After FILE(2001.9)*Night*

【注意】「FILE」の続きで、かれこれ10年以上前に書いた物です。



 どうして、こんな事になってしまったのか。
 瞳を閉じても感じるギイの舐めるような視線に、ぼくの体は熱く疼きが駆け抜けていく。
 こんな痴態を曝け出してしまうなんて、ぼくはどうかしてしまっている。
 でも、もう止まらない。
 落ちていく自分を止める事が出来ない。
 ギイ………。


 今日の午後、外出先から家に帰ると、門の前に見慣れない車が停まっていた。
「お客さんかな?」
 挨拶だけしてさっさと部屋に戻ってしまおう、などと算段をしながら、
「ただいま」
 玄関のドアを開けた。
「あら、お帰りなさい」
「よっ、お帰り」
 母親の声に続き、麗しのレインボーヴォイスが、響いた。
「え……ギ………ギイ?!」
 終業式の日、成田で別れ、NYにいる筈のギイが、満面の笑顔で手を振っている。
 母親の手前、ギイの胸に飛び込みたい欲求を押さえ、
「いつ日本に帰ってきたんだい?」
 努めて平静に言葉を選ぶ。
 けれど顔を見ることの出来なかったこの何日間寂しくて寂しくて、気を付けても自然に顔が緩んでいくのを止められない。
 そんな僕の言葉には応えず、
「託生、これから別荘に行くから、荷物用意してこいよ」
 突拍子のない事を言った。
「へ?」
「崎さんに誘ってもらえるなんて、よかったわね。早く用意してらっしゃい」
 手間が省けるように、根回ししていたのだろう。母親にまで急かされて、10分後には、車の中。
 そうして、ぼくは突然現れたギイに、拉致されてしまったのだ。


 途中で夕食を取り、別荘に着いたのは日が暮れてからの事。夏休みが始まって以来会うことが叶わず、考えている事は無言でも通じ合ったぼくたちは、寝室のドアを開ける。
 その時、ぼくは重大な事を思い出してしまった。
「ごめん、ギイ。ぼく慌てて用意したから、誕生日のプレゼント家に忘れちゃった」
「えぇ?!オレ、すっごく楽しみにしてたのになぁ」
 あからさまに落胆したギイに、慌ててもう一度頭を下げる。
「ほんと、ごめんね、ギイ。帰ったら、すぐプレゼント渡すから」
「いやだ」
「え?」
「オレの誕生日、今日だもん」
 ぷーっと頬を膨らませ、子供のようなギイに噴出してしまう。これがクールビューティと評されているギイだろうか。笑いが止まらない。
「ごめんってば」
「笑いながら謝られても、真実味がないぞ」
 じろりと睨み、けれど落胆した様子はありありで、
「じゃあ、何かぼくに今できることはない?何でもするよ」
 つい、口走ってしまった。
 とたん拗ねていた瞳は、悪戯っ子の瞳に取って代わり、にやりと口元を歪ます。
「何でもするんだな?」
 やられた!そう思っても、後の祭り。何度やられても、学習能力のないぼく。ここまで来たら、天然記念物ものだ。
「う……うん。ぼくに出来ることだったらね」
「じゃ、写真撮らせてくれ」
 何を言われるんだろうと、とっさに身構えたぼくに、ギイはあっさりと希望の品(?)を口にした。
「写真って、電話で言ってた?」
「そう」
「いいよ。じゃ、撮って。立った方がいい?」
 な〜んだ。そんな事だったのか。気恥ずかしい感じはするけど、そのくらいならどうってことないと、ぼくが立ち上がると、
「そのままじゃない」
 と、ギイが言った。
「託生、服脱いで」
「えぇ?!」
「オレ、どんな写真を撮るかとは、言ってなかったよな、託生?」
「ま……まさか………ギイ」
「託生のヌード写真が欲しい」
「や……やだよ!!!」
「お前、写真撮らせてくれるっていったよな?」
「言ったけど………でもでも、まさかヌードとは思わなかったから」
「それに、今、何でもするって言ったよな」
「…………」
 言ったけど、そんな恥かしいこと、絶対できやしない。カメラの前で裸を見せるなんて………それを、ギイが持っているなんて………絶対できない。
「託生?」
「………出来ないよ」
 俯いたままぽつりと呟くぼくに、ギイは大きな溜息を吐く。
「約束だったのになぁ」
「ごめん……あの………それ以外のことだったら………するから」
「今度は、絶対だな?」
「う………うん」
「何を言っても、いやだと言わないな?」
「うん」
 一呼吸して、ギイはコホンと咳払いをした。
「目一杯妥協して………託生が一人でエッチしているところが見たい」
 今度こそ、ぼくは気が遠くなった。
「なななな…………」
「今度こそしてくれるんだろうな?」
 じろりと凄みを利かせ、ぼくを睨む。
「そ………そんなの見たって、たたたたたのしくないよ!」
「託生は楽しくなくても、オレは楽しいんだ。やってくれるよな」
「本気なの?」
「オレは、いつだって本気だよ」
「しなくちゃ、ダメ?」
「ダメ」
 真剣なギイの瞳をおずおずと見返す。許してもらえそうにない雰囲気に、ぼくは立って、シャツのボタンに手を掛けた。見詰めているギイの瞳が恥かしくて、視線を合わせないように、シャツを脱ぎ去る。
 ズボンのベルトを外そうとして、許しを請うようにギイを見ると、優しい瞳をしたギイは、首を横に振った。


