Dream〜ギイバージョン〜 (2002.5)

 暖かい日差しの当たる居間で、オレは時間潰しにパラパラと雑誌を捲っていた。
 久しぶりの連休。
 にもかかわらず託生は大学で、朝からいない。
「学校、休もうか?」
 との有難い申し出もあったのだが、ここは心を鬼にして断った。いや、託生に対してではなく、オレ自身にである。
 託生がこの場にいたのなら、オレは居間ではなく、ベッドルームにいるであろう。
「休日にやる事もないなんて、哀しいよな」
 いつも、家には必ず託生が居た。託生より早く出て、託生より遅く帰るのだから、当たり前のことなのだが……。
 一人で家に居る事がこんなに苦痛だとは、知らなかった。託生も毎日こんな気分になっているのだろうか。それとも甘えているのはオレだけか?
 パタン……。
 玄関のドアが閉まる音。
 瞬間、オレは立ち上がり玄関ホールに向かった。我ながら留守番をさせられた子供のようだよなと、苦笑が漏れる。
「託生、お帰り。早かったな」
 と、玄関ホールを覗き込むと………。
「ギイ、ただいま」
 ………誰だ、この子?
 歳は7・8歳くらいだろうか。日本人のかわいらしい男の子。手にはバイオリン。
 おい。ここはオートロックだぞ。どうやって入ってきたんだ。
「君、名前は?どこから入ってきたのかな?」
 驚かさないように、にっこりと笑って膝を折り話し掛けた。
「何言ってるの、ギイ?ぼくだよ」
 ぼくだよって、オレはこんな子知らないぞ。
 ………いや、ちょっと待てよ。この顔どこかで見たような………いや、見慣れてるような………まさか………?!
「託生………?」
「そうだよ。自分の恋人忘れちゃったの?」
 ムスッと膨れっ面をして、プチ託生が抗議する。
 ………夢だ。これは夢に違いない!!
 呆然としているオレの頬へ
「ただいま」
 とキスをする。夢にしては暖かい感触。
 どうなっているんだ?!
 パニックになりそうな頭を立て直して、お帰りのキスを待っているプチ託生の頬に口唇を寄せた。
「お帰り」
 キスをしながら、頬の柔らかさを確かめる。………本物だ。
 託生に似た子が勝手に入ってきたと言うには無理がある。なぜなら、託生の匂いがするのだから。それに、こんな可愛い子、託生以外に誰がいる?!
「本当に、託生なのか?」
「さっきから何言ってるんだよ。ギイ、寝ぼけてるの?」
 小首を傾げて、大きな瞳でオレを見返す。
 夢じゃないのか?だとしたら、あーんな事も、こーんな事も、もう出来ないっていうのか?!
 がっくりと肩を落としたオレに、
「ねぇ、ギイ。お腹すいた」
 無邪気に甘えるプチ託生。
 ハハハハハ………。乾いた笑いが木霊する。
「冷凍ピラフくらいしか出来ないけど、それでいいか?」
「うん!」
 満面の笑顔で、プチ託生は頷いた。

 
 どうなってんだろうな。
 ダイニングの椅子に座って食事を待つ後姿を見ながら、大きな溜息を付く。
 しかし、たしかあのくらいだったな。オレが出会った時の託生は。
 誰より可愛くて、澄んだ瞳で、幸せ一杯の笑顔で………。
 よくよく考えると、あの頃の託生をじっくり見ることができる機会なんて、滅多にないぞ。この状況を楽しまなきゃ、損じゃないか?
 じっと見詰めるオレに気付いたのか、プチ託生はくるりと振り返りにっこりと微笑んだ。
 ドキリとした。
 幼いあの日、恋に落ちた天使の微笑みに、自称託生と言えども小さな子供に、不埒な妄想をしてしまった自分に自責の念を抱く。
 ヤバイ……。
 前言撤回。夢なら早く覚めてくれ。
 オレの妄想を立ちきるように、レンジがチンと鳴った。

