めぐる季節の向こう側〜そのあとに〜 (2012.4)

 記憶喪失の間の話を聞き、昔のオレと今のオレの想いを込めて口唇を重ねたとたん、自覚はしていなかったのだが、一気に体の中を熱い欲望が渦巻いた。
 あぁ、昔のオレ、必死で我慢していたんだな。
 なんて同情心が一瞬頭を過ったものの、珍しく積極的に応えてくれる託生に煽られ深くベッドに沈んだ。


 喘ぐように呼吸を繰り返す託生の汗ばむ額に軽くキスを落とし、託生の隣に体を移す。
 オレとしては二日ぶりなのだが、肉体的には一週間ぶり。心地よい疲労が包み込む中、なぜか見過ごせない何かがあるような気がする。託生の話の中に、その何かがあったはずだ。
 どうしても託生に聞いておかなければいけない、オレにとってとても大切な何か。
 託生との会話を思い出そうとしたオレの肩に、額をぶつけて目を瞑る託生の顔を見ていたら、あっさりとその何かを思い出した。
 とたん、ふつふつと剣呑な怒りが沸きあがる。
「託生」
「なに?」
 ぼんやりと返事した託生の上にもう一度体を滑らせ、やんわりと退路を絶つ。しっとりとした肌の感触にもう一度重なりあいたいと訴える本能を叱咤し、目と目と合わせるように託生の頬を両手で包んだ。
「オレ、今朝、このベッドで起きたんだよな」
「うん?そうだね」
「でも、昨日のオレは、半年前のオレだったんだよな?」
 そうだ。オレには昨晩の記憶なんてない。どうやって、このベッドに入ったかなんて、昔のオレと託生しか知らない。
 キョトンと意味がわからないと顔に書いた託生に、
「半年前のオレが、託生のベッドに自ら潜り込むなんてこと、どう考えてもありえないんだけど」
 ゆっくり言い聞かせるように言葉を続けると、首を傾げていた託生が、ハッとした様にオレを見、そしてうろたえた様に視線を彷徨わせた。
 やっとオレが怒っているのに気が付いたか。
「たーくーみーー?」
「えっとね」
「なぁ、昔のオレをベッドに誘ったのか?」
 オレではないオレを、このベッドに入れたのか?
「………違うよ。一緒に寝る?って言っただけ………」
 視線も合わせず、しどろもどろにボソボソと言い訳しつつ、オレの腕の中からどうやって逃げ出そうかと考えているように動く足を、がっしりと挟みこむ。
「どっからどう見ても、誘ってるんじゃないか!」
「誘ってない!」
「昨日のオレは、オレであってオレじゃないんだぞ!」
「そんなことない!ギイはギイ!」
「だいたい昨日のオレをオレだって言ってもな、今までオレはベッドに誘われたことは一度もない!」
 託生にベッドに誘われるなんて………。
 くーーーーっ、オレが楽しみに待っていた初めての誘いを………!
 こんなことなら情け心を起こさず、昔のオレに「教えてやりたい」なんて同情するんじゃなかった!
「なぁ、オレも誘って?」
「ヤダ」
「昨日、オレを誘ったんだろ?」
「誘ってないってば」
「一緒に寝る?なんて、誘っているのと同じだろうが」
「ぼくにとっては違うの!」
「どこが?!」
 いつか託生がベッドに誘ってくれることを夢見ていたオレの純情を返せ!
「託生、一緒に寝る?って言ってみてくれ」
「………しつこ……いっ!」
「ぐっ!」
 蹴飛ばされて転がり落ちたオレの体を飛び越え、洗面所に向かった託生の背中に、
「なぁ、昔のオレと今のオレとどっちが好き?」
 なんて、情けない台詞が零れ落ちた。
 自分に嫉妬するなんて馬鹿らしいことこの上ないが、こと託生に関しては今のオレが一番でないと気がすまないようだ。
 オレの言葉に振り返った託生は、呆れたような眼差しで、
「どっちも同じギイだろ!」
 言い捨ててドアの中に消えた。
 冷たい床の上。託生の言葉を繰り返しその意味するところに気付くと、自然笑いが込み上げてきた。
 昔のオレも、今のオレも、託生に言わせれば同じオレ。
 裏を返せば、半年前のオレも当時から託生に愛されていたのかもしれない。その頃から実は両想いだったのだ、と。
 本心を聞いても、恥ずかしがり屋の託生は素直に答えてくれないかもしれないが、いつか聞き出してやる。
 いつ、オレに恋したのか、と。



Blogより加筆転載。
(2012.4.16)
 
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