専属秘書のお仕事
副社長室の隣の専属秘書室。と言っても、ぼくしかいない。「秘書室」というのは別にあるから、それと区別するために専属と名前がついているだけだ。
しかも、副社長と常時同行する第一秘書の中井さんがいるのだから、専らぼくの仕事は中井さんのアシストみたいなもの。 これで、どうして同居しなくちゃいけないんだとも思うけれど、それに関しては諦めた。仮に引越ししたって、また、そのマンションごと買いそうな気がしたから。 専属秘書室で伝えられていたスケジュールを入力していると、 「葉山君、副社長にコーヒーを持っていってくれないかな?」 中井さんが顔を出した。 外出先から戻ってきたんだな。 「はい、わかりました」 給湯室に行きコーヒーを入れようとインスタントの瓶を手に取り、ふと思い出した。 つい先日、どこからか企画が洩れる事件があった。内部の犯行なのは確かで、内々に捜査を行い、その犯人が判明したらしい。 長年Fグループに勤め、部下からも、そして幹部からも信頼されていた一人の部長だった。 そして、その人への処分や、事後処理は全て副社長の肩にかかっている。 ……と言うことを、ぼくは給湯室で一緒になった秘書室の女性から聞いた。 上層部のみで進められた話なのに、詳細にかつ敏速に流れていく女子社員ネットワークというのは、すごいものがある。 形ばかりノックをしてドアを開けると、副社長が難しい顔をしてノートパソコンに向かっているところだった。 「お疲れ様です」 邪魔にならないように小さく声をかけ、そっとコーヒーを置くと、副社長はノートから視線を移してデスクに置いたコーヒーを数秒見詰め、ぼくを見上げた。 「味はわかりませんが」 そう付け加えると、 「ありがとう」 一口飲んでフッと肩から力を抜き、椅子の背もたれに体を預ける。 愚痴も弱音も言える立場じゃないだろう。それこそ、社員であるぼくを相手に、なんて絶対できない。 でも、信頼していた部下の裏切りと、その人を処分しなければならない心労は、ぼくには量りきれない。 「美味いな。何年ぶりだろうな。バニラマカダミアン」 だから、少しでも気持ちを解してもらいたくて、豆を買ってきた。 バニラマカダミアンの甘い香りが部屋中に充満し、さっきまでのピリピリした空気が薄れていく。 「一口、飲むか?」 「え?」 ぼくの返事も聞かずに、片手で引き寄せられ重ねられた口唇。 だから、セクハラだってば!! 反射的にもがこうとして、止めた。 ………ま、今日は、大人しくしててあげるよ。 (2011.10.14 小話ついったー) |