TIME OUT(2003.6)

 バイオリンの練習を終え、明日の講義の用意をして、ぼくはシャワーを浴びにバスルームのドアを開けた。
 ボディシャンプーの泡に包まれ、一日の疲れを流す。
「今日も、遅いんだろうなぁ」
 連日残業続きのギイに、溜息が零れた。
『バカンスに突入する前のこの時期は、どうしても忙しいんだ。その代わり、休みになったら二人で旅行でもしような』
 と、疲れを滲ませた顔で笑うギイに、ぼくは頷くしかなかった。
 キュッと栓を締め、雫を振り払う。
「でも、たまに早く帰ってもバチは当たらないと思うよ」
 頑張りすぎるギイを思い浮かべ、ぽつりと呟いた。
 ポン。
 その時、タイミングよく玄関のドアが開いた電子音が鳴り、ぼくは慌ててバスローブを羽織って、玄関ホールに続く寝室のドアを開く。
 案の定、そこにはネクタイを緩めながら極上の笑みを浮かべたギイが立っていた。
「お帰り、ギイ。今日は早かったね」
 早いと言っても十一時なのだが、毎日午前様のギイには、とても早い時間だ。
 ギイの事を考えていただけに、ぼくは嬉しさを隠しきれず、小走りに側に寄った。
「託生〜、ただいま〜」
 ギイは破顔して、ぼくを胸に引き寄せ、すりすりと頬を合わせる。
 ん?どうも、ギイの様子が変だ。
 その時になって、いつもと違うギイの匂いに気が付いた。
「会いたかったよ〜」
「ちょっ……ギイ、もしかして酔ってるの?!」
 ぼくの質問には応えず、抱き締める腕に力を込め、尚もぼくに擦り寄ってくる。
「愛してるよ〜、託生〜」
「待って!ギイ!……んんっ!」
 熱っぽい口唇が乱暴にぼくを覆う。鼻腔を付くお酒の匂い。
 うわ。こういう時、どうしたらいいんだろう。
 初めての事柄に、ぼくの頭はパニック状態だ。
 とりあえず、ベッドに寝かせるのが先決だと判断したぼくは、ギイの体を剥がす為、手を突っぱねた。
「ギイ。横になった方が楽だろ?連れてってあげるから寝室行こう」
「いやだ〜」
 駄々っ子のようなギイに、体を引き離す事も出来ない。
 このまま、ずりずりと引っ張っていく力なんて、ぼくにはないのだ。
「託生〜〜」
「わかった。わかったから。ぼくはここにいるから」
 お酒に強いギイが、どれだけ飲んだら、こんな風になるんだ?!それとも、疲れているからお酒の回りが速いのだろうか?
 せっかくシャワーを浴びたのに、ギイの抱擁から逃れようともがいているうちに汗だくになってしまった。
 お願いだから、ベッドまで歩いてよ!
「オレ、我慢できない〜」
「は?え、何?……わぁっ!!!」
 ぐるんと目の前が廻ったと思ったら、背中に堅くて冷たいものが触れる。
 ギイの体重を支えきれず、その場に二人して崩れ落ちたのだ。
「託生の匂いだ〜〜」
 子犬が鼻を鳴らすように、ぼくの首に口唇を押し付け、バスローブの襟元差し入れた手で、遠慮なしに体を撫でる。
「止めてよ、ギイ!」
 ギイの意図を察したぼくは、必死でギイの胸を押し返した。
 背中は痛いし、ギイは重いし、しかもこんな明るい玄関ホールでなんて、冗談じゃない!!第一、疲れてるんじゃないの?!
「ダメ!」
「愛してる〜、託生〜」
「ギ……ふぅ…ん!」
 滑らせた舌先で鎖骨の辺りをゆっくりと舐め、神経がそこに集中したのを見計らって、噛み付くように肌を吸う。
 酔っ払っていても、ギイ。的確にぼくの感じる所を責めてくる。
 って、感心してる場合じゃない!
「ギイ!」
 エスカレートしていくギイの手を両手で諌めると、ギイは口唇を重ね腰を摺り寄せてきた。
 服越しに合わさったギイの熱いものに、ぼくの意志を無視してピクリと体が反応する。
「止めて……」
 首を振ってキスから逃れると、ギイの口唇は顎を伝い、胸の飾りを目指してゆるゆると動いた。
「あ…っく……」
 腰の辺りを撫で擦っていた右手が、ぼくの中心に移動し愛しそうに握り締めたとたん、体に纏わりついているバスローブに雫が吸い込まれる。
「は……ぁ………」
「託生……すっげぇ、色っぽい………」
「もう……こ……んなとこで……やだ………」
 弱々しい抵抗にギイは満足そうに笑って、バスローブの紐を解いた。
「いや……だ………」
「託生………」
 流されてしまう……微かに残る理性が、そう判断した時、
「ぐっ!」
 ギイがお腹の辺りに圧し掛かり、一瞬息が詰まった。
「ギイ!重い!」
 夢から覚めるように現実に引き戻され、ここでは嫌だと思っていた気持ちと裏腹に、思わず恨み言が口からでる。
「ギイ!重いってば!」
 上半身を起こし、重りの元凶を睨みつけた。
「もう!重いって言って………ギイ?」
 視線の先には、ぼくのお腹を枕にして、子供のように幸せそうな顔で眠っている酔っ払いが約1名。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!」
 こんの、酔っ払いがーーーーーーーーーっ!!!
 乱暴にギイの下から体を奪い返し、しわくちゃになったバスローブを整えしっかり紐を結わえた。ついでに、ポカリとギイの頭を叩く。
 もう、こんな状態にしたのなら、最後まで責任取ってよ!
 規則正しい寝息で眠り込んでいるギイを睨みつけ、ぼくは寝室に向かった。
 そして、布団と山ほどの目覚し時計を手に戻ってくると、ギイの頭上に目覚まし時計をセットして等間隔に並べる。
「目覚ましの用意をするだけ、有難く思ってよね」
 言い捨てて、もう一度シャワーを浴びる為にバスルームに向かった。
 その晩、広々としたベッドの真ん中で、大の字になって寝たのは言うまでもない。

 
 翌朝、ぼくが起きた時にギイの姿はなかったが、ソファの上に畳んだ布団と目覚まし時計とメモが1枚。
 
『昨日は悪かった。今晩は飲まずに早く帰るから、ベッドの半分空けておいてくれ。
それと、昨日の続きを所望。機嫌を直してくれるのを願う                       ギイ』
 
「それは、ギイの努力次第だよ」
 小さく噴き出して、メモを指で弾き飛ばした。
 
 
ギイを心配する託生くんが書きたかったのに、何故か寸止め託生くんを書いてしまった(爆)
いや、酔っ払いは本当に重いですよ、はい(笑)
(2003.6.24)
 
PAGE TOP ▲