永遠という名の恋-後日談-ボツ

2013年07年10日 Blogから転載



「崎さん……」
 先生の咎めるような呆れたような声に、
「すみません」
 小さくなって頭を下げたギイにならって、ぼくも隣で頭を下げた。
「許可を出すまではと……」
 はい。ギイに聞いたのに、そのときはすっかりぽっかり頭から抜けてしまって、ギイの心を聞いたとたんすごくギイが欲しくなって、勢いのままギイに迫って………あ、顔が熱い。
 日本で祠堂の友人達に会ったり、兄さんのお墓参りに行ったり、夜は夜で、その、一ヶ月も肌を合わせてなかった反動というか、ギイと……。
 そういう数日を送っていたから、
「一日早く帰ろう」
 とギイに言われてもすぐに意味がわからず、ギイらしくなくボソボソと説明されて、血の気が引いた。
 先生の許可、貰ってなかった……。
 ギイが今まで避妊していたのは、絶対に子供を作らないことと先生に厳命されていたわけで。
 たとえぼくが大丈夫だと自分で思ったとしても、実際に子供ができたとき、どのような影響が出るかわからないから、先生の許可が出ない限り避妊は続けなければならなかったのだと、今更だけど病院に行ったほうがいいとギイに言われ、ケネディ空港から病院に直行したのだ。
 祠堂にいた頃、ピンクのカリフラワーに子供の話を紛れ込ましたり、「子供でもできたか?」なんて冗談なのか本気なのか悩まされる発言をしていギイだけど、それは彼の本音だった。
 でも、ぼくの心を守るために、自分の希望を押し殺し「いらない」と言い続けていたんだ。
 裏事情の全てを知った今、ぼくは自分の心としっかり向き合わなければいけない。


