Sweet (2001.9)

 託生と同室になって、初めての日曜日。朝から快晴。オレの心も快晴。
 今日、初めて託生と街に出る。
 大それた事ではないが、オレにとって夢にまで見た二人きりの外出。昨晩は、遠足を待つ子供のように、なかなか寝付けなかった。
 笑っちまうよな。
 苦笑を漏らし、隣のベッドでまだ眠る託生に声を掛けた。
「託生、そろそろ起きようぜ」
「うーん。もう少しだけ………」
 眠たそうな声と共に、シーツを胸に抱き込んでしまう。
 ぼよぽよとした託生は、いつまでも見ていたい程かわいい。だが、今日だけは別。
 一刻も早く夢をかなえたいオレは、託生のシーツを盛大に剥がした。
「起きろ、託生」
 近付き過ぎないように距離を測り、瞳を開けるのを待つ。瞬きをして、オレの顔を見付けたとたん、託生はどっと赤面した。
「おはよう、託生」
「お……おは………よう、ギイ」
「今日は街に出る約束だろ?早くメシ食って、行こうぜ」
 にっこり笑ってやると、託生は耳まで真っ赤に染めて、小さく小さく頷いた。


「どこに行くんだい?」
 バスに揺られながら、隣に座る託生が訊いた。ときおり当たる託生の肩が愛しい。
「デパートで買い物」
 オレの二つ目の夢。アメリカ仕込みのコーヒーを託生に飲んでもらう事だった。
 今日はペアのマグカップと、ポットやらドリッパーなどを買う予定だ。
「託生は何か買う予定でもあるのか?」
「ううん。別にこれと言ってないよ」
 たわいない話をしながら、一時間掛けて麓の街に着いた。
「なぁ、託生」
「何?」
「これって、デートだよな?」
 余りの嬉しさについ軽口を叩くと、
「もう!何をバカな事言ってるんだよ!」
 顔を真っ赤にさせて託生は怒鳴った。
 そういう顔も可愛いんだよな。
 去年は睨みつけた顔しか見る事がなかったが、この1週間託生のいろんな表情を見る事が出来た。これからは、もっと託生の事が解かってくるだろう。
『浮かれてるぞ』
 あぁ、そうだな、章三。
 今まで生きてきた中で、一番浮かれてる。
 それは、そうだろ?オレはこの為に、はるばる日本に来たのだから。
 開店直後の時間だからか、日曜にも関わらずデパートの中はそれ程混んではいなかった。
 早く託生を起こしたのは正解だったな。人込みが苦手な託生には、丁度いい。
 エスカレーターを上って、食器売り場に足を踏み入れる。
 所狭しと並んでいる食器の中から、カップのコーナーを探し出し、端から順番に吟味していく。
 託生と一緒に使うものだから、妥協なんてしたくない。
「あ、これ」
 オレに黙って付いていた託生が声を上げた。
「どうした?」
「このカップ、かっこいいね」
 託生が指差したマグカップは、黒地に金色のラインが入ったシンプルな物。隣には白の色違いがある。
 この白のカップ、託生に似合いそうだな。
「よし!これにするか」
「え?!そんな、よく考えて決めた方がいいよ」
「いーや、オレもこれが気に入った」
 あたふたと言い募る託生を尻目に、さっさと二つのカップを手に取ったオレは、レジに向かった。
 託生が選んでくれたのはもちろん、オレもこのカップが気に入った。
 何の飾りっ気のない、シンプルなデザイン。
 もしかしたらオレと託生の趣味は、似ているのかもしれない。
 機会があったら、実家の託生の部屋に遊びに行こう。とても居心地のいい部屋であろう事が想像できる。
 またひとつ、託生の事を知った。

 
 早めに買い物を終え、305号室に着くと、託生に給湯室でお湯を汲んでくることを命じ、早速オレは買い物の包みを開け、コーヒーを入れる準備にかかった。
 色違いのカップを並べて、託生の帰りを待つ。
「特別美味いコーヒー、入れてやるからな」
 帰ってきた託生にそう告げて、お湯を注いでいく。託生は黙ってベッドに腰掛け、オレを見ていた。
 託生の分にだけミルクを半分入れ、
「どうぞ」
 わざと恭しく渡すと、託生はクスリと笑って、
「いただきます」
 口をつけた。
「どうだ。美味いか?」
「うん。すごくおいしいよ」
 託生は満足そうな笑顔を向け、もう一度カップに口を付けた。お互い無言のまま、コーヒーの香りだけが部屋に満ちている。
 こんなに暖かい沈黙があるなんて、今まで知らなかった。
 満ち足りた二人だけの時間。これを幸せって言うんだろうな。
 ぼんやりと考え一口飲むと、苦いはずのコーヒーが初めて甘く感じた。

 
「何笑ってるんだよ?」
 コーヒーを注ぎ入れているオレに、不思議そうな顔をして託生が尋ねた。
「昔の事を思い出しただけ」
「思い出し笑い?ギイのスケベ」
 託生はクスクス笑いながら、差し出した白いカップを受け取った。
 天井まである窓の前、暖かい日差しの当たるソファに二人並んで腰掛ける。
 あの頃と変わらない穏やかな時間。
 変わったのは、ここがNYの二人のマンションだという事。………こうやって、託生に触れられる事。
「コーヒー、零れちゃうよ」
 口唇を離すと、潤んだ瞳の託生が睨んだ。
 託生の手からカップを奪い、オレのカップの横に置く。
 もう一度確かめるように、託生の口唇を覆った。されるがままに体を預けてくる託生に、愛しさが募ってくる。
「もう、せっかくのコーヒーが冷めちゃうよ」
 ひとしきりのキスのあと、腕の中に収まったまま託生が呟いた。
「そうだな」
 オレはまだ白い湯気を上げているカップを手に取り、片方を託生に手渡す。託生は、はにかむような笑顔を浮かべ、口をつけた。
 誰にも邪魔されない、二人きりの時間。託生が隣にいる、今のオレにはごく自然な事だ。
 何気ないひと時が幸せだと感じた時、喉を通る苦い液体が甘く変わった。
 
 
 
これは私の4作目にあたるお話です。(「Memory」の前ですね)
いろんな事があって、お蔵入りさせていたのですが、ここまで書いてるのだから仕上げてしまおうと、
修正を入れてみたのですが、どこをどう直せばいいのやら………。
で、もういいやとアップしてみました(笑)
古い話ですし、個人的理由から、投稿はしません。
(2002.9.4)
 
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