Destiny (2001.10) 改訂(2007.8)

 深い深い闇の中。光を求めて彷徨い歩く。そしてひとつの光を見つける。
 顔は朧気でわからない。黒曜石の瞳だけがオレを射る。
 オレは右手を伸ばし、そいつに触れようとした。
 とたん、「どうして、ギイ・・・・?」呟いて、離れていく。
 追いかけようとしても、脚が凍りついたように動かない。そいつを呼ぼうとしても、名前が出てこない。
 どんどん離れていく。
 そして、オレは右手を伸ばしたまま、一人闇の中に残される。

 
 Rrrrrr………。Rrrrrr………。
 誰だ?こんな朝から・・・・。
 オレは、手探りでサイドテーブルの上から受話器を取り上げた。
"………はい"
"グッモーニン!"
"………絵利子か"
"もう11時よ。まだ寝てたの?"
"出張続きで疲れてるんだ。たまの日曜くらい、兄貴を休ませてあげようという、優しい気持ちにならないのか?"
"人聞きの悪い。ストレスの溜まっているお兄様を、心が安らぐ演奏会に連れていってあげようと、カワイイ妹が起こしてあげたのに"
"演奏会?"
"マンハッタン音大で演奏会があるのよ。ジェニーが急に行けなくなったから、チケット余っちゃったの"
"………そうか。じゃあな"
"だーかーらー、ギイ一緒に行って"
"絵利子………"
"ギイはかわいい妹が、大学生にナンパされても、いいって言うの?"
"ナンパされるかどうかもわからないのに"
"ギイ!!"
"わかったわかった。怒るなよ。で、何時に出るんだ?"
"一時間後よ"
 
 
 オレの名前は崎義一というらしい。らしいと言うのは、人にそうだと教えてもらったからだ。
 一年半前、交通事故で記憶を失った。回りの皆が色々な事を教えてくれるが、そうなのか?と思うだけで、ピンとは来ない。
 記憶を思い出そうと当時は躍起になったが、思い出そうとすればするほど、疲れるだけで何も変わらなかった。
 それなら、新しい人生に慣れてしまおうと、考え方を変えた。
 オヤジの秘書である島岡が専属の家庭教師になり、仕事上のオレの役割や交友関係を叩き込まれ、おかげで仕事には差し支えがない位、記憶の再構築は済んだ。
 但し、コロンビア大学は一応休学となっている。さすがに、大学の友人関係までは島岡も知らず、ボロが出ないため仕事を理由に休むことにした。
 現在オレが記憶喪失だと知っているのは、身内の人間と島岡だけだ。
 でも、たまに思うんだ。何かとても大切なものを忘れている気がして………。
 
 
 絵利子に連れられて入ったマンハッタン音大のメインホールは、ほぼ満席だった。
 ジュリアードと並んで有名なこの大学は、合格率が低く厳しいが、それだけに学生のレベルは高く、世界中から留学生が集まっている。この演奏会も授業の一環だそうだが、低価格でプロ並みの演奏を聴ける機会は、そうないだろう。
 しかし、渡されたプログラムに目をやると、知っている曲名が一つも見当たらない。
 その理由を絵利子に尋ねようとしたとき、会場の照明が落とされ、メンバーが舞台に現れた。鳴り響く拍手。
 しかしオレはある一人に釘付けになっていた。
 舞台左手に位置する、第一バイオリン。そこだけスポットライトが当たっているような………。
 若い黒髪の日本人。黒曜石の瞳が印象的だ。
「音楽堂」「雨」「温室の昼下がり」
 どれも聴いたことがない曲なのに、何故かとても懐かしく、それでいて胸が締め付けられるような痛みが走った。
 第一バイオリンの音が哀しくそして切なく紡ぎだされる。時折激しい想いをぶつけているように、弓が鳴った。
 
