fragrance (2004.5)*Night*

 一日の厄介事を片付け、最後の一人が部屋を出たとたん、瞬時に託生の顔が浮かぶ事が日常化している事に苦笑いし、オレはコーヒーメーカーのスイッチを入れた。
 時刻は既に11時前。
 消灯前のこの時間、託生に会う術はなく、しかし、偶然とは言え託生を抱き締める形になってしまった休み時間を思い出し、もう一度、腕の中に閉じ込めたい衝動に揺れた。
「抱きたいよ、託生」
 即物的な言葉は、託生に届く事なく空しく部屋に響いた。
 ………はずだったのだが。
「ギイ?」
 突如届いた声に、心臓が跳ね上がった。
「た………託生?!」
 鍵をかけ忘れていたらしいドアの隙間から、まるで小動物のようにきょときょとと中を伺い、部屋にオレ一人だと確認して安堵したのだろうか、するりと身を滑らせると後ろ手にドアを閉め鍵をかけた。
「邪魔しちゃった………かな?」
 もしかして聞かれたか?と、内心慌てて無口になってしまったオレに、託生は申し訳なさそうに「ごめんね」と謝った。
「そんなこと、あるわけないだろう?」
 表情を繕い託生専用の微笑を浮かべながら、立ち尽くしている託生に近づき、包み込むように抱き締め軽いキスを送る。
「オレも会いたかったよ」
 耳元で囁くと、託生は「うん」と頷き、赤くなった頬を隠すように胸に擦り寄った。
 託生の可愛らしい仕草と甘い匂いにクラクラしながらも、廊下に面したドアの前で長居しても先には進めないと判断したオレは、背中に回した手を引き剥がし託生をソファへと案内する。
「コーヒー飲むか?ポーションしかないが………」
「うん、貰う」
 言いながら、どことなくいつもと違う雰囲気に気が付いた。
 この部屋に一人で来る事に罪悪感を感じるのか、託生はいつも落ち着かない様子で膝の上に置いた手を握り締めている。そして、おどおどと上目遣いにオレの姿を追うのだ。
 しかし、今夜の託生は、座る姿はいつもどおりなれど、視線が全く定まらない。
 ………何か、あったのか?
 3年になってから、託生とまともに話をする事が侭ならなくなり、これではいけないと思いながらも、お互いそれを承知することが当たり前のように、託生はオレに接していた。
 章三にあれこれ聞いてはみるものの、
「寂しいのはわかるが、葉山を信用してやれよ」
 と、呆れ顔で言われれば、オレも口出しすることはできない。
「どうしようもない時は、ギイに言ってるだろ?」
 フォローのように付け加えられた言葉に頷ける事はできても、やはり恋人の事は全て知っておきたいし、もっと甘えて欲しい。
 それが、オレの我侭だとしても。
 その託生が、他人の目を盗んでオレの部屋に来た。
 突然訪れた逢瀬に幸せを感じるも、不安になってしまうのは仕方がないだろう。
「薄めにしてあるぞ」
「ありがとう」
 託生にカップを手渡し、その横に座って託生の肩に腕を回した。
「何か、気になる事があるのか?」
 コーヒーを一口飲んだのを確認すると、いつも遠慮して、なかなか話し出せない託生に、オレの方から話を振った。
 というよりは、オレが気になってどうしようもないのだ。
「あ………別に、何もないんだけど………」
 歯切れの悪い託生に、ますます心配になり、
「何でも言っていいんだぞ。それとも、オレじゃ頼りにならないか?」
 わざと不安そうに顔をしかめれば、素直な託生は、
「いや、そんなことじゃないんだよ。ギイは………いつも、頼りにしてるよ」
 慌ててオレに向き直り、否定の言葉を口にする。
 こちらを向いたのを幸いに、肩を引き寄せ、空いた方の手を柔らかな頬に滑らせた。
 一分一秒でも長く託生に触れていたいオレとしては、話の合間でも時間が勿体無いらしい。
 冷静に自分を分析して、託生にわからないように苦笑した。
「でも、何かオレに言いたいことがあるんだろ?」
 覗き込めば、託生はおどおどと視線を彷徨わせ、覚悟を決めたようにポツリと話し出した。
「あ………あのさ。5時間目が終わった後なんだけど」
「あぁ!お前、怪我なかったか?オレも急いでいたから、すまなかったな」
 それは、オレの理性が弾け飛びそうになった事件だった。