 診察室に入って、この一ヶ月の経緯と日本での出来事をギイが説明すると、先生は一瞬呆れたような眼差しをしたものの、それは演技だったようで、
「もう大丈夫ですね。子供はOKですよ」
 と、にっこりと笑い、その様子を見たギイがホッと息を吐き、嬉しそうにぼくの頭を一瞬引き寄せ、でも先生の手前だからかすっと手を離した。
 その手が少し震えていたのは、ぼくの気のせいじゃない。
 NYに来て三年とちょっと。
 その間、ギイは、ずっと一人で心の中に秘め、ガラス細工を扱うような繊細な心遣いで、ぼくを守ってくれていた。
「あの……」
「はい」
「ずっと気になっていたことがあるんです」
 それなのに、ごめんね。でも、これだけは知っておきたいんだ。
「なんでしょうか?」
「どうして、母はぼくを産んだのでしょう?」
「託生……!」
 心配そうなギイの声に、「大丈夫だよ」と微笑んだ。
 理解しようとは思わないけど、でも、できることなら知りたい。母の心理を。
 膝に置いた拳が、温かく包み込まれる。
 前に進みたいぼくの気持ちを尊重しつつ、なにかがあればすぐさまぼくを守るというギイの意思表示に、手のひらを解きギイの手を握り返した。
「私の仮説ですが、それでも、いいですか?」
 そんなぼくとギイに視線を移し、先生が聞く。
 頷いたぼくに、
「託生さんは『虐待の連鎖』という言葉を聞いて、ご自分の内面に気付かれましたね」
 確認するように問いかけた。
「はい」
「では、それをお母さんに当てはめてみたらどうでしょう?」
 母に………?
「……それは、母も虐待を受けていたと?」
「そう考えると、辻褄が合うんです。子供は生まれながらに愛される存在であるはずなのに、何かしらの条件を満たさないと愛されない。そのような家庭を機能不全家族というのですが、機能不全家族で育った人をアダルトチルドレン(AC)と言います」
 ぼくは、なにも条件をつけられたことはない。でも、兄が亡くなり和解したつもりだった頃、両親はぼくに兄のような役割を求めていることを肌で感じていた。
 それが、愛される条件?
「じゃあ、ぼくはアダルトチルドレン?」
「そうです。言葉は知らなくとも、ご自分の生まれ育った家庭環境がおかしいことを託生さんは認識されていますね?」
「はい」
「ACを細かく分類すれば九つに分かれます。二つ三つの役割を兼ねている場合もありますが、大きくは四つに分類されたりします。自分がACだと認識せず、自分が育てられた環境が一般世間どこの家庭でも同じなのだと思えば、自分が子供を持ったとき、自分が育てられたような育て方をしてもおかしくありません。自分が間違っていることをしているなんて気付いていないのですから」
「母は、自分が育てられたとおりに、ぼく達を育てたと?」
「仮説ですが………」
 注意深く慎重に先生が頷いた。
 ぼくは、自分の家庭が異常だと気付いたからこそ、子供を持つことに恐怖を感じたけれど、疑問を持たずにごくありふれた事だと思っていたら……。
「ACの役割の一つ『ヒーロー』。いい子で物分りがよく生真面目で優等生。プライドが高く完全主義ですね。世間に評価されるための家族の代表みたいな役割です」
 先生の言葉に、ギイと顔を見合わせた。
 それって………。
「託生さんのお兄さんに当てはまりますね」
 そう頷いて、先生は説明を続けた。
「次に『スケープ・ゴート』。何に対しても反抗的な子です。反抗することで親の目を自分に向け、そして根本的な家庭の問題をうやむやにする役割を持っています」
「だからスケープゴート……」
「三番目に『ピエロ』。家庭内の笑いを誘う役割の子で、可愛らしく子供っぽい。ユーモアのセンスも抜群で頭の回転が速く口も達者。ふざけがすぎるくらい、笑わせようとします。………託生さん、どうしました?」
「いえ、あの、母の末の妹……ぼくの叔母を思い出して。天真爛漫でかわいらしい感じで。ぼくと同い歳の従兄弟がいます」
「え?あの学園の従兄弟か?」
「そうだよ」
「苗字が同じだから父親同士が兄弟だと思っていた」
「ううん。ぼくの母と末の叔母は、婿養子を貰ったんだ。だから、葉山の姓は母方の姓なんだよ」
 長女である母が婿養子を貰ったのは、なんとなくわかるけど、叔母がどうして葉山姓にしたのかは聞いていない。
「最後に『ロストワン』………いない子です」
 ギイの手に力が篭った。
「家族内の人間関係を離れ、自分の身の安全を守るため、見ざる聞かざる言わざる役に徹してしまう子供です」
 たぶん、ぼくは、それだ。
 誰に習ったわけじゃない。でも、そうせざるを得なかった。自分の心を守るために。
 期待しなければ、落胆に傷つくことはない。それなら最初から諦めるのが一番いい方法なんだと、ぼくは理解したんだ。
 けれども、もうぼくは、愛されることを知っている。このままのぼくを、愛してくれるギイがいる。
「母も犠牲者だったんですね」
 どうして、愛されなかったのか、愛してもらえなかったのか。
 この一ヶ月、そればかり考えていたけれど、母にはどうしようもなかったんだ。愛し方を教わっていなかったのだから………。


「あの、ギイ」
 病院を出て、駐車場に向かうギイの背中に呼びかける。
「本宅に行ってもらえないかな?」
「それは、いいけど」
「みんなに謝らなきゃ」
 本当は、病院に行くよりも先に、みんなに会いたかった。会って、謝りたかった。
「どうして?」
「だって、この一ヶ月、ずっと避けてたし……」
 心底わけがわからないと顔に書いたギイに、ぼそぼそと説明する。
 本宅に行くことも、ペントハウスに来てもらうことも、全部拒否して我侭を通してしまった。
 そんなぼくの頭を撫でて、
「バカだな。『ただいま』でいいんだよ」
 ギイが、目を細め優しく微笑む。
「………ただいま?」
「家族だろ?」
「………うん」
 素敵なお義父さん、優しいお義母さん、可愛い妹。そして、ギイ。
 血は繋がっていないけれど、ぼくの大切な家族。
 ぼくは家族の暖かさを知っている。愛されることを知っている。
 いつかぼく達に子供ができても、ぼくはその子を愛せるよ。そして、ぼくが受け取った見返りのない無償の愛を伝えていける。
 そう遠くない未来に、それは訪れるような気がした。
 
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