あいかわらず困っていたんです(2013.2)

 託生と同室になって、早一ヶ月。
 オレの一挙一動に緊張していた託生も、それなりに慣れてきてくれたようで、今ではごくごく自然体に、オレとの会話ができるようになっていた。
 恋人にはまだまだ程遠いが、一年の頃に比べれば雲泥の差だ。
 隣にいることもできず、ましてや話をすることもなく、ただ同じクラスメイトとして認識されていた頃が懐かしく感じるほど、今の生活は充実している。
 また、起床時間、メシの時間、授業時間に放課後と、お互いの動きをすり合わせて生活する二人のリズムが整い、とりあえず部屋の中での生活は落ち着きを見せていた。
 そんな夜。
「おい、託生。風呂沸いたぞ」
 どこの部屋でも同じだろうが、消灯時刻が決まっているのだから、逆算すると大抵似たり寄ったりの時間に入浴時間がやってくる。
 だから、いつもどおりの時間に、オレは風呂の湯を溜めたのだが……。
「ギイ、全然宿題が終わらないから、先に入ってくれないかな?」
 最初の二日間で、託生の艶かしい変化を目のあたりにし、できる限り後に入ろうと誓ったオレは、毎日あの手この手で託生を風呂に追いやっていたのが、ついに託生から絶体絶命の逃亡禁止宣言をされてしまった。
 結構長い間、机に向かっていたから、もうそろそろ終わると思っていたのに。
「どのくらい残ってるんだ?」
「うーん、ギイがお風呂に入ってる間に終わるくらい」
 自分の気持ちを隠し、意図的にのんびりと質問したオレに、託生はなにも考えずに答えたのだろうが、それはオレに風呂へ行けと言っているのと同じ。
「そのくらいなら、風呂からあがってもできるじゃん」
「ヤダよ。全部終わらせてからお風呂に入った方が、気が楽だよ」
 ごもっとも。
 オレだって、全部用事を終わらせてから、風呂くらい入りたい。
 しかし、あの風呂上りの託生は、オレの目には毒なんだ。できるなら、悶々とした下半身を抱えたまま、ベッドには入りたくないのだが。
 恋人の距離感は無理だが、それでもオレのことを恋人だと、託生は認識してくれている。「愛している」の言葉を受け止めてくれている。
 それだけで、今は満足しなければいけないのに、もっともっと託生の近くに寄りたい。抱きしめたい。そして、抱きあいたい。
 けれども、オレの限度を知らぬ欲望を見せれば、託生が怖がるだけだ。それだけは、わかっている。
 だから、風呂上りの託生に、舌なめずりしている様を見せるわけにはいかない。
「ギイ?お風呂、冷めちゃうよ」
 しかし、きょとんとして見上げた託生に罪はない。
 今まで、なんの疑問も持たずに、先に風呂に入っていたのが不思議なくらいだ。それだけ、色々な理由をつけて、託生を風呂場に送っていたのだから。
 今日だけだ。明日、また宿題が多そうなら、オレが側で教えてやればいい。
 たった一日の我慢だ。
「わかった。先に入らせてもらうよ」
「うん」
 そうして、のろのろと箪笥から着替えを取り出し、オレは風呂場に向かったのだった。


 どうせ託生の風呂上りに、そういう目にあうんだから、それなら先に処理してしまおうと、いつでも元気な下半身を空っぽにし、結局いつもと変わらない時間で風呂を上がったオレは、髪をバスタオルで拭きつつ洗面所のドアを開けたのだが、一歩足を踏み入れた部屋の光景にギョッとして立ち止まり、目を見張った。
「あれぇ?」
 なぜだかわからないが、託生はオレの机の下に潜っていたのだ。
 理由はともかく、託生の姿は頭隠して尻隠さず。
 普段なら可愛らしく見えるかもしれないが、いや、オレ以外の人間が見れば、別になんとも思わないのだろうが、目の前にいるのは手を出したくて出したくて堪らない託生なのだ。
 机の下から、ひょこっと突き出した、その丸くて形のいい尻を撫でさすり、体の奥に自分を埋め込みたい欲求が体中を駆け巡り震えが走る。
 あの艶やかな肌に口唇を落とし、汗ばむ肌を重ね、快感に身をよじる託生を……じゃないぞ!
 お前、それは反則だろ?
 託生の風呂上りに備えて出すもん出してきたのに、もう満充電になっちまったじゃないか!
 薄手のパジャマのズボンが憎らしい。
 託生の尻から視線を外そうとするのだが、どうやっても外れてくれない己の本能に、仕方なくバスタオルを左腕にかけ、素直に反応している下半身を隠して、なにかを探しているらしい託生の側に寄った。
「あった!」
「なにやってんだ?」
 一声かけた瞬間、ゴン!と、いかにも痛そうな音が響き、机の下で託生が頭をかかえているのが目の端に写る。
 お約束どおりの反応に普段なら笑うところなのだが、それだけの余裕がオレにはないようだ。
 頭をかかえたと同時に高く上がった尻に、無意識に手を伸ばしそうになり、必死になって自分を押さえる。
 ここで撫でれば、ただの痴漢だ。
 それに、この感触を知ってしまったら、自分がどうなるのか定かじゃない。
 大きく深呼吸して、蜘蛛の糸ほどになって離れそうになっている平常心を繋ぎ止める。
「いった〜〜〜」
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃないよ」
 涙声で非難する託生には同情するが、あのな、とりあえず出てきてくれ!オレの目の前で四つんばいになるんじゃない!襲うぞ!
 心の声が聞こえたのか、託生がのろのろと這い出てくる。
 また頭を打たないようにだろうが、その慎重なスピードと尻の動きに、どんどん腰が曲がってきた。
「ギイ、ひどい」
「なにがだよ」
 別に大声で叫んだわけじゃあるまいし。
 と続けようとしたオレを、うるうるの涙目で見上げられてみろ。
 ヤバイ。
「ギイ?!」
 無意識の色っぽさに、腰の力が抜けガックリ膝まづいたオレに、託生が慌てて向き直る。
「いや、少し湯あたりしたみたいだ」
 託生とオレを仕切るカーテンのようにバスタオルを腕からたらし、顔を隠した。
 お前、オレと同じ歳だよな。だったら、このみなぎる性欲も理解してくれてもいいような気もするんだけど。
 いや、それ以前に、無意識すぎる色気をなんとかしてもらえないだろうか。ぐらぐらの自制心が、やじろべえのようになっているんだけど。
 落ち着け。落ち着いてくれ。オレ。
「ベッドに横になったほうがいいよ?」
 内心焦っているオレの様子に、全く気付いていないらしい託生が、心配そうに覗きこむ。
 その手には、MONOの消しゴムが握られていた。
「それを、落としたのか?」
 オレから意識を外そうと消しゴムを指差すと、案の定、素直に視線を消しゴムに移し、こっくりと頷いて、
「勢いついちゃったみたい」
 と、少し恥ずかしそうにはにかみ…………降参します。オレの負け。
 託生がどんな表情をしたって、今のオレには誘われているようにしか見えません。
「ギイ?」
「……オレのことはいいから、風呂入ってこいよ。お湯、足してるから。冷めちまうぞ」
「でも、大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。先に横になってる」
「うん」
 なにごともなかったかのように、必死ににこやかな顔を作ってベッドに座り、託生がドアの向こうに消え跳ねる水音が聞こえたと同時に、ベッドに飛び込んでティッシュに手を伸ばした。
 いつまで持ってくれる、オレの理性?
 どれも、これも、あれも、それも、託生が可愛すぎるのが、悪いんだ!



(2013.2.21 ブログより加筆転載)
 
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