 
 5時間目が終わった休み時間。
 職員室に呼び出され、階段を下りようと踊り場に出た瞬間、体育を終わらせ階段を上ってきた託生とぶつかってしまったのだ。
 オレにぶつかった衝撃で階段の下に落ちそうになった託生を咄嗟に抱き止め、最悪の事態にはならなかったのだが、実は、その後オレ自身、理性を抑えるのに必死だったのだ。
 助かったと安堵したのも束の間、腕の中の託生が顔を上げた瞬間、ヤバイと本能がオレに告げた。
 事実についていけてないだろう託生は、運動をした後特有の上気した赤い頬をし、汗ばんだ体からは託生の匂いがいつも以上に放たれ、オレの体に纏わりつく。
 同じ状況になるベッドの中を思い出しても、オレに罪はないだろう。
 しかし、その後託生の匂いが移った制服を着続けていたオレとしては、忍耐の二文字しかなかった。
 気を許すと下半身が疼き、かと言って制服を着替える気にはならず、嬉しくも苦しい状態を今まで耐えていたのだ。

 
 託生は居心地が悪そうに身動ぎすると、オレの視線から逃れるように胸に顔を押し付けた。
「あの時から………変………なんだ」
「え………?」
「あの時………ギイのコロンが移っちゃったみたいで………それで………」
「………託生?」
「ずっと………ギイを思い出して………どうしようもなくて………」
 顔を押し付ける託生を引き剥がし両手で頬を添えると、潤んだ瞳に欲情の色を乗せ、続かない言葉を熱い吐息に変えた。
 そんな託生を見て我慢できるはずもなく、オレは噛み付くように口唇を合わせ、開いた隙間に舌を捻じ込み存分に掻き回しながら、託生の体をソファに押し倒した。
「んんっ………」
 いつもの確かめるようなキスではなく、ベッドの中でしか交わさない激しいキスに、託生が抗議の声をあげたが、無視をして甘い舌に絡みつく。
託生の口内が一杯になり、耐え切れず零れた二人の唾液がソファの染みを大きくしても、止めることなどできなかった。
 同じ思いを託生が抱えていたという事実が、オレを陥れていく。
 息が苦しくなったのか、託生は胸をどんどんとたたき、やっと離したオレを力の入らない瞳で睨みつけた。
「………やりすぎ」
「オレも同じだったんだから、止まらない」
「え………?」
「オレも、あの時から託生が欲しくて堪らなかったんだ」
 言いながら託生の首に顔を埋め、パジャマのボタンを外しにかかるオレの手を両手で諌め、
「電気消して………」
 いつもどおりの台詞で、オレの体を引き剥がした。

