蒼い月 (2002.4)*Night*

注 イレギュラーな上、ギイ受け+オリキャラ攻めです。
  苦手な方はバックしてください。
 
 
 
 
 
 肩を撫でる冷たい風に、ふと目が覚めた。
 傍らに眠る託生を起こさないように腕枕を外し、素足で開けっ放しの窓に近づく。
 その瞳に映ったのは、漆黒の闇に浮かぶ蒼い月………。
 控えめに夜空を照らすその光に、オレの心は時間を飛びあの場所へと戻ってしまう。
 あの場所。一年前の300号室に………。
 
 蒼い月 思い出すのは あなたのこと――――――――――。
 
「また、やっちまった………」
 裏庭の日溜りに腰を降ろし、苦々しい思いを噛み締めるように、内ポケットから煙草を取り出し火を付けた。
 託生を追いかけて、この祠堂に入学したと言うのに、なんて様だ。想いを告げられないばかりか、気が付けば託生の冷たい視線を背中に感じ、片倉と教室を出て行く託生を何も言えずに見詰めているだけ。
「絶望的だよな………」
 深く吸った紫煙を吐き出し呟いた。
「何が絶望的だって?」
 背後から降ってきた声にギクリと肩が揺れる。
 喫煙現場を見つかれば、一週間程停学を食らうだろう。停学は構わないが、一週間も託生の顔を見ることが出来ないのは辛い。
 話の通らない人間だとやっかいだよな。
 オレは渋々といった感じで、煙草を片手に振り向いた。
「松原………先輩………」
「よ。せっかくの喫煙タイムを邪魔してすまないね」
 言いながらオレの煙草を奪い、深く紫煙を吸い吐き出した。
「先輩。それ火を付けたばっかりなんですけど」
「堅い事言うなよ。部屋に忘れてきてしまったんで助かったよ」
 ニコリと微笑み、また煙草に口をつける。
 松原祐樹。300号室の住人。
 もちろん顔は知っていたが寮では階も違い、顔を合わせて話をしたのはこれが初めてだった。
 親しげに投げられる柔和な微笑み。しかし誰も逆らえないような意志の強い瞳が、心の奥底まで見透かしてしまいそうでオレは視線を反らした。
「それはそうと、何か悩んでるのか?」
「いえ、別に………」
 先輩として後輩のお悩み相談に乗ろうというのか。優しい笑みを浮かべたままオレに話し掛ける。
「そうか………。俺はてっきり葉山への片想いで悩んでいるように見えたんだけどな」
「先輩………?!」
 図星を指され、咄嗟のことにポーカーフェイスが崩れたオレを、楽しそうに見やる。
「そんなに驚くなよ。崎を見ていればそのくらいわかるさ」
 眉を片方上げ、短くなった吸殻を空き缶にねじ入れた。
「だとして、先輩はその悩みの答えを持っているんですか?」
 いささか憮然として質問をすると、
「いや」
 両手を挙げ、そっけない返事が返ってきた。
「……………それなら放っておいて下さい」
 苦手な人間ではないが、一筋縄ではいかない気配を察し、オレは腕時計で昼休みの残り時間を確認して立ち上がった。
「なぁ、崎。恋愛の最終地点には何がある?」
 失礼しますと歩き始めた背中に、突拍子もない質問が飛んだ。
「最終地点………ですか?」
「そう」
 歩みを止めたオレに、もう一度座れと手振りで示し、仕方なく隣に腰掛ける。
「………SEXですか?」
「大正解」
「それが、どうしました?」
「ようするに、崎は最終的には葉山を抱きたいわけだ」
「………そういう事になりますね」
 何もかも知っているぞと断定的な物言いをする先輩に、隠しても仕方がないと判断をしたオレは、肯定の意志を告げた。
 そのオレに納得したのか、ちらりと視線を投げ掛け言葉を続ける。
「男同士の恋愛において、受ける方の負担が大きい事は知っているか?」
「ある程度は」
「その痛みを知らないと、葉山に申し訳ないとは思わないか?」
 言われてみれば、そうだ。まだ片想いではあるが、託生と100%恋人にはなれないと決まったわけではない。万に一つでも可能性が残っている。
 女を抱いたことはあっても、男を抱いたことはない。ましてや、男に抱かれたことなど、一度もない。
 恋人になって想いを交わす仲になれた時、託生だけに負担をかけるのはオレの一方的な我侭だ。
「教えてやろうか?」
 考え込んだオレの顎に手を掛け、悪戯っぽく先輩が囁く。
 愛のないSEXなんて遊びと一緒だ。危険だと警告がなっているのに、先輩の瞳の色に逆らえない。
 了承の意志を交えた言葉遊びで、応戦を試みる。
「先輩が上手いという証拠はないですよ」
「じゃあ、確かめてみろよ」
 触れ合う口唇からふっと息を吹きかけられ、オレは瞳を閉じた。軽く触れた口唇を舌でそろりとなぞられ口を開くように促される。
 熱く滑った舌の感触を感じた瞬間、オレはゆっくりと押し倒され先輩の重みを受け止めた。
 そして、忍び込んできた舌が生き物のように、オレの口内を荒らしていく。きつく吸っては押し返し、絡み合い、いたるところを愛撫されオレは 無意識に先輩のペースに巻き込まれてしまった。
「う………」
 有に3分はあっただろうか。
 唾液に濡れた口唇を引き剥がした先輩に、オレは乱れた吐息を漏らすことしかできない。先輩を見るオレの瞳は、たぶん欲望に濡れているのであろう。
「証明にはなったか?」
「………なりました」
「成立だな。消灯後、体育倉庫で待っている」
 ニヤリと笑い、その場を去る先輩の向こうで、昼休み終了のチャイムが鳴り響いた。

