(滝汗)
(2010.9.13)
 
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