モーレツ困っていたんです(2014.11)

 四月とは言え、まだまだ寒さが残る山奥祠堂。それでも、桜の蕾がほころび始め、春の色がそこかしこに見え隠れている様は、まるでオレと託生の仲を映し出しているようだ。
 クラスメイトでルームメイト。そして………最愛の恋人。
 恋人……恋人………オレのコ・イ・ビ・ト。
 く〜〜〜〜〜っ!この言葉を使う日がくるとは、なんて輝く素晴らしい日々なんだ!
 朝起きるたびに隣のベッドにいる託生を確認し、託生の「おやすみ」の言葉で眠りにつく。この特権は誰にも、やらん。
 いつかは、生まれたままの姿の託生を抱きしめ、おはようのキスにおやすみのキスを存分に味わいたいものだが、人間接触嫌悪症の託生を相手にそこまで焦って怖がられたら元も子もない。たった一月前は話しかけることさえできなかったのだから。
 今は自分の立場を最大限に利用し、託生自身にオレが隣にいることが当たり前のことなのだと慣れてもらわなければ。
 でも、いつか、きっと、身も心も託生を我が物に………!
「ギイ、帰らないの?」
 不思議そうに覗き込んでいる託生の顔に現実が戻る。いかん。あまりの幸せな日々に、ここが教室だと言うことを忘れていた。いつの間にか終礼は終わり、担任の姿も消えている。オレ、無意識に号令をかけたのか?
「もしかして体調悪い?」
「いや、大丈夫だ。一緒に部屋に帰ろうか」
 少し顔を曇らせた託生に、立ち上がりながらにっこり微笑む。とたん、託生の頬がうっすらと桃色に色付き、視線がうろつき始めた。そして目を伏せ気味に、またオレへと戻ってくる。
 可愛らしさと色っぽさが絶妙に混じった一連の流れに、ドキリと心臓が鳴り頬が弛んだ。
 託生にこんな顔をさせられるのがオレなんだと思えば、この顔もなかなか使い勝手があ……、
「いてっ!」
「ギイ、二十分後、忘れるなよ」
「章三、お前な!」
 咄嗟に託生が一歩後ろにずれ、オレ達の間を割りいるように遠慮なく横柄に歩きながら、オレの後頭部を荷物で殴っていった章三に文句を言うも、ひらひらと手を振りながらヤツは、さっさと姿を消した。
「あのやろ」
「ギイ、号令かけたの赤池君なんだよ」
 あ、やっぱり忘れてたのか、オレ。じゃあ、これで貸し借りゼロだな。
 さっさと流して託生に向き直る。そんな些細なことで、託生との時間を一秒も使いたくない。
「託生、帰ろうか」
 オレ達のスウィートルームに。
 こっくり頷いた託生を促し、寮までの小デートを楽しむことにした。


