けっきょく困っていたんです(2011.7)
ホームルームが終わり、教室の端に座っている託生に目をやると、前の席のヤツが振り返り託生に話しかけているところだった。
二年になり、人間接触嫌悪症は治らずとも人一人分空けて接するオレを見てからか、一人二人と託生と話す人間が増えている。託生自身も、話し掛けられれば普通に応え、人間一人分の距離さえなければ、ごく自然にクラスメイトと会話をしている風景だ。 帰り支度をしながら話をしている託生に誰かが近寄ったと思ったら、ほら、また一人加わった。 積極的に会話には参加はしないが、微笑みながら相槌を打つ託生が、実は話相手に最適な人物なのだと、一度会話をしたら気付いてしまうだろう。本人は、コミュニケーションの経験値が少ない為、どう口を挟んだらいいのかわからないだけだが。 第一に距離さえ間違えなければ、託生の側は居心地がいいんだ。 一年の頃を思えば、いい事だと思う。 でもなぁ。オレと話しているときと大差がないのが、気になる。キス止まりであれど、恋人なんだけどなぁ。 大きな溜息を吐いたとたん、遠慮なしの鉄拳が頭に入った。 「ってーぞ、章三」 「真面目に聞けよ」 「はいはいはいはい」 風紀委員会を通して持ち込まれた二年の厄介事に、うんざりしながら耳を傾ける。 どうして、こう引っ切りなしに揉め事起こしやがるんだ。オレは、一分一秒でも託生の側にいたいのに。 「そんなに葉山が気になるのだったら、さっさと片付けたらいいだろうが」 振り返らずともオレの視線の先を的確に言い当て、ついでに一番の解決方法を口に出す。 わかってはいるが、オレがうんざりしているのは託生の事だけじゃないんだな。 「言うがな、章三。ここんとこ毎日だぞ?おかげで洗濯物の山だ」 毎朝、洗面所の籠を見て溜息を吐いているんだ。今日こそは、洗濯しようと思っていたのに。 「溜めるのが悪い」 「洗濯物なんて、溜めたくねーよ。ランドリールームに行く時間が、どこにある?!」 「こまめにやれば、溜まらん」 容赦なく切り捨てる章三も同じだけ動いているはずだが、こいつの事だ。洗濯物を溜めるなど言語道断とばかりに、完璧に片付けているんだろうな。 「お前、いつ、やってるんだ?」 その主婦魂は尊敬に値するぞ。 話を終えた託生が荷物を持ち、席を立つのが目の端に写り、 「託生」 片手を上げて呼んだ。 オレの声に振り返り、小首を傾げてトコトコと歩いてくる。 「ごめん。遅くなるから、晩飯食べておいてくれ。消灯過ぎるかもしれん」 「うん、いいよ」 託生はあっさりと頷き、一歩踏み出し、ふと足を止めた。 「ん、どうした?」 「あのさ……」 託生は言おうか言うまいか躊躇って、 「洗濯しておこうか?」 おずおずとオレに問いかけた。 思ってもみなかった申し出に絶句したオレをどう見たのか、 「あ!ギイが他人に洗濯物触られるのが嫌だったら……」 「託生、助かる!」 あたふたと言い訳する託生の言葉を遮り、パンっと両手を合わせて頭を下げる。あの山、明日になったら崩れているかもしれない。 託生はオレの必死の形相に一瞬呆気に取られ、そして可笑しそうに笑った。 「うん。やっておくよ」 「サンキュ」 マジに助かった。お礼は奮発しなきゃな。 オレ達を黙って見ていた章三が、 「……葉山、お前、ギイに甘くないか?」 指摘する。 そういえば、去年オレの洗濯物が溜まっても、お前そんな親切な事しなかったもんな。それどころか、「邪魔だ」と言いつつ、時間をやり繰りするフォローさえなかったよな。 「そうかな?」 素直な託生が、章三の言葉に首をひねる。 こら、章三。余計な事言うな。 物理的に助かるのはもちろん、オレの洗濯をしてくれるなんて、あれだ、ほら。 マイワイフみたいじゃないか。 「託生、頼むよ」 「……うん。あれは、ひどいもんね」 う………。やはり、そう思われていたか。 こっくりと頷いた託生を見ながら、ふとある事が頭を過ぎった。 「あ、託生」 「なに?」 「片倉のも、やったことあるのか?」 「利久の洗濯?ないよ。どうして?」 即答した託生に、 「いや、なんでもないんだ」 と答えつつ、口元が緩みそうになり引き締めた。 そうか。片倉のはないのか。オレだけなのか。 託生の態度が他のヤツらと一緒だと、つい先程まで不満に思っていた事すら、これだけですっ飛んでしまった。我ながら、単純なものだ。 「託生。お礼に今度のデート、全部オレのおごりな」 「デ……!いいよ、そんな……」 デートの言葉に頬を赤く染め、パタパタと手を振って「お先!」と教室を飛び出していく。 可愛いなぁ。 ニヤニヤと見送っていたオレの背後から、 「ギイの問題も片付いたようだし、そろそろ動いてもらおうか」 どすの利いた章三の声が突き刺さった。 無事問題も解決し、消灯過ぎに滑り込んだ305号室。 既に室内の照明は落とされ、託生の微かな寝息が耳に届いた。 ベッドサイドのスタンドを点し荷物を机の上に置いて、ゆっくりベッドに腰掛けた。暗闇の中に託生の寝顔を見つけ、自然微笑みが浮かぶ。 この可愛い寝顔だけで、一日の疲れが吹き飛んでいくようだ。 しばし寝顔を堪能してから、シャワーを浴びてこようと立ち上がったとき思い出した。洗濯してくれるって言っていたな。 しかし、机にもベッドにも洗濯したはずの衣類がない。 もしかして……。 音を立てずに開けたタンスの引き出しの中には、きっちりと入れられた服があった。 ベッドの上にちょこんと座り、託生がオレの服を畳んでいる姿が脳裏に浮かび頬が緩む。マジにマイワイフみたい。 ごろごろと転がりたくなるのを抑え、服を抱き込んだ。 ふわりと鼻を掠めるのは、託生のシャツと同じ匂い。 「自分の洗剤、使ってくれたのか」 洗い立ての着替えを取り出し、託生の顔を覗き込む。 「ありがとな。週末のデート、楽しみにしてろよ」 そっと呟いて、洗面所のドアを開いた。 余談だが、パジャマを着込んだとたん、託生がオレを抱きしめているような錯覚に陥り、悶々とした夜を明かしたのはここだけの話だ。 ブログより転載 (2011.7.3) |