Afternoon Dream (2010.10)

 上の空で課題曲を弾いていた腕を止め、大きく溜息を吐いた。
 窓の外は透けるような青空なのに、ぼくの心はどんよりと曇り、言い知れぬ寂しさが広がっている。
「今日で何日会ってないんだろ……」
 ギイの仕事のハードさは生半可なものではなく、同じNYにいるにも関わらずマンションに帰ってこれない状態が続いていた。
 ガランとした空間が余計孤独感を増し、ただでさえ大きな部屋が数倍にも感じる。キングサイズのベッドだって、ぼく一人では使うのが勿体無いくらい広く、あまりの冷たさに寝付きが悪くなっているのが自分でもわかっていた。
 ギイに抱き締めて欲しくて、狂いそうになる。
「祠堂にいる時は、もっと会えなかったのにな」
 我ながらあの時は物分りがよかったと思う。いや、諦め半分だったからかな。
 ギイと二人で暮らしていて夢のような生活をしているのに、これ以上望むなんて我侭すぎるぞ、葉山託生。第一、ここに来たのはバイオリンの為だろう?
 しっかり自分のするべき事をやって、ギイを笑顔で出迎えられるようにと自分に活を入れ、ぼくはもう一度バイオリンを構えなおした。
 Rrrrrrrr……Rrrrrrr……
 机の上に置いてあった携帯が唐突になった。瞬間ぼくの胸がドキリとなる。
 慌てて駆け寄り、通話ボタンを押し、
「Hello」
 努めて平静な声で返事を返した。
「託生?オレ」
 ………挨拶をすっ飛ばして「託生」と呼ぶのは、この世の中には一人しかいない。しかし、声が違うような気がする。
「おい、託生?」
 いや、違うというよりは、声のトーンが高すぎる。
「もしもーし、切れてないよな、これ」
 以前にも一度この声を訊いた事がある。そう、この声は………。
「………もしかして、ギイ?」
「もしかしてって……お前、恋人の声くらい覚えておけよ」
 やっぱり………プチギイ!
 という事は、今は夢の中って事だよね。
 でも、どうしてこうぼくの夢はリアルなのかなぁ。余りの寂しさに少しだけでも会いたいと思っていたら、体積の小さいギイが現れた。
「託生、もしかして、昼寝でもしてたのか?」
 いつまでも返事をしないぼくに焦れたのか、少し怒ったような声が届く。
「え?ううん」
「久しぶりに託生の声が訊けると思って電話したら、これだ」
「ご……ごめん。びっくりしたんだよ」
 呆れたような声に、慌てて謝る。
 突然のプチギイの登場に、驚かない方がおかしいよ。
「ところで、今日は空いてるか?」
「これから?」
「そう。託生、デートしよう」
「デート?」
「セントラルパークのベセスダ・テラスで待ち合わせて、シープ・メドウでランチといかないか?途中デリで何か買っていくから」
「ベセスダ・テラス?」
「そう、噴水のとこな」
「うん、わかった」
「じゃ、待ってるからな」
 携帯を置き、ケースにバイオリンを片付け、手早く身支度をする。
 余りにもリアルで、どこで目が覚めるのかわからないけど、今回は二人っきりの部屋の中ではないし(襲われる心配もない)、楽しむのも悪くないな。
 最後に上着を取り、ぼくは街に飛び出した。