 三〇五号室のドアを開け一歩足を踏み入れると、籠っていた空気がオレを包み込んだ。だからと言って嫌悪感は全くない。去年とは違う匂いに、今はドアを開けるたび新鮮な気分になっているが、いつか慣れてしまうのだろう。少し残念な気もするが、それだけ託生と二人でいることが当たり前になっているはず。オレと託生が暮らしているという証拠なのだから。
 お互い私服に着替え、オレは章三との打ち合わせに必要な書類を用意するために机の引き出しを開け、託生はそのまま洗面所に向かった。そして、自分の洗濯籠を持って出てくる。無造作に入れたらしい洗剤の箱が、籠から頭を覗かせていた。
「じゃあ、ぼく、洗濯してくるよ」
「あぁ。オレもすぐに出るから、鍵持っていってくれ」
「うん、わかった」
 託生は素直にドアの横にかけてある鍵を一つ手に取って、部屋を出ていく。
 どっちの鍵が誰の物かは、あえて決めていなかった。オレの鍵であって託生の鍵でもある。託生もオレもそこまで潔癖症ではないし、これ幸いにと有耶無耶のままに言及していない。共有することが大切なんだ。
 さて、そろそろオレも出るかとひとまとめにした書類を手に取ったとき、右目にチリリと痛みを感じた。目にゴミが入ったようだ。
 仕方なく洗面所のドアを開け、鏡を覗きこんだのだが、面倒なので片手で水を汲み瞬きを繰り返した。そして置いてあるタオルで顔を拭こうと手を伸ばしたとき、床に落ちているそれが視界に飛び込んだ。
 布だ。何の変哲もない。しかし、オレは目を逸らすことができなかった。タオルよりも、それで顔を拭きたいなんてことは、決してこれっぽっちも思ってないぞ。
 震える手で、それを手に取りまじまじと見る。
 たかが布。しかしオレにとっては、エベレストどころか宇宙の果てにあるような、貴重な貴重な秘宝。これは………。
 カラカラに乾いた喉がゴクリと鳴る。
「託生の………パンツ………」
 あの託生の肌を隠すアイテム。最後の最後の最後の!!いちまい。いつか、ピンク色に染まった託生の肌から、剥ぎ取りたいパンツ。
 そう認識した途端、鼻の奥がカーッと熱くなり慌てて鼻を押さえながら上を向いた。しかし、もう片方の手がパンツを離すことはない。
 どうして託生のパンツがここに……。あぁ、さっき籠から落ちてしまったんだな。
 そうとしか考えられない当たり前のことを脳内で繰り返し分析しているオレは、自分が思っている以上にパニックになっているらしい。
 どうする、このパンツ?今からランドリールームに走れば、まだ間に合うのだろうが、このまま自分の物に……いやいや、そんな下着泥棒のような真似は……。それこそ託生に気付かれでもしたら……。
 軽蔑した冷たい視線を想像し震え上がった。せっかく恋人になれたのに、そんな危ない橋を渡れるか!
 あぁ、そうこうするうちに、洗濯が間に合わなくなるじゃないか。いや、オレが洗濯するときに混じっていたと言えば、それまでの間、オレの手中に………。
 そのときパンツを握り締めグルグルと考え込んでいるオレの背後の突然ドアが開き、飛び上がらんくらい驚いた。
「あれ、ギイ、どうしたの?時間大丈夫?」
 部屋のドアを開ける音も聞こえないほど、夢中になっていた自分に愕然とし、しかし、驚きのあまり必死に抑え込んでいた鼻血がポタリと床に落ちた。
「ギイ?!」
「大丈夫だ………」
「でも!」
 慌ててタオルをオレの手に押し付け、心配そうに覗き込む託生からは見えないだろうが、このままではこの握りしめたパンツの存在に気付かれてしまう。それはダメだ。こんな奇跡のようなタイミングなんて、次はいつ遭遇できるかわからないじゃないか。
 なので、もぞもぞと動いて尻の下にパンツを隠し、
「それより、託生。章三に遅れると伝言頼む。談話室にいるはずだから」
 託生をここから遠ざけることにした。
「赤池君に?」
「さっき言ってただろ?二十分後って」
 教室で章三にかけられた台詞を思い出したのか力強く頷き、
「わかった!鼻血で遅れるって言ってくるよ!」
「え、たく……」
 鼻血は余計だ!
 言うなり一瞬でドアの向こうに消えた。
 あとで章三に小言を言われるだろうなと思いつつ、小鼻を指でつまんで圧迫止血を行いながら、オレの洗濯籠に託生のパンツを潜り込ませる。これ以上視界に入れると出血多量になりそうだ。


「なーに見て興奮したんだか」
「別にー」
 鼻にティッシュを詰めて談話室に現れたオレの顔を見た途端、心底呆れた顔を寄越した章三の視線を跳ね除けた先に、
「Oh!モーレツ!」
 と、わけのわからない古臭いCMが流れ、めくれ上がったスカートの下から現れた白いパンツの映像に、オレは力なくへたりこんだ。タイミング悪すぎだ!
「………ギイ、恥ずかしいぞ、それ」
「うるさい」
 オレの様子を見て、勘のいい相棒は鼻血の原因に思い当たったのだろう。
「野郎の下着見て、どこがおもしろいのやら」
 と言いつつ、乱暴にティッシュを投げてよこした。



ギイのイメージをことごとく潰したことに謝罪いたしますm(_ _)m
(2014.11.27)
 
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