 
"ギイ終わったわよ"
 アンコールも終わり幕が閉まったのにも気付かず、呆然と座ったままのオレに、遠慮がちに絵利子が声を掛けた。
"………あ"
"そんなによかった?"
"あぁ、久し振りだよ。こんな気分になったのは。ありがとう絵利子"
 オレは素直に礼を言った。
"ふふっ、感謝の気持ちは今日のディナーで現してね"
"たまには、優しいお兄さんが奢ってあげよう。ところで、絵利子は何度か聴きに来ているのか?"
"そうね。今回で3回目かしら。たまたま入った文化祭で初めて聴いたの。それから大ファンになって、欠かさず聴きに来てるのよ"
"へぇ"
 クラシックが苦手な絵利子にしては珍しい事だが、今の演奏を聴けば納得が行く。
"ここのカルテットって、全部オリジナルじゃない?第一バイオリンの葉山託生さんって人が作ってるんだけど、なんかジーンときちゃって"
"葉山………託生………?"
 あの曲を作ったのは、あいつだったのか。何を想って作ったのだろうか………。
 胸の奥がもやもやとした物に侵食されていく気配に、戸惑いを感じる。あのバイオリニストの顔が焼きついて離れない。
 ドアを開けロビーに足を運ぶと、絵利子は「ちょっと待ってて」とレストルームに向かった。
 オレは煙草を吸おうと、ロビー横の喫煙コーナーに廻ろうとした時、
「うわっ!」
 曲がり際、真正面から誰かとぶつかってしまった。
"すみません、大丈夫ですか?"
 オレはその人の手から滑り落ちた楽譜を拾い、顔を上げ………え?!
 葉山託生………!
 そこには、先ほどのバイオリニストが呆然と立っていた。
「怪我はない?」
 日本語でオレが訊くと、ハッとして楽譜を受け取り、
「はい、………大丈夫です」
 小さな声で、応えた。
"あ!葉山託生さんだ"
 その声に振り返ると、興奮した絵利子がこちらにかけてくる。
「絵利子………。もう少し小さな声で喋ってくれ」
 オレが日本語に変えて言うと、さっしの良い妹は言葉を変えて、
「私、葉山さんの大ファンなんです!………あの………握手してもらえませんか?」
 おしとやかに顔を赤く染め、右手を差し出した。葉山託生も照れたように、右手を差し出し、握手をして応えた。
「どうして?ギイ、葉山さんと知り合いなの?」
「いや、初対面だよ。今ぶつかってしまったんだ」
 葉山託生の顔が一瞬傷付いたように見えた。
 ………気のせいか。優しげな笑顔を浮べたままだ。
「あの、葉山さん、もし時間があったら、お茶でもしませんか?」
 おいおい、お前女からナンパするなよ。絵利子って昔から積極的だからな。
 だがオレも何故だか知らないが、このバイオリニストに興味があった。
「え?時間はありますけど………」
「うるさい妹だけど、付き合ってもらえると嬉しいな。オレも君の話、訊きたいし」
「……はい」
 葉山託生は、消え入るような笑顔で応えた。瞬間オレの胸がドキンと鳴った。
 
 
「自己紹介がまだだったな。オレは崎義一。ギイって呼んでくれ。こいつは妹の絵利子」
「葉山託生です」
 近くの喫茶室に入り、3人でテーブルを囲む。
「託生って呼ばせてもらっていい?」
「いいですよ」
「ギイ、ずるい。自分ばっかり葉山さんと喋って」
 絵利子がふて腐れたように、腕をつついた。
「あ、すまん」
「今日の演奏も、すごく素敵でした。新曲の『日溜りの中で』も、綺麗な曲で………。何を題材に作ってるんですか?」
「えっと、みんな、思い出が題材です」
「思い出?」
 これは、オレ。
 託生はふっと遠くを見るような眼差しをして、
「高校時代の………思い出です」
 呟いた。
「思い出………か」
 今のオレには、ない物だな。ま、これから作っていけばいい事だけど。
それから、たわいもない話をして午後のひと時を3人で過ごした。
 時折見せる、託生の笑顔が、何故かオレを幸せな気分にしてくれる。いつまでも味わっていたい安らかな空気。曲の雰囲気そのままに、託生の回りだけ春の日溜りのような暖かさが漂っている。
 途中、友達に呼び出されて絵利子が席を立った。
「このあとは、どうするんだい?」
「アパートに帰るだけですけど」
「アパート?寮じゃないのか?」
 確か、マンハッタン音大には、同じブロックに寮があったはずだ。
「半年程は入ってたんですけど、一人暮らしがしたくって」
「ヤバイ所じゃないだろうな?」
 マンハッタン音大、そしてコロンビア大学のあるモーニング・サイド・ハイツは、学生の街だから治安の良いほうだが、隣はハーレムだ。
 昔ほど危なくはないが、やはり危険なことに変わりはない。
「知り合いに紹介してもらった所ですし、徒歩圏内なんで大丈夫ですよ。音楽をやっている人も多いみたいで、部屋で練習もできるし」
「なら、いいんだが」
 託生のことを何も知らないのに、少しばかりの違和感を感じる。
 何故か寮を出た正当な理由が、適当でないような気がしたのだ。
「じゃ、ドライブがてらにオレ送るよ。ついでに同い年なんだし、敬語はやめようぜ」
「はい……あ………うん。でも、歩ける距離なんだけど」
「というか、煙が恋しくなったんだ」
 託生は合点がいったように「あぁ」と頷いた。
 