「託生のいつもの姿勢でいいよ。座ったまま、それとも、ベッドに横になるのか?」
「あ………の………壁に寄りかかって…………」
「うん、じゃ、枕置いてやるよ」
 ギイは言いながらベッドの壁際に枕を置き、ぼくの腕を引き座らせた。
「ギイ………」
「見せてくれよ、託生」
 ギイの熱い目が、ぼくを翻弄させていく。裸体を曝け出すだけでも、顔から火が吹き出すくらい恥かしいのに、こんな一番見られたくない姿をギイの前に出すなんて。
 けれども理性とは裏腹に、見られているだけでぼくの中心が熱く疼いてくる。
「ほら、託生」
 ギイに促されて、ぼくは自分自身を手で包み込んだ。とたん、甘い刺激が背筋を駆け抜ける。
「あぁ……ん………」
 ギイの喉がごくりと鳴った。
 瞳を閉じていてもわかる、ギイの熱い視線。
 ぼくは今どんな顔をしているのだろうか。ギイが触れているわけでもないのに、鳥肌が立つくらい全身でギイを感じていた。
「ん………ギイ………ギ……イ………」
「綺麗だよ………託生」
 じっとぼくを見ているギイに、薄く瞳を開いて懇願する。
「ギイ………も………ぅ………ゆるし………て…………」
「ダメだ。託生、もっと脚を広げて………」
 少し上ずったギイの声に何故か逆らえず、素直に脚を広げていく。
 イの瞳には、何もかも露になったぼくが映っているはず。ギイが欲しくて堪らずに、ひくついている秘所も、全部………。
「は……ぁ………ギイ………ギイ…………!」
「託生……すごいよ………」
「ね………ギイ………キスし………て…………」
「ダメだよ。オレは見ているだけだ」
「お願い………おかしく………なっちゃう………」
「おかしくなっていいから」
「あ……ぁ………お願い………」
 ギイはすっと立って、ぼくには指一本触れず、耳元に口を寄せた。
「写真………撮っていいなら、キスしてあげるよ」
「………え?」
 朦朧とした頭では理解できず、ぼんやりギイの瞳を見詰め返す。
「託生………写真、撮らせてくれ」
「や………」
「そうしたら、楽にさせてあげるよ」
 フッと耳に息を吐きかけ、右手でぼくの乳首を掠める。
「あぁ!」
「いい?」
「……い………ぃ………だから………お願い………っ!」
 言い終わらないうちにぼくの口唇は、ギイの熱いそれに塞がれた。まるで脱水症状の患者のように、ギイの口内から流れ込む甘い蜜を、無我夢中で絡めとる。
「ん……ギイ………もっ………と…………」
 離れた口唇を追いかけて、ギイに縋りつくと、
「写真撮ってからだよ」
 チュッと軽いキスを弾ませて、いつの間にか置いてあったカメラをサイドテーブルから取り上げた。
「あ………や………撮らないで…………!」
 パシャ………。
 ストロボのライトが一瞬光り、また闇に包まれた。
「託生………」
 満足そうなギイの声に、ぼくは羞恥で顔を上げられない。こんなこと………、こんな痴態を撮られるなんて………。