 
「あ………ギイ…………」
 羞恥心の塊のような託生の足を、宥めながら開き顔を埋めるのが常なのだが、今夜の託生は抵抗すらなく、与えられる快感に従順に反応し声を上げた。
「託生………」
 可哀想なくらい天に反りあがった欲望を一撫ですると、先端から透明な蜜が零れ落ち、オレの手を濡らしていく。
 親指で円をかくように遊んでやれば、足りないと言っているように託生の腰が妖しく揺れ、その痴態にゴクリと喉が鳴った。
 甘美な蜜に誘われるまま、ゆっくりと舐めあげると、託生の口から声にならない喘ぎが漏れ、肌がより一層色づき匂いたつ。
「ギイ………やぁ………」
 舐めるだけのまどろっこしい愛撫に物足りなくなったのだろう、託生はオレの髪を掴み自身に押し付けた。
「銜えてほしい?」
 珍しく大胆な託生に悪戯心を起こしたオレは、左足を抱え上げ、意地悪く内股に口唇をずらし赤い花を散りばめていく。
 託生をちらりと見上げると、欲情に濡れた瞳を隠しもせず、泣き出しそうに顔を歪めた。
「託生?」
「……………お願い、ギイ」
「ちゃんと言ってみろよ」
「…………えて」
「聞こえない」
 突き放すように言葉を返すと、口唇を噛み恨みがましそうに睨みつけた。
「た〜く〜み?」
「………銜………えて…………」
 羞恥心より置いておかれる快感が勝ったのか。
「あぁ………!」
 小さく要望を訴えた託生に満足し、蜜を零し腹を汚している欲望を銜えたとたん、託生の嬌声が響く。
「ギイ………ギ………イ…………」
 名前を呼ばれるだけで、暴発しそうなくらい熱く渦巻いていく体の芯に舌打ちをし、気を逸らすため一旦口唇を離した。そして、目に映った腹の上の蜜を指ですくい、託生の奥の隠された蕾の周りにゆるゆると塗り込む。
 とたん、硬く閉ざされていた入り口が、別個の生き物のように収縮し始める。
 誘い込むようなその動きに笑みが漏れ、託生の濡れた欲望を口にすると、一気に指を差し込んだ。
「は………あっ…………!」
 瞬間、託生の体が魚のように跳ね上がる。
 突然の感覚に耐えることもできず、オレの口内にあっけなく白い欲望を吐き出した。
 ドクドクと流れ込む蜜を受け止め、ゴクリと喉を鳴らして体を上げると、放心したように体を投げ出した託生が映った。
 乱れた呼吸に開かれた柔らかそうな口唇に、吸い寄せられるように己のそれを重ねる。
 絡まった舌から自分の味がしたのか、眉根を寄せて逃れようとするのを押さえ、託生が蕩けて大人しくなるまで唾液を交換した。
「………ひどい」
「何が。ひどいのは託生だろ?オレはまだ託生を味わってないぜ」
 熱く張り詰めたオレ自身を、託生の下腹部に擦り付け、ペロリと託生の口唇を舐める。
「んっ………!」
 体をびくっと震わせ、何かに耐えるように口唇を噛み締める託生の耳朶を含みながら、
「託生、いい?」
 小さく囁くと、熱い吐息を返した。
 入れたままの指をぐるりと回し、すぐさまもう一本の指を捻じ込む。
「ん………あ………っ………」
 燃えるような熱さと包み込むような柔らかさの中を解しながら、徐々に息を上げ指に合わせて無意識に腰を揺らす託生に、我慢の限界を感じた。
「託生」
「うん………」
 儚げに微笑み、ふっと息を吐いた瞬間を見逃さず、欲望を託生に突き刺す。
「あぁ!………く………ぅん………」
「託生………」
 宥めるように脇腹を撫でながら、ゆっくりと内壁を味わうように奥へと進むと、託生の瞳からポロリと涙が落ちた。
「ツライか?」
「違………ぅ………早く……ギイ………」
 託生は、両手を伸ばしオレの頭を引き寄せ、口唇を寄せる。
「一杯にして……よ………」
 止めの台詞を吐いて重ねてきた口唇に、一切の理性が吹っ飛んだ。
 乱暴に組み敷き、中途半端に収まっていたオレ自身を、一気に奥まで差し込み、味わうように腰を揺らす。
「んんっ!………っ………ギイ………!」
「お前の中………熱くて堪らない…………」
「ゃ………あんっ………!」
 がっしりと腰を掴み、浅く緩く、そして深く激しく託生を愛するオレのリズムに乗り遅れないよう、健気に律動を繰り返す託生が愛しくて、笑みが零れる。
「託生、愛してる………」
 声が届いているのか否か、愛撫に溺れる託生は声無き嬌声を上げ続け、徐々にオレを包み込む内壁がきつく締まってきた。
 あぁ、もう溶け合いたい。
 堪らない感覚に託生の両足を抱え上げ、より一層深く腰を叩き込む。
「や………ぁ………ダメ………ギ…………!」
「託………生………!」
 時を置かず、二人して高みに放り投げられ、オレは託生の最奥に欲望をぶちまけた。

 
 互いの匂いが、最高のfragrance。
 妖しく包み込み、互いを求め合う甘美な媚薬に生まれ変わる。
 
 
 
新刊「夏の残像」を読み、「ぎゃぁぁぁぁぁ!!ギイタクが主役の座を乗っ取られた〜〜〜〜!!!」と嘆き出来上がったブツです。
目標!誘いうけ!!(爆)と挑戦しつつ、あえなく撃沈………。
エロは難しいです;
(2004.5.4)
 
PAGE TOP ▲