 
「あっちゃー、オイル切れ?」
 車に乗り込み数時間我慢していた煙草を咥えたまではよかったが、肝心のライターに火が付かない。
 すると、横からライターが出てきた。基、託生がライターを差し出した。
「え?」
「どうぞ」
「………サンキュー」
 へぇ、ビンテージ物のZippoか。かなり使い込まれているな。
「託生も煙草を吸うのか?」
「たまにね」
「ふぅん」
 また、違和感。
「吸う?」
 借りたライターと一緒に煙草を差し出すと、オレと煙草を交互に見やり、
「………ありがとう」
 慣れた手つきで煙草を咥え、火を灯した。
 ジジジと煙草の先が赤く燃え、託生の口から白い紫煙が上がるのを凝視してしまったオレを訝しく思ったのか、
「どうしたの?」
 託生が、小首を傾げた。
「いや、なんとなく違和感を感じて」
「うん、よく言われる。煙草を吸うようには見えないって」
 童顔だしね。
 自虐的にクスクスと笑う託生に、そうじゃないと言いかけた。
 託生は煙草を嫌ってるんじゃ………何を考えてるんだ。よく知らない人間を勝手に決め付けるなんて、オレらしくない。
 短くなった吸殻をアッシュトレイにねじ込み、車のエンジンをかけた。
 
 
「ごめんね。忙しいんだろうに、送らせちゃって」
「全然。ほんとはオレが託生といたかったんだ」
「え………?」
 ドライブだと称して1時間ほど連れまわした後、指定された場所に着き、車を路肩に止めると託生はありがとうとドアを開けた。
 オレは無意識にその腕を掴んで引き止め、
「また、会えるか?」
 問い掛けていた。
 視線が絡み合う。
「…………たぶん」
 自分でも理解できない衝動のまま、両腕で託生の体を抱き締める。躊躇う瞳を捕えながら、口唇を寄せた。
「ん………」
 託生の髪、柔らかな頬、薄い肩………熱い口唇。
 眩暈がするくらいの幸福感を感じ、託生が無抵抗なのを良いことに無我夢中で貪った。
 息が苦しくなったのか胸を叩く託生の手に、ゆっくりと体を離すと、託生の潤んだ瞳と赤く濡れた口唇が目に飛び込み我に返る。
「託生………オレは…………」
「………送ってくれて、ありがとう!」
 ハッとして、託生はドアを開け、アパートの中に走っていった。
 オレ何してんだろう。初対面の相手にキスしちまうなんて。それも男に。
 でも、あの口唇。知っているような気がする。何度も触れたことがあるような。口唇に手を当て撫でると、柔らかな託生の温もりが残っていた。
「会ってもらえないかもな」
 オレは大きく溜息を吐き、車を発進させた。
 
 
 その夜、オレは託生に教えてもらったアドレスにメールを打った。
 キスをした詫びと、また会って欲しい事。大学が終わる時間を教えてくれ………と。
 返事は期待していなかった。期待していたら、自分が傷付いてしまいそうだったからだ。
 予想に反して、朝返事が入っていた。
 気にしていないと。でも、大学の終わる時間はまちまちだから会えるのは週末だけだと。
 オレは嬉々として週末に会おうと返信を出した。
 
