願い (2002.9)

「ついてない!」
 本当に今日はついてない。
 オレ事、崎義一は温室の扉を閉め、林の遊歩道を歩いていた。
 松本の用事が思ったよりも早く終わり、30分空いたのだ。
 これ幸いにと、託生が放課後通いつめている温室に走っていったのだが、
「葉山君?今日は来てないみたいだねぇ」
 なんとものんびりとした大橋先生の対応に、託生がいない現実と重なってどっと疲れが増してしまった。
 章三ならどこにいるかくらいはわかるのだろうが、生憎ヤツは風紀委員会の真っ最中。
 かといって、寮に戻ったら最後。
 1年坊主が押しかけてくるのは必至で、そんな中に帰りたいとはこれっぽっちも思わない。
「煙草でも吸いに行くかな」
 途切れることなく消灯まで部屋に誰かがいる状況では、当たり前の話だが煙草に手を伸ばす事は出来ず、ヘビースモーカーのオレには結構辛いものがあるのだ。
 ここ数日、託生に会えない事が、本数を増している原因の一つではあるが………。
 
 
 遊歩道を反れ、去年よく二人で過ごした陽だまりへと向かう。
 託生の膝枕で昼寝するの、気持ち良かったよなぁ。
 託生不足からか、なにもかも託生との事ばかり思い出す自分に苦笑した。
「こうなると病気かもな」
 クスリと笑って、ぽっかりと空いた空間に足を踏み入れると………。
え?
 そこには愛しい恋人がバイオリンと楽譜を胸に抱きしめ、天使のような表情で眠っていた。
「託生………」
 足音をたてないようにゆっくりと近づき、託生の横に腰を下ろす。
「お前、こんなところに居たのかよ」
 小さく呟き、柔らかな黒髪をそっと撫でる。
 それだけで、ささくれだったオレの心は満ち足りていく。託生の可愛いらしい寝顔が、疲れを一気に吹き飛ばしてしまう。
「どんな薬よりも、効果抜群だな」
 頬に指を滑らそうとしたとき、
「クシュン」
 小さくくしゃみをして、託生は自分の腕を交差させた。
「昼はともかく、夕方は冷えるんだぞ」
 オレは自分の上着を脱ぎ、そっと託生に着せ掛けた。
 とたん、眠っているはずの託生がふわりと微笑む。
 ドキリとした。
 幸せそうな微笑と、キスを誘うような口唇とのアンバランスさに、理性が崩れ落ちそうになる。
「重病患者だぜ、おい」
 自嘲してもう一度手を伸ばしたとき、ピピッと時計のアラームがなった。
 タイムアウト。
 オレは生徒手帳のメモ欄を破り、ペンを取る。そして、小さく折りたたんで、軽く握られた託生の右手に差し込、
「風邪ひかないうちに、早く帰れよ」
 額に小さなキスをして、立ち上がった。
 
 
『今夜、待っている』
 
 
 オレの病はお前にしか治せない。今までも、そして、これからも………。
 だから、ずっと側にいてくれ。
 誰よりも幸せにするから………。
  
 
一度日記に書いたものの、サーバーが不調の為、消滅………。
思わず、バタッと死んでしまいました。
気を取り直して、もう一度。
珍しく、プラトニックなギイです。
(2002.9.27)
 
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