束縛 (2001.8)

 暑い!まだ7月だと言うのに、この暑さはなんだ?山奥で、下界よりは幾分涼しいはずのこの祠堂でも、30℃を越える真夏日である。
 オレこと崎義一は、日曜日の朝遅くかったるい体をおして、朝食を食べていた。
 しかし、この苛々した気持ちはただ暑さのせいだけではない。
 今日で3週間、託生と話すことはおろか、触ることも出来なかったのだ。
 今ではストイックの権化とまで言われているオレだが、中身は全然変わっていない。いつでも託生に触れていたい、健全なる青少年なのだ。
長期休暇でもないのに、こんなにも会っていないと、欲求不満になるなと言う方が無理な話である。
「ギイ先輩、おっはようございまーっす」
 能天気な声に顔を上げると、暑さには滅法強いだろう真行寺が、トレイを手に向かいの席に座った。
「………おはよう」
 ポーカーフェイスのまま答えると、
「ど、どうしたんスか?なんか怒りのオーラがただよってますけど」
………顎を幾分引いて、上目遣いに伺った。
「いや別に。お前は元気そうだな」
「そうなんスよ。朝から葉山サンに会って、一緒にご飯食う約束できちゃいましたからね」
  ニパッと笑い、両手を膝の上に揃えた。
「託生と?」
「アラタさん呼びに行ったら、本人はもう居なかったんですけど、葉山サン起きたとこだったんで、一緒に食べましょうって誘ってきたんです。あ、もう来ると思います」
 当然のように270号室に出入りする真行寺に、恨めしさを感じながら、こいつもたまには使える奴だとほくそえんだ。
 急に学食内がざわめきだした。
「あ、葉っ山サ〜ン、こっちこ………えぇ!?」
 真行寺の声に何事だろうと振り返ったオレの目に飛び込んできたのは………。
 振り向いたまま得意のポーカーフェイスも、一瞬崩れた。ゴクリと喉が鳴る。
 おい、それは反則だろう?確かに今日は暑い。くしくも、オレも同じような格好をしている。が、お前それはないんじゃないか?これ以上オレのライバルを増やす気かよ、託生!?
 オレの心中を知らない託生は、オレと真行寺を確認すると、あどけない微笑を浮かべて
「おはよう、ギイ」
 オレの隣にストンと腰を下ろした。
 我に帰り、ポーカーフェイスを被りなおしたオレは、
「おはよう」
 形式的に挨拶をする。
「葉山サ〜ン。なんていう格好してるんスかぁ?危ない!危なすぎますぅ!」
 向かいの席で真行寺が情けない顔をして、指摘する。
「え、何か変?」
 鈍感このうえない託生は、しげしげと自分の格好を見直した。
「ダメです!そんなタンクトップなんて着ちゃダメですよ〜」
 その通りだ。そんなに肌を露にして、他の奴に見せるんじゃない!
 浮き出た鎖骨も、白くほっそりとした首も、胸元が見えそうな………う………ヤバイ。
「どうして?皆似たような格好してるのに。それに今日は特別暑いと思うんだけど」
 どこまでもマイペースな託生は、「いただきます」と話を勝手に切り上げ、箸を取った。
「ギイ先輩も、何か言って下さいよぉ」
 恨めしげに真行寺がオレに話を振るが、それどころではない。マイッタな。このままじゃ、立てないぞ。
「何を朝から騒いでるんだ?」
 うるさいぞ真行寺、と章三が真行寺の横に座った。
「おや、めずらしいな葉山。さすがに今日は暑いからな」
「そうなんですよ。危ないったらありゃしない」
 真行寺の言葉にふと周りを見回し、「なるほど」と頷くと、
「あ、三洲も同じような格好してたな」
 と呟いた。
「えぇ!アラタさん、どこ居てるんスか!?」
「生徒会室」
 それはヤバイ、と真行寺がものすごい勢いで食い始め、
「葉山サン、俺ちょっと行ってきます」
 バタバタと出て行った。
 章三は何もなかったかのように味噌汁を飲み、ようやく落ち着いたオレは、食事を再開した。
「ギイ、このあと何か用事は入ってるのか?」
 章三が何気に聞いてきた。が、目が笑ってるぞお前。
「いや、今日の予定は何もない」
 あることはあるのだが、章三のことだ。すでにオレの考えていることはわかっているらしい。
「じゃ食べ終わったら、このあいだ言ってたあれ持って行くから、待っててくれ」
「あぁ、サンキュ章三」
 ニヤリと笑って答えると、
「葉山も来るか?」
 案の定、託生を誘った。
 託生はえっ?と困ったような嬉しそうな表情をして、
「うん」
 小さく頷いた。
 かわいい、かわいすぎるぞ、託生!
「缶コーヒー用意して待ってるからな。早めに来いよ」
 オレはトレイを持って立ち上がった。

