siphon(2004.12)

「ギイ、そろそろお茶にしない?」
 ノックと同時にドアが開かれ、隙間から託生を顔を覗かせた。
「そうだな………。託生はバイオリンの練習終わったのか?」
 キーボードを叩く手を休め、振り向きざま問いかける。
「うん。課題も終わったし、後はゆっくりしてもいいかなって」
 小首を傾げるその様子に、昔と変わらないなと微笑ましく思いながら、時計の針を見た。
 
 
 託生と新しいマンションで暮らし始めたものの、オレは仕事、託生は大学やカルテットの練習とお互い忙しく、たまに揃ってマンションに居たとしても、片付けることが山積みで、なかなか顔を合わせることができなかった。
 そこで提案したのがお茶の時間。
 その時だけは、お互い手を止めて二人の時間を持とうと、オレから言い出した。
 託生はオレがどれだけ忙しくても、物分りのいい………その分、溜め込んでしまう性格である。
 反対に、託生が演奏会の練習などで忙しい時、偶然オレの休みと重なった日は、オレが悶々と過ごす事になる。
 この事が原因で、数週間前数年ぶりに喧嘩した。
「構ってくれ」
 と、子供のように駄々を捏ねだしたのはオレの方だが、
「ギイだって、そうじゃないか!」
 と託生が珍しく爆発し、自分の日頃の行いと託生の溜め込んだ気持ちに気付かされ、どれだけ託生に甘えていたのか反省しきりだったのだ。
 学生時代ルームメイトだったし、恋人が一緒に住むのは当たり前と思っていたオレは、二人で生活する事を自分の都合の良いように解釈していたように思える。
 その後、泣かせてしまった託生を宥めながら、お互いの為にルールを決めようと話し合ったのだった。
 
 
 ノートパソコンを閉じ、ドアの前で待っていた託生の肩を抱きキッチンに移動する。
 オフホワイトの柔らかな壁に合う、木目が優しいテーブルセットは、引っ越して直ぐ二人で店を廻り吟味して買ったひとつだ。
 そこに、予め託生が用意してくれていたフラスコとロートを引き寄せた。
 元々ネルドリップで入れていたのだが、
「サイフォンは、理科の実験のようで面白いね」
 と喫茶店でバイトをしていた時の事を託生が話したことから、サイフォン式に変えたのだ。
 味はマイルドになるが、実の所ドリップで入れるより簡単なので、不器用な託生でも大丈夫。
 そんなことは、口が裂けても言えないが。
 アルコールランプに火を点し、フラスコをセットする。
 ポコポコと沸騰してきたら豆を入れたロートを差込み、湯が上に上がるのを待つ。
 粉を沈めしばらく待ってゆっくり掻き回し、1分後火を止めてコーヒーが落ちてきたら出来上がりだ。
 その間、託生は両手で頬杖をついて何も言わず過程を見ているのだが、その表情が子供のようで無意識に顔が緩んでくる。
 毎回、出来上がるのを真剣な顔で見詰めているのだ。
「そんなに面白いか?」
「え?」
「いや、いつも真剣に見ているからさ」
「うん。透明な液体がギイの魔法でコーヒーになってるみたい」
 ぶっ!
 大爆笑したオレに、とたん頬を膨らませる。
「思ったとおりに言ったのに、そんなに笑わなくったっていいだろ」
「いや………くくくっ………託生は可愛いなぁと思って………」
 笑いを堪えているオレをギロリと睨んで、
「もう、出来てるよ」
 コーヒーカップを滑らせた。
 ロートを引き抜き、カップにコーヒーを注ぎ入れようとして、だが笑いに震えた手元が狂い飛沫が飛んだ。
「熱っ!」
「ギイ?!」
 慌てて席を立ち、タオルを片手に戻ってきた託生は、オレの手を心配そうに見詰めた。
「大丈夫。ちょっとかかっただけだよ」
「でも、冷やした方がいいんじゃない?」
 まるで自分が怪我したかのように痛々しい表情を浮かべる託生に、不謹慎だが嬉しさが湧き上がる。
 数ヶ月前、オレが記憶喪失の時、託生は笑顔を見せたりはしたが、ふっと微笑むというような感じで、こんなにコロコロと昔のように表情を変える事はしなかった。
 それだけ辛い想いをさせていた事に、当時のオレをブン殴りたい気分になるが、今素直に自分の気持ちを顔に出す託生が愛しい。
「ギイ?」
 覗き込むようにオレを見上げた託生の唇に吸い寄せられるようにキスをした。
 甘く柔らかい唇を味わい、おまけにと頬に軽いキスを落として顔を上げると、目尻を赤く染め何か言いたげな瞳とぶつかった。
 「心配したのに」という所であろうか。
 せっかくいい気分になったのに文句を言われては堪らない。
「ほら、冷めちまうぞ」
 託生が口を開く前に、コーヒーを注ぎ入れ椅子に座らせた。
 持って帰ってきた仕事は、先程までやっていた報告書が最後だ。
 お茶の時間が終わったらベッドルームに移動しようと、託生の憮然とした顔を見ながら心密かに決意した。
 
 
3日連続アップ;
えぇっと、一昨日言ったとおりボロボロと過去の遺物で出てきてまして。
途中まで書いて放っておいたモノとか、何の話書こうと思ってたんだっけ?というようなわけわかんないモノとか色々と。
中には二人でAV見てるのとか(爆)
これは、途中まで書いてあって、一体何を書こうと思ってたんだ?というヤツです。
実際、元タイトル「間」だったし;
あぁぁぁぁぁ、アルツハイマーだ………。
(2004.12.26)
 
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