Present for You(2011.7)

「もういいよ!ギイのバカ!」
 プチッ。ツーツーツーツー。
「勝手にしろ!」
 切れている携帯に怒鳴っても仕方がないのだが。
 託生と喧嘩した。
 何が原因だったのか、今となってはわからない。ほんの些細な事から二人ともヒートアップし、携帯越しに怒鳴りあい、気付けば一週間ぶりのラブコールは切れていた。
 力なくソファの背もたれに体を預け、携帯を放る。
 どうせ、もう一度かけたって、意地になって託生は取らないだろう。
 同じ日本にいれば、どれだけ時間がかかっても車を飛ばして行けるのに。怒鳴りあってでも言葉を重ねて、お互い納得できる地点までたどり着けるのに。
「やっぱり、攫ってくればよかった」
 こんな時、特に思う。
 日本とNYの距離だけじゃなく、心まで遠くなったような気がして、大きな溜息を吐きがっくり項垂れた。


 ………何か音がする。
 カチャカチャとぶつかる、微かな金属音が耳に届く。
 うるさいな。今日は休みなんだから、ゆっくり寝かせてくれよ……。って、ちょっと待て!
 ガバッとベッドの上に起き上がり耳を澄まして、空耳ではない事を確認した。
 オレ一人しかいないはずなのに。泥棒か?いや、ここはセキュリティが完璧なんだ。早々入ることはできやしない。
 ベッドを抜け出し、護身用の銃を持って、そろりそろりと音の聞こえる方向に向かい……ダイニングか。そこに金目の物は置いてないぞ。
 音を立てないようにゆっくりドアを開け覗き込むと、見覚えのある……いやいや、オレの最愛の恋人が可愛らしくエプロンをつけてそこにいた。
「た…くみ………」
「ギイ、おはよう」
 呆然と立ち尽くしているオレに気付き、託生が朝の挨拶をする。
「おはよう……って、なんでお前がここにいるんだ?!」
「もちろん、合鍵使って。それより、その物騒な物どうにかして」
 ヤバッ!慌てて後ろ手に銃を隠し、そのまま手に触れた家具の引き出しに銃を放り込む。
 そうだ。託生ならなんなく、このマンションに入れる。本人、合鍵でドアが開いていると思っているが、同時に指紋認証、虹彩認証も行いロックを解除しているのだ。
 って、思うところは、そこじゃない。
「いや、だから、お前アメリカに来るなんて、一言も言ってなかったじゃん!」
「そうだね」
「そうだね、じゃなくて……!」
 託生はぎゃんぎゃん騒ぐオレをチロリと見やり、
「もう、うるさいなぁ。ギイ、そこに座って」
 カウンターテーブルを指差した。
「答えになってないぞ!」
「す・わ・れ」
 ドスの効いた声に、
「………はい」
 大人しくスツールに腰を下ろすと、
「あと3分ほどでできるから、待ってて」
 託生がガスレンジの方向を向きながら、声をかけた。
 そして、
「はい」
 目の前に置かれたお椀。
「わかめの味噌汁?」
「誕生日だろ、今日?」
 ………忘れてた。託生と喧嘩して、仲直りの電話をする間もないくらい仕事に追われて、日付の感覚も麻痺していたようだ。
 カウンターごしに託生を見上げると、
「誕生日おめでとう」
「………ありがとう」
 優しい瞳がオレを見ていた。


「ごちそうさん。美味かった」
「お粗末さまでした」
 託生は、にっこり笑ってお椀を下げ、そのまま洗い物を終わらせて、
「じゃ、帰るね」
 エプロンを鞄に突っ込んで、横に置いていたバイオリンケースを持ちスタスタとドアに向かって歩き出した。
「ちょっと、待て!!」
 慌てて追いかけ、ドアを開ける寸前、肩を掴んで方向転換させる。
「へ?」
「へ?じゃない!なんだよ、それ?!お前、いったい、何しに来たんだよ?!」
「お味噌汁作りに」
「それだけ?それだけなのか?久しぶりに恋人に会って、いちゃいちゃしたいとは思わないのか?」
 オレは、託生といちゃいちゃしたいぞ!
 肩を揺さぶる勢いで言い募ると、
「…………ぼく達、喧嘩中だったよね」
 冷めた目で見上げられ、そう言えばそうだったと思い出す。突然の託生の出現に、完璧に忘れていた。だが、今はそんな事関係ない!
「喧嘩中でも何でも、2ヶ月ぶりなんだぞ?それに、まだ喧嘩中というのなら、仲直りするまでここにいようとは思わないのか?夏休みだろうが!」
「だって、すぐ帰るつもりだったから、何も持ってきてないし」
 と、小さな鞄を目の前に上げる。
「………その鞄、何が入ってるんだ?」
「んー?お味噌とかつおぶしと乾燥わかめと乾燥ねぎとエプロンとパスポート。さすがに塩蔵わかめは無理かなぁと思ってさ」
 言われて鞄を覗き込むと、本当にそれだけしか入っていない。いや、それよりも、よく税関で引き止められなかったな。
「なぁ、託生」
「うん?」
「服も下着も歯ブラシも、全部オレが用意するから帰るな」
 ビシッと命令したオレに小首をかしげ、
「いつまで?」
 不思議そうに聞く。
 いつまでって………。
「これから先、ずっと!」
 ……は、さすがに無理か。
 でも、これがオレの願いなんだ。これ以上離れて暮らすのは、耐えられない。喧嘩したって、すぐに仲直りできる距離でないと気が狂いそうなんだ。
 託生の顔が曇るのなら、すぐにジョークにしようと思っていた。
 しかし、託生はオレの言葉に真剣な表情をして「うーん」と腕を組み、
「でも、入学には1ヶ月早いんだよね」
 と、首を捻って思案する。
「入学?」
「言ってなかったっけ?9月からジュリアード留学」
「…………………………聞いてない」
「あ、そうだった?ごめんごめん」
「託生………」
「うわっ!」
 あっけらかんと報告する託生を抱き上げ、溢れる喜びそのままに、その場でくるくる回る。
「ちょっ、ギイ!」
「託生、愛してる!!」
 もう、なんて、可愛いんだ!
 そんな重大ニュースを伝え忘れる所も、味噌汁を作るためだけに渡米する所も、可愛くて可愛くて仕方がない。
 オレの首に腕を廻ししがみついていた託生の顔を覗き込み、
「とりあえずは、ベッドで仲直りしないか?」
 返事を聞く前に口唇をふさいだ。
 今年の誕生日のプレゼントは、わかめの味噌汁と託生。
 お返しは、明日にでも一緒に買いに行こうな。



ギイ、誕生日おめでとー!
と、初めて、時流に乗れたような気がする;
でも、ギイも託生くんも、キャラ変わってるけど。
というか私の書くギイタクは、シリーズ物以外、一貫性がないんです。
これは、ちと問題かな?と思ったこともあるのですが、色んなテイストで色んなギイタクを書きたいと思ってしまうのだから仕方がない……と開き直っております(笑)
なので、細かいところはご容赦を。
個人的には、黒ギイの開発が今は楽しいです。
(2011.7.29)
 
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