帰る場所(2010.9)
まず、この話は「プロローグ」の発売以前に書いたものなので、文庫版「暁を待つまで」の「恋をすれども。」の麻生と相楽の会話は構成の中に入ってません。
が、当サイト内「ノートのすみっこ」の「今更ながら「暁を待つまで」感想(?)」に書いた麻生と相楽の会話が前提になっています。 ご了承ください。 今日は土曜日。 食堂で昼食を食べ270号室に戻ると、机で書類を纏めていた三洲が話しかけてきた。 「葉山、今日はどうするんだ?」 「んー、別に街に行く用事もないし、ゆっくりバイオリンの練習でもしようかと思って。三洲君は?」 「俺はこれから生徒会室だ。文化祭もすぐだしな」 「本当に大変だね」 音楽鑑賞会が終わったばかりなのに、すぐに文化祭の用意か。夏休みが間に入るから、時間がないのはわかるけど。 「校内のどこかにいると思うが、一応鍵を持って出ていくから」 「うん。いってらっしゃい」 と送り出したつもりが、三洲はドアを開けたまま立ち止まった。 「三洲君?」 「あ………あの、葉山先輩はいらっしゃいますか?」 ドアの向こうから聞こえてきた、おどおどした声。 「ドアを開けたら、いきなり三洲新生徒会長」のシチュエーションは心臓に悪かっただろうな。ご愁傷様。 「おい、葉山、来客だ」 「えっと、何か?」 運動部なのかビシッと直立不動に立ったまま、 「あの!校門の前で卒業生の麻生さんという方が、待っているんですが………」 「麻生?………三洲君、知ってる?」 そのまま傍でぼく達の会話を聞いていた三洲に振り向くと、 「2年上の相楽先輩や石川先輩つるんでた麻生先輩じゃないのか」 当たり前のように答えた。 相楽先輩や石川先輩とつるんでた?誰だっけ? 「あぁ!図書室でよく寝ていた!」 三洲君は「はぁ」と溜息を吐くと、 「………葉山、何気に失礼だぞ」 だって、いつもそうだったんだよ。 「その、麻生先輩がぼくに何の用だろう」 「さあな。それより。彼が困っているじゃないか」 「あ、君、ごめんね。ありがとう。すぐに行くよ」 そう言うと、一年生は、直角にお辞儀をしギクシャクしながら廊下を歩いていった。 「来た来た。葉山く〜〜ん!あ、君達、どうもありがとう」 人懐こい笑顔でぶんぶんと両手を振りながら、麻生先輩が正門脇で待っていた。その横にはBMW。 麻生先輩って、お金持ちだったんだ。 「麻生先輩、お久しぶりです」 「久しぶり〜。相楽に聞いていたけど、本当可愛くなっちゃって」 「な………なんですか、それ」 相楽先輩は、一体何を言ったんだ? 「いやいや、これから予定ある?」 「別にないですけど」 「じゃあ、俺と遊ばない?夕食おごるからさ」 「え、ぼ………ぼくとですか?」 「葉山くんしかいないじゃない」 からからと笑って、「はい、乗った乗った」助手席のドアを開けた。 そのままエスコート(?)され助手席に乗り込んだものの、バシバシ感じる好奇心の目。 卒業生が迎えに来る人間の中に、ぼくが入るとは思いもしなかった。結構恥ずかしいぞ、これは。 麻生先輩とドライブを楽しんだ後、「コーヒータイム」と言われて入ったドライブイン。 標高が高いのか、窓の外には緑に輝く山々が連なっていた。 「バイオリンをやってるんだろ?」 「え?どうして知ってるんですか?」 ギイからバイオリンを渡されたのは、麻生先輩が卒業してからなのに。 「んー、さっき呼びに行ってもらった一年が『バイオリンの君』って言ってたから」 「なんですか、その恥ずかしい名前は!」 「って、俺に言ってもさぁ」 はい、そうですね。 って、もう本当に、誰がそんな恥ずかしい名前で呼んでるんだよ! 「葉山君、音大目指してるの?」 百面相になっているだろう僕の顔を、にこにこと笑いながら聞いてくる。 「あー、まだ目標が………確かにバイオリンをやってますけど、それで食べていくとかそういうのは考えてないんです」 「うーん、そうだね。音楽教師になるか、どっかの楽団に入り込むか………ソリストになれる人って一握りだろうからね」 「はい」 そうなんだ。 とりあえずバイオリンをやりたいから音大に行くだけでは、将来の目処がたたない。それでは、高い学費を出してもらう両親に申し訳ないではないか。 「じゃあさ、音楽留学してみたら?」 「はい?!」 だからって、いきなり留学?! 「うん、今はバイオリン以外やりたい事がわからないんだろ?けど、それじゃ将来が不安」 そのとおりです。 「日本の音大に行ったら、音楽の道のみになるけど、音楽留学をするともれなく語学留学がついてくる!日本の企業って、やっぱり話せる人材が欲しいわけ。それも、そんじゃそこらの学校や教室で習った語学力よりも、現地で体得したネイティブな語学力をね」 ビシッと人差し指を立てて、うんうんと納得している麻生先輩。 「ようするに、バイオリンで失敗しても、後ろ盾があるってことですか?」 