 
 翌週、託生を迎えに行った後、二人でリバーサイドチャーチ前のサクラ・パークへと足を向けた。
 忙しくてゆっくり見ることができなかったから、ぜひ見てみたいと、託生が言ったからだ。
 先週オレが無体を働いたことなどなかったかのように、託生はごく普通に接してくれていた。
「NYで桜が見れるなんて思いもしなかったから、去年初めて見たときはすごく嬉しくて」
「託生は、去年こっちに来たのか?」
「うん、ちょうど1年………かな」
「じゃあ、入学前は例のコロンビア大学のALP(American Language Program)?」
「そうそう。大学からレベル7A以上取らないと、授業受けられなくて、レッスンのみって言われたから、もう必死で。入学する前から留年が決まっちゃうなんて、洒落になんないよ」
「がんばったんだ?」
「うん」
 守ってあげたくなるような雰囲気の託生だが、ふとした時に意志の強さが垣間見える。
 マンハッタン音大は留学生に対してサポートが充実しているとは言え、言葉の壁や生活の違いなどの精神的な部分を乗り越えなければ、潰れてしまうのだ。
「あっ!」
 突風に桜が舞った。
 薄紅色の花弁が託生を包み込み、攫うように舞い上がる。
「託生!」
 託生を連れて行かれそうな錯覚に、思わず腕を掴んだ。
「ギイ?」
「すまない。………託生が消えてしまいそうで」
 怖かったんだ。
 つい出そうになった言葉にハッとし、咄嗟に飲み込んだ。
 ………どうして怖いんだ?
 自分の記憶がなくなったときでさえ恐怖を感じることはなかったのに、オレは託生が消えることを怖がっている?
「ぼくは、消えることも死ぬこともしないよ?」
「託生?」
「『絶対死ぬな』と言われたから」
「………それは、託生の恋人?」
 頭がガンガンする。鼓動が激しく鳴り、呼吸が苦しくなる。
 託生は何も言わず、否定も肯定もしなかった。
 ただ、柔らかく切なく、バイオリンを弾いていたときと同じ儚げな表情で、風に舞う桜を見やった。
 
 託生を愛している。
 
 唐突に気付く想い。
 死ぬなと言った人間に、託生にこんな表情をさせる人間に、胸の奥底から嫉妬という炎が燃え上がる。
 オレなら、こんな哀しそうな顔はさせない。全身全霊をかけて、託生を愛する。
「ギイ?」
「いや、なんでもない」
 いつか託生を縛る何者かから、奪ってやる。
 黒く渦巻く想いを隠し託生に微笑みかけると、ぎこちなく笑い返してくれた。
 ………今は、これだけでいいか。
 
 
 それから、出張がない週末は託生と過ごす事が多くなった。
 躊躇いながらも日に日に気を許してくれているのがわかる。側にいてくれる事が、託生の笑顔を見る事が出来るのが、何よりの幸せだった。
 だが託生はどうなのだろうかと不安になる時がある。約束はいつもオレから。託生からは何の連絡も入らない。アパートに迎えに行って、アパートまで送る。託生は決して部屋の中にオレを誘う事はなかった。
 託生はどういう風にオレを見ているのだろう。友人なら部屋に入れる事に大した抵抗はないと思うのだが………。
 ガラスの向こうにいる託生。オレはいつまでここで見ている事が出来るだろうか。託生の元にたどり着けるのなら………、破片で血だらけになった手で抱き締めても、託生が許してくれるなら、今すぐにでも素手で叩き割ってやるのに。
 やっとごく自然に笑うようになってくれた託生を壊したくなくて、オレは危うい衝動を胸の奥に押さえ込んでいた。
 
 
「ギイ、この頃とても楽しそうね」
 久しぶりに食卓で、顔を合わせた絵利子が言った。
「そう見えるか?」
「うん。なんか恋人が出来たみたい」
「そうか?」
 確かに幸せだが、まだ恋人に昇格してないからな。
「でも、以前にも見たことがあるのよ」
「なに?」
「二年くらい前。たまたまギイの部屋に言ったら、幸せそうな笑顔で電話してた」
 二年前………記憶を無くす前か?今と同じ顔をしていたって?
「絵利子………それはオレに恋人がいたってことなのか?」
 絵利子はしまったというような顔をして、視線を反らした。
「絵利子………!」
「誰と話してたかはわからないんだけど………、でも事故以来、ギイにそういう人から電話は掛かってないのよ」
 声が小さくなる。
「でも、絵利子は恋人がいたって思ってるんだろう?」
 女の感はするどい。それも絵利子ならなおさらだ。
「………うん」
 それじゃ、オレはその恋人のことを一年半も忘れていたってことなのか?なおかつ、今のオレには愛してる奴がいる。
 もし、記憶が戻ったら………オレはどうなってしまうんだろう。託生へのこの想いはどうなってしまうのだろう。
 託生に会いたい。今すぐ………!
 記憶が戻る前に、せめて想いを伝えたい。そして戻った時にでも、託生に側にいてもらえたら………。
 オレは雨の中を飛び出した。
 