 
 章三に適当な言い訳を告げ、明かりの一つもない体育倉庫に忍び込むと、先輩は壁にもたれ煙草をくゆらせていた。
 オレを確認して、片手を挙げる。
「遅かったな」
「すみません」
「ところで、葉山はその後どうだった?」
 唐突な話題転換に、頭を切り替える。
「え?託生はあの後何のトラブルもなく、寮に戻りました」
「そうか」
 先輩は宙を見詰め押し黙った。
「先輩?」
「崎。お前は何があっても葉山を想っていろ」
「………はい」
「これが教えてやる条件だ」
 自分に言い聞かせるような口調に、先輩も苦しい恋をしているのかと喉元に上がった言葉を飲み込む。
 どうせ体だけの関係になるだろう。それ以外、何も知る必要はない。
「キスは覚えたか?」
 優しく囁かれ、オレは答えないまま先輩首に腕を廻し、昼間覚えたばかりの口づけを実行した。
 ゆっくり口唇を離して先輩の評価を待つ。
「さすが崎だな。飲み込みが早い」
「お褒め頂いて光栄です」
「脱がしてやろうか?それとも自分で脱ぐか?」
「自分で脱ぎます」
 無言のままお互い服に手をかけ、床に落としていく。わずかな月明かりが先輩の裸体を浮かび上がらせる。無駄な筋肉が一切ついていないしなやかな肢体。
「崎。個人差はあるが性感帯は大体一緒なんだ。自分の体で覚えておけ」
「はい………」
 土の匂いがするマットの上に二人して倒れこみ、口唇を重ねる。まだまだ勉強不足だなと思い知らされるキスに翻弄させられ、知らずうめき声が漏れる。
「声出していいぞ。誰もここには来ない」
「くっ………先輩………」
 絶え間なく与えられる愛撫に、体がざわめいていく。恋愛感情のないSEXでも感じる事ができるのだなと冷めた頭の片隅で考えながら、汗に濡れた先輩の肩に置いた指先に力を入れた。
「挿れるぞ………」
「はい………」
 オレが託生にしようとしている事は、どんな事なのか。
 好奇心と不安で固まったオレの髪にキスを落とし、先輩は身を深く沈めた。
「ぐ………っ…………」
 息が詰まる。
「力を抜け。崎」
「は………」
 意識的に浅い呼吸を繰り返し、強張る体をなだめる。
 苦しい………!
 知らずに零れてしまった涙を、先輩の舌先が追いかけ、意識が反れた。
「辛いか………?」
 声も出せずに頷いたオレに、
「挿れる時だけは、体が慣れるしか仕方がない。しかし、快感に変える事はできるぞ」
「そんなこと………」
 出来るのかと疑いの眼差しで見上げたオレに、ふふっと笑い、
「変えられるかどうかは、抱く側の力量だな」
 そう言って角度を変え、深く突き上げた。
 とたん、背筋に走る電流のような快感………!
「あうっ………!」
「ここだろ?」
 薄く口元に笑みを浮かべ、ゆっくりとそのポイントをなぞる様に腰を動かす。
「あ………はぁ………」
「覚えておけよ、崎。最初から最期まで痛い思いをさせないようにな」
 口唇を軽く合わせ囁いた先輩の舌が、ぬるっと口内へ忍び込んだとたん、スピードが増した。
「あぁ………!」
 注ぎ込まれる快感にオレは夢中で先輩の頭をかき抱いた。汗に湿った髪の感触に、オレの体が煽られていく。
「先輩………!」
「イッていいぞ」
 耳元に響く甘い低音に、オレの頭は真っ白になり精を放った。
 

