Japanese Item(2004.12)

「うわっ!寒い」
 講義を終えて校舎を出たとたん、寒風が体を包んだ。
「このままだと凍っちゃうよ」
 目も開けていられないほどの強い風に涙を潤ませながら、ぼくはギイの待つマンションへの道のりを急いだ。
 ここNY。
 今日から珍しくギイは三連休。ぼくはと言えば、どうしても抜けられない講義の為、仕方なく大学へ行き、帰路を急いでいるというわけだ。
「どうしてNYは、こんなに寒いんだ?早く帰って非難しなきゃ」
 寒いのは超苦手なぼくである。暖かい部屋に戻って、温かいコーヒーでも飲んで、そして……温かいギイの腕で……。
 って、何考えてるんだ?
 ひとりで赤面しながらマンションのエントランスに入り、エレベーターのボタンを押して乗り込む。
「ただいま」
「お帰り、託生」
 ドアを開けながら声をかけると、極上の笑顔でギイが出迎えてくれた。いつもは逆なので少しくすぐったい。
「寒かったろ?」
 言いながら、ぼくのコートとバイオリンを受け取ってくれる。
「誰か来てるの?」
 ごとごと鳴る音に、疑問を抱き訊いてみると、奥の部屋から数人の男の人が出てきた。
"完了しました"
"あぁ、ご苦労さん"
 ギイは言いながら、渡された書類らしきものにサインをし、男の人達は帰っていった。
「何?」
「ん?部屋の改造」
「って、あの物置部屋?」
「そ」
 他の部屋に比べて小さく、本来ならば物置き部屋になるであろう部屋がひとつあった。ただし、二人で暮らすにはそこまでの荷物がないわけで、結局は何も置いていない開かずの部屋になっていたわけだ。
「急にどうしたの?」
「ふふふ・・・」
 悪戯っ子のような微笑でぼくの手を取り、部屋のドアを開けたギイに続いて、入ってみると……。
 懐かしい畳の香り。襖の押入れも床の間も、そして、日本さながらの和室が出来上がっていた。
「ギイ!これって……」
「余らせておくのも勿体無いしな。どうだ?」
「すごい……」
「気に入ったか?」
「うん!」
 天井まである障子には笑ってしまうけど、ギイのする事は相変わらず突拍子もない。
「んじゃ、最後の仕上げといくか」
 と言いつつ、ギイは部屋の外に置いていた箱に手を掛けた。
「何、それ?」
 大きな箱が2つ。
 ギイはにんまりと笑い包装紙を破った。
「あ!」
 そこには懐かしい日本語で大きく「炬燵」と書いている。
「本物のコタツ?」
「当たり前だろ。島岡が日本に出張に行ったとき、こっちに送ってもらうように頼んだんだ」
 鼻歌を歌うようにダンボールを開けていくギイに、ぼくはある事を思い出した。
 
 
 一週間ほど前の事だ。
 ベッドに座りながら吹き荒ぶ雪を見ている時、バスルームから出てきたギイがぼくの視線を追い、
「かなり吹雪いてきたな」
 窓の傍に寄った。
「こんな日は、コタツが恋しくなるね」
「あぁ、そうだな。日本の冬のアイテムだもんな」
「そうそう。コタツに入ってみかん食べて、テレビでも見て」
「お、みかんと来るか?オレはやっぱり、熱燗だな。差しつ差されつ、キュッとやってみたいね」
「………ギイ、おやじみたい」
 呆れるぼくをじろっと睨んで、
「そんな事言うヤツは、オシオキが必要だな」
 ベッドに座っていたぼくを、押し倒した。
 そのあとは、ご想像通りの展開である。
 
 
「ぼくが言ったから?」
「ん?そんな事ないぞ。オレもコタツ好きだし」
 にこやかに、しかし何故かしら意味深に笑った。
「それより、託生、手伝え」
 言われなくても、喜んで手伝います。
 コタツを組み立て布団を広げ部屋の中央に置くと、冬の和室の出来上がり。
「お、なんとからしくなったじゃないか」
「うん。日本にいるみたい」
 早速スイッチを入れて潜り込むと、じんわりと冷えた足を温めてくれる。
「しあわせ〜」
 ぼくの台詞にプッと噴出し、
「そんなに喜んでもらえると、嬉しいな。ちょっと待ってろ」
 部屋を出て行った。
 ギイったら。ほんと、甘やかしてくれるんだから。
「お待たせ」
 どこから調達してきたのか。トレイではなくお盆に徳利とお猪口。するめに、かに味噌………。
「まだ、お昼だよ」
「まぁまぁ。どうせ、明日も明後日も休みなんだから、たまにはいいだろ?」
 向かいの席に座り、徳利を差し出す。酌を受け、交代でギイのお猪口に日本酒を注いだ。
「乾杯」
 ぐっと一息で飲むとアルコールが染み込み、冷えた体が内側から熱くなっていく。
「うん。旨い!」
 辛口の酒に舌鼓を打ち、ギイは早速おつまみに手を出した。
 うん。たまにはこんな日もいいよね。
 嬉しそうなギイの顔を見ながら、
「もう一杯どう?」
 徳利を差し出した。
 
 
 すれ違いが多かった数日を埋めるように話は盛り上がり、徳利が数本コタツの上並んだ時、ふと思った疑問を投げかけた。
「ギイが日本酒飲めるとは、知らなかったな」
 機嫌よく飲んでいるせいか、ギイは少しだけ目元が赤くなっていたが、全然酔っている素振りがない。
「オレは、アルコールなら何でもOKだぜ」
「もしかして、これがしたいが為に、改造したの?」
「うーん、これだけじゃないけどな」
「じゃ、何?」
 待ってましたとばかりに、おもむろにコタツ布団を捲り、あっけに取られているぼくを尻目に潜り込んだ。
「ちょっ……何してるんだよ?!」
「これって、コタツの醍醐味だよな」
 ギイは、ぼくの足元から顔を覗かせ、腰を浮かそうとするぼくを、がっしりと腕を廻して捕まえた。
「や……やめてよ。お酒、飲むんだろ?」
「酒より、オレはこっちが飲みたい」
 とんでもない事を言いながら、器用にベルトを外し、ファスナーからすっと手を差し入れた。
「ん!……ギイ……ダメ……だったら……」
「こんなになって、ダメじゃないだろ?」
 徐々に力を込めるギイに、弾む息が抑えられない。
「やめ……ぁ………」
「託生……」
 うっとりと囁き、ギイは口唇を寄せた。
 
「は……ぁ……」
「ごめん……背中痛くなかったか?」
 すまなそうな顔をして、ギイが前髪をかき上げた。
「ぼくは大丈夫だけど………」
「だけど?」
「ギイこそ大丈夫?」
「何が?」
「いや……熱くなかったかな?と」
 当たり前だがコタツの中というのは余りにも狭いので、途中から二人して上に移動したのだが、足はまだコタツに入ったままで。
「ん〜、ちょっと暑かったな」
 苦笑しながら横に転がり、やんわりとぼくを胸に抱き寄せた。
 トクントクンと聞こえるギイの鼓動が心地良い。
 優しく髪の毛を梳くギイの指とじんわりと暖かいコタツの温もりに、自然瞼が閉じてくる。
「託生?」
「う……ん………」
 名前を呼ぶギイの声も子守唄のようだ。
 クスクスと笑う微かな振動に、ぼくは意識を手放し幸せな眠りに付いた。
 
 
 
昨日の引き続き、これも出てきました;
2年位前に書いたような気が……。
ちょうど冬だし、まぁいっか(笑)
(2004.12.25)
 
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