体育祭の一幕(2010.10)

 パン!!
 係員が鳴らしたピストルの音を合図に、一斉にスタートを切った借り物競争3年生の部2レース目。
「やっぱりギイ、速いね」
「まぁ、あいつは元々短距離走向きだからな」
 またもや、出席番号なんて無視して隣に座っている章三が応える。
「でも、なんで借り物競争なんかに出てるんだろう?」
「聞いた話では、パン食い競争に立候補して最終決戦まで残ったものの、最後に矢倉にじゃんけんで負けたんだと。1人3種目のルールだからな。その時点で借り物競争しか残っていなかったから決まったらしいぞ」
 なるほど。食べ盛りの男子高校生には、例えそれがあんパン一個でも、熾烈な戦いになったのだろうと予想は付く。それがギイとなれば、無理もない。
 ギイが、ボックスの中からいち早く指令の紙を取り出した。
 そして。
「え?」
「お?」
 クルリとこちらを見たとたん、一直線に走ってくる。
「あ………赤池君。他の誰か………だよね?」
「僕には、葉山がロックオンされているようにしか見えないが」
「嘘?!」
 咄嗟に逃げ出そうと立ったとたん。
「託生!!」
 ギイの声と手に、捕まってしまった。
「なになになになに?」
 助けを求めるように章三を振り返ったものの、ニヤニヤと笑うだけで役に立ちそうにない。他のクラスメイトでさえも、ぼくを助ける気は皆無だった。
「託生、この紙持って」
「はい?」
 反射的に紙を受け取ったと同時に、ぼくの足が宙に浮き、引力に負けた頭が地面に着きそうになる。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「暴れるなよ、落ちるぞ!」
 の声と共に、ギイが走り出した。とたん、歓声が高くなる。
 なんと、ぼくは荷物よろしくギイの肩に担がれてしまったのだ。
 両足をギイに固定され、ギイの背中にダランと垂れたぼくの上半身。地面を蹴る振動が肩まで伝わり(当たり前)、ぼくの体も上下に飛ぶ。
「ギイ、下ろして!!下ろせーーーーっ!!」
「落ちるぞ!!!」
 ぼくの体重を物ともせず全速力で走るギイに、「いいぞ、ギイ!!」の声援もあれば、「葉山、暴れろ!3-Bの足を引っ張れ!!」のヤジも飛ぶ。
 暴れたくても、怖くて暴れられないじゃないか!
 目を瞑って必死に耐えていたぼくの耳にゴールのピストルが聞こえ、ギイの速度が緩まった。恐る恐る目を開けると、ゆっくり地面が近づきぼくの足が下ろされた。
「託生?」
 足に力を入れてみるもガクガクして立てず、そのまま尻餅をついて座り込む。
「託生、紙」
 言われて手の中でグシャグシャになった紙をギイに渡すと、そのまま係員が確認し、腕で大きく「丸」を作り本部へ合図を送った。
「1位、3−B!!」
 大きくなる、歓声。
「よっし!!」
 拳を上げるギイを力なく見上げるぼく。一体、紙に何を書いていたのだろう。
「託生、立てるか?」
「うん、なんとか………って、借り物競争の指示はなんだったんだい?」
「『隣のクラスの副級長を持ってこい』」
「は?」
 ギイが持っている紙を奪い確認する。
 『連れてこい』じゃなくて『持ってこい』だって?誰だよ、こんな事考えたのは?!
「だったら、C組じゃなくてA組でもよかっただろ?!」
「あのな、A組の副級長、誰かわかってて言ってるのか?」
 ん?
 A組の副級長は………駒澤君並に体格がよかったかも。
「だから、託生しかいなかったんだよ」
「でもね、頭に血が上るし、振動が怖かったんだよ!」
「………お姫様抱っこの方がよかったか?」
「全然よくない!!」
 こんな全校生徒の前でお姫様抱っこなんて、冗談じゃない!
「協力してもらったお礼に、部屋でコーヒーご馳走するからな」
「………ポーションじゃなくミルク入りね」
「了解」
 なんとなく癪に障るけど。まだ体もフラフラするけど。ギイの機嫌良さそうな顔を見ていたら、どうでもよくなってしまった。
「じゃあ、あとでな」
「うん」
 クラス席に戻ったぼくを待っていたのは、「裏切り者!」と叫んでいるクラスメイトと面白そうに眺めている章三の視線だった。
 文句を言うなら、最初から助けろよ!
 ぼくが爆発したのは、言うまでもない。



いえ、ベランダからジャージ姿の学生を見て、運動会シーズンだなぁと思ったら、ギイが託生くんを担いでるのが浮かびまして;
それだけです。はい。
(2010.10.19)
 
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