 俯いたぼくの顎に手を掛け、
「すごく綺麗だったよ」
 優しくギイが囁いた。
「ギイ………」
 そして、ぼくの手を包み込むように右手を重ね、ぼくを高みへと連れて行く。
「あ……ギイ………ギイ………あぁ!!」
 頭が真っ白になる瞬間。
 ぼくの荒い呼吸だけが、静まった部屋に響いていた。
「託生?」
 ポロポロと涙が溢れ出てくる。
「ごめん、託生」
 ギュッっと震えるぼくを抱き締め、髪にキスを落とした。
「怒ってるか?」
 無言で首を横に振る。
 怒っているわけではない。こんな自分を認めたくなかったんだ。こんな恥もなにもかも忘れて、それでもギイを欲しがる傲慢な自分を認めたくなかった。
「これ、折ってもいいよ」
 デジカメから抜き取ったメモリーカードを、ギイが差し出した。
「どうして撮ったの?」
「一番綺麗な託生の写真が欲しかった。オレだけにしか見せない、最高の託生の写真をね。それに………」
 ギイが言いにくそうに言葉を切る。
「それに?」
「自信が欲しかった。いつも託生淡白だろ?オレは四六時中、お前の事欲しがっててさ、3年になってから以前よりは素直に求めてくれるようになったけど、でも、本当はどうなんだろって。お前、本当の気持ち隠しちまうから」
 だから?ぼくが恥かしがって、気持ちを抑えてたから………。
 ぼくはメモリーカードを、ギイの手に押し付けた。
「折らないのか?」
「これ、誕生日のプレゼントなんだろ?だから………」
「ありがとう」
 頬に優しくキス。
 素直になれなくて、ごめんね。不安にさせて、ごめんね。ぼくだって、いつもギイのこと考えているんだよ。
 口には出せなくて、ギイの背中に廻した腕で、ぎゅっと彼を抱き締めた。
「ところで」
 ふいに真顔になったギイに「何?」と首を傾げると、
「オレ、もう限界だ!!」
 突然、押し倒されてしまった。
「ちょっ……ちょっと、ギイ。ぼく、まだ、息が………」
「あんな託生見せられて、これ以上我慢しろっていうのか?!うるうるの涙目で誘われて、必死で我慢したんだぞ」
 言いながら、乱暴に自分の服を脱いでいく。
「我慢しなくてよかったのに」
 ぼくの言葉に一瞬動きを止め、ニッと不敵に笑うと、
「そうか。じゃ託生がいやだと言っても、我慢しない事にしよう」
 とんでもないことを言いながら、ぼくに口付ける。
「いや、そういう意味じゃなくって……ん………」
「愛してるよ、託生。最高の誕生日だ」
「だから、違うって………」
 さっきまでの、感傷的な雰囲気はどこへやら。
 明け方まで寝かせてもらえなかったのは、言うまでもない。


「FILE」の続きでした。
裏事情はこちらへ。
(2013.9.26)
 
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