Hot Limit(2012.6)*Night*
確かに言われた。
「雨が降りそうだから傘を持っていけ」と。 でも、そのときは、晴れてたんだ。雲ひとつない青空。 梅雨の真っ只中とは言え、こんなにいい天気で、しかも天気予報さえも晴れマークだったから、傘なんて荷物にしかならないと思ってこっそり置いていった。 ギイが一緒なら気付いただろうし、それこそギイが持ってきていたかもしれないけれど、生憎彼は評議委員会の打ち合わせが長引き、土曜日の午後は丸つぶれ。 なので、買い置きも兼ねて、一人で麓の街まで降りていったんだ。 一人で街まで出るのは久しぶりだったものだから、ぶらぶらとその辺りを歩いたり楽器店に寄ったりして、でも、夕食を一人で食べるのは寂しいからと夕方バスに乗った。 そのときも晴れていた。少し雲があったけど。 それなのに、街を外れ山道に差し掛かった辺りから雲行きが怪しくなり、ポツリポツリと雨粒が窓を叩き始めたと思ったら、一気に土砂降りの雨。 「嘘だろ……?」 できることなら止んでほしい。それが無理なら、せめてギイにバレずに帰れますように! それなのに、ぼくの願いも空しく寮の玄関でばったりギイと会ってしまい、ずぶ濡れのぼくの姿を見たとたん、ギイはすっと目を細めた。 「あ……あの………」 無言のままぼくの荷物を奪い、室内履きに足を突っ込んだだけの状態で、ぐいぐいと三〇五号室まで引っ張っていく。 そして自分とぼくの荷物を乱暴にベッドに放り、有無を言わさず洗面所のドアを開け、「自分で脱げる」と訴えるぼくを無視して次々と服を剥ぎ取り、バスルームに押し込んで頭から熱いお湯を浴びせかけた。 とたん狭いバスルームの中を、白い蒸気が包み込む。 「オレ、言ったよな?」 「うん」 「傘、持っていけって」 「ごめん、ギイ」 「………自分が悪かったとは思ってるんだ?」 「うん」 今回は全面的にぼくが悪い。ちゃんとギイは忠告した。なのに、聞かなかったのはぼくだ。荷物になるからって。 「ごめんね、ギイ」 「わかってるんならいいよ。あんな天気予報だったし仕方ないさ」 しゅんとしたぼくに大きく溜息を吐いて、ギイはあっさりと釈放した。 しかし、あまりにも早い解放に長いお小言を覚悟していたぼくは、ギイを疑いの眼差しで見上げたらしい。 「……怒られたいのか?」 「いいえ、遠慮します」 怒られたいなんて思う人間が、この世にいるはずがない。 それよりも、そこに突っ立ったままのギイに居心地の悪さを感じ、 「じゃ、じゃあ、シャワーするから」 シャワーヘッドの角度を直す振りをして、暗に出て行ってくれと言ったつもりで壁側を向いたとたん、背後から腕が伸びてぼくを捕まえた。 「オレが暖めてやるよ」 「へ?」 意味を聞こうと振り返った視界には、シャワーの雨を頭から被ったギイが、やけに楽しげな笑みを浮かべていた。 だからって。 「ギイ……や………」 「体が冷えてるから暖めてやってるだけだろ?」 「う……そだ………」 含み笑いを滲ませながら、口唇で、手で、言葉通りぼくの体の熱を高めていく。雨で冷え切っていた体はとうの昔に熱を取り戻し、今は熱いくらいだ。 流れるシャワーに紛れ込ませ、ギイの指先が胸の先端を掠める。知らぬ間に尖っていた感触を自覚し、カッと頬に赤が散った。 立ったまま腕ごと背後から抱きしめられ、ぼくには逃げる隙間さえない。 ぼく達を包み込む蒸気も肌を流れるシャワーの雫も、ねっとりと絡みあい、肌をすべり落ちていく。 首筋から肩口に舌を這わし、両の手は執拗なほど胸のしこりを愛撫し、痛いほど敏感になっているのがわかる。 「濡れる……よ、……ギイ……」 「今更。一緒に濡れような」 「ちが………っ!」 ぼくをバスルームに放り込んだ時、ギイは制服のままだった。