 
 託生の部屋のドアを息を整えながらノックした。ややあって、ドアが開く。
「ギイ………!」
「託生」
「どうしたの?濡れてるよ、入って」
 突然現れたオレに驚きと戸惑いを瞳に映し、託生は部屋に導きいれた。
初めて入る託生の部屋。託生の甘い匂いが冷えたオレの体をふわりと包んだ。
「タオル持ってくるから、待っ………ギイ?!」
 オレは託生を抱き締めた。
「お前が………好きだ!」
 託生の頭を肩に押し付け、
「オレ………、一年半前事故で記憶を無くしたんだ。その時、付き合っていた恋人がいたらしい。その恋人が誰かは、わからない。記憶が戻った時、オレ自身どうなってしまうのかもわからない。………でもオレは、今、託生を愛してる」
 託生は、オレの背中に腕を廻し、子供をあやす様に、ゆっくりと撫でた。
「記憶が戻ってもオレの側にいてくれ。一人にしないでくれ。側にいて欲しいのは昔の恋人じゃなく、託生だけなんだ」
「ギイ………その人は、ギイを待ってるよ」
 諭すような口調の託生を、オレはすがるように見詰めた。
 やはりダメなのか?ガラスを割る事は出来ないのか?
 託生はこつんと肩に額を当て、言葉を続けた。
「連絡が取れなくなった事を泣いて、それでも待って、待ちくたびれてNYまで来て………記憶喪失になってることがわかって………でも、やっぱり忘れられなくて………」
 託生は肩口に埋めた顔をゆっくりと上げた。泣き笑いのようで、それでいて天使の微笑で。
「まさか………託生…………?」
「記憶を無くしても、それでも僕の事を愛してくれて………」
 独り言のような呟きを、オレは信じられない想いで訊いていた。
 託生がオレの恋人だった?忘れていた事を責めもせず、何も言わずに今まで側にいてくれたのか?
 では、あの託生が作った曲は、オレへのメッセージ。苦しいほどの想いは、オレへの想い。
 ガラスの扉が今開かれた………!
「託生………!」
 息が出来ないくらい、きつく抱き締めた。
 託生は肩に頬を埋めて、
「待っていたんだよ………」
 囁いた。
 これが運命なのか?何が起こっても託生に帰るのは、初めから決められた事だったのか?
「ギイ………」
 涙に濡れた顔に微笑を浮べ、まっすぐにオレを見る。何者にも汚されない澄んだ瞳。そこに映るオレの姿を見つけた時、遠い彼方に置き去りにした記憶が蘇った………!
 そうだ。オレはこの瞳に憧れてたんだ。ずっとずっと昔から、この瞳に映る人間はオレだけであって欲しいと願い続けてきたんだ。
 万感の想いを込めて、口唇を重ねた。しっとりと託生がオレを包み込んでくれる。
「託生………愛してる」
「うん。ぼくも………愛してるよ」
 何度もキスを重ね、熱い想いを確かめ合う。キスだけでは想いを伝えきれなくて、オレは託生を抱き上げベッドに向かった………。
 
 
 雨音が静かな室内にひそやかな調べを鳴らしている。時折強く吹く風も、今はそよ風のように優しく通り過ぎた。
 汗に濡れた託生の前髪をかき上げ、額に口付ける。
 ベッドサイドには幸せな笑顔を浮べた、二人の写真が置かれていた。
 ずっと、オレを想っててくれたんだな。
 どんな想いでNYに来たのか、どんな想いで再会をしたのか………。
 託生はいつだって、オレを受け止めてくれる。泣かせてばかりで薄情なオレなのに、全てを包み込んで愛してくれる。
 忘れててごめん。待っててくれてありがとう。………愛してるよ。
 オレの心が聞こえたように、ふと瞼を上げ幸せそうな微笑を浮べた。
「ひとつ曲が出来たよ」
「想い出じゃなく?」
「うん。題名は決まってるんだ」
「何て?」
「『Destiny』」
 Desteny………、これが運命ならオレ以上に幸せな奴はいない・・・。
 
 
自分で言うのもなんですが、一番のお気に入りはこれだったりします。
託生くん=健気で芯の強い、そしてギイを心から愛していると思ってます。
ある意味、ギイよりも大人………かな?
ここで出てきた曲名で、いつかオリジナルのMIDIを作るのが夢です。
(2002.9.4)
 
えーっと、以前は自分の思いだけでがむしゃらに書いたので、書きたかったエピソードらしきものも全部すっとばしていました。
が、先日いただいた拍手を読んで、やっぱり書いておきたいなと思ったので、少し書き直しました。
ほんとに、少しだけですけどね(苦笑)
(2007.8.17)
 
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