 
「いただきます」
 手を合わせピラフを口に運ぶ。向かいの席で美味しそうに食べるプチ託生を、複雑な気分で眺めた。
 どう見ても、託生なんだよなぁ。
 グリンピースを器用に避けながら食べる姿は、託生そのものだ。
「あれ?」
 ぽろっと、ピラフがスプーンから落ちた。
 あぁ、テーブルが高いから食べにくいんだな。
「託生、ちょっと立ってみろ」
 素直に立ち上がった託生を膝の上に乗せて、腰を降ろす。
「この方が食べやすいだろ?」
「うん。ありがとう、ギイ」
 口唇の端に小さなキスを送り、オレが固まったのには気付かず食べ始めた。
 オレは変態じゃない!!
 抱き締めてしまいそうになる腕を、必死で押し留める。
 あらぬ妄想を打ち消すように、優しいお兄さんよろしく、あれこれと世話を焼き、プチ託生の食事を手伝った。
「ご馳走様でした」
「どういたしまして」
 グリンピースの山を一角に残し、
「お腹一杯」とオレの胸に体重を掛け、目を擦る。
「眠たいのか?」
 顔を覗き込むと、
「うん………お腹一杯になったら………眠くなっちゃった………」
 ぽやっと焦点の合わない目で見上げる。
 やっぱり子供だよな、とクスクス笑うと、オレはプチ託生を抱き上げベッドに向かった。
 言っておくが、下心などは全然ない。
 ゆっくりベッドに下ろして、
「少し寝ろよ」
 髪を撫でる。
「ギイは?」
「え?」
「ギイも一緒に寝ようよ」
「い……いや……オレは………」
 それは、ちょっと………いやマジでヤバイ。
 焦るオレの腕に手を掛けて、
「疲れてる時は、寝るのが一番だよ」
 とろんとした瞳で無邪気に誘う。
 危ない誘いに添い寝だけだぞと自分に歯止めをかけ、プチ託生の横に体を滑らせた。
「ギイ、暖かいね………」
 オレの腕を枕にし胸に擦り寄って、猫のように丸くなる。
「ね、ギイ」
「うん?」
「初めて会ったときの事、覚えてる?」
「あぁ、覚えてるよ」
「あの時にね、ぼく、ギイの事が好きになったんだよ」
「託生……?」
 言葉を探している間に、プチ託生は静かな寝息を立てていた。
 今の言葉が本当なら、オレも託生もお互いが初恋の相手となるんだよな。今は覚えていなくとも、託生もそう思ってくれていたのだろうか。
「ありがとう、託生」
 額に小さなキスをして、ふいに襲った眠気にオレは瞳を閉じた。

 
 カタン………!
 小さな物音にビクリとして目を開けると、
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
 クローゼットの前で決まり悪そうに、オレを見ている託生を見つける。
「託生………?!」
「何、そんなに驚いてるんだよ?」
「託生は?!」
「はぁ?ぼくなら、ここにいるじゃないか」
「じゃなくて………」
 自分の横を見ると、誰かが居た気配はなく、シーツは冷たいままだった。
「夢だったのか……」
「さっきから、何言ってるのさ?」
 訝しげにオレを覗き込む託生の腕を引き寄せ、キスをした。
「わっ、なんだよ突然」
 慌てて飛びのこうとする託生を抱き締めて確認する。
「本物だよな」
「………一体どんな夢見てたのさ」
 クスリと笑ってオレの背中に腕を廻し、肩に頬を預ける。
「いや、別に」
 夢の話をするのは構わないが、変態だと思われる可能性が高い。それは、大変不本意だ。
「それより、オレ腹減った」
 色気のない言葉に、
「じゃ、外に食べに行く?」
 託生は顔を上げて、にっこりと笑った。
 プチ託生と変わらない天使の笑顔。しばし見惚れてしまったオレに、
「今日のギイ、変だよ」
 大丈夫?と額に手を当てて、小首を傾げる。
 その手を引き寄せ、チュッとキスを落とし、
「さ、メシ食いに行くぞ」
 顔を真っ赤にして怒る託生を立ち上がらせ、足早に玄関に向かった。
 
 オレだけのプチ託生。
もう一度現れてくれるなら、今度は驚かせないでくれよな。
 
 
 
プチシリーズの第一弾であります(笑)
でもこれずっと前から考えていたお話だったりします。(お蔵入りになるところだった・汗)
その頃は「プチ」ではなく、「小さな」か「ミニ」だったような気が………。
たまたま「プチ」が思い浮かんで、一から書き直したら受けちゃいまして(笑)
いつのまにか、プチシリーズと命名されてしまいました。
焦ってるギイが、結構お気に入りです
(2002.9.4)
 
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