そして、今、背中にあたる布地の感触と左胸に時折あたる時計の固さに、ギイが未だ服を着込んでいることがわかる。 こんな煌々と照明がついているところで、自分一人だけ裸体を晒すなんて、頭が沸騰しそうだ。 「大声出すなよ。換気口は繋がってるんだ。託生の声が聞こえるぞ?」 「っ……!」 だったら! ギイの悪戯に動く右手を握り、文句を言おうと振り向いた口唇が、被さるように深い口付けで塞がれる。唾液と水滴が混ざり合い、呼吸がしにくいせいで開いてしまった口唇から熱い塊が侵入し、ぼくの舌先を強く吸い淫らに絡めあう。 降り注ぐシャワーの湯よりも、熱い。 思わず力が抜けてしまったぼくの手から己の手を取り戻し、ギイが撫でるように下半身に滑らした。 白い蒸気で隠れて見えなくとも、すでに形を変え張り詰めたモノを迷うことなく握りこまれて、その衝撃に腰を引く。 「ぁ……ん…………」 「託生……」 とたん、予期せず後ろをギイ自身に摺り合わせる形となり、ギイが満足そうな吐息を耳に吹きかけた。 その熱い囁きに背中をざわざわと快感が駆け上っていく。期待と喜びが渦巻き、ギイの軌跡を体が自然追いかけ始め、思考が霞んでいく。 どこもかしこも、肌にあたるシャワーでさえも快感を増幅させ、ぼくの体が小刻みに震えだした。 強弱をつけてスライドさせ、時折親指で包み込むように先端を丸くなぞり、その不規則な動きに、ギイの手中でコントロールされているような気分になる。 いや、実際そうなのだろう。快楽の深さも、知らず零れる吐息も、ギイの思い通りだ。 いつもぼくのことを最優先に考えてくれるギイだけれど、こればかりは容赦がない。どれだけぼくが懇願したって、主導権はいつもギイにある。……今のように。 散々喘がされ、泣かされ、翻弄され、息絶え絶えに解放を強請って、ようやく納得したのかギイの手の動きが早くなり一気に上り詰めた。 ぼくの荒い息遣いとシャワーの音が、バスルームに響いている。 ギイが包み込むように抱きしめ頬を摺り寄せた。「愛してる」と囁いて何度もキスを落とし、愛しげにぼくの体をまさぐっていく。 ぼんやりと開いた目が、ギイの視線と絡み合った。とたん、まだくすぶっている欲望の火が大きくなる。まだ足りないと、ぼくの体が訴えている。 「ギイ………」 呼ぶと、コクリと喉を鳴らし、 「託生、手をついて」 有無を言わさぬように命令した。 熱っぽいギイの声に、素直に壁に手をついた背後からギイが固定するように両手を腰に回す。 すると、あり得ない場所にギイの舌を感じ、驚いて振り向いた視界には、ギイが戸惑いもなく後ろに顔をうずめている姿があった。 「ギイ……!」 「ここにはジェルがないんだ」 「やだ……ギイ、放して………!」 気を失いたくなるほどの羞恥に逃げ出そうとするも、がっしりと腰を固定され阻まれた。 熱い舌で唾液を送り、指先が解すようにぼくの中をかき回す。しばらくすると圧迫感が増え、衝撃に息が詰まったぼくを宥めるように熱いぬめりがぬちゃりと塗り込められた。 「んっ!……や………あ………」 「もう少し、我慢……な?」 上ずったギイの声と指と舌に恥ずかしさを上回る快感を感じ、また羞恥がぼくを包み込む。内側から溶けてしまいそうな感覚に抗うこともできないまま、目の前にある壁を掴むように拳を握った。 ぼくを受け入れられるに十分なほど解して、ギイが強請るように耳に口唇を寄せる。 「託生………」 コクコクと頷く背後からベルトを外す音がした。 「は……ぁ……んんっ……!」 そして、熱い塊が窄みにあてられ、ぼくが息を吐いたのを見計らって、ギイが潜りこむ。 知らず逃げそうになった腰を捕らえ、深く腰を進めた。そうして、味わうようにゆっくりと引き、また深く突き上げる。 