 
「あれ、部屋に寄っていかなくていいの?」
 ぼくは章三のあとを付いて、階段を上っていく。
「もう、持ってるからいいんだよ」
 章三はのんびりととした口調で言った。
 ギイの0番。何週間ぶりだろう。
 夏休み前の為、0番には引っ切り無しに1年生が訪ねていて、近づくことなんてとてもじゃないけど、出来ない状態だった。
 そんなこんなで、遠くから見るだけしか出来なかったぼくは、突然訪れた幸運に胸を躍らせた。
 0番の前につくと、
「ギイ、持ってきたぞ」
 章三は返事を待たずにドアを開けて、ポンとぼくの背中を押した。
「へ?」
 そのままギイの腕が抱きとめる。
「ということで、お礼のコーヒーは貰っていくな」
「ご苦労だったな、章三」
 このあいだのあれって、ぼくのこと?
 章三はローテーブルに置かれた缶コーヒーを持って、ついでに『外出中』のプレートを手に出て行った。すかざずギイが鍵を閉める。
「あの………」
 困惑気味にギイを見上げると、メガネを外した素顔で嬉しそうに覗き込んだ。
「託生………」
 ギイの顔が近づいて、ぼくはゆっくりと瞳を閉じる。額に、瞼に、頬に、キスが流れて、口唇に………。
「痛い、ギイ!」
 ギイは鎖骨の上に思いっきり吸い付いた!くっきり残るキスマーク。
「何するんだよ!?こんなんじゃ、部屋に帰れないじゃないか!」
 してやったり、ニヤリと笑うギイ。
「託生がこんな格好してるからだろ?」
 言いながら、今度は口唇に噛み付くようなキスを落とす。
 情熱的なキス。ギイがぼくを探り当てて絡み合う。逃げて追いかけて、吐息までも貪るような口付けに立ってられなくなったぼくは、ギイの背中にしがみ付いた。
「はぁ………」
 やっと解放されて溜息を吐く。そんなぼくに満足の微笑を浮かべ、ギイはぼくを抱き上げた。

 
「ふっ………ん………」
 窓もカーテンも締め切った部屋に熱い吐息が満ちている。
 もう何度も愛し合ったのに、まだまだ足りない。もっとギイを感じていたい。
 狂おしく腰を進めるギイの髪に指を絡め、キスを強請る。そんなぼくに煽られて、ギイは口付けたまま、ぼくを抱き起こした。
「託生………愛してる」
 囁きと共に乳首を甘噛みされ、がくりと首が後ろに倒れた。ギイは仰け反った首筋に舌を這わせ、深く吸い付いた。
「あっ………ん………ギイ……ギ……」
「託生………」
「も………う……ダメ………」
 解放を強請るぼくに甘い溜息を吐き、いっそう深く腰を沈めたギイの肩口に額を押し付け、ぼくは自ら上り詰めた。
 

「託生………大丈夫か、託生?」
「ん………」
 うっすらと目を開けると、心配そうなギイの顔。
「久しぶりだったから手加減出来なくて、ごめんな」
 汗で濡れた前髪をかき上げ、額に口付ける。
「大丈夫だよ、ギイ」
 ふわりと笑うと、ギイは安心したようにぼくを抱き締めた。
「ギイ、今何時?」
「ん〜、3時50分だ」
「えぇ!?」
 0番に来たのが10時頃だったから、かれこれ6時間も二人でベッドに居たわけ?
「帰らなきゃ!」
「もうちょっと、いいじゃんか」
「ダメだよ。そろそろ下山組が戻ってくるだろ?」
 見られたら元の木阿弥だよ、諌めると盛大な溜息を吐いて、ギイはぼくごと起き上がった。
 そのまま肩を抱き寄せて、
「シャワーくらいはいいだろ?」
 髪に口付けた。

 
「ちょっとギイ!これ、一体何だよ!?」
「キスマーク」
「って、こんなんじゃ、ほんと部屋に戻れないじゃないか!」
 服を着る段階になって、改めて自分の体を見ると、いつも以上に派手に散らばる赤い印。
「体育の時、困るんだからね!」
「託生が悪いんだ」
「なんで、ぼくが悪いんだよ!」
 憮然としたギイに、噛み付いた。
「託生がタンクトップなんて、着るからだろ?」
「今日は暑かったって言ったじゃないか。それに、ギイだって同じだろ?」
「オレは良くても、託生はダメ」
「めちゃくちゃだよ!」
 睨み付けるとギイはプイッと横を向いた。
「他の奴に託生の肌を見られるなんて、許せない。だから、託生はタンクトップ禁止!」
「横暴だよ、ギイ」
「横暴でもいい………頼む、オレの我侭だって言うのはわかってるんだが、見せたくないんだ」
 眉をひそめて伺いを立てるような素振りがかわいくて、ついクスリと噴出してしまった。
「こいつ!人がせっかく真剣に話してるのに、笑うとは不届き者め」
 とたん、抱き寄せられてギイが脇をこそばした。
「くすぐったい!やめて!………ごめん!………許して!」
 あまりのこそばさに、涙を浮かべて哀願する。
「じゃあ、もう着ないな?」
「わかった!もう、着ないから、お願い!」
「よーし」
 やっと解放されて、ぐったりとベッドに腰掛けた。
 満足そうなギイの顔。またしても、やられた。
「その代わり、シャツ貸してね」
 ぼくは、椅子に掛けっぱなしのギイのシャツに手を伸ばした。

 
 やっとの思いで270号室にたどりついたぼくは、そのままベッドに転がり込んだ。
 さすがに6時間はきついよ。
 脱力モードでへたっていると、カチャとノブが回り三洲が帰ってきた。
「おや、葉山。それ、崎のシャツじゃないのか?」
「そういう三洲君だって」
 確か、真行寺君のシャツだよね?と、言うことは………。
「そうか。やっぱり崎は真行寺と同レベルだったわけだ」
 悠然と微笑み、シャワー浴びてくる、とバスルームに消えた。
 バスルームのドアを見ながら、クスリと笑いが零れる。
 ヤキモチ焼きで変なところに心配性で、子供みたいに独占欲の強いギイ。
 そんなに愛されて、ぼくはしあわせだよ。
 だから、もう少しこのシャツ束縛させてよね。
 ギイの残り香を胸一杯に吸い込んで、ぼくは瞳を閉じた。
 
 
 
妄想大爆発!タンクトップをきた男の子を見て、浮かんだと言う問題作です(爆)
あぁぁぁ、ここまでおばちゃん化してしまったかと、複雑な気分になってしまいました。
でも託生くんのタンクトップ姿って、色っぽいだろうなぁ………。
(2002.9.4)
 
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