託生くん、第一秘書昇格

「託生、いたか」
「……葉山です、副社長」
 何度言えばいいんだ?社内では苗字で呼んでくれと。
 溜息交じりの声に、ひょいと片眉を上げ、
「別にいいじゃん。託生は託生なんだし」
 ぼくの抗議など右から左に流しデスクにひょいと腰掛け、ぼくの顔を覗き込んだ。
「お前、来週から、オレの第一秘書な」
「はぁ?!」
 第一秘書?!なんですか、それは?!
「中井はアメリカに戻るから、今週中にお前の仕事の引き継ぎ終わらせておいてくれ。中井からの引継ぎは……お前もオレに同行してもらった方がいいな。流れがわかるし」
「ちょ……ちょっと待ってください。急にそんな事言われても……」
 やっと第二秘書の仕事を覚えたところなのに、第一秘書なんて無理!絶対、無理!!
「急じゃないぞ。中井が戻ることは、お前がここに来る前に決まっていたことだ」
 ぼくの焦りを無視し、あっけらかんと副社長が言う。
 ………なんですと?
 副社長が日本支社に来たその夜、居酒屋に引っ張り出され、翌日には秘書課に転属させられ、そのまた翌日には荷物が副社長のマンションに運び込まれていた。
 この男は、いったいいつから計画していたのか……。
「あ、これ辞令な」
 ひらりとデスクに置かれた紙切れを見て、がっくり肩を落とす。
「………わかりました」
 どうせ、しがないサラリーマン。ぼくの拒否権なんて、初めからないのだから。
「あ、ぼくの仕事の引継ぎは、どなたが……」
「うん?秘書室のやつらに言っときゃいいじゃん」
「だから、どなたかお一人、ここに……」
「必要ない」
「はい?」
「だから、専属のヤツはいらない」
 って、今までぼく、専属だったんですけど。それに、専属秘書室というこの部屋もあるんですけど。
「でも……」
「託生以外、専属にさせるつもりは一切ない」
 ぼくの言葉を遮って、きっぱりと告げた副社長の顔が近づき………。
「んーーーーーっ!!」
 椅子ごと抱きしめられて体を背もたれ固定され、蹴り上げようとした足の上に副社長が乗り上げ……ちょっと待て。あたってる!ナニかあたってる!
 こんなところで、発情するな〜〜〜〜!!
「安心しろ。キスするのは託生だけだから」
 息も絶え絶え力を抜けたぼくを抱きしめながら、意味不明の台詞をのたまう副社長の鳩尾に、
「こ……の、セクハラヤローッ!」
「ぐはっ」
 渾身のアッパーが決まった。
 崩れ落ちる副社長の背後に、画面が真っ暗になったパソコンが目に映り血の気が引く。
 データがーーーーーっ!
 ………今日も、残業決定。

(2012.4.27 小話ついったー)
 
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