Arcadia(2010.10)

 カーテンの向こう側が白み始めたのに気付き、ベッドから起き上がった。
 手探りでベッドサイドのスタンドを付け、外していた腕時計を覗き込むと、時刻は午前5時半。
 時間の経つ早さを忌々しく思いながら、隣で丸くなっている託生を見やる。
 昨晩、久しぶりの逢瀬に手加減など出来なかったオレの全てを受け止めた託生は、最後に悲鳴のような声を残し意識を手放した。
 くたりとベッドに沈んだ体を目の当たりにして、ようやく理性が戻ったオレは、己の余りに身勝手な振る舞いに唇を噛んだ。
「ごめんな」
 呟いて、少し乱れている黒髪に右手を伸ばす。指の間から流れ落ちるような髪を何度も梳くと、託生が少し身動ぎした。
 疲れを滲ませる顔色に、もう少し寝かせてやりたいとは思うのだが、これ以上遅くなると誰かに見つかる恐れが出てくる。
 額にかかる前髪をかき上げ、そっと呼びかけた。
「託生………託生、そろそろ起きないか?」
「う………ん………ギイ?」
 目を擦る手を外して「おはよう」と目尻にキスすると、託生はくすぐったそうに身をよじり、素直にオレの腕に支えられて上体を起こし、すっぽりとオレの胸に収まった。
 一連の行動がベッド横の壁に映り、二人の影が一つに重なるのを目にして、その事実が愛しくなる。
「ギイに起こしてもらうのって、久しぶりだね」
 ふと、腕の中でぼんやりとしていた託生が、遠くを見るような眼差しで呟いた。
 最初に目に映るものがオレであってほしいとの願いから『恋人の特権』を口実に強引に押し通し、当たり前のように毎日オレの声で目を覚ましていた託生。
 遠い昔話をするような切なさと寂しさが交差した声に、やるせない想いが胸の中を過ぎる。
 日ごろ、友人以上の付き合いはないように見せかけた無理矢理な設定に託生を巻き込み、「付き合っていない」と口に出すたび傷付くお互いの心。
 どんな嘘でもすらすらと言えるのに、託生との関係を否定する事だけは理性を押し殺さないと言えはしない。
 どれだけの負担を託生にかけているのか。そして、そんな自分勝手なオレを許してくれる託生に、どれだけ慰められているか………。
「オレがどんなに声かけても、なかなか起きなかったんだよなぁ」
 罪悪感と自己嫌悪に沈みそうになった自分の気持ちを隠し、少しでも託生の心が軽くなるようにと茶化して声をかければ、
「あの時は、ごめんって」
 バツの悪そうな顔をして託生は頬を染め、上目遣いにオレを睨んだ。
 瞬時、子供のような表情に浮かび上がる、妖艶な瞳。
 天然な恋人の仕草にくらりと眩暈を感じつつ、昨晩、抱き潰したに等しい状態にまで託生を追い込んで苦く後悔したのを忘れたかのように、もう渇望している自分に苦笑した。
 窓の外から聞こえる小鳥の鳴き声が残りわずかな時間を告げ、託生に気付かれない様に密かに溜息を吐く。
「それより、託生………もう一度してもいいって?」
「えっ………?」
 今更ながら、託生はシーツを素肌に巻いただけの自分の格好に気付き、「うわっ」と色気のない悲鳴を上げ、オレは声を上げて笑った。
 そうでもしなければ、胸の中に渦巻く衝動を抑え切れそうにない。
「シャワー、浴びてこいよ」
 オレのシャツを羽織らせ、自制心を総動員し託生をバスルームに送り出した。
 ドアの向こうから響く水音を聞きながらカーテンと窓を開け、煙草に火を灯し紫煙を吐く。冷やりとした空気が部屋の中を一掃し、甘い時間の終わりを告げた。


 どれだけお前を求めれば、オレは満足できるのだろう。
 ………いや、多分オレは死ぬまで満足する事はないのかもしれない。
 たとえお前がオレの想いを疎ましく感じ離れようとしても、オレは絶対逃がすことはできやしない。
 オレのArcadiaは、お前だけにあるのだから。




3年生版、朝の風景というところでしょうか。
アダルティを目指したのですが、やっぱり目標は高すぎたようです(汗)
タイトルは、T-SQUAREの一番好きな曲から。
(2010.10.30)
【妄想BGM】
⇒Arcadia(動画サイト)
 
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