副社長を応援する会

「中井さん、どうしました?お疲れのようですけど」
 副社長室から出てきた第一秘書の中井さんの顔が憔悴しているように見えて、声をかけた。
「葉山さんがお休みですので、副社長がちょっと……」
 私の声に振り返った中井さんが苦笑する。
 商品開発部から抜擢され、副社長付き第二秘書となった葉山さんが風邪でぶっ倒れたのが昨日のこと。
 元から疲労が溜まっていたのだろう。
「少し風邪気味で」
 と、朝笑っていたのに、夕方には一気に熱が上がったようで、
「救急車を呼べ!」
 と副社長から内線が入った時には、いったいなにが起こったのかと秘書室の全員が目を剥いた。
 どんなときでも冷静沈着の副社長が、あれほど慌てふためいた姿などたぶんお目にかかれないだろう。
「でも、スケジュールどおり行ってるんですよね?」
「一応ですけどね。どうも今日は効率が悪いようで」
 溜息を吐きつつ「では」と、中井さんは足早にエレベーターホールに向かった。
 副社長が葉山さんに好意を持っているのは周知の事実。
 そりゃ、多少複雑な気分になるけれど、変な女とくっつかれるよりは、あの生真面目で天然で年上だけど可愛いくて誰にでも優しい葉山さんが相手なら、応援したくなるもの。
 これは秘書室全員の見解。
「なにか、私達にできること、あるかしら?」
「よね。中井さん困ってたし」
 副社長のことだから仕事に支障をきたすようなことはしないだろうけど、効率が悪いということは結局は私達の仕事が長引くということで。
「葉山さんの代わりになるもの?」
 本物に勝るものはなし。けれども、本物を連れてくるようなことはできないし。
 うーんと腕を組んで考え込んでいると、
「あ!」
 突然、香織が叫んだ。
「なに?」
「あのね………」
 香織の提案に、にんまりと頬を緩めた。
「………それ、いいかも」
「でしょ?」
 顔を見合わせて、うふふと笑う。
 Fグループ日本支社の秘書室勤務、できる女の代名詞みたいな私達のこんな顔は世の中には内緒だけど。
「今、外出してるの誰だっけ?」
「玲子が外に出ているはずだから連絡取ってみる」
「じゃ、私は社内メールで呼びかけてみるわ」
「そうだ。どうせなら広報部の子にも手伝ってもらうってのは?」
「そうよね。デザインに関してはプロだし任せる」
 すぐに秘書室に戻り、他の人間にも手伝ってもらい、きっかり一時間後。
「さすがFグループ日本支社……」
「プロ集団にかかれば、あっという間だったわね」
 副社長のためならと、たった数分でデータが集まり、広報部部長自ら指示を出して今まで見たことがないくらいの出来になった一冊の冊子。
 それを持って香織と二人副社長室のドアをノックした。
「どうぞ」
 返事を待ってドアを開け、一礼をする。
 そこには気難しい顔でノートに向かっている副社長がいた。
「どうした?」
「日本支社一同から、副社長への陣中見舞いです」
「………は?」
 大きなデスクの上に『葉山託生写真集』を置き、そのまた上にはポップな副社長に似つかわしくないフォトフレームを置く。
 玲子がいったいなにを考えて、こんな可愛いフォトフレームを買ってきたのかは謎だけど。
 副社長が呆然とアルバムを手に取りパラパラとめくった。
 葉山さんが入社して以降、社内旅行やボウリング大会、部内の飲み会などで撮ったプライベートな写真を所狭しと、でも、このままフォトアルバムの見本に使えそうなくらい凝ったデザインの広報部の傑作と、つい最近隠し撮りされたらしい満面の笑顔の写真を入れたフォトフレーム。
 厳しい目をしていた副社長の目尻がホッと緩んだ。
「ありがたく受けとるよ」
「いえ、あと、これはデータです」
「あぁ」
 小さなメモリーカードを手に取り、ロックがかかっているのに気付いたのか、副社長がクスリと笑う。
「それでは失礼します」
 なんとなくこっちまで嬉しくなって足取り軽くドアを開け、ふと振り向いた視界に入った副社長の顔は、思わず見とれてしまいそうになるくらい、切なそうな表情をしていた。
 その後、異例の副社長からの社内メールが入り、各部には副社長からの二日酔いどころか三日酔いにさせる気か?と思われるほどのアルコール類、ダイエッターが号泣してしまったほどのお菓子類(しかも、どれも最高級品)が届けられた。
 三日後、出社してきた葉山さんが副社長のデスクの上に置かれていたフォトフレームに、またぶっ倒れそうになっていたのは別の話。
 副社長、がんばってくださいね。
 Fグループ日本支社一同、副社長を応援してます。



(2012.7.21作業時間が持てたのでBlogより転載)
 
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