 その日から始まった体育倉庫での逢引。
「今日の葉山は何をしていた?」
 必ず問われる質問。
 オレの気持ちが託生から離れていないのを確認してから、先輩はオレを抱く。
 何の為に、オレを抱くのか。
 尋ねたい気持ちはあったが、それを訊くのはタブーのような気がして、ただ、今は張り詰めた生活のたった一つの息抜きに夢中になった。
 託生の事で落ち込む度合いが大きいほど、先輩を求めてしまう。
 でも、こんな生活も長くは続かない。春はすぐそこまで迫っていた。

 
「消灯後、ゼロ番に」
 卒業式のあと擦れ違い様に囁かれたオレは、暗い廊下を足音を立てないよう300号室に向かった。
 何度も体を重ねたがゼロ番に呼ばれたのは、初めてだ。
 小さくドアをノックすると待っていたかのようにドアが開き、先輩が室内に招き入れる。
「卒業、おめでとうございます」
「ありがとう。おっ、これはビールか?」
 目ざとくオレの手が握っている紙袋に目をやると、嬉しそうに微笑んだ。
「やっぱりお祝いにはビールでしょう」
 冷えた缶を取り出し、ソファに座ってカチンと乾杯する。
 今夜で終わりだ。
 無言で缶を傾けるオレに、前を向いたまま先輩が呼んだ。
「崎」
「はい?」
「今夜は………お前が抱け」
「………え?」
 言われた意味が理解できず、まじまじと瞳を覗き込んだオレに、
「お前が、抱け。………そして、朝になったら全て忘れろ」
 有無を言わせない瞳で、真っ直ぐに視線を合わせる。
「先輩………」
「祐樹でいい………」
 すっと立ち上がってオレの手を取り、ベッドに向かう。誘うようにベッドに腰掛け、腕を伸ばす。
「祐樹………」
 二人してベッドに倒れこみ、深い口づけを交わす。
 今までと逆の立場に、戸惑ったのは最初だけ。これが本能なのか。眉間に皺を寄せ快感に耐える先輩の横顔に、煽られていく。
 自分が知る限りの愛撫で、先輩の肌が赤く染まっていくのを目を細めて眺めた。
 そして、深く身を沈める。
「く………」
「祐樹………!」
 最奥まで達した時、オレは確信した。先輩は抱かれる側の人間だということを。
「……………」
 先輩の口が誰かの名前を刻む。
「祐樹………?」
「何でも………ない………もっと………崎…………」
 腰を押し上げ強請る先輩に、揺れてしまう腰。
「祐樹………愛してる…………」
 自然に出た言葉に驚き、動きが止まってしまったオレに、
「………俺も、愛してるよ」
 そう言って深い口づけを重ねる。
 二人で高みへ昇りきった時、オレの瞳に焼きついたのは、窓に浮かぶ蒼い月と汗に濡れた白い肌。
 偽りの関係の終着駅。
 しかし、その時オレは心から祐樹を愛していた………。

 
 一年の月日が流れ、今オレの側には託生がいる。
 愛しい、オレの恋人。
 でも………こんな月の晩は、思い出してもいいだろう?
 たった一晩だけの、美しい恋人のことを。
 
 蒼い月 思い出すのは あなたのこと―――――――――。



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