 パーク内をジョギングしている人を横目に、プチギイに指定されたベセスダ・テラスに向かう。
 ベンチに座っている人も、木の上で鳴いている小鳥も、あまりにも自然すぎて不思議な感覚になる。こんなに大勢の人が登場しているのに、夢の中にしてはリアルすぎないか?
 冷静に夢の中だと認識しているぼくも、変だけど。
 ふわふわとした気持ちのままベセスダ・テラスに着くと、
「託生!」
 トーンの高い声がぼくを呼び、大きな紙袋を両手で持ったプチギイが走ってきた。
 やっぱり………。
 膝を落とし低い目線に合わせると、プチギイはぼくの頬にキスをし、
「来てくれて、ありがとう」
 にっこり笑った。
 大きさが違っても、ギイはギイ。綺麗な笑顔にぼくの顔が赤く染まる。
「託生、顔赤いぞ」
「は……走ってきたからだよ。それより、お腹空いたかも」
 言いながら、プチギイの持っていた紙袋を左手で受け取り、右手で小さな手を握る。手の中の温もりにホッと溜息が零れた。
 シープ・メドウ。皆が日常の疲れを癒すように、のんびりと寝転がって時間を楽しむ、ニューヨーカーの憩いの場所だ。
 芝生の上に腰を下ろし紙袋の中から食べ物を取りだすと、
「託生もちゃんと食べろよ。少し痩せたぞ」
 プチギイが特大のクラブサンドを、ぼくに押し付けた。



 二人分(しかも、一人は子供)にしては多すぎるんじゃないかと思った食べ物は、ブラックホールの胃名を持つ人間の腹にあっさり収まり、ぼく達は芝生に寝転がって青い空を眺めていた。
「ごめんな」
 隣から唐突に聞こえてきた謝罪に向きを変えると、申し訳なさそうにぼくを見るプチギイの瞳とぶつかる。
「なにが?」
 プチギイに謝らせるような事、何かあったかな?
 わけがわからないと顔に書いたぼくに、
「せっかく託生がNYに来てくれたってのに、オレ、仕事ばかりで全然案内もしてやれなくてさ」
 心底辛そうにプチギイが言う。
「連れて行ってやりたい所もたくさんあるんだ。NYだけじゃなくてアメリカ中、託生と行こうと思ってる所があるのに、実際のオレはデート一つもなかなかできなくて、自分で自分が嫌になる」
「ギイ………」
「ごめんな」
 姿は子供なのに、大人の台詞。
 本当のギイも、どうにもならない忙しさの中で、ぼくの事を思ってくれているのだろうか。もしかしたら寂しさを感じてるのは、ギイも同じなのかもしれない。
「ううん、大丈夫だよ」
 哀しそうな瞳に、心配ないと笑ってみせる。
 ホッとした表情を浮かべたプチギイの小さな掌を頬に感じ、目を閉じる。「愛してる」の言葉が口唇を伝って流れ込んできた。



「……くみ……託生?………こんな所で寝ていると風邪引くぞ」
「う………ん、ぎい?」
 茶色の心配げな瞳が近づき、ただいまのキスが口唇に触れた。
「え……ギイ?!」
「なんだ、寝ぼけてるのか?」
 ギイの腕に引かれて起き上がると、ローテーブルに置かれたバイオリンと音楽室が目に映る。
 やっぱり、寝ちゃってたんだ、ぼく。
 ギイは、ぼんやりとしたぼくに焦れたのか、
「託生、ただいま」
 耳元でやけにはっきり言葉を紡ぎ、期待の篭った目でぼくを促した。
「………お帰り、ギイ」
 両腕をギイの首に回しお帰りのキスして口唇を離そうとすると、力強い腕にギュッと抱かれキスが深くなる。甘いコロンの香りと熱い口付けに、ギイが帰ってきた事実がぼくの心に徐々に落ちてきて涙が零れそうになった。
「明日休みになったんだ。だから、デートしないか?」
 長い長いキスの後、ぼくを腕に閉じ込めたまま、ギイが誘う。
 なのに返事を聞く間もなく、ぼくを抱き上げ、
「その前に、大人の時間な」
 妖しく囁いた。




これを書き始めたのは5年前でして、いつものごとく放ったらかしになり、中身が大幅に変わりました;
なのでタイトルも変わりました。
元々twilightだったんだけどなぁ。夕日が消えちゃったんですよ。う〜ん。
纏まり悪いですけど、フォルダ整理の為にアップ。
(2010.10.28)
 
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