吐息も鼓動も、全てがギイと交じり合っているような不可思議な感覚。 背中で擦れるギイのシャツが、まとわりつくように肌をくすぐり、頬にあたるギイの濡れた髪がキスを思い出させる。体全体でギイを感じていた。 「託生……託生………」 「ギ………やぁ……」 あまりの激しさに、がくがくと震える足を支えきれず、頭と腕も壁にぶつけた。瞬間ヒヤリと身がすくんだけれども、壁の冷たさを持ってしても、この燃えるような熱さを冷ますことは、もうできやしない。 けれども、まともに立っていることが出来ず膝が落ちそうになったとき、ふいにギイが動きを止め退いた。 ホッと息を吐いたのも束の間、くるりと向かい合わせに反転させられ、力の入らないぼくの左足を自分の腰に巻きつける。 「ギイ、無理………」 涙まじりの言葉を無視し、腰を抱いたギイが再度貫き、咄嗟にギイの背中にしがみついたけど、不安定な体勢に体が強張った。 「も……や………放して………」 「わかってるって」 ギイはバスタブの淵にぼくごと座り、ぼくの右足までも腰に巻きつける。 「あぅ……っ!」 とたん自分の重さに沈んだ体が、えぐられるように一層深くギイを奥へと導いた。恐ろしいほどの圧迫感と快感。 足は宙に浮き、ギイの成すがままに揺さぶられ、止め処なく喘ぎが口から零れ落ちる。すがりつけるのはギイだけ。 ぼくの名前を呼ぶ声も、ただただ煽るための道具にしかならず、反響する二人の乱れた息遣いが四方八方から包み込んだ。 「ギ……ギ……ィ………!」 「一緒に……たくみ………」 「も……ダメ………っ………あぁ……」 「くっ……愛してる、託生………っ」 白い火花が散ると同時に、ぼくの奥深くにほとばしるギイを感じた。 訪れる静粛。 心地よい疲労感と満足感がぼくを包み込んだ。 くたりと力が抜けたぼくを器用に抱えなおし、ついでにシャワーも止めて、ギイが優しく口付ける。さきほどの熱情が嘘のような、穏やかなキス。 「ん……」 「託生……」 目を開けるとギイの薄茶色の瞳が優しく微笑んでいた。その笑顔にホッとする。 でも、なぜか黒いもやが出てきたような気がした。目を閉じていないのに、ギイの笑顔が黒く塗りつぶされていく。それに、なんだかくらくらする?蒸気がもやに変わることなんてあるのだろうか。 「ギイ……」 「うん?」 愛しげに小さなキスを繰り返すギイの声が遠くな……る………。 「あつい……」 「え、託生?おい、託生!」 焦ったようなギイの声を最後に、ぼくは意識を失った。 結果、ぼくはのぼせたようだ。 サウナとまでは言わないけど、あんな高温多湿のバスルームなんかで、しかもシャワーを浴びながらしたものだから、当たり前と言えばそうなんだけど。 土下座する勢いで平謝りしたギイは、その後、学食に走ったり売店に走ったりと急がしそうだった。 だって、夕食を食べようと思って寮に帰ってきたのに、ギイの悪乗りでこういう事態になり食べにいけなくなったのだから、しっかり責任を取ってもらっただけの話。 もちろん、スポーツ飲料もアイスクリームもギイのおごりで。 「今度は、シャワーを止めないとな」 ぼくの服よりもびしょびしょになった制服を手に取りながら、ボソリと呟いたギイの後頭部を遠慮なく殴らせてもらった。 二度と、バスルームなんかでするもんか! BLお題ったーで『あなたは万が一 10RTされたら シャワールームで恥心プレイな託生を 描(書)きましょう。』というのがありまして、10RTはなかったんですけど、読みたいとおっしゃってくださる方がいたので書いてはみたのですが………ぬるいっすね; やっぱり18禁って、苦手です。 それを再確認したような話でした。 (2012.6.26) 【妄想BGM】 ⇒HOT LIMIT(動画サイト) |