「そういうこと」 麻生先輩の言いたいことは、よくわかる。わかるのだけれど………。 「でも、ぼく、英語苦手なんです」 そこが一番の問題。 ぼくの情けない顔に噴出しつつ、 「あはは、俺は話せもしないのに飛んでったやつを知っている」 としたり顔。 「あっ、相楽先輩ですか?」 「そう。もう本当、伝説の男だよねぇ」 でも、それは相楽先輩だからできた事のような気がするけど。 「まだ、時間あるんだからさ。それも一つの道ってことで、考えてみたら?」 と、麻生先輩はウインクを決めた。 色々と進路を考えてはいたものの、具体的な案など全然出ていなかったぼくには、こういうアドバイスが必要だったのだろう。焦っていた心が少し落ち着いた気分になる。 「少し楽になりました。ありがとうございました、麻生先輩」 素直に礼を言うと、 「く〜〜〜〜、やっぱり葉山くんは可愛いなぁ」 麻生先輩は、本日二度目の「可愛い」発言と一緒に、右手でがしがしとぼくの頭を撫でた。 約束どおり夕食をご馳走になり、門限に間に合うようにと正門の脇まで送ってくれた麻生先輩は、わざわざ車を降りてきてくれていた。 「今日は、ありがとうございました」 「いやいや、俺の方が押しかけちゃって………あ、鳶がやってきた」 「は?」 振り向くと、こちらに向かって歩いてくるギイ。 「やぁ、ギイ、久しぶり〜」 ぶんぶんと手を振る麻生先輩に、ギイは「誰が鳶ですか」と苦笑した。 「だってさ〜、油揚げ持っていかれちゃったし」 「油揚げ?」 麻生先輩が食べているきつねうどんの揚げを横取りしたとか? さすがにギイでも先輩のは取らないだろうと思案しているぼくの隣に立ち、 「託生がお世話になりました」 と、ギイは何故か保護者面した。 「………ほんと、腹立つなぁ」 「ギイ?麻生先輩?」 終始にこにこと笑っていた麻生先輩が、悔しそうにギイを軽く睨む。 よくわからないけど、この二人って在学当時仲が悪かったのだろうか。 ポカンと事の成り行きを見ていたぼくに、 「実は、俺、ギイとライバルだったんだ」 と苦笑した。 「えぇっと………?」 「うん、葉山君が好きだったんだよ」 「う、え………えぇ?!」 ギイを見やると、ひょいと片眉を上げる。 全然、知らなかった。 人間接触嫌悪症のぼくを好きになってくれるような奇抜な人間は、ギイ以外いないと思っていた。こんなぼくを思っててくれたなんて。でも。 麻生先輩はぼくの困った顔に「気にしなくていいよ」と声をかけ、 「でもねぇ、両思いの二人の間に割って入るほど、野暮なことはしたくなかったし」 と続けた。 「「は?」」 顔を見合わせるギイとぼくに、 「気づいてなかったのは、当人同士って?」 カラカラと笑う。 両思いって、え、どうして? ギイの気持ちに気づいたのだって二年の入寮日だったし、ぼくは気持ちを隠していたし。 そんな心の声が聞こえたかのように、 「だって、俺は葉山君を見ていたんだよ?誰を見ているかなんて、すぐに気がついた」 ぼくの頬が熱くなる。 「ギイに言うのは癪だったし、俺の方が葉山君に近いんだぞって、見栄くらい張りたかったし?」 「何の見栄ですか………」 呆れたギイの声。 麻生先輩は笑いながら車のドアを開け、 「じゃあね。今日は葉山君の笑顔が見れて、ついでに触れて大満足だったよ」 と危ない捨て台詞を残して、山道を降りていった。 「触った?!」 「ちょ………ギイ!」 「どこ触られた?!」 「どこ………って、頭だよ!ギイじゃあるまいし、麻生先輩が変な所触るわけないだろ!………あ………」 誘導尋問に敢え無くひっかかる、学習能力のないぼくの頭。 「よーしよし。変な所はオレ専用だもんな」 「バカッ!」 ふいにギイはぼくをギュッと抱きしめて、 「お前が麻生先輩の車に乗っていったって聞いて、いても立ってもいられなくて」 「ギイ………」 「託生が帰ってきて、よかった」 「心配かけて、ごめんね」 麻生先輩の気持ち知らなかったから。ギイに心配をかけてしまった。でも、ぼくの気持ちは………。 「帰る場所は、ここしかないよ?」 ギイの腕の中だけ。 「そうだな………愛してるよ、託生」 「ぼくも………」 闇夜に紛れて、キスをする。 優しくギイの暖かな手が、ぼくの髪を愛おしげに撫でた。他の誰の手とも違う、安らかな気持ち。 「このまま、オレの部屋に来る?」 「………うん」 誰もいない桜並木を、手を繋ぎながらゆっくりと上る。 ギイのいる場所………ぼくの帰る場所。 こちらも、いつものごとく、フォルダに入っていたものです。 しかしながら、今となっては原作とはかなり異なるので、アップするかものすごく悩みました。 ただアップを考えると今しかないかなぁと思いまして、中途半端な状態かもしれませんが上げてみました。 何気に麻生先輩好きです(笑) (2010.9.21) |