小さな記憶(2011.4)
スキー合宿から戻って二週間。
帰ってきた直後はギイにあれもこれもお世話になっていたのだけれど、足の裏の水泡も消え包帯グルグル巻きの生活から開放されて、普通に授業を受けられるようになっていた。 「週末、買出しに行く予定なんだが託生はどうする?足が大丈夫そうなら、一緒に行かないか?」 夕食を終え、珍しく来客もなくギイと二人で三〇五号室でのんびりしていた時、ギイが話を振った。 「じゃ、ぼくも行こうかな。買いたい物もあるし」 そう言うと、ギイは驚いた顔をして、まじまじとぼくの顔を見詰めた。 「なんだよ?」 今、誘ったのはギイだろ?それにイエスと答えただけじゃないか。 「いや、寒くなってから、誘ってもいつも『寒いから』って断られて、必要最低限の買い出しも渋々行ってただろ?」 どういう風の吹き回しだ、大雪警報出ているんじゃないか? 窓の外を見ながら大げさに驚くギイに、 「失礼な」 ムッとして言い返す。 そりゃ、この寒い中、好んで外出したいとは思わないけど、ぼくには買っておきたい物があるのだ。購買部に売っていないのだから仕方がない。 ギイは、窓際からぼくのベッドに移動し、 「ごめん。デートの誘いを断られなくて嬉しかったんだよ」 弾むようなキスを頬にした。 これだけで、なんとなく許してしまうぼくも現金なものだ。 「どこの店に行くんだ?」 あらためてぼくの隣に腰かけ、ギイが聞く。 「ん………と、文房具店………かな?」 「かなって?」 「うん、たぶん、文房具店」 「たぶん?」 「アルバムが欲しいんだよ」 そう。なんやかんやで、この一年に溜まった写真が引き出しの中で束になってしまって、さすがにこの保管方法はまずいだろうと思っていたのだ。 察しのいいギイは「あぁ」と頷き、 「どういうのが欲しいんだ?」 と、話を先に進めてくれたのだが。 「わかんない」 「はぁ?」 「アルバムを買ったことがないから、どういうのがいいのか見てみないと」 ギイと付き合うようになるまで、利久くらいしか友達なんていなかった。ましてや写真を撮るくらいの至近距離にぼくが耐えられるはずもなく、スナップ写真を撮ることもなかったのだ。 ぼくの実家の部屋にあるのは、四月に恒例のように取るクラス写真のみで、しかも全て袋に入ったまま置いてあった。 それがアルバムを買わなければいけないほど、この一年で写真が溜まったことに自分自身が驚いていたりする。 「ギイは?どんなの使ってるんだい?」 「オレ?………使ってない」 「へ?多少はあるだろ?」 ギイの写真嫌いは有名だけど、ぼくと違って友人が多いギイのことだ。それなりに数があるのだと思うのだけど。 疑いの眼差しを向けたぼくに、 「本当にアルバムはないよ。箱にどさりと入れてあるだけだ」 ギイは苦笑いをした。 「ふうん」 整理する方法なんて十人十色。人によってはそういう方法もあるかもしれない。特に写真嫌いのギイなら。 参考にさせてもらおうと思ったのだけど、箱に入れておくだけなら今と一緒だ。 けれども、ぼくはきちんとアルバムに入れたかった。どの写真も大切な思い出で、あの小さな四角の紙に納まることができるようになった自分が少し誇らしかったりする。ギイのおかげだけどね。 何もかもを諦めてその日その日を乱暴に生きてきた頃は、思い出なんて必要ではなかった。でも、今では例え喧嘩した日でさえも大切なぼくの記憶だから。 そう思えるようになったのは、ギイがぼくの過去を認めてくれたからだ。だからこそ、きちんとアルバムに収めたい。 「なぁ、オレとの写真もアルバムに貼るのか?」 「そのつもりだけど………」 先日のスキー合宿の時に、各部屋をカメラマンが回り撮っていった二人の写真。 「焼き増しがオレと託生の二枚だけと確約できるなら」 自分の写真が出回るのを嫌がって、毎年恒例になっているであろうルームメイトとの写真でさえも、カメラマンに誓約書を書かせるような勢いですごみ、少し居心地の悪いような気分で撮ってもらったスナップ写真。 それでも、二人で写った唯一の大切な写真。 ぼくのアルバムだけど、やっぱり他人のアルバムに自分の写真を貼られるのはイヤなのだろうか。 「アルバムに貼られたりするの、イヤ?」 「別にそれはいいんだが、託生、そのアルバムを見たりするのか?」 「そりゃ、たまには見るだろうけど………」 それすらも止めてくれとは言わないよね。長期休暇の時、ギイの写真があったらいいなと密かに思っていたのだから。 ギイは、ぼくの言葉にしばし思案し、 「オレも買おうかな」 ポツリと言った。 「アルバム?」 「そ」 ついさっき箱に入れていると言っていたのに、これこそ、どんな風の吹き回しだろう。 「本当に買うの?」 「あぁ、託生のアルバム」 「うん?ぼくは自分でアルバム買うよ?」 「違うって。託生だけを集めたアルバム」 「なっ?!そんな恥ずかしいことしないでよ!」 ぼくは、ギイと違って観賞に耐えられる顔なんてしてないんだから。 「どうして?恋人のアルバムを作って何が悪い」 真面目な顔をして言い切るギイに、ぼくは言葉を詰まらせた。 悪くはないけど、ちょっと恥ずかしいような。 そんなぼくの内心に気付いているのか否か、 「一ページ目は、一年時のクラス写真だな」 ギイは、さっさと話を進めてきた。 まるで、これ以上、アルバムを作ることに突っ込んでくれるなと言いたそうに。 「それ、箱から探さなきゃ」 つい条件反射のようにぼくが言うと、ギイはふと視線をそらした。 「ギイ、もしかして………」 「託生の写真だぞ?別に置いてるに決まってるじゃないか」 振り向きざま力説するギイに、嬉しさと恥ずかしさが入り混じって頬が熱くなる。確かあのクラス写真は、端と端とで離れていた。しかもとても小さく。 今しがた、全部、箱の中に入れてると言ったのに、ぼくが写っているからだけの理由で、写真を別に保管しておくなんて、ギイ、可愛いかも。 ………と言ったら怒られるから言わないけど。 「じゃあ、明日の行き先は文房具店に決定!」 子供のようにはしゃぐギイに、微笑が漏れる。 まっさらなアルバムの一ページ目には、ギイとぼくの写真を貼ろう。 そして、いつか二冊三冊と増えるように、笑顔の写真が貼れるように、二人で思い出を作っていこう。 数週間くらい前から書いてはいたのですが、なかなか書けなくてですね。短いのですが、一応アップします。 で、これのアフター。 一つに絞り切れなくて「Destiny」「Reset」「Secret内Life」に、それぞれのアフターを載せています。 けれども、こちらは、もっと短いです; 違いを楽しんでもらえたら、嬉しいのですが、どうでしょう? (2011.4.1) |