今ここにある幸せ(2010.10)

「たまには、オレが膝枕してやるよ」
「い………いいよ、そんな」
「遠慮すんなよ。ギイ君特製膝枕だぜ」
 ポンポンと膝を叩くオレの顔と足を不安そうに交互に眺め、託生は恐る恐る横になりオレの太腿に頭を乗せた。
 しかし不自然なほど頭が浮き上がり、見るからに首と肩が力んでいる姿を見て眉間に皺が寄る。
「力抜けよ」
「そう思うんだけど、なんだか力が抜けないんだよ」
 変に体が緊張させているせいか、声を震わせながら応え、
「やっぱり、止めとく」
 と、頭を上げた。
 そして申し訳なさそうな顔をして「ごめんね」と呟く。
 力を抜いて恋人に寄りかかれない、ともすれば信頼していないとも受け取れる自分の状態に顔を曇らせる。
 困らせたいわけじゃないのに。
 託生には、笑っていてほしいのに。
 だから、
「じゃあ、オレが膝枕してもらおうかな」
 気にしてない風を装い場所を代えると、託生はあからまさまにホッと表情を緩ませ「うん」と言って、足を伸ばした。
「じゃあ、交代」
 ゆっくりと託生の足に頭を乗せ、体の力を抜く。この風景を見るのは何度目だろう。
 後頭部から託生の体温をほのかに感じ、あまりの気持ちよさに目を閉じた。
「気持ちいいな」
「そう?今日は、このまま寝ないでよ、ギイ」
「わかってるよ」
 言いながら、ひたひたと近づく睡魔に負けてしまう自信がある。
 心地よい風と恋人の膝枕。
 これで、寝るなという方が可笑しいじゃないか。
「ギイ?」
 託生の声が段々遠くなっていく。
「ギイ、寝ちゃったの?」
 風に溶けて柔らかくオレを包んでいく。
「もう、仕方ないなぁ」
 すまない、託生。もう少しだけ、このまま………。

『恋人の膝枕で寝る』

 巷にありふれた、なんてことはないシチュエーション。
 しかし、オレにとっては嫌悪症の託生に触れられる、数少ないシチュエーション。
 永遠に続いてほしいと願った、とても幸せな時間だったんだ。


 冷やりとした一陣の風に、意識が浮上した。
「夢………か?」
 あれは春が終わり、新緑が眩しい暖かな日の事だ。
 やっと託生がオレに慣れてくれ、たまに………ごくたまに託生に触れることが許された5月。
 懐かしい夢を見たもんだ。
 上半身を起こし、足の上の愛しい重さに目をやると、あの日と同じ陽だまりで、託生が気持ちよさそうにオレの膝枕で寝ている。
「う………ん………」
 オレの足の上でコロリと寝返りを打ち、子供のような無防備な寝顔を見せた。
「あの時は、ガチガチだったのにな」
 さらさらの黒髪をかきあげるように右手で撫でると、気持ちよさそうな微笑を浮かべ、寝息を深くする。
 安心しきったその寝顔に、「猫の日向ぼっこみたいだ」と笑った。
 あれから4ヶ月。
 心も体も結びつき、名実共に恋人となった。
 託生は、章三が呆れるくらい素直にオレを信用し、そして甘えてくれる。そんな託生に、日ごと愛しさは増すばかりだ。
 こんな幸せな日々が訪れる事を、あの湖の淵で立っていたオレに教えてやりたい。
 想いを馳せている内に、日が少し西に陰り風が強くなってきた。
 これ以上風が冷たくならないうちに、託生を起こして寮に帰るか。
「託生………託生?そろそろ起きろよ」
「う………ん、ギイ?」
「気温が下がってきた。風邪ひくぞ」
「………うん」
 オレの声に、託生はいつものようにゆっくりと起き上がり、両手を上げて伸びをする。
 先ほど見た夢のせいか、今では見慣れた姿が、涙が出そうなくらいとても愛しく感じた。
「託生………」
 背後から抱きしめて、触れるだけのキスをする。
 口唇を離すと、託生は小首を傾げ、
「どうしたの、ギイ?」
 不安げに聞く。
「なにが?」
「泣きそうな顔してる」
 柔らかく、ほんの少しオレより体温の低い託生の手が、オレの頬を包む。
 こんなに近付くこと、できなかったよな。ましてや、託生からオレに触れてくれるなんて、滅多になかった。
 鼻の頭をぶつけ、
「幸せを噛み締めてたんだ」
「え?」
 託生が傍にいてくれる幸せ、託生に触れられる幸せ、託生に愛される幸せ。
 一度味わってしまったら、どれも、もう手放すことなどできやしない。
「愛してる」
 もう一度、託生に口付ける。
 この幸せが永遠に続くようにと………。




昨日見つかった古いプロットから、組み立てて書いてみました。
同時期に書いてたのが、ANGEL。
あぁ、この頃は、無茶苦茶真面目に書いてたなぁと(笑)
ギイが別人のようだ。
たまには真面目に書かないと、と思った次第です。
(2010.10.1)
 
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