眠れない夜 (2001.9)

「何か顔についてるか?」
 消灯間際、305号室に帰ったオレは、宿題をするべく机に向かった。だが、託生の視線を背中に感じ、ペンを置いて振り返った。
「え、あ………なんでもない」
 何か言いた気な顔を赤くして、託生が視線を外す。
「託生は宿題終わったのか?」
「うん」
「じゃ、先に風呂入ってきたらどうだ?オレ、もう少しかかりそうだから」
「うん」
 言葉短めに応え、託生はタンスから着替えを取り出して、風呂に向かった。そのわずかな間でさえ、託生はオレを見ている。
「何か悩んでる事でもあるのか?」
 不安になったオレは託生へと歩み寄り、驚かさないように優しく抱き締めた。
「な………なんでもないんだ」
「本当に?」
「うん」
 顔を覗き込むと、また視線を外してしまう。
「………それならいいけど。風呂ゆっくり浸かってこいよ」
 オレは託生の額にキスすると、風呂場に送り出した。
 なんか違うんだよな。悩んでるのなら、相談してくれたらいいのに。あいつ肝心な事は閉じ込めちまうから、オレが聞き出してやらないとな。
 ………いや、そんなの口実だ。オレこそ託生の心も体も、全部知っておきたいんだ。
 人間、人に言いたくない事があるってのはわかってはいるが、こと託生に関する限り、寛容になれない自分がある。
 SEXにしても、もっと別の表情が見てみたいという欲求で、託生が嫌がっても最後まで突っ走ってしまう。託生の気持ちを優先しないといけないのに、理性がそれに追い付かない。
「いいかげんにしないと、いつか捨てられちまうかもな」
 風呂場を見ながら、ポツリと呟いた。

 
 宿題を片付け終わった時、託生が風呂から出てきた。石鹸の香りがふわりと漂いドキリとしたオレは、吸い寄せられるように託生を抱き締め、髪にキスを落とす。
 冷たい髪の感触に、ハッと我に帰った。
「ギイ?」
 ダメだ。さっき託生の気持ちを優先すると決めたのに。
「オレ、風呂に入ってくるから、先に寝てていいぞ」
 言い置いて、そそくさと風呂場に向った。
 オレにしては珍しく、ゆっくりと時間を掛けて風呂に浸かった後、タオルで雫を拭きながら深い溜息を吐いた。
 託生、寝ててくれ。今のままじゃ、今夜もお前を抱いてしまいそうだ。
 祈るような気持ちでドアを開けると、期待は空しく託生は自分のベッドに転がって、本を読んでいた。動揺を隠し、何気無く話し掛ける。
「まだ、寝てなかったのか?」
「うん」
「本、まだ読むのか?」
「ううん、もう寝るよ」
 部屋の電気を消し、いつのまにか恒例になっている、おやすみのキスをしようと、託生の側に寄ると、託生は布団に潜ってオレに背中を向けた。
「託生?」
 やっぱり今日の託生は変だ。何かがおかしい。付き合いだして3ヶ月ちょっと。しかし、こんな託生は初めてだ。
 やはり、無理をして辛い思いをさせてきたのか?
「今夜はしないから。せめて、おやすみのキスくらいさせてくれよ」
 オレはベッドに腰掛け、託生の頬に手を当て顔をこちらに向けさせた。
 闇になれてない目には、託生の表情が伺えない。でも、託生の口唇がどこにあるかは、目を瞑ってでもわかる。
「おやすみ、託生」
 呟いて触れるだけのキスをする。
 いつもなら「おやすみ」と言葉が返るのに、託生は何も言わないままだ。
「………そんなに嫌なのか?」
 泣きたくなるような気持ち抑え、託生に問い掛ける。
「………違う」
 消え入るような声で、託生が首を横に振った。
「じゃ、何だ?」
 目が闇に慣れてくる。託生の表情がどんどん鮮明になってきた。
 潤んだ瞳。濡れたような口唇。顔色までは読めないが、手の感触から、頬を赤く染めているだろうことがわかった。
 もしかして………。
 もう一度、口唇を塞ぐ。薄く開いた口唇に舌先を差し込むと、おずおずとそれが絡んできた。
 託生の両腕をオレの首に廻して、口づけを深いものへと変えていくと、託生の掌がオレの髪に絡まる。
「託生………」
 口唇を離すと、わずかばかりの力が入り託生がキスを強請った。誘われるまま口唇を重ねる。いつもなら逃げるそれも、今日はされるがまま悩ましく絡み、オレはあっけなく煽られてしまった。
 恥かしがり屋の託生の、精一杯の誘い。わからないはずだ。こんな風に、オレを欲しがる託生を初めて見たのだから。
「前言撤回するぞ」
「………うん」
 乱暴に布団を蹴飛ばし、託生にのしかかる。初めての誘いに、オレの理性などとっくの昔に吹き飛んでしまった。
「愛してるよ、託生」
 もどかしく託生と自分のパジャマを取り去り、床に放り投げる。
 吐息までも奪うように深く口づけ、オレは手加減など出来ないまま、託生の体を自分の物にするべく、シーツに押し付ける。
 そして、二人快楽の海に身を投げた。

 
 腕の中で放心したような託生の額に軽くキスをすると、ピクリと託生の体が弾み小さな溜息が漏れた。
「愛してるよ」
 託生は瞳を閉じたまま、かすかに頷いた。
 自分から誘った事に、気恥ずかしい思いをしているのか、事が終わってから託生はオレの目を見ない。
 恥かしがる事じゃないのにな。オレにとっては両手を挙げたいくらい、嬉しい出来事だと言うのに。
 ま、ここでからかうと、もう二度と誘ってもらえないのは事実だろうし、今日はオレの我慢が効かなかった事にしてやるよ。
 だから………。
「え………何?」
 突然枕に押さえつけられた託生は、素っ頓狂な声を出してオレを見上げた。
「今夜は、寝させてやんない」
 ニヤリと笑うオレに、赤面した顔をさらに赤くして、
「ちょっ……ギイ………!」
 抵抗らしきものをするが、許してなどやらない。
 こんな日に眠るなんて、そんな勿体無い事できるか!
「ギイ………今夜は………もう…………」
「ダメだ………愛してるよ、託生」
「ギ………!……あ………ん…………」
 二人の夜は、まだ始まったばかりだ………。
 
 
 
目で誘う託生くんって、どんなんだろうと作ったのがこのお話です。
そりゃ、もうギイ君ノックアウトだよね〜。
一体何時まで起きていたんだろうと、気になっていたりします(笑)
(2002.9.4)
 
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